第19話 冒険者ラブレ

『……え?』



 一瞬に起きたことで状況把握ができない。爆発?何でいきなり?



『な、何が起きたんだ……?』



 一旦燃えているあの死体に近付いてみる。何か、花火の臭いがする。よく見ると、さっきのゾンビとは違い、爆発は内側からのものではないようだ。



『……』



 今のは何だったのか。戦いで得た情報を整理してみる。火が付いたら爆発、花火の臭い、ドワーフ、そしてさっき拾った謎の粉。ドワーフって、工業の類に詳しいと聞く。もしかしてドワーフは、あれを?



「うりゃああ!!!」



 私がそう疑問に思っている中、ラブレが相手を打ち倒す。



「くそがぁ!!!ちくしょう、ちくしょう!!!」



「うあああ!!!」



 ラブレが倒されたドワーフを刃で蹂躙する。そのドワーフの悲鳴が私の硬膜を限りなく刺激する。終わりのない斬り付け。ドワーフの肉が切り落とされ、血が吹き飛ぶ。周りと、ラブレが血だらけになっていく。そのドワーフは死んだ。だが、ラブレは攻撃をやめない。



「死ね!死ね!くそが!くそどもがぁ!!!」



『ら、ラブレ……』



 彼はドワーフの死体を容赦なく斬り続ける。もう、あれは原型をとどめてない。ただの、敗れたトマトみたいなものになっているのに。もう攻撃する必要はないのに、理性を失ったのか、ラブレは斬撃を止めない。後ろを向いているので、私にはその顔が見えない。だめだ。私が止めなくては。



