第26話 上級大佐
『ううぅ……』
目を開ける。ここはどこなのだろう。霞んだ目で何とか周りを捉える。窓のない部屋、廊下と自分を遮る鉄格子、壁の松明だけが周りを照らしている。周りには自分しかいないようだ。
『ここは牢獄みたいだな……拷問の後こちらに運ばれたのか……って』
体を動かそうとするがちっとも動かない。腕や脚を動かせようとすると、鉄のぶつかる音が響くだけだった。
『今気付いたけど、椅子に縛られているのか。手足に枷が掛かっている』
どうせ衛兵が掛けたのだろう。自分で何とかできないものだと判断し、ため息をつく。
『くそ、何でこんなことに……』
自分が置かれた状況を考えると、嘆かわしいとしか言いようがない。
『ネイアと別れたのはさておき、パーティーの皆は全滅、街に帰ってみたらジョニーが死んで、逮捕に拷問、最後は処刑、か』
前に見た処刑を思い出す。首を吊るされ死んでいったジョニーたちと、それを見て喜ぶ群衆。間もなく自分も同じ羽目になると思うと、全てが無意味に感じられる。
『私も、魔女……』
ピエールに言い告げたのが思い浮かぶ。苦しめられるのが魔女なら、私もその一員だと……
『だが、これから何をすれば……』
これからのことを考えると、また、ネイアのことが浮かんで来る。
(世界中が敵だらけだけど、僕は諦めたくない……でも、僕には力が足りない。勇者が唯一の希望なんだ……)
ネイアは私が唯一の希望だと言った。そして、
(そうか……俺が君だったら、その子のために戦ったかもだな……決めるのは君だが、後悔のない選択をしてくれ)
別れる前に、ブライアンが私に伝えた言葉。選択は私の自由だ。なら、
『戦うしか、ないようだな。ネイアのために。なぜなら、魔女の敵と、私の敵は同じだから』
そう。ネイアの敵と、私の敵は同じ。私のように苦しめられた彼女らのために、戦うしかないだろう。あいつ、散々言ってたな。世界中が敵だらけだって。ネイアの味方をすることは、世界の全てを敵に回すことを意味するだろう。
『……まあ、構わん。周りの全てが敵だとか、私にはいつものことだ。私に、ネイアに歯向かう奴は、一々潰すのみ』
そう。私に他力本願などない。自分の目的は自分の手で成し遂げる。自分の敵も、自分の手で打ち破る。この世界の全てが私の敵なら、その全てを打ち壊すのみの話だ。
『そして、ピエールにも、やり返さないと』
そう。異端審問官ピエールは私の敵だ。彼は、後に徹底的に潰しておかないと。闘志が溜まっていき、怒りが己の内側を焦がしていく。
『私も魔女の一員。なら、敵も同じ。世界の全てを、打ち破るのみ……そう、私は戦う。いじめを耐え、卓郎にやり返し、あいつの両目を潰したように、全部、壊し尽くすのみ……って、ん?』
そう胸が憤りに高揚されていく最中、自分の中から何かの声が聞こえる。前にも聞こえた、あの無機質な機械音が。
(……アルマ・アルキウム。必要最低限の戦意を確認。手順により特殊疑似魂の解禁を開始。3、2、1)
『……中の声、が?』
そう言えばこれの存在を忘れていた。この機械音はまたいきなり喋り始める。特殊、疑似魂?何だそれは。そんな中、体の内側から熱が上がって来る。
『……ううぅ!傷が痛い……!』
炎で体が焼かれるかのような、内側からの熱さに、拷問の傷の痛みがまた蘇る。体中に青い光が刻まれていく。
(アルマ・アルキウム。解禁を完了。初期自動召喚を開始)
私の意思とは関係なく、前の床が青く光り始める。眩い光で目が痛い。やがて、そこから何かが現れる。
『……!?これ、は……?』
そこには大きいな体躯の人が、私に背を向けて立っていた。背がおおよそ190センチは軽く超えそうなその人は、銀色に輝く白金のフルプレートアーマーを着ていて、腰の帯には数個の武器を付けていた。完全武装した武人。性別は女性、だろうか。胸元までくるその銀髪の髪は束ねて結ばれていて、左肩の方に垂らしている。ふと自分の左手を見る。人差し指から魔力の糸が伸びていて、彼女と繋がっている。
「……召喚の成功を確認。それほどの戦意があるとは。その意思の実現には、力が必要、か」
『……あなたは?』
その女性は独り言を呟く。その声は、まるで深海の底を思わせるように冷たく、低いものだった。一体何なんだろう。もしかして敵?最悪の場合、死ぬかもだ。
「……お迎えに参りました。司令」
その女性が私の方に振り向く。傷のない真っ白な肌に、綺麗な顔付き。そして澄み切った、灰色の瞳。だが、目つきの鋭い彼女はどこか感情がなく、冷たいように見えて、強い武人特有の硬い雰囲気を漂わせていた。
『司令……?』
この人も私を司令と呼ぶとは。状況を考えてみると、私が召喚したようだが、一体?
