第18話 洞窟の中で3
ああ、逃げなくては。もう私の代わりに戦ってくれる兵士はない。このままだと死ぬだけだ。私もああみたいに、肉と骨のごちゃ混ぜになるはず。
『皆、ごめん』
そう言い残し、全力で走り出す。
「うおおお……!!!」
それが何かの合図になったのか、あいつらも私を追って走り出す。
『くそ!くそ!全力で逃げてやる……!』
しかし、このまま出口にまで逃げるとして、既に疲れた自分が最後まで逃げ切れるのだろうか?
『そんなの、分からない。でも走らなくちゃ!』
走りながら考える。確か、分かれ道でラブレが待っているはず。いや、待って、そう言えばメディニアもいたな。彼女はどこまで行ったのだろう。逃げる際に必ずラブレと会ったはずだが、ならば彼もこの事態に気付いただろう。だが彼は来なかった。何で?行動力のいい彼なら気になってここに来るはずだが、まさか何かあったのか?
『ふう……くそ、大変だな。これ……!』
右手にはハルバードを、左手には松明を持って、全力で洞窟の中を走るのは想像以上に大変だった。だが全力で走ったおかげだろうか。おかげで、ゾンビの群れの音は次第に小さくなっていく。距離を置くことに成功したのか?
「おい!スメラギ!そこか?」
『……!この声は、ラブレ!?』
遠くからラブレの声が聞こえる。分かれ道はここら辺じゃなかったはずだが、どうやら彼は気になってここに来たようだ。
『逃げろ!ゾンビの群れが来ている!』
彼は私の顔を見て驚く。
「おい!お前!何だその顔は!完全に血塗れだぞ!何?ゾンビ?ゾンビに襲われたのか?」
さっきのガス、致命傷には至らなかったが、それによる出血で自分は血塗れになっているようだ。
『ああ、ゾンビの群れ。皆あれに殺された。私だけが何とか生き残ったよ。今もあいつらが来ている!早く外に出なくちゃ!』
「何!?皆が、死んだと……?」
『ああ、だから逃げよう!』
「信じられない……皆が、死んだなんて。この目で見ない限り俺は信じない。このままあいつらを倒して、それを目で確かめないと」
ラブレはどうやら私の言葉を信頼できないようだ。いや、仲間の死をあっさり受け入れられないのは、仕方のないことかもしれない。
『いや、倒せない。あいつら、毒ガスを使うんだ。それを吸うと死んでしまう。私の顔の血もそのせい。私は少ししか吸ってないから何とか生き残ったけど、吸い続けるとどんな人でも耐えられない』
「何……?でも、ああ、くそ!クライスト、お前ら……!」
どうやら彼は仲間の死で葛藤しているようだ。その時、後ろからあのうめき声が聞こえる。
「うおおお……!!!」
『……勝手にしろ。お前が行かないなら私だけでも外に出る。じゃあ』
このまま彼に付き合う余裕はない。悪いが、私は私なりの選択をしなくては。脚に力を入れ、走り出す。
「あれが、あいつが言ったゾンビ……?」
おおよそ30匹は超えそうなその群れがラブレに向かい殺到する。
「あのでかい奴。奴がガスをまき散らすのか……?くそ!皆が死んだってのは本当なのか……な
らば逃げないと!皆で戦って負けたもんを、俺一人で何とかできる訳がない!」
そう呟き、ラブレも全速力で外に向かう。
「おい!俺を捨てて行くなよ!」
走っていくと、後ろからラブレの声が聞こえる。
『……分かれ道までどのくらいか知っているか!?』
「ああ、もうすぐだ!ちくしょう、何なんだあれは!あのでかい奴がガスをまき散らすのか?」
『ああ、そいつは見た目と違って攻撃に弱い。少しでも攻撃されると中に溜まっているガスが爆発する感じだ』
「何だそれ、ゾンビは何回か相手したことはあるけど、そんなのは初めてだ。って、もう分かれ
道か」
いつの間にか分かれ道に到着した。そしてさっきまで聞こえたゾンビの音も小さくなっている。ここで左の方に行けば外に出れるだろう。だが右の方を見て、少し違和感を覚える。
