第22話 別れ
「閣下、報告です。少しよろしいでしょうか」
真夜中、扉の向こうでシェパードの声が聞こえる。
「……その声は、シェパード……?何だ」
こんな夜遅くに、それも騎士である彼が直接来るとは、まさかまたモンスターの襲撃が?
「はい。衛兵からの連絡ですが、どうやらメアイスから貴人が来たようです」
それを耳にし、胸をなで下ろす。今は討伐軍を準備している中、できるだけ無意味な戦闘は避けたい。運が付いているようだ。
「そうか……貴人?おかしいな。そんな連絡はなかったが。誰だ?」
「はい。それが、教会の、ピエール司祭だと言います」
それを聞き、目が完全に覚める。
「何だと……!?あいつ、この辺で有名な異端審問官じゃないか。くそ!魔女の噂を聞いてすぐに来たのか」
予想より教会の行動が速い。我の手柄に手を出す気か?どうやら運は付いてなかったようだ。
「で、如何いたしましょうか」
「……」
考えを巡らす。彼を入れたら我の魔女狩りに手を出すに違いない。なら自分の手柄を奪われるだけだ。だからと言って彼を追い出しても後に問題になるはず。異端審問官に協力しなかったということで、魔女と訴えられかもしれない。そうなったら、後に問題が生じるはず。
「一旦、中に入れろ」
「はい。そう伝えておきます」
「兵力の準備に後1日は掛かる。その間は何とかそいつをここに縛って置かないと……」
こうしてセベウで人々が目を覚ましていく。
「ふぅ……やっと着いたか」
夜が明ける前に何とかセベウにまで戻ることができた。空はまだ暗いが、太陽の存在が地平線の向こう側で感じられる。城門が開き、ピエール司祭が乗った馬車と彼の護衛、そして俺とフロルが順番に入る。
「おやおや。こんな辺境まで直接いらっしゃるとは。どのような要件で?」
そこにはフシティアン辺境伯と彼の騎士が俺たちを出迎えていた。
「辺境伯!お久しぶりだな。この辺に魔女の巣があると報告を聞いたので、直接足を運んで来たのだ。元気だったかな?」
馬車からピエール司祭が降り、挨拶を交わしている。2人は顔に微笑を浮かべているが、その裏では不穏な気配が感じられる。
「ええ、無論。ああ、魔女のことでいらっしゃったんですか。だがご心配なく。既に我が手を尽くしておいたので、あなた方の支援など不要です」
「ほお、と言うと?」
「昨日、魔法使いを手配して魔女の巣と思われしき場所を調査しました。それでその噂が真実だと判明したので、今討伐軍を準備しています。出兵はもうすぐ、その日魔女は滅ぼされ、全ては解決される。あなた方、教会がわざわざ手を出す必要はありませんとも」
(え!?もうその山に向かうのか?)
