第27話 脱出


「ふぅ……」



 牢獄の中、俺は縛られたままフロルとただ座り込んでいる。いくら時間が経ったのか、外は夜になっている。武器を含む全ての持ち物を没収されて、手足に枷が掛かっている。



「兄貴、寝ないのか?夜だし、少し寝た方が良いぞ」



「もうたくさん寝た。ここに捕まってもう20時間ぐらい経ったな。くそ!早く出ないといけないのに、もう頭が痛い……」



「まもなく太陽が昇ると思う。確か辺境伯が言ったな、今日魔女の村を攻撃するって」



「くそ!俺たちも行って、仇を取らなくちゃ……!」



 仲間の仇を取って、遺体を探さなくちゃいけないのに、今の状況があまりにも悔しい。その時だった。



「……うあっ!」



「……くへっ!た、たす……」



「くあああっ!!!……」



 遠くから衛兵たちの悲鳴が聞こえる。あれは、一体?



「な、なんだ……」



「兄貴、こっちに来て、目立たない方が良いかもだ」



「下の方で、何か起きている?」



 牢獄の階段から、二人の姿が現れる。背がとても高い、鎧を着た女騎士と、後ろの人、は……?



「あいつ、まさか?」



 そこにはあの山で見た、私に屈辱を与えた男が立っていた。嘘だろう。あいつが何でここに?



「貴様……!」



 つい苛立ち、俺は思わず鉄格子を握り叫んでしまう。男は、俺に気付いたようだ。



『君は……そうだ。暴れた剣士。意外だな。君がどうしてここに?』



 その男は俺を見てもどうともしないようだ。無心に見つめ、ただ疑問を感じるのみか。あの目、すごく疲れているようだ。



「……!?兄貴、一旦落ち着いた方が……」



「お前!仲間の仇を……!」



「司令、如何いたしましょうか」



 女騎士があの男にそう尋ねる。司令?この女は部下なのか?



『まあ、別にいい。今は忙しい。先に進まなくては。行くぞ』



「何?お前!くそ、これさえなければ……!」



 鉄格子と枷がなければ、今すぐ襲い掛かってあいつを打ちのめすのに、今の状況があまりにも悔しい。



『……まだ根に持っているのか。まあ、好きにしろ。お前は私の敵ではない』



 お前は私の敵ではない、その言葉を耳にし、またあの時を思い出す。頭に血が上る。



「何だと……!この野郎が、お前、何があっても、絶対、俺の手で……!」



『できればな。行くぞ、ハウシェン』



「はっ」



 そう言い残し、彼らは階段を上がって行く。



「待て!くそ!くそ!これさえなければ……!」



 悔しい、仲間を殺した奴が目の前にいたのにも、何もできなかった。手足の枷、鉄格子の牢獄が俺を拘束し、ただ睨むことしかできなかった。無力感が俺を包み、そのまま崩れてしまう。



「兄貴……少しだけ待ってくれ」



 フロルがセルヴィオンを悲しげに眺めながら、小さく呟く。枷が掛かった彼女の手の中から、小さな針金が見える。



「どこを目指す気ですか、司令」



 防備が予想より手薄だったので、牢獄の中ではばれずに何とかなったようだ。だが牢獄の入り口からはそうはいかないだろう。必ずばれるはずだ。迅速に行動しないと。



『ハウシェン、馬に乗れるか?』



「はっ。乗れます。馬があるのでしょうか」



 サラマンカを思い出す。あれに乗れば村まで早く行けるはずだ。考えを巡らす。生き残り、目標を達成できる効果的な方法を。今の目標は、脱出だ。



『ああ、良く聞け。城門の近くの酒場に馬があるはずだ。それに乗ってここを脱出する。今は夜、よって城門は閉められているはずだ。それを開ける必要がある。だがそうするには時間が掛かるだろう。周りの注意を逸らさなくては。この牢獄を出た直後、城内に火を放つ。その間に城門を開けて逃げる、理解したか?』



「了解しました」



『私は馬に上手に乗れない。君が馬に乗ればその後ろに私が乗る』



「はっ」



『では行くぞ。私も戦わないと』



 メイスを取り出す。ブライアンからもらったこれを、使う時が来たようだ。



『私が扉を開けると、君が衛兵を殺せ。私がサポートする』



 扉を開ける。そこには焚火が置かれていて、二人の衛兵が立っていた。



「あん?何だ?もしか、」



「ふっ!」



 ハウシェンが気の抜けた左の衛兵の心臓を突き刺す。彼女は刺す攻撃が得意なようだ。ロングソードが心臓を砕き、刃が体を貫く。心臓がえぐられたせいか、衛兵の口と傷口から血が噴水のように噴き出る。



「うわあっ!クリス!貴様……!」



『食らえ』



 右の衛兵がハウシェンを攻撃しようとするが、その前に彼の頭をメイスで叩き潰す。全力で振り下ろしたせいか、それに当たった頭が兜ごと潰れる。衝撃を受け、彼は鼻と目から血を流しながら地面に倒れる。夜のせいか、城内は静まっている。



「司令、行きましょう。これよち放火を開始します」



『ああ、私もやる』



 松明を取り出し、近くの木造の家に火を放つ。ハウシェンを見ると、両手でかがり火を丸ごと持ち上げ、牢獄の隣にある巨大な建物にそれをぶちかます。建物が燃えていき、周りが段々騒がしくなる。