『ラブレ、落ち着け』



「くそ!何で!何で!何でだよ!!!」



 私の言うことが聞こえないのか。彼は理性を失って叫ぶのみだった。言葉では止められない


か。



『ラブレ、落ち着けろって!』



 彼の後ろに近付き、暴れる彼の体を抱いて身動きを抑える。力で止めないとだめなようだ。



「く、くそ……もう、もう、だめだ……」



 彼の動きを抑えると、ラブレは剣を落とし、そう呟きながら挫いていく。



『……ラブレ?』



「……何で、皆、死んだのよ……嘘だろう……」



『……』



「あのばかどもが、何で俺だけを、残して、死んじまったのよ……じゃあ、俺は、どうしろって言うんだ、くそ……」



 どうやら、彼は仲間たちが死んだので悲しむようだ。緊迫した状況のせいで今まで抑えていた思いが、戦いの興奮で湧き上がってしまったのか。



『落ち着け……戦いは、もう終わった』



「ああ、ふぅ……」



 彼はようやく落ち着き、理性を取り戻したように見える。



「すまん。つい取り乱してしまった……俺、血を見るとすぐ興奮しちまってな……モンスターを殺してたら、あいつらのことが頭に浮かんで来て……」



 彼は洞窟の壁に体を寄せ、顔を両手で覆う。



『……いや、謝る必要はない。仲間たちが死んだら、そうもなるだろう』



 私も疲れていたので、彼の隣に座り込む。体が汗と血だらけだ。いや、ラブレも同じか。幸い、ゾンビの音は聞こえない。少し休憩を取っても良いだろう。



「……皆、良い奴だった」



 静寂の中、顔を伏せたラブレがそう言い出す。仲間のことか。自分の気持ちを話したいようだ。せめて聞いてあげよう。



『私は会ったばかりだから何とも言えないけど、確かにそう見えたな。いつから仲間になったんだ?』



 彼が話しやすく、簡単な質問をしてみる。



「俺は、ちょうど1年前から仲間になったんだ。俺がパーティーの最後のメンバーなんだ。クライ


ストが誘ったので、それに応じて……」



『……そうか』



「……今思い返すと、最初はめちゃくちゃだったよ。俺は協調性とかないから。戦うといつも暴


れてしまって、それをシュヴァーベンとバシリアが抑えて……そんな繰り返しだった」



『まあ、皆大変だったんだな』



「ああ、でも適応して、何とか協力もできるようになって、それっぽくなったのが何か月前だ。これからも一緒だと思ってたけど……」



 仲間のことで、またラブレの声が暗く沈んでいく。その時、ふと思う。彼は何で冒険者になったのだろう。重い話題を少し変えるついでに、質問を投げる。



『……君は何で冒険者になったんだ?』



「……それは、金が欲しかったから。俺は、戦うことした取り柄がないんだ。だから戦いながら金を稼げる冒険者になろうと決めたんだ。この剣を唯一の友にして」



 ラブレが自分の剣を指差す。彼はその剣だけを頼りにして、冒険者の道に己を投げ出したのか。



『すごいな。でも冒険者になるのに反対はなかったか?冒険者って、命が危ないじゃないか。家族が反対するとか』



「そんなの、全くなかったぜ。だって俺、家族ないから」



『え?』



 それを聞いて、目を見開いてしまう。



「言葉通りの意味だぜ。俺、昔家族から捨てられたんだ」



 いきなりのことで驚いてしまう。そんなセンシティブなことを、私が聞いて良いのか。



『それ、私に話して大丈夫か?』



「まあ、前にクライストたちにも話したことだし、お前とも一緒に戦ったし、別に話して良いぜ」



 さっきまで共に戦ったおかげか、私は彼に信頼されるようだ。



「俺、私生児なんだ。孤児院の人が話してくれた」



『そんな……』



「その人によると、まあ、戦争が起きて、敵軍だった父さんが母さんを犯したとか。具体的には知らん」



『私生児って、そういうことだったのか』



「ああ。で、父さんはそのままどっかに行っちゃって、母さんは一人で俺を産んで、育てること


になったんだ。それで昔は母さんと一緒に住んだ。俺の名前も、母さんがつけてくれて、でも……」



『?でも?』



「母さんと俺、村からいたぶられることになったんだ」



『え?』



 それを聞いて、ふと目を見開いてしまう。それって……



「レープされて生まれたんだからさ。周りから蔑まれたんだ。母さんはいつもそれで苦しんでた。俺も、いつも周りの奴らと喧嘩しちゃって、そんな毎日だったな」



『……』



「で、そんな日々に耐えられなかったか、ある日、母さんはガキだった俺を捨てて、どっかに行ってしまったんだ。最後に言ってた。俺のせいで、自分の人生はめちゃくちゃって。そしてそのまま別れることになったよ」



『そして孤児院に拾われたってこと?』



「ああ、けど、そこでも俺、周りの連中と喧嘩ばっかりすることになって、しんどかったな。で、俺は何年か前にそこを逃げ出すことにしたんだ。そしてそのまま放浪することになったけど、金も底を尽きそうになったんで、残った金でこの剣を買って冒険者になったってこと。そしてクライストたちに会って、ここまで来た。これが俺の人生」



 ただの明るい男だと思っていた彼に、そんなことがあったとは。



『君のお母さんは、どうなったんだろう……』



「分からん。言っておきたいことがあって探してみたけど、だめだった。お前も覚えておいてくれ。エリアン。それが母さんの名前だ。緑色の瞳が綺麗な人なんだ」



『……エリアン、か。分かった。覚えておく』



「もし会うことになったら、伝えてくれ。昔、言うこと全然聞かなくてすまなかったって。それ、いつも気になってて」



『……ああ』



 エリアン、緑色の瞳の女。覚えておこう。



「なあ、一つ聞いて良いか?」



『うん?何だ?』



「ここを出たら、どうする気なんだ?」



『それは、』



 当初の目的を思い出す。それは、まずこの世界を知ること。



『私は、世界に関して何も知らないから、ちょっと旅でもしようかなと思っている』



「旅、か……良いじゃないか。なあ、なら俺もそれに加わって良いか?」



『え?』



「いや、俺、こんな状態だし、これからどうすれば良いのか分からなくて。お前は、何か良い奴みたいだし。自分で言うのもあれだが、俺、昔から1人になるのは、本当に耐えられなくて……お前について行っちゃ、だめか?」



