第28話 処断

「くそ!やばい!煙が……!」



 どうにか手足の枷を壊そうと足掻いてみるが、それはビクッともしない。その間にも天井の小さい窓から煙が入って来る。



「ちくしょう!もう何なんだよ!訳が分かんない!何でいきなり火事が……!」



 あの野郎が俺の目から消えた後、どこかで煙の臭いを感じた。それが段々酷くなるにつれ、外が騒がしくなっていく。どうやら火事のようだ。それも段々広まっていき、もはや大騒ぎ。外は悲鳴と叫び、鐘の音で混沌に満ちている。だが大事なのはそれじゃない。



「くほっ!やばい。ここを出なきゃいけないのに……!」



 外から煙が入り続けて、俺とフロルは息ができなくなっていく。生き残るためにはここを出なくてはいけないのだが、監守はなぜか来ない。



「このままだと俺たち皆死んでしまうぞ!?監守はなにやってんだ!?」



「……推測だけど、皆あの人たちに殺されたんだろう。もし生き残った人がいても、今は火事の対処に精一杯。あれ程の大騒ぎだ。僕たちのことは忘れられているかも」



 牢獄の向こうで苦しむ人たちの声が聞こえる。俺たちって、捨てられたのか。



「くそ、なら自力で何とか出なきゃ……でもこの枷が……」



 枷に縛られて何もできない。その無力感に、また心が折れそうになる。この感覚、本当に嫌だな、悔しくて泣きたくなる。



 その時、隣で、ガチャ、と何かの音が聞こえる。



「……今の音は……?」



「……兄貴、泣くにはまだ早いぞ」



 そう言いながら、フロルは自分の手の枷を解いた。その手を見ると針金を持っている。



「フロル……!」



「まあ、ね。ここに来る前に、こっそり隠していたんだ。だけど取り出すのに手間取ってしまったよ。少し待って。兄貴のも解いてあげるから」



 フロルが足の枷まで解き、俺の枷まで解いてくれる。



「ありがとう。ここから出ないと……!」



 煙の勢いと外の音を聞く限り、火事は収まる気でない。今の内に安全な場所に逃げないと。



「ああ、少し待って」



 フロルのおかげで牢獄の錠前まで解かれた。



「よし!ここから脱出だ!もう時間がない!」



「お、おい!お前たち、鍵を解けたのか?お、俺も助けてくれ!死にたくないんだ!」



「わ、私も……!」



「お願い!このままじゃ死んじまう!」



 そこを出ようとしたら、周りからたくさんの声が聞こえる。彼らも生き残りたいようだ。だが彼らを一々助けては、こっちが死ぬかもしれない。



「兄貴、どうする気?」



 今も牢獄は煙に満たされていく。早く決めないと。



「……それは、」



 俺は決断をして、口を開ける。



 ……何と、自分の目を疑ってしまう。あれは本当なのか?



「おい!そこの者たち!わしを助けてくれ!」



 少しくすぶったが、あの祭服、そしてあの顔つき、間違いない。彼は私を苦しめたピエール司祭だ。あいつは今、周りが暗くて私が誰なのか分からないのか?



「……って、貴様は……!」



 彼はようやく私が誰なのかに気付き、顔が真っ青になる。



「ひいい……!」



 怖気付いたのか、彼は隣の二人と逃げようとする。彼を捕まえないと。幸い、周りに敵軍の様子はない。



『ハウシェン。奴を捕まえろ!傷が付いても構わん』



「はっ」



 ハウシェンが全速力で走り出し、一瞬のうちに彼を突き倒す。彼の隣にいた他の二人はそのまま逃げ出す。にしても、あの鎧を着てあれ程の速度を出せるとは、ハウシェンもすごい奴だ。



