第25話 拷問

「おい!起きろ!」



 遠くから、衛兵の声が聞こえる。それを機に目を開ける。



『……うぅ……』



 ここはどこだろう。目を開けると、周りは暗く、隅に置いてある松明が周りを照らしている。どこかの地下なのだろうか。部屋の中央にある椅子に、裸の自分が縛られている。服を脱がされたのか?その周りに何人かの人が立っている。



『……ここは?』



「ここは尋問室だ。意識が戻ったようだな」



 私の前にはピエール司祭が立っている。



『尋問?』



「そうだ。辺境伯から借りたところでな。魔女たちを尋問して彼らが魔女か否かを確かめる場所だ。ふっ!」



 ピエールは、そう言いながら鞭を取り出し、私を叩きつける。皮の刃が私の貧弱な肌に炸裂する。刻まれる激痛。体が千切れそうな痛みで、精神が覚醒する。



『うああ!!!』



「まあ、このようにな。今からわしの質問に答えろ。じゃないと、痛い目に会うことになるからな」



『くそ、やろうが……』



 今のではっきりする。異端審問官、ピエール司祭。彼は私の敵だ。



「尋問を始める。貴様、その能力は一体何だ?答えろ」



 彼は私に質問を始めた。答えないと鞭で叩かれるのか。



『……ある魔法使いからもらった力だ』



「ほお……じゃ、それは、」



 ピエールの話を遮り、自分の聞きたいことを口にする。



『何で、そんなに魔女をいじめるんだ?』



「なに?」



『私は君の質問に答えた。だから君も私の質問に答えろ』



「……まあ、良かろう。さっきも言ったと思うが、魔女は大厄災の元凶である大魔女の子孫だ。奴らを放っておくと、いつまたあの大厄災を引き起こすか分からない。だからわしらはいつも魔女を狩るのだ。世界の安寧のために。そう、魔女は、その存在が人類に迷惑なのだ」



『迷惑……?だが、それは先祖の罪であって、今の彼女らは何の悪いこともしてない。今迫害される彼らは、ただ安らかに生きていきたいだけなんだ。それを苦しめ、あんなに惨めな死に方で……』



 さっきの、ジョニーのことが忘れられない。私を見て、助けを求めて、でもあんなことを言われて……普段、感情で動じることのない心が、軋む。



「お前、何でそこまで魔女に肩入れする?あいつらは、己が悪行をなさなかったとしても、その先祖であるベルナディエは、人類を絶滅の危機に追い込んだのだ。その消えがたい大罪、当然子孫である今の魔女たちにもその責任がある。そう、先祖の罪を祓うべく、魔女は自らの死をもって我々人類に贖罪すべきなのだ」



『自分でやったことでもないのに、死をもって罪を祓えって……?』



「そうだ。だが忌々しい魔女の野郎どもは、今も陰に身を潜みその罪から逃れようとしている。ベルナディエのせいで、数えられない程の人が死んだ。そんな者の子孫に、安らかな生?そんなの、決してあり得ないことだ!」



『……罪の連座制が、当たり前だと言うのか。ネイアは、ジョニーは、ただ、生まれただけ……』



「そうだ。魔女どもが自ら罪を祓う気でないなら、わしら、教会が力づくでそれを祓わせてやるとも。しかし……貴様、なぜそこまで魔女の味方をする?答えろ」



 そう言い、ピエールがまた私に鞭を何回か叩く。体から血が滲み出る。心だけでなく、体が、また軋む。



『く、そぉ……!』



「貴様、答えろ。その力は誰からもらったのかを」



 怒りを覚える。何もかも、めちゃくちゃだ。この世界は余りにも理不尽すぎる。生まれただけで、自分がやってもないことの責任を問われ、苦しめられるとか、あんまりだ。こいつも、何で、私をこんなにいじめるのだろう。苛つき、口を開ける。



『これは、ネイアからもらった力だ。そう、魔女である、あいつから……』



「なに?魔女からもらった力!?ネイアだと?貴様、魔女の下部か!?この汚らわしい奴目が……!」



 ピエールが私に鞭を殴りつける。数十回は超えそうな、皮の刃の攻撃が私の存在を蹂躙する。周りに血が吹き飛び、皮が、筋肉が、肉が崩れていく気がする。激烈な痛みで、魂まで雑巾になっていくようだ。そう、端的に言って死にそうだ。



『うぅ、あぁぁ……く、そが……』



「衛兵、あれをわしに渡せ」



「はっ」



 血塗れになって苦しむ間、衛兵がピエールにあれを渡す。今まで焚火の中で温められた鉄串。その


先には、赤く熱を受けた鉄の印が付いている。まさか、



「この烙印は、異端審問官が魔女、もしくは魔女の下部たちに付けるものだ。そう、我が西方正教の敵である証。この印が刻まれた者は、世界のどこにも逃げられない。どれだけ逃げても、そこの人々が、教会がその者を殺すために追い続けるのだ。答えろ。貴様は、魔女か?」



 その熱い鉄の印を構え、ピエールがそう問いただす。



『……私は』



 考え込む。今まで見てきたこと、聞いたことが頭に浮かんでくる。



(実は今、僕たちの一族が困っている。だから助けが欲しくて、勇者を求めることになったんだ)



 魔女であるネイアは私にそう頼んだ。自分たちのために戦ってほしいと。だが、私は断った。理由がなかったから。



(そんな……ゆ、勇者が、唯一の頼りだったのに……僕の、半分……)



 絶望し、挫いていくネイアの姿が思い浮かぶ。そして、



(……お前はまだこの世界を直接見てねえから知らないけど、まもなく知るようになるはずだ。この世界で、俺たちがどんな扱いをされるのか)



 初めて会った時、ゼフが言った言葉。そして私はまもなくそれを知ることになった。



(お、に……)



(死ね!死ね!何で生きようとする!死んじゃえ!)



