第23話 処刑
そこにはたくさんの人で騒めいていた。周りを見渡すと、広場の中央に絞首台が仮設されている。その上には11人の人が立っている。一人は普通の服を着ていて、何かをしているようだ。残りの10人の姿は、文字通りボロボロで、体のあちこちに傷を負っている。その中でも、彼らの腕に刻まれている、逆十字架の烙印が私の視線を奪う。顔を伏せていて表情は見えないが、倒れる寸前のように見える。一列に並んでいる彼らの首が、絞首台の端と縄で繋がっている。
『これが、処刑か』
たくさんの人がそれを見るために集まっている。よく見ると、昨日の武器屋や服の店の主人もいる。後ろで誰かの話し声が聞こえる。
「ナイヴ、こっちだよ。ふう……何とか間に合ったぜ。にしても人がめっちゃ集まってるな」
「まあ、珍しい見物だからな。最後がいつだったっけ。皆、久しぶりの処刑を楽しみにしているのよ。あーあ、俺も早く見たくてワクワクするぜ!なあ、クニツ」
「そうだな。早く始まらないかな。あ、執行人が何か話そうとするぜ」
彼らが執行人と言った、普段着を着た人が大声で話し始める。それを聞くために広場の群衆が静まり返る。
「皆の者よ!よくぞ集まってくれた!これより代50回目の処刑を開始する!!」
「「うおおおおおお!!!」」
広場が群衆の狂気めいた喜びの叫びに揺れ出す。私はその中で処刑台をじっと見続ける。
「処刑の前に、まず異端審問官である司祭ピエール様からの演説を始める!」
それを機に、白い祭服を着た、身分の高そうな男が絞首台の上に上がる。あの者がピエール司祭のようだ。群衆が彼の演説を待つ。
「……唯一神であり、世界の創造主たる我が主が世界を作られし以来、人はその恩恵の中で祝福のある生を享受することができた。だが、始まりの時から悪魔はそれを恨み、我ら人類を地獄に陥れようと悪辣な計画を企んできた!そう、今より一千年前に、あの大魔女ベルナディエを遣わし、大厄災を引き起こしたように!」
司祭の演説に群衆が大声上げて嘆く。彼らは司祭の演説に夢中になっているようだ。私も続きが気になるのでそれに集中する。
「だがそれは初代教皇エレス様により祓われ、大魔女はその命が尽きた。だが、悪魔と大魔女を崇める、呪いの末裔である魔女たちは今も身を潜み、あの大厄災を再び引き起こそうとしている!近年続いた飢饉と災害、怪物の襲撃は全て奴らの企みだったのだ!」
「「うおおおおおお!!!魔女を殺せ!殺せ!殺せ!」」
広場が魔女に対する憎悪に満たされていく。ピエールは語り続ける。
「そして昨日、この街で魔女たちを見つけたという密告が入った。異端審問官であるわしが調べた結果、彼らは自らが魔女であることを自白した!それがこいつらだ!」
「「汚らわしい奴ら目!死ね!殺せ!全部お前らのせいだ。早くくたばりやがれ!」」
「……」
群衆は絞首台に並ぶ10人に向け憎悪を吐き出す。何の反応もしない彼らは、今何を思っているのだろう。
「よって今から処刑を行う。執行人は準備を」
執行人が準備に取り掛かる。何かのレバーを引く準備をするみたいだ。やっと処刑が始まろうとすることで、我慢の限界がきたのだろうか。興奮に満ちた群衆は自分たちの本能を丸出しにする。
「「うおおおお!!!早くやれ!早く殺せ!何もかもお前らのせいだ!俺の人生がこうなったのも全部お前らのせいだ!死ね!死ね!」」
「執行まで後5、4……」
群衆は熱狂し、ピエールが数える数字を一緒に唱える。彼らの狂気で、もはや息苦しさまで感じら
れる。
「3、2、1!開始!!!」
ピエールの言葉を合図に、執行人がレバーを引く。一気に10人の踏み台がなくなり、吊るされた彼らは重力に引かれて下に落ちる。そして縄の長さが限度を迎え、彼らの首を容赦なく絞めていく。
「……うっ!ううぅ……」
運が良かったのか悪かったのか、彼らのほとんどは即死してないようだ。息苦しさでもがいている者もいる。
「「死ね!死ね!何で生きようとする!死んじゃえ!」」
だが誰かの苦しみに飢えている群衆は、彼らに呪いの言葉を投げ続ける。その時だった。
「なあ、ナイヴ。俺たち賭け、しないか?」
「うん?何を?」
どうやらさっき私の後ろで話していた二人のようだ。耳を傾いてみる。