思ったより辺境伯の対応が早いので驚いた。辺境伯の言うことが気に食わなかったのか。ピエール司祭は眉をひそめる。
「ほお、そこまで……魔女への対処は教会の管轄のはずだが?」
「まあ、普通はそうですが、ご存知の通り我は辺境伯。自分の領地において、他と比べ多大な裁量権を持っている。魔女への対処など、教会がなくても何の支障もあるまい」
「……そうか。だがあいにく、既に司教様に報告が届いている。近いうちに教会の討伐隊が来るはずだ。君の特権は理解するが、ここでは教会に譲ったらどうだ。その方が君にもいいはずだ。それとも、我ら教会を敵に回したいのか?」
教会の敵とは、異端審問官の言葉で胸がぞっとする。この世界は教会、そしてそのトップである教皇が絶対的な権力を有している。その教会の敵になるということは、全世界を敵に回すことに他ならない。
「ははは!教会の敵とは、大げさなことを。これは我の領地での事件。我が対処すべきことです。教会は不要な部外者であるだけ」
だが、その言葉を耳にしても、辺境伯は恐れずに笑うだけだ。二人は互いを睨み合い、場の雰囲気が険しくなっていく。
「……まあ、ならこれはどうでしょう。今日は教会の援軍が来るのを待ちます。だが今日のうちに来なかったら、明日我が軍だけで出兵する。そしてその間あなたにはここを調べていただきたい。もしかしたら魔女が潜んでいるかもしれないので。あなたに魔女裁判の権限は保証しましょう。この辺でどうでしょう?」
「ふむ……」
ピエールは考え込む。何が自分に得なのか。教会の勢力が強くても、辺境伯への干渉は政治的負担が大きい。教皇や枢機卿ならともかく、地方の異端審問官である彼には難しいかもだ。それにセベウでの魔女裁判で魔女を捕まえたら、自分の手柄になるはず。辺境伯の依頼は自分のリスクを減らしながら、利益に繋がるものだと判断するのか。
「分かった。では今日はこの都市で魔女裁判を開かせてもらおう」
ピエールの口元に意味深な微笑が浮かぶ。
「ええ、では今日はよろしくお願いします。異端審問官ピエール。では我はこの辺で」
そう言い辺境伯と彼の騎士が俺たちを後にする。
「フロル、行こう!辺境伯に聞いておかないと」
「ああ、分かったぞ」
「ピエール司祭、依頼はこれで終わりだ。では」
俺はピエール司祭にそう言い残し、辺境伯の後を追う。
「……良いのでしょうか。城内で彼の好きにさせておいて」
「まあ、良いだろう。どうせ教会の援軍は今日中に来ない。軍ってそんなに早く集められるものでないからな。それより彼をここに縛っておくのが大事だ。討伐軍に教会の者が混ざっていたら、我だけの戦果になれない。明日、何か適当な理由でも付けて彼が城から出られないようにしろ。その間に魔女の巣を打つ。なら戦果は我だけのものになる。今日中に軍の準備を終えないとだ」
「はっ」
「で、そう言えば、今日でブライアンが復帰するのか。なにを、」
「おい!辺境伯!魔女の巣に攻めに行くって本当か?いつなんだ。俺たちも加えてくれ!」
城に帰っていく辺境伯を追うと、彼らが俺たちを見返す。
「……出兵は早くても明日になるはずが、見る限り、君たちは冒険者なのか?」
「そうだ。俺たちが最初にあの村を見つけたパーティーだ。魔女に襲われて、ほとんどの仲間が死んだ。それの仇を取りたい。頼むから俺たちも討伐軍に入れてくれ!」
「ほお、君たちが魔女の村を見つけたと言う冒険者たちか。状況を見るに、教会に報告してピエールを連れて来たのも君たちだな」
「ああ、そうだ」
「何で我でなく、教会に先に報告を?これは我の領地での事件。報告するには我の方が先だと思うが?」
「それは…」
彼の問いに戸惑ってしまう。どうやら辺境伯は俺たちが自分ではなく教会に先に知らせたのが気に食わないようだ。
「それが普通だろう。魔女のことは教会が専門だから。昔からそうだったし」
「……なるほど、分かった。君たちは我が軍に加わる必要はない。教会の犬など、信用できるものか」
俺たちを見る辺境伯の目は不信に満ちている。