「ここで左に行けば外だ!一旦、ブライアンと合流して、その後のことを考えなくては……」
『……?これ、何だろう。こんなものあったけ?確か前まではなかったような……』
分かれ道の右の方に何かが落ちていた。木材や金属の欠片が散らばっている。
『何だ、これは』
下に落ちている小さい袋が目に入る。拾ってみると、中には粉が入っているようだ。これは何だろう、と思っている時、ラブレが私の足を急がせる。
「急げ!ゾンビが来ているぞ!今は外でブライアンとの合流が先だ!」
『ああ、確かに、分かった』
取り敢えずそれをポケットに入れ、また走り続ける。
『ふう……ふう……』
いくら走ったのだろうか。洞窟の出口は依然として見えない。だが幸いなことに、後ろを追って来たゾンビの群れは完全にかわしたようだ。
「はぁ、はぁ、もう、ゾンビの音が聞こえないな。ふう……少し歩いて行こうぜ。ゾンビどもは来ないようだ」
『そうだな……にしても、外までいくら残っているんだろう』
「分かれ道から結構走ったから、まもなく……って、おい、静かにしろ」
『……?』
ラブレは何かを感じ取ったのか、剣を構える。何だろう、私も息を抑える。
「……くそ、また逃がしてしまった。ニンゲンを。殺すべきだが……」
「……あの女、おらたちの領域に入りやがって……次に会ったら今度こそ殺す……」
「……それはともかく、あの戦士、強かったな、まさか兄上が死ぬとは……」
「……次にこそ殺す。ニンゲンは皆、殺すのみ。でも今は一旦村まで帰るしか……」
『あれは……?』
遠くから多数の人々の声が聞こえる。最初は私たちへの支援かと思ったが、どうやら違うようだ。会話を聞く限り、メディニアやブライアンと交戦したのか。ならば、モンスター?そうでなくても敵対する可能性が高いのは確かだ。
『……ラブレ、敵のようだが』
私は声を潜めて話しかける。
「……知ってる。何かは知らねえが、ブライアンと戦ったのなら俺たちとも敵だ。声が段々大きくなっている。奴ら、ここが曲がっているからまだ俺たちに気付いてないけど、ここに来ているぞ。避けることはできねえ。先手を打つぞ。準備はいいか?」
すぐに近接戦になるようだ。一度も戦ったことないけど、上手く行けるのか自信を持てない。
(だが、できないと死んでしまう。戦うしかないだろう)
ゾンビにやられた皆を見て、自分の中の何かが変わったようだ。あの肉と臓器のごちゃ混ぜ。あんな惨めな死に方、ごめんだ。ハルバードを握っている手に力を入れる。
『ああ、行ける。だが私をあまり信用するな。私は近接戦の経験がないから』
戦闘の前に必ず知ってもらうべきことを簡潔に述べる。
「は、そんなの知ってるぜ。俺が突進したら、その後ろで付いて来てサポートしろ。殺し方、言わなくても分かるな?」
『ああ、ぶち刺すのみ。ちなみにだがこの松明はどうしたらいいんだ?』
「まあ、敵にでも投げとけよ、そんなの。いや、それ消せ。位置がばれちゃ困る」
『分かった』
松明を地面に捨て、踏みつけて火を消す。周りが真っ暗になる。
「……声を聞くと敵は最低でも4体以上。時間を長引いちゃこちらの負けだ。迅速に殺していくぞ。壁の左側は俺が、右はお前担当だ。顔や喉を狙い、それで突き刺せ。俺が合図したら行く。いいな?」
『……ああ』
ゾンビから逃げたばかりに、いきなり近接戦が始まるということで体が緊張する。そして段々あのモンスターたちの声が大きくなる。息を潜み、静かに合図を待つ。ここは曲がり角、奴らを待ち伏せするには最適な位置だ。
「……」
ラブレは剣を構え、暗闇の中で気を狙う。
「……にしても、おらたち、この新しい武器……」
「今だ!行くぞ!」
『……!』
彼らが角の直前まで来た時、ラブレが合図する。私たちは大声を出しながら彼らを襲い掛かる。まず角を過ぎて、ようやく敵を目で確かめる。
(あれは……ドワーフか?)