 少し不安そうな目を横にそらしながら、ラブレがそう言う。彼は寂しがり屋なのだろうか。確かに今までのことを聞くとそれも納得だ。旅の仲間か。ラブレ、周りから苦しめられたということで、彼には何かの仲間意識を感じる。それに、彼は私を信頼してくれた。ならば私も、それに応じないと。



『……分かった。私も仲間が欲しかったところだし。別に良いよ』



「え?そんなにあっさりで良いのか……?ふっ、良いじゃん」



 ラブレはどこか嬉しそうだ。



「あ、そうだ。俺のこと、話してあげたから、お前のことも教えてくれよ。どこから来たんだ?」



『……そうだな。私のこと、言ってあげないと。えっと』



 彼が自分のことを話してくれた分、私も自分のことを話してあげないと。



「あ、ちょっと待って。もう大分時間が経った。そろそろ外に行かないと!ブライアンが心配するはずだぜ」



『えっ、確かに、そうだな』



 ラブレが私の言葉を切り、起き上がる。そう言えばここは洞窟の中。ゾンビは来なかったが安全地帯である訳ではない。早く外に出ないと。



「まあ、これからもずっと仲間だし、よろしくな!スメラギ、これを掴め。早く外に出よう!」



 そう言い、ラブレは私に手を差し伸べる。彼の目を見ると、私への信頼に満ちている気がす


る。あの緑色の透き通った瞳、綺麗だな。私はラブレの手を掴み、起き上がろうとする。



『ああ、私もよろし、』



 ―――――――!!!!



 その時、どこかで耳を切り裂く爆発音が鳴り響く。さっきのドワーフが爆発した時の音と同じものだ。



『……え?』



 最初は、目の前で起きていることを、脳が認識するのを拒否した。嘘、あり得ない。だが、生きるための本能が、私に真実を受け入れさせようと、脳内で強引に働く。



『ラブレ……?』



 私に、血と肉、脳水が落ち零れていく。それは私の顔、肌、服についていき、それが幻影でなく現実のことだと認識させる。



『ラブレの、頭が……?』



 ラブレの頭が爆発し、鼻から上の部分がなくなった。頭蓋骨と脳の破片が飛散する。私が彼の手を掴み起き上がろうとした途端、彼の頭が何かに叩かれ、爆発したのだ。



『……ああ』



 頭をなくしたその体は、力をなくし私にゆらりと倒れる。血が噴き出る。ラブレの赤い髪が、


髪が付いた皮が剥がされ、私に落ちる。緑色の綺麗だった、その目は丸ごとはみ出て私に零れる。何でだろう。私はそんな彼の体を抱きしめる。何もかもが血に染まっていき、私はラブレに浸っていく。



『ラ、ラブレ、ラブレが……』



「ふう、ふう……まず、一匹目……」



 向こうから声がしたので、ふとそちらを見ると、ドワーフ1匹が筒をこちらに向けている。その筒は先から煙が出ている。ああ、あれ、やはり銃なのか。



「皆を、あんなに殺す、なんて、ゆ、許さない……」



 どうやらあのドワーフは群れと離れていたので、私たちに気付けなかったようだ。今やっと私たちに仲間たちが殺されたのを目にし、銃で攻撃したのだろう。ラブレは、自分の頭を後ろから銃撃されて、一瞬で死んだのだ。



『……お前は、敵』



 あいつは敵だ。ならば、殺さないと。じゃないと、殺されるのは私の方だ。ラブレの体を横にし、彼の剣を取る。ラブレ、休んでくれ。私の敵は、ラブレの敵は今目の前にいる。なら殺さないと。