「……!そんな、頼む!俺たちはあの場所に戻らなくては、」
「我とは関係のないことだ。もう戦力は十分に揃っておる。お前たちは不要だ。下がれ」
そう言い辺境伯と彼の騎士が城に向かう。
「おい!頼む!あそこには皆なの遺体が!俺たちはあそこに行かなくちゃ……!」
俺が叫んでも、辺境伯は振り返らず城に向かうのみだった。
「ちっ、くそ!それなら俺たちだけで行く!」
彼が俺たちを連れて行く気でないなら、俺たちだけで行けばいい。この街には冒険者も傭兵もいる。依頼すれば誰かとパーティーを組めるはず。もちろんそれでも危ないのは変わらないが、2人で行くよりは安全なはずだ。
「……?ほお、そうか。おい!この者たちを逮捕せよ。今すぐにだ」
辺境伯の命令で、周りの衛兵たちが俺たちに刃を向けて近付いて来る。
「え?」
「兄貴、少し危ないようだが……って、もう逃げるには遅いか」
「君たちは我々の戦いに多大な妨害になろうとしている。君たちの見勝手な行動が、我が軍の戦いにどんな影響を及ぼすか予測できん。領地の安全のために逮捕してもらおう」
衛兵たちが俺とフロルを逮捕しようとする。
「兄貴、ここは一旦辺境伯の言う通りにした方が、」
「触るな。俺は、あそこに行かなくちゃいけねえんだよ!」
予想とは全然違う方向にことが進んでいくのに焦りを感じ、俺はつい1人の衛兵を倒してしまう。
「兄貴……!そんなことは、」
「……!」
周りの衛兵たちが武器を構える。
「ふう……シェパード卿。後は頼む。我は忙しい」
「了解しました」
「ちょっと、おい!それでも貴族か!」
俺の叫びを無視して辺境伯は己の城に戻る。それを追うとするが、シェパード卿と呼ばれた騎士が俺の前に立ちはだかる。
「おい!退けよ!俺はまだ、」
「……ふっ!」
俺が何を言い出そうとする中、その騎士は拳を握り、俺に全力のパンチを食わせる。戦闘も予想してなく、あまりにも一瞬で起きたことのため、俺は顔面を殴り付けられ、意識を失う。
「……う、ぁ……」
「兄貴!って、分かった。何もしないから」
フロルがセルヴィオンを助けようとするが、いつの間にか彼女の首元にはシェパードの剣が当てられていた。状況を把握したフロルはナイフを捨て、両手を上げる。
「君は話が早いな。助かる。悪いが、しばらくは身柄を拘束してもらおう」
セルヴィオンとフロルが牢獄に連行される。その時、地平線の向こうから朝日が昇っていく。
……いくら時間が経ったのだろうか。街が人々で賑やかになってから何時間が経ち、彼方たちの姿が街に戻る。
「ふう……やっとセベウに戻ったか」
「へぇ、へぇ……もう脚が折れそう……」
朝日が昇ってから何時間も歩いて、やっとセベウに戻ることができた。街は昼頃のようだ。周りを見ると、昨日とあまり様子が変わってない。道は糞とネズミで汚く、負傷者が多い。道中の人々から話しが聞こえる。
「なあ、聞いたか?昨夜メアイスから異端審問官が来たってよ」
「まじか。何で?あ、まさか噂のあれか、魔女の村があるって」
「それのために来たのか、そう言えば今日魔女裁判があるって噂があったけど、何か関係あるのか?」
「そういえばさ、辺境伯様がそこを滅ぼしに行くんだって、それで今軍を準備しているとか」
「昨日の戦闘の準備はそれのためだったか。っていうか、魔女の噂って本当だったんだ。怖いな」
街中で色んなことが聞こえる。
『……辺境伯が、あの村を滅ぼす……?』
どうやら事態は段々深刻化していくみたいだ。異端審問官が来て、辺境伯が軍を準備して、ネイアたち、どうしよう。
「おい、スメラギ、大丈夫か?」
「み、水でも飲みますか……?」
私の顔色が悪いのか、隣のブライアンとメディニアが心配そうにこちらを見ている。
『ああ、大丈夫。何でもない』
どうやら自分はネイアのことで頭の中がぐちゃぐちゃのようだ。
「なあ、これからどうする気だ?」
頭の中が魔女でいっぱいな私に、ブライアンがそう尋ねる。
『え?何をするかって……』
