第21話 墓と焚火

『ふう……まずはこれで良いか』



 洞窟の外に出ると、外はもう夜になっていた。夜空には雲がかかっていて、月が揺らいでいる。すぐにセベウまで帰ろうとしたが、夜中に移動するのは危ないとブライアンが止めたので、今夜は野営をすることになった。近くに野営に丁度いい場所を見つけたので、二人がそれの準備をする。私はその間、地を掘り、ラブレの体を埋蔵する。墓を作るまではいかないとしても、彼だけは何とか土に葬ってあげたかった。ラブレ……その最後の瞬間が、忘れられない。



『墓石になるものは、特にないか』



 適当に木の枝を持ってきて、十字架を作る。そしてそれを墓石の代わりに立てておく。



『……これだけは、持っていこう』



 彼の遺品のほとんどは遺体と共に葬ったが、唯一、彼の剣だけはどうしても側に置きたかったので、鞘と共に自分のものにしてもらった。これは、冒険者の道を決めたラブレが頼りにしてきた、彼の友。長さ一メートルの片刃の直刀。切っ先から20センチぐらいが両刃になっていて、手を守るための籠状の柄が目立つそれは、所々に血が付いているものの、月光を浴び鋭く輝いている。



『……』



 血だらけの刃に自分の顔が映る。私の目に光はなく、顔は血と涙の跡でボロボロだ。



「おい!もう終わったか?」



 後ろからブライアンの声が聞こえる。



『……ああ。もう終わった。何か用?』



「簡単な食事を用意した。こっちに来て少し食べたらどうだ?」



『……分かった。今行く』



 ラブレの剣を鞘に納め、墓を後にする。



「……あ、スメラギさん。体は、大丈夫でしょうか……?」



 焚火の周りに座って、何かよく分からないスープを飲んでいると、隣でメディニアが声を掛けてくる。私のことを気に掛けているのか。



『……大丈夫。君は?』



「わ、私も、平気です……あ、あの、すみません、スメラギさん……私、逃げてしまって」



 彼女を見ると顔が少し泣きそうになっている。ゾンビの群れに遭遇した時、逃げてしまったのを気にしているのか。



『……いや、別に、君がそこにいても何か変わる訳でもなかった。むしろ良かったよ。君が早くブライアンに危機を知らせたおかげで、私だけでも生き残ったからな。自分を責める必要はない』



「は、はい……」



 あのゾンビの群れ、特にあのガスは、吸ったらただ殺されるのみ。メディニアが逃げずに戦ったとして何か変わる訳もなく、ただ死体が1つ増えるだけだっただろう。彼女は適切な判断をした。



「にしても、あのモンスターたちは何だったんだろう。変なものを撃ちやがって、死ぬところだったな」



『あ、そう言えば』



 ブライアンの話を聞いてふと思う。彼には、何が起こっていたのだろう」



『ブライアン、聞きたいことがあるけど、私を助けるまで何があったのか教えてくれないか?』



「ああ。外で君たちを待っていた時、急に内側からメディニアの悲鳴が聞こえてきたんだ。何事かと思い中に入ったら、メディニアがモンスターたちに追われていて、そいつらと戦う羽目になったぞ」



『モンスターたちって、ドワーフのことか』



「あの小さいモンスターって、ドワーフと呼ぶのか?すまん、モンスターには詳しくなくて」



 ドワーフは、人の形と似ていて、人間の言葉を喋るにも関わらずモンスターって呼ばれるの


か。私の知っているモンスターと、この世界でのモンスターはその定義が少し違うようだ。



『まあ、いい。続きを』



「で、そいつらを何とか倒したら、生き残った奴らが逃げてしまって、それを追うことになったんだ。だけど松明がなくて、暗くてな。それに待ち伏せがある可能性もあるし、警戒しながら追撃したせいでかなり遅れてしまった。それで何とか奥に進んで行くと、いきなり爆音が聞こえて、急いで走って行ってみたら、そこは……」



『……なるほど。分かった。そういうことか』



「あの、すみません。それも私のせいで……」



『……うん?』



「逃げ出した時、分かれ道で誤って、右の方に行ってしまったんです。それで、洞窟の中に進んでしまって、あのモンスターたちに見つかってしまったというか……それで彼らが追ってきて、今度こそ外に向けて走ったら、ブライアンさんが来てくれて、生き残ったんです」



『もう1つの道にはドワーフがいたのか……それなら納得だな。じゃ、ラブレとは会ってないのか?分かれ道にはラブレがいたはずだけど』



 分かれ道ではラブレが待っていたから、彼女もラブレと会ったはず。ならば彼がこの子を止めて、事情聞いてもおかしくなかったのだが。



「それが、ラブレさんと会って、何かを言われたのは覚えていますけど、私、あの時パニックに落ちていて。無視してただ走ってしまったと言うか……」



『それでラブレは私たちの方に向かったのか』



 ラブレはメディニアを見て、奥の方で何かが起きているのに気付いたのだろう。だがそれが何かまでは知らなく、メディニアは別の方に行ってしまった。この状況で彼は彼女より私たちを優先して、様子を見に来たのだろう。そして私と彼が会った時、メディニアはドワーフたちに追われ、外に逃げていたのか。その後は自分が見た通り。こうしてみると辻褄が合う。