「私の名前は、ハウシェン。階級は、上級大佐。アルマ・アルキウムの中に封印されていたのですが、あなたの意思により解禁されました」
『え?ハウシェン、上級大佐?』
ハウシェンの言うことが何を意味するのか良く分からない。封印とは何だ?
「……どうやら司令は理解に苦しむ様子。要するに私はあなたの部下ということです。今はそれだけで十分。何でも指示を、命令なら何であれ遂行します」
『あ、そうか……不思議だな。兵士が喋れるなんて……ならば、まずこの枷を何とかしてくれ』
今までを考えると、私が召喚した兵士は全員、私の言う通り行動した。それは彼女も同じのようだ。そんなの今はどうでもいい。一旦この拘束から解除してもらおう。
「はっ。ちなみにですが、私は兵士でなく士官です。会話ができるのもそのため。そこだけ注意を」
喋れるのは士官の特権なのか?階級によって色んな違いがあるようだ。それは後で確かめよう。ハウシェンは私に近付いて枷を手に取り、そのまま文字通りそれを千切る。鉄の枷を手で千切るとは、思ってもなかった怪力に私は驚いてしまう。
『……え?』
「完了しました。司令、体はご無事でしょうか。見る限り傷だらけですが」
『……ハウシェン上級大佐?は力がすごいな』
「ハウシェンで構いません。力は当然のことです。私たちは、階級が上がる分、力が強くなっていきますので」
『階級によって力が?知らないことだらけだ……』
「今まで分からないことが多くて困っていたかと思いますが、もう大丈夫です。私はアルマ・アルキウムに関してほぼ全てを知っていますので、何でも質問を」
『ああ、って、ああぁっ!』
椅子から起き上がろうとするが、力が抜けて膝をついてしまう。拷問のせいで体の調子が悪いようだ。傷だらけの体が、激烈に軋む。
「司令、大丈夫でしょうか」
ハウシェンが私の体を支えようとする。
『ああ、大丈夫、立てる』
何とかいて人で立ち上がる。それより今はここを出ないとだ。
『ハウシェン、君は、強いか?』
それより前に、まず大事なことを聞く。彼女がどれくらいの戦力になるのか、それを確かめないと。
「ご心配なく。普通の兵士など、私に適いません。しかしご注意を。無敵ではありませんので」
彼女からの気概、そして今の力を踏まえると、相当に強い者だろう。だが無敵ではないとは、覚えておこう。
『そうか、分かった。ハウシェン、君は私に絶対的に忠誠するのか?何があっても?』
最も肝心なことを問う。彼女が強くても、私に服従しないとその意味はない。
「はっ!仰せの通りに。私はあなたに仕えるためだけに作られた存在。何があっても従います」
『……もし私が自決しろと命令したら、するのか』
ふとそう聞きたくなったので、それを口にする。ハウシェンは忠誠を誓ったが、ならば私のために死ねるのだろうか。今後のことを考えると、確かめなくてはいけない。
「はっ。それが、あなたの命令ならば」
彼女は何のためらいもなく、そう即答するのみだった。
『そうか……良い返事だ』
彼女の目を見つめる。あの冷たく、揺らぎのない目、どうやら彼女は信用できそうだ。彼女と繋がった糸は、何の揺らぎもない。
『絶対服従って……良いじゃないか』
戦力を元に今やるべきことを考える。私の目標は、敵の殲滅。そしてその敵は、私に害を及ぼそうとする存在と、魔女に危害を加えようとする全ての者。だがまずは、ネイアと合流しないと。
『ハウシェン。我々は今からこの牢獄を脱出して、魔女の村に向かう。先に進め。立ちはだかる者は即座に殺すように。敵に慈悲など要らん。急ぐぞ』
「了解しました」
ハウシェンが鉄格子を捻じ曲げ、人が出入りできるようにする。そこから牢獄の廊下に出る。
『にしても、何でここに衛兵がないのだろう。まあ、今はまず服を探さないと』
その時、廊下の隅で居眠りしている衛兵の姿が目に入る。疲れていたのか。なら外は夜なのかもしれない。
『ハウシェン。彼を楽にしてやれ』
「はっ」
ハウシェンがその衛兵に近付く。
「……うぅ……あ?」
彼は近付く巨大な影に気付いたのか、眠りから眼を覚めようとする。
「ふっ!」
ハウシェンがロングソードを鞘から抜き出し、一瞬で彼の首にそれを突き刺す。どれだけ鋭い刃なのか、肉や筋肉だけでなく、首を丸ごと貫いた。血が吹き飛び、その首が落ちる。首のない体がブルブルと血を吹きながら痙攣する。床が、その地に染まっていく。
『良くやった。取り敢えず服を探さないと』
今の自分はほぼ全裸の状態。服と持ち物を取り戻さないと。その時、廊下の隅っこにある部屋が目に入る。扉を開けようとしたが、鍵が閉めているみたいだ。
『ハウシェン』
「はっ」
ハウシェンが拳で扉を丸ごと壊す。そこに入ると、色んな服と雑貨が積み上がっている。
『ここは罪人の服と所持品を集めておく場所か。私のは……ここだな』
服と持ち物、ローブ、ラブレの剣とブライアンからもらったメイスまである。ラブレの剣、取り戻せて良かったな。
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