「昨夜からずっと気になってな。言った通り、俺は今日で本来の任務に戻る。メディニアも家に帰ることになるんだ。だが君はこれからどうするんだ?」
『それは……あっ』
ふと今になって気付く。ブライアンたちには自分が辺境伯の下で働いていることを話してなかった。私のことを冒険者と勘違いしているかもしれない。それはさておき、自分のことを考えよう。これからやることを。
『……パーティーの皆の、遺品を整理しないと』
死んでしまったパーティーの皆。彼らの後片付けをしないと。ギルドへの報告、遺品整理など、彼らのためにやるべきことがある。辺境伯のことは、今は別にいいか。今大事なのは彼ではない。
「そうか。分かった。ならばここで別れた方が良さそうだ。俺たちは今から帰らなくてはならない。で、その村には帰る気か?」
『……まだ決まってない』
ブライアンは昨夜私が話したことがまだ気になっているようだ。
「決めるのは君だが、後悔のない選択をしてくれ。そうだ。これを」
ブライアンが腰回りに付けていたメイスを取り出し、私に渡す。片手で十分に使えるサイズの、鉄の鈍器。小さいが思い重量が手を通して伝わってくる。
『メイス……?何で?』
彼がなぜそれをあげたのか理解できない。戦えということか?
「お前、今無防備だからな。君の状態をみろ。槍もなくして、兵士たちも使えない。もちろんその剣はあるけど、剣って初心者がすぐに使いこなせるものじゃない。せめてもの護身用としてこれを持っていけ」
今の自分の状態を確かめる。確かに武器もなくし、兵士も全滅した。今はラブレの剣だけが唯一の頼りだが、上手く使える自信がない。もしこの状態で戦いを強いられたら、まともに戦えないだろう。今は都市にいるから大丈夫だとしても、これからいつ戦いになるか分からない。ブライアンはそこまで見据えて、自分の武器をあげたのだろう。
『……ありがとう』
「別にいい。戦わなければならない時には、それで敵の頭を潰すのだ。では、ここでお別れだ。少女のこと。良く考えてくれ」
雰囲気からして彼らとはここでお別れのようだ。今からどこに向かうのか、聞かないでおこう。
『……ああ、分かった』
「あ、あの……スメラギさん、ここでは別れるんですけど、いつかまた会えるでしょうか……?」
顔が少し赤く染まったメディニアが、目を避けながら私にそう言う。どうやら彼女は私と別れるのが惜しいようだ。また会える日って、これからあるのだろうか。
『まあ、運が良ければ、ね。メディニア』
「え?あ、はい」
昨夜の会話を思い、彼女に最後に残したい言葉を口にする。
『戦えないという理由で、自分を責めないで。理由がないなら、戦わなくて良いだけだから』
「スメラギさん……はい、ありがとう、ございます……」
『……うん、それでは、またどこかで』
「……はい。また、どこかで……」
ブライアンとメディニアが道の向こう側に行き、やがて人波の中で消える。私はまた一人になる。
『ふう……一旦、冒険者ギルドに行くか』
皆の死を報告した後、何か資料をもらおう。ギルドには彼らに関する情報があるはず。それを見て、どんな旅をして来たのかを知りたい。
『そして、ラブレの母、エリアン。それも調べないと。そうだ、サラマンカもあるし、向かいに
行かな……』
ラブレの母に、バシリアの愛馬、サラマンカの存在も思い出す。その時、広場の方向に何かが見える。たくさんの人が集まっていて、何か始まろうとしているようだ。
『何だ、あれは。広場に何か?』
「おい、聞いたか!魔女を処刑するって!」
「この街にも魔女があったのか、怖いな……まさかモンスターの襲撃もそのせいなのか」
「でもピエール司祭のおかげで助かった!その魔女も処刑されるから、この街はもう安全だ!」
聞く限り、どうやらこの街で魔女が処刑されるらしい。広場に人が集まっているのもそのためなのか?そう考えながら、広場に向かう。
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