『ドワーフたちは自分たちが攻撃されたと錯覚して、君を追ったみたいだ。にしても、ブライアンがなかったら大変だったな』



「ええ、もしパパがなかったら、私は今頃……って、え!?」



『まあ、パパ、ね』



 メディニアは顔が赤くなり、戸惑う様子だ。まあ、そういうことだったのか。今まで話を聞いていたブライアンが口を開ける。



「……すまない。特に騙す気はなかったが……」



『別に、謝る必要はない。誰にだって事情はある。それに、何となくそんな気もしたし』



 今までのメディニアを見ると、ブライアンを頼りにしているのが分かる。彼がいなければ彼女は何事も上手くできず、ただ不安に晒されるのみ。そして、二人のその神々しい銀髪の髪、そっくりじゃないか。それで人を騙す気なのか。



「そうか。ありがとう」



「パパ……」



 メディニアは顔を赤く染め、ただ下を見るだけだ。静寂が訪れる。



『……にしても、不思議だな。2人は何でそれを隠していたんだ?その上で冒険者までして。さすがに気になるが』



「……まあ、もうばれたことだし、別に構わん。前に言った通り、俺の身分は騎士だ」



『そうだったな。騎士だったら、誰に仕えているんだ?辺境伯?』



「そう。だが、娘のせいで今は一時的に責務から離れている。閣下の許可を得てな。それもこれが最後だけど」



『それはどういうことだ?』



「俺の娘、メディニアのことだが、冒険者に憧れていてな。昔から冒険者を目指しているんだ。だが君も知っている通り、冒険者って危機に遭遇し、戦わなくてはならないものだ。だけど見た通り、この子は臆病者でね。俺が側にないと不安がって戦えない。だから俺が冒険者になって側にいてあげるのだ。この子が冒険者として一人前になるように」



「パパ……」



『そういうことか』



 確かメディニアはブライアンと離れると怯えてしまい、戦闘もできない様子だった。だから彼は洞窟に入る前に門番役を買って出たのだろう。自分のない状態で娘を戦わせるためだったのか。



『二人って仲が良さそうだな。親が娘にそこまで付き合ってくれるとは。それも自分の本来の役目


を休んでまで』



「そ、それは、えへへ」



 メディニアはふと笑う。嬉しがるのか、恥ずかしがるのか、分からない。何ならその両方かもだ。



「パパは、昔から私のことを大事にしてくれて、いつも頼っています……パパがないと私、何も


かも上手く行かなくて……」



「まあ、一人しかない娘だからな。気になるってものだ。しかし、今度も上手く行かなかったな。前から練習してきたけど、今回も逃げてお終い……メディニア、どうやら君に冒険者は難しいよ


うだ」



「……うん、ごめんなさい……」



 また静寂が訪れ、場の空気が沈み、焚火の音だけが聞こえる。何か、自分のことでも話すか。



『……そんなに気にすることはない。戦う理由を見つけたら、人は自然に戦えるようになるから』



「え?」



「……というと?」



『私も最近、そういう時があったんだ。誰かに頼まれて、戦わなくてはいけなかったけど、結局戦えなかった。だって、相手を殺す理由を、見つけられなかったから』



「……」



「……そうか。もう少し詳しく話してくれないか?その話」



 ブライアンとメディニアが真剣に私の話に耳を傾ける。



『ああ。実は、前にある女の子に頼まれたんだ。自分たちが危機にあるので、それを助けて欲しいと。最初は悩んだけど、本当に苦境に陥っているみたいで、そうすることにした』



「女の子、苦境……それでどうなったんですか?」



 メディニアが目を輝かせている。興味を引いたようだ。



『で、その直後に戦闘を強いられた。侵入者たちが来てね。彼ら四人を村から出さずに倒さなくてはいけなくなった。だが戦える人は私とあの子しかなくて、二人で戦うことになった』



「2対4か。数的に不利だが、どうやって?」



『夜だったので、彼らが疲れていた時に奇襲を仕掛けたんだ。私が兵士を召喚して彼らの注意を引く間、その子が一人ずつ魔法で殺していく。そんな感じだった』



「魔法使いだったか。それで?」



『三人までは上手く行ったんだけど、その後、生き残りが突撃してきてその子を殺そうとした。それは何とか止めたけど、そのせいでそいつが私に攻めて来て、死ぬ羽目になったぞ。なぜなら、私はその戦いが初めてだったから』



