第20話 要塞都市メアイス
いくら時間が経ったのだろう。一日中を馬で走ったら、もう日が沈もうとしている。
「ふう……メアイスまでいくらの残ったんだろう。くそ!もうすぐ夜になっちまう……」
いくら冒険者とは言え夜に移動するのは危ない。時間があまりないと思った俺は、つい焦ってしまう。
「兄貴、もうすぐなはずだぞ。焦らずに行こう。道はここで合っている」
そんな俺を気にするのか、フロルは俺を落ち着かせようとする。
「ああ。そうだな。すまん。つい焦ってしまって」
「いや、無理もない。予想より時間が掛かっているからな。まさかこの辺で戦闘することになるとは、さすがに僕も予想外だったぞ」
「……そうだな。おかげで時間の予定が狂ってしまった。本来なら既に到着するはずだったが、仕方ない。今は急ごう」
セベウからメアイスまで、本来ならそんなに時間が掛からない距離だが、今回は途中で山賊と会い、戦闘をさせられてしまった。何とか勝つことには成功したが、そのおかげで今は時間との戦いを強いられる羽目になった。
「馬も疲れているし、下手に走れないぞ。にしてもまさかこの辺で山賊とか、世の中も物騒になったものだ」
「確かに、つい最近だってこの辺は治安が良かったはずだが、どうしたのだろう。あ、あれは」
そう独り言を呟きながら、道路に沿って低い丘を登ると、巨大な城塞都市が目に入る。
「兄貴、もう到着だ。良かったな。夜になる前に辿り着くことができて」
「ああ。フロル、ここから走っていくぞ!ついて来て!」
俺は足で馬を駆り、走らせる。
「おい!止まれ!何者だ!」
都市の入り口に近付くと衛兵が俺たちを止める。
「ああ、冒険者だ。これを見てくれ。身分証だ」
俺とフロルが彼に冒険者バッジを見せる。
「……冒険者か。分かった、通れ」
バッジを見せるとその衛兵は俺たちをあっさりと通す。
「~~いらっしゃいませ!今日は~~」
「~~おい!聞いたか?セベウが魔女の襲撃を受けたって~~」
「~~あら、怖い……ここには来ないでほしいわ~~」
都市に入ると、そこはたくさんの人々で賑わっていた。城塞都市メアイス。人口は五万程度。高い城壁に守られているその都市は、その一面は巨大な川に、もう一面は山脈に守られている天然の要塞だ。セベウなど、この辺の辺境要塞に向けて東から送られる物資や人は、そのほとんどがこの都市を経由していく。 南の方に接した川からたくさんの船が毎日出入りし、人と物資の移動が絶えない都市だ。
「さっそく教会に向かう。第二広場だっけ?」
「ああ、ここから左だぞ。行こう」
馬に乗って道を辿っていく。早く報告をしなくては。ギルドに報告してもいいが、そうしたら教会は早くても明日に知ることになるだろう。またあの山に戻らなくてはいけないのに、何もできないまま時間はただ過ぎていく。心が焦がれる。
「くそ!あの山に皆の遺体が残っているのを思うと……だめだ。早くあそこに帰らなければ……」
「兄貴、気持ちは分かるけど、少し落ち着いて。焦るだけじゃ何もできないぞ」
「あ、ああ……って、やっと広場に出たな、すぐに……」
人の波を抜けて広場に着いた途端、それが目に入る。広場の中央に処刑台が設置されていて、そこに50を超える死体が裸で吊るされている。
「え、これは?処刑か……」
その処刑台の下を見る。そこには数十人の死体が積み重なっている。その死体を衛兵たちが馬車に積んでいる。
「……なあ、これは何だ?」
「あ?ああ、これか。さっき魔女の処刑があったんだ。にしても今日は人数が多かったな。一気に100人を処刑するとか、さすがに俺も驚いたぜ。まあ、魔女が減ったから、その分俺たちの世界が良くなったってことだけどよ」
「……そうか。分かった」
