第29話 再会

『おい、サラマンカ!私を乗せろ』



 地に落ちていた袋にピエールの頭を入れ、サラマンカに向け走る。



「ヒヒン……!」



 サラマンカは私からの血の臭いで驚いたようだ。急いで登り、鞍に座る。遠くでハウシェンが騎兵たちと交戦を始めた。何人かがこちらに来ようとしている。急がなくては。だがその時、致命的な問題に気付く。



『私、馬に乗った経験がないけど、大丈夫なのか』



 馬に乗った経験は前にバシリアの後ろに座っていたのが全部だ。どうすればいいのだろう。一旦手綱を握り、右の方だけを引く。サラマンカは私の意図に気付いたのか、城門の方を向く。幸いに城門はまだ開けっぱなしだ。



『サラマンカ、城を出るんだ。理解した?うりゃあ!』



 手綱の両方を軽く引き、右足で体を駆る。するとサラマンカが城門に向け動き出す。



「あいつが逃げるぞ!早く追え!」



「させん!」



「くあっ!!まずはこいつを……!」



 後ろで何人かが叫ぶ。追ってくる気のようだが、ハウシェンが彼らの脚に剣を刺し続ける。だが彼女1人だけではすぐに限界を迎えるだろう。彼女のためにも早く逃げよう。



『サラマンカ!走れ!今時間がないんだ!』



 焦った私は足でサラマンカを力強く駆る。



「ヒヒーン!!」



 それを機に走り出す。



『くっ!』



 予想よりも速度が速くて、鞍の上で体のバランスが崩れそうになる。それでも何とか堪える。



「追え……!」



 遠い後ろからそんな声が聞こえるが、その間に何とか城門を通過する。火がないせいか、城内と違い、外は真っ暗だ。だが夜空には満月が輝いているので、何とか周りの地形が目に入る。確かあの村は、あっちだったな。



『……あそこだ!サラマンカ!左の方!左に行くんだ!』



 手綱の左の部分だけを引く。それに応じてサラマンカが左の、大陸を遮る山脈の方に向かう。



『今は速度だけが重要だ。サラマンカ!全速力で走れ!』



 サラマンカが私に応じて走り出す。こいつは人の言葉を理解するに違いない、賢い馬だ。



(……司令。現状は如何でしょうか)



 脳内にハウシェンの声が聞こえる。そう言えば彼女は今どうなんだ?周りを見る。城とはもう十分に離れて、周りに誰もない。



(……もう十分に逃げた。追手は来ない。それより君は大丈夫か?)



(……何とか耐えています。でしたら今召喚の解除を)



(分かった)



 自分の脳内に意識を集中して、それを口にする。



『アルマ・アルキウム。ハウシェンの召喚を解除せよ』



(……アルマ・アルキウム。上級大佐の召喚解除を開始)



 セベウの方を見てみる。そこでは何かの青い光の束が空に向け一直線に伸び、すぐに消える。ハウシェンとの繋がりがなくなった気がして、何かが自分の中に戻る感じがした。



『あの光って……召喚は解除されたのか?』



(はっ、その通りです)



『……!?』



 さっきと同じくハウシェンの声が聞こえる。



(……召喚に解除されても話せるのか?)



(他の召喚兵はできませんが、私は特別なのでできます。30分、覚えてください。召喚と解除に必要な時間です)



(それはどういうこと?)



(言葉通りの意味です。司令が兵力を召喚したら、その時から30分が過ぎるまでその兵力は召喚解除できません。逆に召喚を解除した兵力をまた召喚するにも30分が必要です。これはいかなる場合でも変わりませんので、注意を)



『……分かった。君もこれから30分は召喚できないのか』



(はっ)



 また一つ自分の能力に関して知ることになったな、覚えておこう。



(……にしても、私が去ってから何があったのか報告してくれ)



 私がセベウを離れてから何があったのか聞かないと。



(はっ。司令が逃げてから、追撃しようとする敵勢力と交戦しました。総勢、騎兵6機、歩兵14名でしたが、そのうち騎兵3機、歩兵6名を殺害しました)



『そうか。良くやった。城内の状況はどうなった?炎上していたが』



(はっ。火事はあまり収まらず、規模を増していました。城内のほとんどの人が火事の対処に取り掛かっていました。そのおかげで私たちへの追撃がほぼなかったと)



『そうか。火事を起こしたのが正解だったな。じゃなかったらとっくに捕まってしまったかもしれない』



 今まで聞いたことによると、辺境伯が軍を率いて攻撃してくるらしい。だがその軍も城内にいたはず。燃え上がる炎が彼らにも損害を与えたはずだ。もちろん民間人も被害を負ったはずだが、仕方ないだろう。私の命が先だ。