「……」



『でも女の子が魔法でその剣士を縛ったので、生きることには成功した。で、私がその剣士を殺せば全てが解決だったけど。殺すことができなかった』



「うん?それは何でだ」



『人を殺すのに抵抗感があったんだ。そしてその抵抗感に勝る程の殺す理由、それが自分にない


と気付いた。彼は私の敵ではない。そう思ったんだ』



「……確かにそうも考えられるな」



『で、代わりにその剣士に降参を勧告した。君はもう戦えない、だから無駄死になりたくなければ降参しろと。だが、あの剣士、すごい勢いで怒り出して、今すぐ己を殺せと、私に叫び出した』



「え……?自分を殺せと叫ぶ……?」



「まあ、メディニア、良くあることだ。その剣士はそれが屈辱的だと感じたのだろう。十分にあり得ることだ。で、それをどうした?」



『彼をどうするか悩んだけど、その時、彼の助けが来てね。その剣士を連れて逃げてしまった。盗賊、って言うのか。動きが速すぎて追えなかった』



「た、確かに盗賊を追うのは大変ですね……それで?」



『結局そいつらは逃げてしまって、私は気付いた。自分にはその子のために戦う理由がないと。それでその子に告げたんだ。君のために戦えないって』



 ブライアンはじっと私の話に集中する。



『で、その子は挫いてしまった。確か言ったな、剣士たちが逃げたせいで、もうすぐ侵入者たちが攻め込んで来て、村と皆を滅ぼすって。私は、その子に残った唯一の希望だったらしい』



「そんな……」



「力のない者をそんなに……許さん」



 メディニアは悲しんでいるようだ。ブライアンは彼らのことで怒りを感じているのか。



『それで、その子は私に言った。分かったから、もう消えろって。私に失望したんだろう。それで私はその村を後にしてセベウに向かったんだ。それが昨日の出来事』



「……そうか」



「……」



 また静寂が訪れるが、私は自分が言いたかったことを口にする。



『皆、生きて行くといつか自分の敵と向き合うことになる。そうなると自然に戦えるようになる。だから、今すぐ戦えなくても気にしなくていい。その理由はいつか見つかるはずだから』



「そうか、スメラギ。それで、その子とはもう会わない気か?」



 話す途中にブライアンが口を開ける。ネイア、か。



『まあ、二度と来ないでと言われたから、行かないつもりなんだ』



「そうか……俺が君だったら、その子の力になったかもだな」



『うん?』



 彼らはどうやらネイアのことを同情しているようだ。



「あ、いや。別に君に強いるつもりはない。ただ、昔のことを思い出しただけだ」



『昔のこと?』



「ああ、それは、今より10年以上も前か。あの時、俺は閣下と北に向かうことになったんだ。十字軍の一員として」



『十字軍?』



「ああ。あの時、世間は聖戦だとうるさくてな。北の異教徒たちを改宗させるとかなんとか。それで十字軍が招集されたので、閣下と共にそれに加わったのだ」



 聖戦に十字軍か。この世界の教会は物騒なものだな。



「で、北に新たな国が建国されて、異教徒と戦うことになったが、ある日、それが起きた」



『それは何だ?』



「異教徒の軍勢が大々的な反撃をしてきて、たくさんの仲間が死んだ。その時、俺は閣下と離れたところにいてな。閣下の安否が心配で首都へ急ぐことにした。それである村を通り過ぎることになったが、そこの村人たちが頼んできたのだ。自分たちを守ってほしいって」



『え?何で?』



「そこは普段から敵の襲撃がある村だったんだ。普段は十字軍が彼らを守ってくれていたけど、緊急状態ということで全ての軍が王国の首都に向かったんだ。よって彼らは襲撃に無防備に晒されることになったんだ」



『それで、どうなったんだ?』



「最初は悩んだけど、俺の本分は閣下の護衛だ。残念だが、彼らの願いに応じることはできないと思ったのだ。それで彼らを後にして首都に向かったのだ」



『ふむ』



「で、首都に着いて、閣下と合流したけど、その時は既に教会騎士団が来て、敵軍を殲滅した後だったんだ。それで一旦俺は閣下に村のことを報告して、またあの村に向かうことになった」



『で、どうなった?』



「それは……皆、殺されていた。敵軍によってな。それも、体が串刺しにされて……」



『……』



「あいつら、ひどかったな。後に聞いたけど、串刺しは外敵に対して奴らが使う手らしい。村の全員が、串刺しで殺されたんだ。小さい子まで……俺は、それを見て衝撃を受けて、今も忘れられない。だからいつも思うんだ。もし、俺が彼らを守ってあげたなら、その結末は避けられたのではないかと。俺は騎士。弱者を守るのが、本分なのだ」



『……もしもの過去など、考えても意味のないことだ』



「それは、そう。俺が言いたいのはあれだ。もし君に力のない者を守れる機会があるなら、是非彼らを守ってほしいのだ。世界には力があっても、間一髪でそれができない人もいるのだ」



『……分かった。あなたは命の恩人でもあるし、考えてみる』



 そうして、夜は深まっていく。夜空を見上げると、雲のせいで月はその姿が消えている。



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