その死体を無視して教会に向かう。あれは今の俺に大事なことではない。今はあの山のことが先だ。馬から降り、巨大な聖堂の扉を開く。静寂な聖堂の中、そこには中年の神父と、目を閉じているシスター、そして高級そうな白い祭服を身に包んだ中年の男性が祈りを捧げていた。
「おい!魔女を見つけたぞ!冒険者ギルドに依頼を出した奴は誰だ!」
「兄貴、いきなりそれはちょっと……」
教会の三人が俺の方を見る。神父の服を着た男が話し始める。
「……神のご加護があらんことを。その依頼を出したのは私だが、君がそれを受け取ったのか?にしても、魔女とは、もう少し詳しく話してくれないかな?」
「ああ、依頼された場所、セベウの西の方、境界領域の中で魔女の巣を見つけた。だが、魔女たちに反撃されて、パーティーの中で俺とこの子以外は皆、死んでしまった。頼む、教会の名であの魔女の巣を討伐してくれ!」
「ほお、そういうことか。君、少しじっとしたまえ」
その神父が急に俺の頭に手を当てる。彼は目を閉じて何かを感じるようだ。
「え?今何を……?」
「うむ。君の言うことは事実のようだ。微々たるものだが黒魔法の気配が感じ取れる。だが、信じるにはまだ足りないな。黒魔法で攻撃されたのは確かだが、それだけでそこに魔女の巣がある
とは断定できない。明日、そちらに調査員を向かわせよう。その調査結果、それが本当なら上部に報告する。そちらに討伐隊を送るにはまだ早い」
「え?そんな……」
その時、隣で話を聞いていた中年の男性が口を開ける。
「いや、そちらにわしが向かうとしよう」
「?どうかしましたか。ピエール司祭」
「ピエール司祭……?」
以前、その名前を耳にしたのを思い出す。ピエール司祭。最近、この地域で魔女裁判を積極的に展開し、潜んでいた魔女たちを排除してきた、西方正教の異端審問官。彼によって死んだ魔女の数は、もはや四桁を超えるという。噂では魔女裁判の実績で司教の座を狙うとか。その彼は自分の発言に疑問を抱いた神父に己の意見を語り出す。
「言葉その通りだ。魔女の巣がこの世界にまだ残っているとは、決してありえない。ああ、決して!今すぐあそこに向かい、調べなくては。わしは側近を連れて今からセベウに向かう。その間に司教様への報告を頼む。なら討伐隊を迅速に派遣してくださるはずだ。ならそれを直ちにわしへ送れ。肝心なのは速度だ」
語り出す彼の目には、どこか狂気が宿っているように見える。
「……あなたがそう言うのなら、仕方ありませんね。分かりました」
「よし!ならフロル、俺たちはこのままセベウに……」
本来ならすぐにあの山に戻りたいが、もはや夜、今はセベウに向かい、朝になるのを待った方がいいだろう。
「君たち、今からセベウに赴く気か?」
「あ?ああ、そうだけど」
「ならば今からセベウまで護衛をしてくれないか?冒険者ならそれなりに戦えるだろう。わしの護衛もいるが、それだけでは心細くてな。報酬は支払う。どうだ?」
彼は俺たちに護衛を頼みたいそうだ。どうするべきだろう。俺たちだけでまたあの山に向かっても、結局、教会の支援を待たなくてはいけない。あの山に俺たちだけで入るのは危険だからな。ならば彼の護衛は悪くないだろう。彼を早くセベウに辿り着かせれば、教会の対応も早まるはず。
「……護衛か、まあ、いいだろう。君はどうだ?フロル」
「まあ、兄貴がそれでいいのなら。僕は別に構わないぞ」
「そうか、じゃ、セベウまでの護衛、受け取った。ピエール司祭」
「ああ、よろしく頼む」
そうして、俺たちはまたセベウに向かうことになった。外はもう夜になっている。
「皆の遺体、それにあの男と魔女……早く行かねば。皆、少しだけ待ってくれ」
夜空を見上げる。雲のせいで月が不安そうに揺らいでいて、段々見えなくなっていく。
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