「きゃあああ!!!火事だ!!!」



「おい!会館が燃えているぞ!水を持って来い!」



『ハウシェン。今から走るぞ。付いて来い!』



 酒場に向け走り出す。その時だった。



「こ、これは……!おい!脱獄だ!誰かが衛兵を殺したぞ!探せ!魔女が逃げたかもしれない!」



 後ろから人の叫び声が聞こえる。さすがに気付くだろうな。前に聞いたことのある早鐘の音が聞こえる。それを機に城内が目を覚ましていく。



「って、あれは何だ!誰かが逃げているぞ!おい!そいつらを追え!」



 どうやらもうばれたようだ。だが幸い、火事のせいで城内が混乱に落ちているせいで、ほとんどの衛兵はまだ私たちに気付いてないようだ。その間にも炎は燃え広がっていく。城門まで走って行くと、酒場らしい建物が目に入る。昨日クライストたちと会った場所に違いない。城門を守る衛兵は、六人。



「おい!あそこに火事が起きている!どうすればいいんだ?」



「あの鐘の音、何か緊急事態のようだ。あっちに行くべきか?」



「でも今の役目はここを守ることだし……って、誰かが走ってきている?おい!誰だ!?」



『……予想通り閉まっているな。ハウシェン、門番たちを迅速に無力化せよ。勝てるか?』



「問題なく、行きます。司令はその間馬の準備を」



『言わなくてもそうするつもりだ。あいつらを殺した後、城門を開けるように』



「了解」



 ハウシェンがまたロングソードを構え、衛兵らに襲い掛かる。その間に私は酒場の隣にある馬屋に行く。そこには何匹かの馬があった。外の騒ぎで目が覚めたのか、ほとんどの馬が起きている。



『サラマンカはどこだ?』



 時間がない、早く見つけなくては、と焦っている中、サラマンカを見つける。額から左の頬までくる白いまだら、昨日見たのと同じだ。私はサラマンカに近寄る。



『サラマンカ。私の顔覚えているか?バシリアと一緒にいた人だぞ』



 サラマンカの様子を見る。目からして自分の顔は覚えているようだ。



『私と一緒に行こうか』



 サラマンカの手綱を握り、馬屋から取り出そうとする。だが奴は顔を振り、それを拒む。



『え?嫌なのか』



 奴はどうやら私と一緒に行きたくないようだ。ならどうすれば……



『なあ、知っているか?バシリアが死んだ。それどころか、彼女の仲間たちも』



「……ヒヒーン!」



 私が言っていることを理解できるのか、サラマンカは驚いたように鳴き声をあげる。ラブレの剣を鞘から抜き、その鼻に当てる。



『これ、ラブレの剣だけど、分かる?血の匂いがするだろう?そんな戦いをして、私以外は皆死んだのよ。嗅いでみな?』



「ヒヒン……」



 馬の言葉は分からないが、何となく伝わって来る。こいつは戸惑って、怯えている。



『なあ、もしここで私に付いて行かないと、君もこうなるかもしれないよ?だってもう主人がないから。主人がない馬を、人が丁寧に扱ってあげると思う?顔も知らない人に売られて死ぬまで働かされるか、それとも、肉になってしまうかもしれないよ?』



「ヒヒーン!!」



 不思議だな。馬って人の言葉を理解できるみたいだ。



『もう大丈夫。私が来たから。ねえ、私について来たら、そんな心配はしなくて済むよ?私が丁寧に面倒を見てあげるから。本当だぞ?』



 剣を収め、サラマンカの鼻を左手でなでる。



「……」



『バシリアが言ったの覚えているか?大地を走るって。もうバシリアはないけど、君と私はまだ生きている。一緒に彼女の思いを受け継いでみないか?なあ、ミンキ―』



「……ヒーン」



 サラマンカは私の左手を舐める。その鳴き声と仕草から何となく感じられる。私について行く気のようだ。



『よしよし。こっちにおいで』



 手綱を引き、サラマンカを連れて馬屋から出る。



「うりゃっ!」



「くはっ……!」



 馬屋から出て見ると、遠くでは火が燃え移り、炎上を繰り広げていた。城内のほとんどの人はそれを消火するために精一杯のようだ。幸い、ここにはまだ炎が届いてない。ハウシェンは衛兵と戦い、斬撃を飛ばしていた。彼女の攻撃で槍が折れたその衛兵は、怯えてしまい、どこかに逃げ出す。



『ハウシェン!現状は?』



「はっ。ちょうど今門番たちを掃討しました。今から城門を開けます」



 ハウシェンが城門の隣にあるレバーを引く。すると鉄鎖と木材が軋む音がして、城門の鉄格子の扉が上がり、同時に木材の跳ね橋が下がっていく。



『よし、行こう!この馬に、』



「おい!そこの者たち!わしを助けてくれ!」



 サラマンカに乗ろうとする時、遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。そこを振り向くと、火でボロボロな姿の三名の人がこちらに走って来ている。



「はあ、はあ……大変だ!牢獄から魔女が逃げ出したようだ!なんと恐ろしい!わしを守ってくれる兵士たちも火事のせいで全員呼び戻された。今のうちに魔女がわしを殺しに来るかもしれない!頼むからしばらくの間守ってく……」



 叫びながらこちらに走って来るのは、私を拷問した異端審問官、ピエール司祭だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る