第24話 刺突
……意識が沈む。ここは、暗闇の中。また自分の過去だ。最後の、私の最大の過去。
『自分の問題を解決できるのは、自分のみ。過去も、今も、未来も、それに変わりはない』
今は、昨夜母さんからお小遣いをもらった後の翌朝。学校に行く前に、学校の前の文房具屋に寄る。武器となるものを探さなくては。見つけた。陳列されている錐と、鋭く輝いている、ペーパーナイフ。それらを、奴らと一緒に食べるお菓子を買いなさいと、母さんからもらったお小遣いで買い、ポケットに入れて学校に向かう。これは、私の問題に対する、最終解決策。
『今のうちに、考えておかないと』
私に対するいじめは私が解決するしかない。それが人生。でもまずは、母に言われた通り、いじめの主導者、卓郎と啓介に話してみる。自分にいじめを止めてほしいと。それで彼らが止めるのならそのまま解決。だが、もし上手く行かなかったら、これで……
『……殺す、のはいかなくても、障害を与えるのはできるだろう』
何なら殺したい気持ちもなくはないが、そこまでする必要はない。大事なのは、彼らを私に害を及ぼせない状態にすることだ。必ず殺す必要はない。
『……ない』
上履きの中にカッターナイフの刃がないのを確かめ、それに履き替えて教室に入る。
「~~だからさ、昨日みちるちゃんがさ~~」
「~~乃恵美、今日何か臭くない?~~」
私が入ると、今まで騒めいた教室がまた静まり返る。これも慣れたな。
『……これは』
また机が荒らされている。あの2人か、それとも彼らに同調する奴らのせいだろう。一旦椅子に座る。朝礼の鐘が鳴り、先生が入る。
「はあ、疲れた……それじゃ朝礼始めるね。皆、知らせたいことが1つ。クラスの皆は互いを尊重すること。当たり前でしょう?特定の誰かをいじめたりしちゃだめだよ。分かった?そう言う訳で、皆の注意を喚起するついでに、クラスの全員にイエローカード1枚追加ね」
それを聞いてクラスがまた騒めく。
「まじか、俺今二枚目なんだけど、くそ、変なものさせられるんじゃね?」
「あ、くそ、誰だよ……」
「……あいつじゃね?」
クラスの全員の険しい視線が感じられる。これ、やばいかも。先生の携帯が鳴る。
「え、電話?思ったより早いけど……皆、朝礼はこれで終わり。授業始まっても来ないかもしれないから、各自自習すること。もしうるさくなって他の先生に注意されると、また皆にイエローカード与えるんだから、気を付けてね。じゃあ」
西村は連帯責任でクラスの全員を刺激した後、教室を後にする。静寂の中、何人かから声が上がる。
「おい!皇!お前がちくったんか?何なんだよてめえ!」
「そうそう!お前のせいで私、イエローカード3枚目になってしまったじゃん!どうするんだよ!ああもう、むかつく!」
「僕もだけど、どうしよう。西村、罰だからと言っていつもきついことさせるからさ、ああ、嫌だ、まじで」
「お前、うざいんだよ!何でいつも僕たちに迷惑かけるんだよ!」
皆から私への恨みが殺到する。私は黙り込み、この嵐がただ過ぎ去っていくのを望むばかりだ。だが、それは言葉だけで済むことではなかった。
「おい!黙り込むんじゃなくて、何か言えよ!」
いじめの主導者、つまり私の敵である卓郎と俊介が私に近付き、憎しみを吐き出す。
『いや、特に、言うことないけど』
「お前さあ、俺たちはお前のせいで被害を負ったんだぞ?皆にすまないと思わないのか?」
俊介の言葉につい苛立つ。私が皆に誤るべきだと?理解できないな。今までのことで身も心もかなり疲れていたので、自分の気持ちを述べる。
『ああ、皆にすまないとは特に思ってない。だって、私は悪くないから』
そう、私は被害者。もちろん不本意に迷惑をかけたこともあるけど、それは全的に西村にせいだ。私は謝罪する方ではなく、むしろ謝罪してもらう方に近い。
「はあ、お前、ふざけてんのか?こいつ……!」
「卓郎!頑張って!クラスの皆に迷惑かける奴は、痛い目に合わせないと!」
「そうだそうだ!あいつ、初日から嫌だったのよね~」
卓郎は私の言い分に怒りを感じたのか。私の胸ぐらを掴み、私を無理やり立たせる。
『……!離せよ、くそが』
力を絞ってそれを振り切る。すると、それに苛立ったのか、それとも周りの応援の声から激情が高ぶったのか、卓郎は私を倒して、私の上に乗って首を絞める。
『ううぅ……!』
「お前……本当に嫌いだ……!お前は一度も、俺たちに悪いと思ってないのか……?頼むから死ねよ!」
悪いと思うかって?その気持ちもなくはないが、君が言えることではないだろう。卓郎は血走った目で両手に力を入れていく。喉が、苦しい。
「皆!見て、卓郎が皇に一発食らわせてる!頑張れ!」
「え、ちょっと、これ何かやばくね?誰かあいつ止めた方が良くない?俊介、お前が止めろよ。卓郎の友達じゃん」
「あ、ああ。お、おい、卓郎、いくら何でもそれは……」
「え、別にいいじゃん、あいつが勝手にやることだし、僕たち関係ねえよ。頑張れー」
「何か熱くなってきたな。卓郎!頑張れ!」