『ふっ!』



 血だらけになった私はラブレの剣を握り走っていく。今から殺す敵を観察する。さっきの群れとあまり変わらない。弱点は顔面だ。唯一違うのは銃を持っていること。撃たれる可能性は、ない。なぜならその銃は現代のものでなく、銃口から弾を装填する、マスケットの類だ。装填には時間が掛かる。装填する前に、近付いて刺し殺す。



「く、くそ!おのれ……!」



 彼は私に驚いて持っていた銃を落としてしまった。まあ、無理もない。頭の天辺から足の爪先まで、全身が血まみれな人が剣を持って襲って来るなら、それは驚いても仕方ない。



「くそ、装填、間に合わんぞ……!ならこれを!」



 敵が腰の帯から何かを取り出す。片手に収まる程の筒。あれは、拳銃か。



『……!拳銃を持っていたのか……!』



 補助武器としてそれを持っているとは。ならばどうすればいいのだろう。この距離でなら打たれる可能性は高い。だが、だからと言って逃げることもできない。後ろには出口はなく、ゾンビの群れがいるだけ。銃に撃たれるか、ゾンビの餌になるが、選択に迫られる。



『……銃に撃たれる方が、勝利の可能性が高い』



 そう判断し、私は速度を上げる。距離はおおよそ10メートル、すぐ先だ。



『うあああ!!!』



「死ねえ!!!」



 私が大声を出して突進すると、奴が銃口を向ける。生きるか、死ぬか、分からない。でもやるしかない……!



「うりゃあ!!!」



「くへっ!」


 一触即発のその時、敵の首が吹き飛ぶ。その切断面から血が噴水のごとく噴き出る。神経が刺激されたのか、首をなくしたその体は引き金を引き、銃が発砲される。だが手がブルブルと震えていたため、その弾は洞窟の壁に当たるだけだった。



「おい!大丈夫か!って、その姿は……」



「ひ、ひいぃ……」



 よく見ると、そこにはブライアンが立っていた。そしてその後ろにメディニアが隠れている。ああ、助けに来たのか。



『……あ、ああ。ブライアン。ありがとう』



 彼は私の姿を見て驚いたようだ。ふと自分を見る。顔は見えないが、ローブと服、体中が血塗れだ。それどころか、靴の中にまで血が溜まって、靴下と足まで血に染まっている。なぜか脚から力が抜け、座り込んでしまう。



「くそ!こうなるものなら、俺が中に入るべきだったな。生き残ったのは、お前だけか?」



『……ああ。私以外、全部死んだ』



 クライスト、シュヴァーベン、バシリア、エリーヌ。そしてラブレまで。クライストパーティーは全滅した。ゾンビとドワーフによって。



『この血も、ラブレのもの』



「……あの死体は、ラブレなのか」



『ああ、ふぅ……』



「すまない。メディニアから聞いた時、もっと早く動くべきだった。ならばラブレだけは何とか生き残ったかも……」



『……別に、いい。もしもの過去など、考えても無意味だ』



「……」



 その場に静寂が訪れる。重い沈黙。私が先に口を開ける。



『それより、早くここを出ないと。ドワーフやゾンビか来る可能性がある』



「ああ、そうだ。ならば行くぞ。歩けるか?何なら俺が……」



『……いや、歩ける。だけど少し待って』



 私は立ち直し、ラブレの遺体に近付く。鼻の上からなくなった彼の遺体は、見るに堪えない。



『そうだな。この体だけは、葬ってあげないと』



 私は彼の脳、肉、眼球などの欠片を拾い、彼の体の上に集める。そしてその遺体を抱き上げる。血は、もう止まったようだ。



「それを持っていくのか。分かった。もし疲れたら言ってくれ。俺が代わりに運ぶから。メディニア、行くぞ」



「は、はい……」



 ラブレの遺体を、ただ静かに見つめる。



『……大丈夫。これだけは、自分の手でやらないと』



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