「ひ、ひいい、く、くそ……」



「司令の命令だ。暴れるな。じゃないと脚を潰すぞ」



 ハウシェンに押され、地面に倒れている彼に話しかける。



『ピエール司祭、で間違いないか?』



「そ、そうだ……」



 メイスを持ち上げ、彼の左脚を打ち砕く。骨の折れる音がする。



「くあああ!!!」



 これで左脚は使えないだろう。もう一度メイスを上げ、全力で右脚に振り下ろす。肉を越して骨が折れる感触が手に伝わる。



「うあああっ!!!」



 これでこいつの両脚は潰れた。もう逃げられないだろう。



「う、ああ、ああ……あ、あしが……」



『良くも私にあんなことをやらかしたな。これはそれへの報復。これで君はもう逃げられないだろう。ハウシェン。どこかで縄でも持って来い。こいつを馬に連れて行くぞ』



「はっ」



「つ、連れて行くって、どこへ……?」



 ハウシェンが民家に入る。こいつは、怯えているのか?ふざけた奴だな、本当に。



『ああ、魔女の村。そこでお前をじっくり拷問してあげようと思ってな。楽しみにしておくといい』



「な、なんだと……?」



『言葉通りの意味だ。その村には魔女もたくさんいてな。お前と顔見知りの奴も結構いるはず。そこで皆と一緒にお前を可愛がってあげようと思ってな』



「この、下品な奴が……よくもわしに……お前の魂は呪われているに違いない。だから魔女の下部など……」



『どうやら、状況把握がまだできてないようだな』



 メイスで彼の右脚をもう一度叩く。



「くああああ!!!」



「司令。縄を持ってきました」



 いつの間にかハウシェンが戻ったようだ。



『こいつを拘束して、サラマンカの鞍と繋いでおけ。そのまま走って行くぞ』



「はっ」



「何、だと……?」



 その時、火事が起きている方から声が聞こえる。



「急げ!修行人の言った通りだ!異端審問官を救え!あいつらが脱出した魔女どもに違いない!」



 向こうから騎兵たちがこちらに走って来ている。逃げ出した人が知らせたに違いないな。



「おい!こっちだ!早く来てくれ!」



「司令。拘束しての脱出は難しいかと」



『……ああ、そのようだな』



「はっは!どうだ!もう騎士たちがわしを救うに違いない!お前の負けなんだ!この汚らわしい魔女目が!」



 ピエールはもう助かったと思うのか、浮つき、私を挑発する。今の状態で彼を連れて逃げるのはできないだろう。だからと言って彼をこのまま敵に渡すのも良くない。ならば、



「知らないのか?お前らは死ぬために存在するのよ!下品な者どもが、我々のために死ねることを栄光と思え!知ってるか?まもなく日が昇ったら、辺境伯がお前らの巣に攻め込んで、お前らを皆殺しにするんだぞ!?早く帰って、死ぬはずの者同士で舐め合いでもしたらどうだ!?」



『……ここで殺す方が合理的か』



 ラブレの剣を握り、ピエールの首に全力で振り下ろす。この剣はきっと優秀なものに違いない。刃はそのまま彼の首を綺麗に切断し、頭が地に落ちる。その首がごろりと転がる。首と体、両方の切断面から血が噴水のように流れる。



「し、司祭ぃ!!!」



 それを見た衛兵たちが驚愕する。どこかで悲鳴が聞こえ、段々人々がこちらに来ている。にしても、辺境伯があの村を滅ぼす気とは。ネイアに知らせないと。



『ハウシェン。馬は一匹だけだ。今の状態で敵の追撃をかわしながら逃げ切れるか?』



「……難しいかと。司令、私が敵を止めますので、その間に逃げてください」



『じゃ、君は?もしかして、』



 ここで私のために死ぬまで敵を止めるってことか?会ったばかりなのにそれは、いけない。危機感と不安が這い上がってくる。ハウシェンとはまだ、



「ご心配なく。私はそんなに容易く死にませんので。敵を十分に止めたならその時、司令に報告します。その時召喚の解除をお願いします」



『え?報告って』



(……聞こえますか?)



 頭の中でハウシェンの声が響く。意識したせいか、彼女と繋がった糸がまた見える。それは月光を浴びたせいか、それとも魔力のためか、微かに白く光っている。



『これは……!?』



 ハウシェンは口を閉じているのに、その間にも脳内に彼女の声が聞こえる。



(糸で繋がっている者とはこんな風に連絡ができます。適切な時に私から連絡しますので、その時に私の召喚を解除してください)



 自分も口でなく、意識を集中してそれをやってみる。



(……分かった。こうやって話せるのか)



「今は大丈夫なので、城門が塞がれる前に逃げた方が良いかと」



『ああ、分かった』



 私は転がっているピエールの頭を拾い、サラマンカの方に走り出す。ハウシェンはロングソードを構え、近付く騎兵たちに突撃を敢行する。



「……司令の敵は、ただ殺すのみ」




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