 絞首台に吊るされて、死んでいくジョニーと、それを見て熱狂する群種。そして、



(くそがああ!!!生きるんじゃあねえよ!死ね!今すぐ死んじゃえよ!!!)



 賭けのため、ジョニーに言の刃を刺す冒険者。それでジョニーは死んだ。しかし、なぜ魔女はそこまで苦しめられるのか?



(そう、魔女は、その存在が人類に迷惑なのだ)



(先祖の罪を祓うべく、魔女は自らの死をもって我々人類に贖罪すべきなのだ)



 思い浮かぶピエールの言葉。魔女たちは、先祖のせいで、世界に迷惑とされ、苦しめられたのだ。迷惑だとされて、いじめられる……私の記憶が、脳裏によぎる。



(お前、うざいんだよ!何でいつも僕たちに迷惑かけるんだよ!)



(そうだそうだ!あいつ、初日から嫌だったのよね~)



(俺はさ、昔からお前みたいな奴が嫌だったのよ!周りにいつも迷惑をかけてさあ、そんなに自分だけが大事なら、学校に来るんじゃねえ……!)



(卓郎!頑張れ!皇!死ね!死ねえ!生きるのを諦めろ!!)



 いじめられる私と、そんな私の首を容赦なく絞める卓郎。そして、周りの皆は卓郎を応援している。そうだ。私は、皆に迷惑とされて、いじめられたっけ。



『……理由はどうあれ、味方もなく、周りから苦しめられるのは、きつい。本当に耐えがたいんだ、それ。直接経験してみないと分からない』



 そう。いつも1人で、周りは敵だらけ。前に迷惑をかけたことがあったとしても、それは余りにも理不尽で、幼い私には耐えがたいものだった。



『なのに、自分でやったことでもないのに、責任を問われて、迷惑とされる。それだけでなく、迫害されて、惨めに殺されるとか、お前は、この世界は、それが理不尽だと思わないのか?』



「……貴様、質問に答えろ。魔女か、そうでないか、お前は何だ?」



 ピエールは、多分私の言うことを理解できないだろう。これは、肌で感じてみることなく、ただ耳にすることだけでは知る用のないことだから。激情を堪えて、自分の思いを、口にする。



『ああ、私も、魔女だ』



 そう。例えその理由がどうあれ、周りから、世界から苦しめられるのが魔女なら、私も、その一員だ。



「……そうか」



 ピエールは無機質な声で、そう返事するのみだった。



「なら、食らうがよい。忌々しき、呪いの末裔よ」



 彼は私の左腕に、その鉄の印を焼き付ける。肌が焦がれていき、激痛が走る。



『うあああああ!!!!』



 鞭の傷もあって、痛みで精神がどうにかなっていくようだ。頭から、魂が抜けていく気さえする。もう、体力も底をついていく。



「魔女であるなら、その罪をもって地獄に落ちるが良い」



 そう言い、彼は鉄の印を元に戻す。左腕に、逆十字架の烙印が、鮮明に刻まれている。



「こいつを牢獄に入れとけ。明日処刑にしなくては。何なら今すぐ殺したいが、辺境伯との約束だったからな。処刑は1日に1回のみだと」



「はっ」



「他にもこんな奴がいるのか確かめなくては。罪人の監視を怠らないように」



 そう言い司祭が階段の上に上がる。拷問と焼き印の傷で極限に疲れた私は、意識が遠ざかっていく。




「……ふむ」



 城内の、軍のために設けられた敷地で討伐軍の準備状況を確かめる。そこはたくさんの兵士、騎士たちと、馬、武器を管理する職人で騒めいている。



「シェパード卿、現状報告を」



 後ろにいたシェパード卿が兵力の現状を述べ始める。



「はっ。現在、各地域から招集された兵力が到着しています。今日中に全員揃うかと。そうなると騎兵の数はおおよそ300近くになると思います。歩兵の場合は、守備隊と、騎士たちが連れて来た兵士、そして直轄を含め1000人ぐらいになるかと」



「そうか。思ったより少ないな」



「先日言った通り、連日の戦闘で兵力は全体的に疲れています。負傷者も多く、装備も万全ではありません」



「それは既に知っている。どれだけ苦しい時でも、やらなくちゃいけないことがあるってことだ。魔女の巣の偵察報告を」



「はっ、偵察隊によると、位置は噂通りで、村の規模はそれほど大きくはなく、人口は推測ですが、約一千人程度とのことです」



 魔女の村は予想より防備が薄いようだ。兵力をこんなに動員する必要はなかったかもしれない。だが、相手は魔女。黒魔法を使う者たちだ。何か不意を突くことをしてくるか分からない。万が一の場合に備えてでも、兵力はそれなりに準備した方が良いだろう。