『……着いたか』



 そう考えている間、山の入り口に付いた。この道と周りの風景、間違いない。



『ハウシェン、私が見ているものが見えるか?周りの状況を認識とか』



(はっ、感覚はほとんどが共有されますので。魔力もある程度感知できます)



『分かった。なら何かを感知したら直ちに報告しろ』



(了解)



 その時ふと思いつく。



『……感覚が共有されるのなら、私が何を考えているかも分かるのか?』



(そこまでは分かりません。あくまで視力や聴覚などが共有されるだけですので。それも召喚が解除されている時のみです)



『分かった。では行くか』



 サラマンカから降りて、一緒に山を登っていく。覚えている限りだとそれほど激しい道ではなかった。馬も歩いて行けるだろう。手綱を握り、前に進む。



「ヒ、ヒン……」



 サラマンカが道を進まない。山の中が暗くて怖がるようだ。



『ふむ。私が先に行くから、安心しろ』



「ヒヒヒン……」



 私の言葉を理解して、サラマンカが少しずつ歩み始める。朝はまだ遠いようだ。



『……』



 いくら歩いたのだろう。かなり時間が経ったが、村まではまだ距離があるようだ。疲れたので肩で息をする。



『ふぅ……くそ、こんなに遠かったっけ。ううっ!』



 体中の鞭の傷と、左腕の焼き印が軋む。死ぬほどではないが、度々全身に激痛が走る。この、左腕の逆十字架の烙印が、あまりにも醜くて、痛い。



『傷が、痛い……』



(司令、大丈夫でしょうか。歩くのが無理でしたら私を召喚してください。司令を背負って行きますので)



『いや、そこまでは……うん?』



 その時、何かが感じられる。魔法?



(……司令。険しい魔力を感知しました。今すぐ私を召喚してください)



「ヒヒヒンー!」



 サラマンカまで何かを感知し、驚いたように吠える。



『……何か音がするな』



 遠くから硬いものがぶつかる音がする。メイスを取り出す。



「……」



 闇の向こうを見ると、無数の骨たちが来ている。動く人間の骨。スケルトンと言うことか。弓、槍、盾など、彼らはそれなりに武器と防具を持っている。だが、骨だけのせいだろうか。どこかすごく不安で、拳で殴るだけで倒れそうに脆く見える。



『数は、13。ネイア、そこにいるのか』



 このスケルトンもあいつが操っているに違いない。なら私たちのことを見ているはずだ。



『おい!ネイア、お前の勇者様が来たんだぞ』 



 だがネイアは返事せず、スケルトンの群れが近付いて来るのみだった。



『……うん?本当にない?ネイア!』



(司令。私の召喚を。このままだと危ないかと)



「……何で来たの?」



 ハウシェンを召喚するか悩んでいたら、向こうの木の陰でネイアの声が聞こえる。よく見ると、そこにはあの子が立っていた。スケルトンの動きが止まる。



『ネイア。久しぶりだな。私の顔覚えている?』



「……ふざけている?確か言ったよね。次に会ったら、敵として扱うって」



 その目と声、仕草、あれは敵に向ける態度だ。あいつは私を極めて警戒している。



『話したいことがある。ちょっといいか?』



「……お前は、敵。討伐軍の偵察かもしれない」



 どうやら彼女は私を敵として捉えている様子だ。まあ、それも仕方ないだろう。



『いや、違う。討伐軍ではない。君と合流したくてここに来たんだ』



「黙れ。お前は、もう敵……!」



 ネイアのその言葉を機に、スケルトンが一斉に私に突撃する。



『……戦闘は避けられそうにないな。ハウシェン、出番だ』



(はっ)



 スケルトンが突進して来る中、私の頭上から青い光が煌めき、そこからハウシェンが敵に向かい飛び掛かる。



「ふっ!」



 スケルトンを倒しながら飛んでいった彼女は、咄嗟にロングソードを取り、周りを薙ぎ払う。その一撃で10を超えるスケルトンが倒され、壊されていく。



「……司令の敵は、排除するのみだ」



 続いて、彼女は残りのスケルトンも打ち破っていく。骨だけの彼らは、ハウシェンの斬撃に呆気なく壊れていくのみだった。たったの数秒、それでネイアの骨の軍勢は塵に帰った。



