第31話 士官

『で、これからどうしよう』



 村の会館に設けた作戦室で、頭を抱える。周りにはハウシェン、ネイア、ヨイドしかいない。戦闘に備えるべきだが、どうすれば……さっき、村中の人々に戦いに備えろと指示したせいか、外は忙しい。



「すまぬ、勇者よ。ニケアがいれば、役に立ったはずだったが……」



 ヨイドは私にそう言う。にしても、ニケアって、前に聞いた事があるような……



「ミルフェ姉さんもいたら、心強かったはずだけど、ああなっちゃって」



 ネイアがまたミルフェの名前を口にする。



『ニケアとミルフェって誰だ?教えてくれ』



 聞く限りだと彼らは何か村において大事な人たちのようだが、一体?



「うん。ニケアは、この村の、いわゆる防衛隊長なんだ。確か、元軍人で、事情があって今まで僕たちのために戦ってくれた恩人。村に攻めて来るモンスターや敵は、全部あの人と防衛隊が撃退してくれて、頼りにしてたけど、もう……」



『もう?』



「……ゾレシアと言う都市に捕まったミルフェを助けようとしたけど、失敗して、捕まってしまったんだ。それで、今は生きているかさえ分からない」



 元軍人なら軍事の専門家のはずだ。そんな彼がいないとは、惜しいな。



『ミルフェは誰だ?』



「ミルフェは、僕の義理の姉さん。僕より黒魔法に上達していて、特にアンデッドに関してはどんな魔女よりも優れた人なんだ。でも、何日か前に捕まってしまって、ゾレシアに連れていかれた。今ごろ死んだかもしれない……」



 そんなことがあったのか。元軍人に、アンデッドを司る魔女。もしその2人が生きていて、合流さえできたとしたら、かなり役に立つはずだ。だが、今は考えてもしょうがないだろう。



『その二人は今考えても仕方ない。ここは私たちだけで何とかしないと。間もなく討伐軍が来る。まずその規模を知らないと……』



 何を始まろうとしても敵の勢力がいくらか知らないと、作戦は立てない。どうしたら……



「実は、ジョニーのことだけど。あの子が情報を渡してくれて、少しは知っている」



 いきなりネイアがとんでもないことを言い出す。



『ジョニーって……』



 セベウでのあれを思い出す。それってまさか。



「……うん。知っているんだね。勇者が村を出た後、こっそりセベウに向かったんだ。この村に関して、どれほど噂が広まったのか調べるために。でも、あのバカ!僕が行くなと言ったのに、こっそり行っちゃって……」



『……そうだったんだ』



「で、セベウに潜入して、情報を入手したらしい。辺境伯が軍を集めているってね。ジョニーは賢くてね。その情報までこっそり盗むのに成功したのよ。この書き写しがそれ」



 ネイアがある羊皮紙をテーブルに置く。それを見ると、そこには兵力の現状から武装の状態、数まで記されている。



『……これなら役に立つかも。偽の情報である可能性もあるけど、一旦これを頼りにするしかない』



「うん。でも、僕にこれを送った後、ジョニーは捕まって……亡くなった」



 あの広場での処刑、首を吊るされて死んでいったジョニーの姿が頭に浮かぶ。



『……そうだったな』



 これは、彼女が命の代わりに得た情報ということか、なら大事にしないと。



『一旦読んでみよう。そう言えば、私って文字が読めるのか』



 これは始めて見る文字で書かれているけど、なぜか読んで内容を理解できる。オーディウムからの恩恵ということか。



『……辺境伯の軍は騎兵が三百、歩兵が一千ぐらいか。城を守る守備隊を除いて、全員で行くと。守備隊がどのくらいなのかは書いてない』



「司令、日付を見ると昨日のものです。昨夜の火事を踏まえると、かなり数が減っているかと」



 ハウシェンの言う通り、昨夜は凄まじい火災があった。かなりの兵力が負傷を負っただろう。



『それより、日付か、これは後に考えよう』



 この世界の暦法、日付と時間がどうなるのだろう。気になるが今は重要なことでない。



『でも戦いは最悪の場合を想定した方がいい。何が起きるか予想できないし』



「はっ、その通りです」



『そして……兵力が足りない、最悪の場合、敵は一千を超える数で来る可能性もある。反面こちらは戦える戦力は……ヨイドさん。村の人口はどのくらいなんだ?』



「確か、一千人ぐらいかな……」



『あ、そうだった。でも確か負傷者が多かったっけ。どうしたら……』



 一旦村人の中で、戦える人を集めてみないと。そう考える時だった。



「司令」



 今まで沈黙していたハウシェンが私を呼び止める。



『うん?何だ?』



「今、溜まっています」



『……?何が?』



 ハウシェンの言うことが理解できない。何を言いたいのだろう。



「魔力です、司令の魔力。司令は己の能力のことを、忘れていますか?」



『あ、そう言えば』



 自分の力をさっぱり忘れていた。確か兵士を召喚して、操るような……ハウシェンもそれの一種だったな。前の兵士たちと比べて余りにも人間のように見えていたので、彼女が私の召喚兵ということを忘れていた。



『確か、10人の兵士を召喚して、戦わせるものだっけ。でも所詮10人増えたことで……』



「全然違います」



『うん?』



 ハウシェンは感情の乗ってない声で、淡々と語り続ける。



「どうやら司令は自分の能力の真価に気付いてない様子。私が見る限り、司令は今200機の召喚兵を運用できます」



『え?どうやって?』



「確かに、司令が直接運用できるのは10機が限度です。それに私を除いたら9機。しかし、士官を召喚して、彼らに兵士を指揮させれば、10機以上の兵力を同時に運用することができます」