「確か山の中だったな。騎兵も下馬して山を登ることになるはず。山までは馬で移動して……」



「……報告です!」



 遠くから衛兵の声が聞こえる。



「何だ」



「はっ、ピエール司祭のことですが、城内で魔女を見つけたとのことです!」



「……ほお」



 夜明けにピエールに魔女裁判を依頼したのを思い出す。ただ彼の気を逸らすために託したのだが、本当に魔女を捕まえるとは。



「まあ、明日にまで頑張れとでも伝えておけ」



 この街に魔女がいるとか、どうでもいい。今は魔女の巣を滅ぼすことが重要だ。彼が魔女狩りに気を取られ、我の遠征に手を出して来なきゃ、それで十分だ。



「はっ!そしてですが、その中には閣下の下で動いていた者もいたようです!」



「……我の下で?」



「はっ、スメラギという魔法使いですが、昨日閣下の命令で南の調査に向かった者のようです!彼にも魔女の疑惑があって、現在異端審問官が調査しているとのことです」



「あ、あいつか」



 昨日のことを思い出す。確か不審者として捕まって、殺すか悩んだが、使えそうだから生かしておいたあいつか。まさか魔女だったとは。



「まあ、そんなこともあるだろう。それは異端審問官が何とかするはずだ。下がれ」



「はっ!」



 今は軍の準備が先だ。もし彼が本当に魔女だったら、ピエールの野郎が処刑など、自分で何とかするだろう。



「閣下!ご無事だったでしょうか」



「……うん?君は、ブライアン?」



 声の聞こえた方を見ると、今まで職務から離れていたブライアンが、娘と共に来ている。そう言えば今日で復帰だったのを思い出す。



「ブライアン。我は無事だったとも。君も大丈夫そうで何よりだ。狙いは果たしたか?」



 久しぶりに頼れる部下と会えたのでほっとする。確か、娘のために職務を休むことになったと覚えているけど。



「ええ、どうあれ結論を出せました。閣下のおかげです。あ、そうだ。メディニア、挨拶を」



「お、おはようございます……」



 そう、確かブライアンの娘、名前がメディニアだっけ。我と会って緊張したのか、きょろきょろしていて、お父さんと手を繋いでいるな。



「おはよう。おじさんのこと、覚えておるか?」



「え、ええ……」



「にしても大きくなったな。昔はあれほど小さかったのに。今何歳だ?」



「はっ。この子は今年で16です」



「そうか。もうそんなに時間が経ったのか。君たちと会ってもうそんなに……」



 ここに初めて来て、ブライアンと赤ん坊だったメディニアと会い、もう16年か。時間が経つのって本当に早いな。



「まあ、それはさておき。ブライアン卿。既に知っているとは思うが、明日、魔女の巣を滅ぼしに行く予定だ。それのために下の兵力を集め、討伐軍を準備している最中だ」



「はっ!私もそれについて行きます。主君である閣下と共に、魔女を蹴散らし、騎士の務めを果たします!」



「……」



 ふと考え込む。ブライアンを連れて行くべきなのか。最初はもちろん連れて行く気だったが、メディニアを見て考えが揺らぐ。魔女は危ないが、これ程の兵力なら問題なく勝てるだろう。だが、魔女の魔法は危ないのが多い。死者は必ず出るはずだ。もしブライアンが死んでしまったら、彼が唯一の頼りのメディニアは……



「……ブライアン。明日、君にはここの防衛を命じる」



「?閣下、それはどういう……」



 ブライアンが予想外の指示に戸惑ったようだ。



「言葉通りの意味だ。討伐に行くとは言えここを無防備に晒すことはできない。君は守備隊長として、城の防衛に努めろ」



「閣下、しかし……!今まで私はあなたの護衛として……!」



 彼は我の指示に納得できないようだ。まあ、そうだろうな。今まで共に背中を預けながら戦ってきた自分の主君が、いきなり戦いに参加するなって言い出したら、まあ、納得いかないだろう。



「ブライアン卿。これは命令だ。異論は許さん」



 目に力を入れて彼を睨み、高圧的な口調でそう言い告げる。



「……はい。仰せの通りに」



「良かろう。大丈夫、シェパードなどの護衛も付くから、心配しなくていい」



「……はっ。お任せください」



 後ろのシェパード卿がそう返事をする。比較的に新米騎士である奴は、武術はそれなりに優秀な者だ。彼が護衛なら十分だろう。



「はい、承知しました」



 ブライアンはどこか落胆したようだ。



「ブライアン卿、今日はもう下がれ。旅もしてそれなりに疲れただろう。今は帰って、娘と休息でも取るように、以上だ」



「……はっ、では」



 ブライアンとメディニアが帰る。失望させてすまない。だがこれは君のためだ、ブライアン。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る