「ご無事でしょうか。司令」



『ああ、ネイアには手を出すな。彼女は敵ではない』



「……え?」



 状況を把握できないのか、ネイアは啞然としている。



「こ、これは、どういう……」



『ネイア。私は君の敵ではない』



「……信じられない。言ったよね。僕たちのために戦う理由はないって。なのに、今更なによ」



 ネイアは自暴自棄な気持ちのようだ。その目を見ると何となく伝わる。



『……戦う理由、できたから』



 それを聞いてネイアの目が見開く。



「……!?それはどういう……って、ふざけている?僕のことを罵るために……!」



 やはり、言葉だけでは伝わらないようだ。



『ちょっと待ってろ』



 そう言い、ズボンを除く服を脱ぎ始める。



「……!?ちょ、ちょっと、いきなり何を……って、え!?」



 最初は顔が赤くなり、戸惑ったようだったが、私の体を見てネイアは黙り込んでしまう。



「何よ、その傷……それに、腕のあれは、」



 体中が鞭の傷だらけで、黒いあざができている。そして何よりも、左腕の逆十字架の焼き印。醜いそれは肌を焦がして黒く刻まれていて、見る側に虫唾が走るような嫌悪感を覚えさせるものだった。



『見れば分かるが、異端審問官に拷問を受けた。それに処刑される羽目になって、脱出したんだ』



「それは……」



 脱いだ服をまた着ながら、自分の思いを述べる。



『大厄災の元凶である大魔女、ベルナディエ。そしてその末裔である今の魔女。魔女は、人類への贖罪のため、死ぬべき』



「……知ったのね」



『外で聞いたよ。魔女が嫌われる理由。ねえ、何で話してくれなかったんだ?私が聞いたでしょう、それ。お前も知っていたはずだろう』



 そう、最初の時、私はそれを疑問に思い、尋ねてみたが、彼女は知らないふりをした。何で?



「……怖かったから」



『え?』



 それは、予想外の答えだった。



「本当のこと言ったら、僕たちを助けてくれないかもしれないと思って、それが怖くて、あえて知らないふりをしたんだ……」



 ネイアは暗い顔で、そう淡々と真実を述べる。



『ふむ、そういうことか』



 確かに、彼女の立場からすると、それは十分にあり得ることだろう。私が魔女のことが嫌いになって、敵になる可能性もゼロではなかったはず。



『……お前、あほか?』



「え?」



 自分の思いを口にする。



『気持ちは分かるけど、誰かに助けて欲しいとさ、嘘をついちゃだめでしょう』



「……それは、そう。ごめん」



『いいよ、別に。それよりさ。私のこと、ちょっと明かしてもらうね』



 そう、自分のことを、伝えないと。



『私って、前の世界にいた時、周りから苦しめられたんだ』



「え?」



『まあ、頭のおかしい人が私を屈服させようとしたんだ。言うことを聞かないと、私が周りに迷惑をかけることになるって。でも、屈しなかった。周りに害を及ぼすことになっても、己を貫いたのよ。で、自分の思いを貫くことはできたけど、代わりに周りから目を付けられて、そのままいじめられることになった』



「……」



 昔のことを思い出す。ああ、これって、つまらないな、本当に、たまらないほど。



『毎日続く苦しみ。終局には、ある奴が私の首を絞めて、殺そうとさえした。誰も私を助けてくれなかった。その時思ったのよ。嫌われる理由があったとしても、味方もなく、ただ苦しめられるのは、辛いって』



「……」



『そしてこの世界に来て目にした。魔女が、どんな扱いをされるのか』



 群衆の熱狂、カウントダウン、金の賭け。あの処刑が、また思い浮かぶ。



『惨めが死に方、見るに堪えなかったな。自分のせいでもないことの責任を問われ、世界からあんな扱いをされて、殺されるとか。この世界、正気の沙汰じゃない』



 それは、まるで昔の自分のような……そんな気さえするものだった。



「……うん」



『拷問の時に思ったのよ。その理由がどうあれ、世界から苦しめられるのが魔女なら、そう。私も、魔女だって』



 これが、私の思い。



「……!」



 ネイアは、私の話を聞いて感銘を受けたのか、何も言わずただ自分の杖を握っているのみだ。



『私も、魔女。そして私は、自分の敵に容赦などない。世界の全てが私の敵なら、その全てを打ち破るのみ。そう、私は戦うために、ここに戻って来たんだ』



「……え、」



『この世界の人間って、大厄災を恐れるようだな。なら、直接その大厄災とやらになってあげようじゃないかと思ってな。だから、ネイア。私と一緒に、世界に抗ってみないか?私は、君の半分だろう』



「僕の、半分……」



 ネイアの目から、一粒の涙が零れ落ちる。悔しさと嬉しさの混じった、透き通った紫の瞳が、私を見つめている。



「……ゆ、勇者……僕、今まで……」



『……泣くにはまだ早いが、まあ、良いだろう。こっちに来な』



 ネイアに近付き、体を抱きしめてあげる。



「……ううぅ、僕、何でもやるから、勇者……」



『ああ、って、ううっ……!』



 ネイアの頭を優しくなでる。だが、また体中から激痛が走り、思わず膝をついてしまう。地平線の向こうから、朝日の存在が感じられる。



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