「今吊るされたあれがいつ死ぬかで勝負しようぜ。代金は5シルバー」
「え?何言ってるんだ?」
「だから、これから30秒内にあいつらが全部死ぬか死なないかで勝負しようって話だ。今から時間を計って30秒以内に全部死んだら君の勝ち、死ななかったら俺の勝ちということで。どうよ」
「5シルバーか。昨日の依頼でもらった報酬の全部だが……まあ、いいぜ。乗ってやる!何か勝ちそうだしな。俺が今から数えるぜ。30、29、28……」
(金まで賭けるのか。群衆にとって、処刑はエンターテインメントみたいなものか)
最初自分の耳を疑ったが、この二人は本当に処刑をめぐって金を賭ける気のようだ。前の世界で色んなことに金を賭けるのは見たが、さすがに人の死で賭けるのは初めてだな。だが驚くにはまだ早かった。
「15、14……」
「「死ねえ!死ねえ!死ねえ!死ねえ!生きるのを諦めろお!!!」」
『……?』
群衆は息が止まっていく彼らに向けて憎しみをまき散らしていく。だが群衆の「死ね」と叫ぶ大声、それを聞いて、自分の何かが揺らぐ気がする。この感覚、確か聞き覚えのあるような……それはともかく、ナイヴという者が時間を数える間、吊るされた人々は次第に動きが止まっていく。それがその人の死を意味するのは一目瞭然だった。
「う、うぅ……」
その結果、吊るされた人のうち、一人の少女だけが辛うじてまだ生きていた。
「残り10秒……」
ナイヴは焦るようだ。賭けに負けそうだからだろうか?汗までかいている。
「悪いな、ナイヴ。この賭け、俺が勝ちそうだな。代わりに俺が数えてやるぜ」
「ううう……くそ……」
「4、3」
「……だれ、か、たすけ……」
(……うん?あの顔は……って、あれはまさか、ジョニー?)
一瞬、驚いて心臓が止まるかのようだった。自分の目を疑う。最初は傷とあざで気付かなかったが、あの人は、ジョニーだ。ネイアの義理の妹である、彼女が何でそこに?何で、今首を吊るされているんだ?理解できない。彼女のその目は、間違いなく私を見ている。彼女の呟きを何とか聞き取れたものの、あまりにも小さいその声は、群衆の罵倒に埋め尽くされてしまうのみだった。
『ジョニー!?何でお前がそこに……?た、助けなきゃ……!』
そう思うものの、それは不可能だとすぐに気付く。ここは群衆のど真ん中、私に吊るされているあの子を救える手段は何もない。ここで暴れても、魔女を救おうとしたことで敵として見られ、制圧されるのみ。でも、何とかしなきゃ。彼女は今、助けを求める目で私を見ている。
『ジョニー、待ってろ。い、今から、何とか……って、どうすれば……!』
死んでいく彼女を見つめ、どうにかできることを必死に考える。だが何ができるのか判断がつかない。その間、あの青い瞳が私を必死に見つめている。
「お、に……」
「くそがああ!!!生きるんじゃあねえよ!死ね!今すぐ死んじゃえ!!!」
「……」
焦りを耐えられなかったナイヴが切迫に自分の気持ちを吐き出す。そのせいだろうか。最後まで息をしていた彼女は、身動きが完全に止まった。様子を見るに……死んだようだ。
「1、0」
「え?これ、どっちが勝ったんだ?あいつ死んだのか?」
「俺が0と言う前に死んだようだから、まあ、君の勝ちだろう。ナイヴ、はあ……仕方ないな。これ
を受け取れ」
「やったー!」
『……』
ジョニーの死を前にし、彼らは賭けの清算をし、どこかに消える。クニツとナイヴか、彼らのことは覚えておこう。後にまた会うかもだ。
「やばい、そろそろ仕事に戻らなきゃ……」
「腹減ったー。おい、飯でも食いに行こうぜ」
執行人が縄を切り、死体たちが落ちる。全員が死んだのを目にし、群衆が散る。今まで呪いを吐き出していた彼らは、まるで何事もなかったかのように自分の居場所に戻り、日常を再開する。商人は自分の店に戻り商売を続ける。食堂では誰かが楽しく食事を始める。街が元の姿に戻っていく。
『……』
今までの群衆の叫び声が、私の中で響き続ける。何でだろう、今まで忘れていた、何かが刺激されたような……だが大事なのはそれじゃない。そう。死んだ彼らの遺体に近付く。絞首台の下には死体が散らばっていて、ジョニーの遺体も、ああ、確かに死んだ。何で、村にいたお前がここに?