「あーこのクラス、マジできついわ、くそ」
周りがうるさい。最初から思っていたが、誰も私を助けてくれない。息ができなくて、意識がぼんやりしていく。このままだと、私は死ぬだろう。
『ううぅ、くそ、が……』
「「卓郎!頑張れ!皇!死ね!死ねえ!生きるのを諦めろ!!」」
私の周りがそう叫んでいる。私に、死ねって、卓郎に、頑張れって……なぜか目から、涙が出そうになった。生きるって、かなりしんどいな。
「俺はさ、昔からお前みたいな奴が嫌だったんだよ!周りに迷惑ばっかりかけてさあ、そんなに自分だけが大事なら、学校に来るんじゃねえ……!」
卓郎の苛立ち。はぁ……うるさいぞ、お前。私も学校に来たくて来るんじゃない。だが、そろそろ限界だ。何とか耐えてきたが、もうきつい。意識がぼんやりする中、ふと思う。卓郎、いや、このクラスの皆は、私の敵。私が死んでいっても見殺しにするのみ。自分の敵は、自分で倒さないと……自分を救えるのは、自分のみ……やりたくなかったが、最終解決策、やるしかないようだ。
『う、あぁ……』
「くそ、この……!」
右手を使い、ポケットからペーパーナイフを迅速に取り出し、そのまま卓郎の腕に思いっ切りぶち刺す。
「うあああ!!!!!」
鼓膜が切り裂かれるような悲鳴。首を絞めていた手が離れる。よく見ると、ナイフが卓郎の左腕に刺さり、傷ができている。血が流れて、あいつは腕を抱えて苦しんでいる。
『私に最も大事なのは、周りでなく、自分自身……決断は下した。なら、迅速に、実行するのみ……!』
そう。私の目標、それはいじめの主導者に障害を与え、私に危害を加えられない状態にすること。卓郎はまだ十分な傷を負ってない。ナイフを構え、立ち上がる。
「きゃあああ!!!」
「うわあっ!う、嘘だろう……!?」
それを見たクラスはパニックに陥る。だが構わん。私は自分の目標を遂行するのみ。
『うあああ!!!!』
傷で後ろに下がった卓郎に襲い掛かり、彼の左目をぶち刺す。柔らかいものがえぐられる感覚が手に伝わる。卓郎、いや、敵は衝撃を受け何もできない様子だ。
「うああああ!!!目が、目が、痛い、痛い……!お母さん、助けて……!」
卓郎は左腕と左目で血を流しながら後退り、逃げようとする。だが、逃がさないよ。君が私にやったこと、やり返してあげるから。だから逃げるな。
「きゃああ!!!せ、先生!!!」
クラスの皆が衝撃を受け、教室から逃げ出して行く。だが今の目標は卓郎。あいつにだけ気を集中する。
『お前、逃がさない。やられた分、やり返す……!』
「うわあああ!!!!やめて、やめて、やめて……!」
『いや、やめない』
彼を捕まえ、今度は右目を狙いナイフを何回か刺す。顔の皮が千切られ、その目から血が出る。柔らかいものが砕かれる感覚が手に伝わると共に、顔や手に返り血がついていく。
「きゃあああ!!!!」
『……まあ、こんなものか』
あいつはもう、両目を失った。この障害は、一生続くだろう。傷と血だらけの彼は、その場に倒れ、苦しみ、泣きわめく。
「う、あ、ああ……だ、だれか、たすけて……なにも、みえない……」
静かに周りを見渡す。教室には私と彼しかない。卓郎、即ち私の敵への報復を果たした。目もなくなったことだし、もはや彼は一生私を攻撃できないだろう。
『……終わったのか』
状況を整理する。いじめの主導者の一人である卓郎を攻撃し、傷を与えた。彼は私をいじめる意志と能力、両方を失っただろう。もはや、彼は私の敵ではない。
『……』
訳の分からない謎の解放感が私を包み込む。今まで私を苦しめた敵を、自分の手で倒し、惨めな目に合わせることができた。無様に泣きわめく彼の姿は実にばからしい。これは、自分の決断と行動の結果。これが、勝利ということか。解放感と共に、心の奥底から謎の嬉しさが込み上げて来る。
『これが、勝利……とっくにこうするべきだったのか。自分の敵は、自分で倒さないと……それが、真理……』
謎の笑いが出る。今までただぐっと我慢していた自分が余りにもばからしい。とっくにこうしておけば良かったなと肌で感じる。
『……だが、まだ敵は残っている』
そうだ。もう一人の主導者、俊介を何とかしないと。そして、いじめの元凶、西村を倒さないと……まだ、私の道のりは長い。
「って、これは……!先生!気をつけてください!あいつ、刃物を持ってます!」
「……!?な、何だこれは……!きゅ、救急車を!早く!」
「す、皇……!お前、何を……!」
他のクラスの先生たちと、警備のおじさんが教室に入る。皆、私と卓郎を見て驚愕している。遠くから、警察車のサイレンが聞こえる。
『あ……俊介、やっつけなくちゃいけないけど、現実的に無理のようだな』
そして私は集まった大人たちによって逮捕されてしまう。その後、この学校に来ることは二度となかった。これが、10年以上前の、私の過去。
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