『士官と、兵士?』



 確かハウシェンは自分のことを士官と言ったな。以前の人形みたいなのが兵士で、ハウシェンは士官、か。



「今の司令なら5機の新規士官を召喚できるかと。今すぐアルマ・アルキウムに指示を」



『え、今すぐ……?分かった』



 何が何だかよく分からないが、状況に余裕はない。今はハウシェンの言う通りにした方が良いだろう。目を閉じて、頭の中に意識を集中し、そう呟いてみる。



『アルマ・アルキウム。士官の召喚を開始せよ』



(……アルマ・アルキウム。新規士官の生成を開始。現在の魔力からの滴定数量、5機。新規疑似魂の組み立てを開始、完了。記録を開始、完了。召喚を開始)



 私の前の床から青い光が輝き、五人の召喚兵が現れる。



『え、これは……?』




「ふう……」



 城内の様子を見渡す。そこは灰に満ちていて、山ほどの死体と負傷者で溢れている。



「閣下の命令で軍の状態を確かめているが、酷いな、これは。死者がこんなに……」



 羊皮紙に書いている数字を確かめる。



「戦闘可能な騎兵が約二百に、歩兵が約六百、か。深刻だな。騎兵の3分の1が無くなるなんて」



 火災で軍は体力も士気も地に落ちている。今は皆を休ませるべきなのに、あの辺境伯は、自分のことばかりで……彼への不満と不信感が湧き上がる。



「彼の騎士になったのは、間違いだったかもな」



 最初は、出生のためには、フシティアン辺境伯の騎士になるのがいいと思い、彼と契約を交わしたのだが、どうやら自分は選択を誤ったようだ。



「この戦いで全てを賭ける気か」



 今でも遅くない。彼との契約を破棄して、新たな主君を探した方が……



「契約を破るにも名分が必要だけど、今はそれがない。どうすれば……」



 シェパードの悩みが深まっていく。




『……これは、』



 五人の士官が私に向け跪いている。そして私は彼らの容姿を目にし、驚きを超え、啞然とするしかなかった。なぜなら、その一人一人の風貌が、あの洞窟で命を亡くした、クライストたちと限りなく似ているからだ。いや、似ているのではなくほぼ同じだ。彼らは目を閉じたまま動かない。



『……君たちが、何でここに……?』



「……司令?」



 ハウシェンは私の戸惑いを疑問に思うみたいだ。



『あ、いや、何でもない。この人たちが、私の士官たち……?』



「はっ、その通りです。全員、階級は少尉で、まだ名前はありません」



『少尉?階級があるのか』



「はい。司令が召喚する召喚兵は皆、階級を有しています。そして経験の積み重なりによってそれは上がっていきます。最初に召喚された時は、兵士は二等兵、士官は少尉から始まります」



『でも、ハウシェン、君は上級大佐でしょう。何で初めからそれなんだ?』



「私は少し特別な存在ですので、他のとは多少違います。それより彼らに名前を」



『名前?』



「はっ。彼らにはまだ名前がありません。司令が付けてあげる必要があります」



『……そうか。分かった』



 跪いた彼らのうち、一番左の者を見る。彼は、少し垂れ目で、どこか落ち着きの感じられる雰囲気を漂わせていた。髪の色は、黒い茶色か。容姿は全体的にクライストと変わらない。



『……君』



「……はっ」



『これから君の名前は、クライストだ』



「承知いたしました。司令」



 剣を鞘から抜き、それで彼の両肩を優しく叩く。



『これからよろしく頼む。クライスト少尉』



「はっ」



 隣に移る。背の高い男。顔立ちから、どこか硬い印象が感じられる。髪の色は、暗い青か。同じく明らかにシュヴァーベンと似ている。



『君の名前は、シュヴァーベンだ』



「……仰せの通りに」



 彼は限りなく低い声でそう返事する。私は同じくそんな彼の両肩を剣で軽く叩く。



『シュヴァーベン少尉。これからの活躍に期待する』



「はっ」



 そしてその右を見る。背が小さい彼女は、顔付きがエリーヌと変わらない。だが雰囲気が少し違う。紫の髪の彼女からは、エリーヌにはなかった険しさが感じられる。



『これから、君の名はエリーヌだ』



「……はい」



 剣で両肩を叩く。傷つけないように気を付けよう。



『これから尽力するように。エリーヌ少尉』



 そして次の女性を見る。腰までくる、バラのように赤いその髪に目を奪われそうな彼女は、顔付きがバシリアと同じだ。背も、バシリア並みにかなり高い。なら、



『君の名前は、バシリアだ』



「……はっ」



 両肩を剣で緩く叩く。



『バシリア少尉。これからもよろしく頼む』



 そして、最後の人を見る。



『……』



 情熱的なエネルギーに溢れている彼は、明るい緑色の髪を除いては、背から始め、風貌がラブレとそっくりだった。あの顔、覚えている。あの時、私が手を握った時、ドワーフが、頭が……



『……これからの、君の名前はラブレだ』



「了解」



 どうしてだろう。何で彼らの風貌がこうなのか、どうして自分は皆にこんな名前を付けるのか、理解できない。息を呑み、彼の両肩を優しく叩く。



『……これからも期待するぞ。ラブレ少尉』



「はっ」



『全員、その場に立つように』



 こうして、五人の士官への名前の付与が終わった。五人の少尉が起き、目を開ける。その目を見て今はっきりと気付いた。彼らの姿は、その髪と瞳の色だけが違い、残りのほとんどが死んだ彼らとそっくりだ。どうして?どうして召喚した彼らが死んだ皆と似ているのか、理解できない。頭が混乱する。




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