『ジョニー……』
(まあ、そうね。でもいいよ。これでお姉ちゃんにもっと近付けるし。私は自分が魔女なのが誇らしいんだ。ねえ!お姉ちゃん!)
彼女が前に言ったことが脳裏によぎる。
『……すまない。見ることしかできなくて』
死んでいく彼女を何とかしてあげられなかったことに罪意識を感じる。彼女は私を見ながら、何を思ったのだろう。ふと彼女のほっぺに手を当てる。
『……』
謎の憤りが、心の奥底からこみ上げてくる。何で、こんなに苦しめられなくてはいけないんだ?理解できない。彼女らの死を何とも思ってもなく、これが自然だと言うかのように何気なく憎しみを吐き出すこの世界に、人々の全てに、純粋たる嫌悪感を覚える。
(お前はまだこの世界を直接見てねえから知らないけど、まもなく知るようになるはずだ。この世界で、俺たちがどんな扱いをされるのか)
ゼフの言葉が思い浮かぶ。こういうことだったのか。
『……問わなくては』
そう、なぜここまで彼女らを苦しめるのか、問わなくては。その時だった。
『……!』
一瞬だけ、ジョニーの遺体に当てた手から、謎の青い光が煌めく。そして感じられるこの感覚、ジョニーの体から、何かを吸い込んでいる?
(……アルマ・アルキウム。魂の残骸の吸収を開始)
『魂の、残骸……?』
突然聞こえてくるこの音声。確かに、手を通して何かがが入ってくるのが、感じられる。
『でも、何でいきなり……?訳が分からない……』
「……!?何だ、この気配は!」
私が戸惑っていると、どこかに向かおうとしたピエールがそう叫ぶ。彼は周りを見渡し、私を見つける。
「衛兵たちよ!あの者を囲め!」
「「はっ!」」
衛兵たちが私を囲み始め、ピエールがこっちに来る。私って、怪しまれているのか。
「今の気配、お主からのものだったな。それは一体何なんだ?答えろ」
彼は私を怪しいと思うようだ。ジョニーの遺体から手を離し、彼に正面から立ち向かう。
『これは、私の能力』
それより、聞きたいことを問わなくては。
「お主の、力……?」
『ああ、お前、なぜ、こんなに彼女らを殺すんだ?』
「……?」
普段、こんなことはあまり言わないようにしているけど、今はさすがに言わざるを得ない。
『ジョニーは何で、死ななくてはならなかったんだ?何も、悪いことをした訳ではないのに』
「お主、わしの話を聞いてないのか?魔女は一千年前の、大厄災の元凶。呪いの末裔であるあいつらを、生かしてたまるか!」
それを耳にし、苛立ちを覚える。自分の思いを述べなくては。
『……大厄災の元凶、呪いの末裔。だがそれはジョニーがやったことでない。この子はただ生まれただけ。千年前の災害を起こした者と違う。なのに、何でこいつが苦しまなくてはならないんだ?ジョニーは、何も悪くなかった』
ジョニーがなぜここにいたのかは知らない。だが、彼女はたかが一人の女の子。あんなに惨めに死ぬ理由はなかったはずだ。ピエールが衛兵たちに叫ぶ。
「兵士たちよ!こいつを逮捕せよ!魔女に肩入れする発言をするとは、魔女の一員かもだ。尋問しないと」
『おい、聞くことに、返事しろよ』
回答を避ける異端審問官に、つい怒りを感じる。衛兵が私の腕を掴もうとする。
『触るな。って……!』
本能的にそれを振り切る。だがそれを機に、もう一人の衛兵が拳を握り、私の顔面にパンチを食らわせる。はぁ……またか。衝撃で意識が遠ざかっていく。
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