人の形をしているが、背が余りにも小さいそれは、髭を長く生やしている生き物だった。120センチぐらいの背と、あの長い髭、彼らはドワーフなのか?
「うりゃあ!」
「うわあああ!な、」
彼らは私たちの奇襲で驚き、パニックに落ちたようだ。ラブレはその隙間を逃さず、まず自分の前にいるドワーフを斬り付ける。彼の頭が切られ、脳水と血が飛び散る。それは手に持っていた武器と松明を落としながら倒れる。
「あ、ああ、あ、あああ」
脳にダメージを受けたのか。彼は意味のない言葉を繰り返す。
「うああ、敵だ!敵だ!戦闘準備!」
『食らえ……!』
彼らに仕切り直す時間をあげないため、私も目の前の敵を襲う。どこを突けば一瞬で殺せるか、即座に判断する。
(兜を被っていて、体には鎧か。喉は、保護されている。露出しているのは……顔面か)
『ふっ!』
「き、ぷああああ!」
目の前の敵の弱点が顔面だと判断し、ハルバードの穂先をそこに突き刺す。穂先はそのまま敵
の眉間を貫き、皮を千切り、骨を壊しながら内側まで進んでいく。金属のそれはやがて脳にまで届き、プシュッと、柔らかい脳を掻きまわす。外部から強く押されたせいか、刺した部位から骨の破片と眼球、血と脳水が零れる。
「あ、あああ、かっ」
これぐらいなら死んだだろう、そう思いハルバードを引き抜く。顔面が崩れたそれは傷跡から血が溢れ出て、謎の言葉を繰り返しながら倒れる。時間は有限だ。早く次の敵を排除しないと。
『これで、一人、次は』
今ざっと残りの数を見る。敵は残り二人。ラブレと一人ずつ処理すれば、すぐに終わるはずだ。
「次はてめえだ!」
「くそが!!!殺してやる!」
ラブレが次の敵を攻撃しようとする時、残念ながら敵は気を取り戻したようだ。そいつは腰に付けていた斧を取り出し、交戦を始める。
(あれはラブレが何とかするだろう。私は私の敵を……)
「うわあっ!!!おのれ……!」
私の敵を見ると、彼も斧を取り出して私を襲おうとする。斧の長さは、それほど長くはない。
こっちは槍、射程距離的には私の方が勝る。彼も同じく顔面の方が無防備だ。なら同じくすぐに顔を刺せば……
「させるものか!!!」
彼は私の意図を察したのか、前に突き出したハルバードを横にかわし、私の手首を狙う。
『しまっ……!』
見た目と違い、彼らの動きは私の予想より何倍も早い。手首が切られたくないので、本能的に武器を握ったまま後ろに引いてしまう。そのおかげで自分の手首は無事だが、ハルバードが壊され、頭の部分が落ちてしまった。私の武器は今、もはやただの木棒に過ぎなくなった。
『くそ!どうすれれば……』
「くらえ!!!」
『うああ!!』
私に隙間を与えず、奴は私を攻撃し続ける。死にたくない。その本能から私は木棒で奴を全力で叩く。
「くっ!」
そのドワーフは頭が叩かれたことで苦痛を感じている。その隙間に武器を探す。周りを一秒以内に見渡し、死んだドワーフが落とした松明が周りに落ちているのに気付く。それを咄嗟に取り、敵に全力で投げる。
『食らえ……!』
「うん?これ、うあああ!!!」
投げ出した松明が彼にあたり、火が敵を燃やし始める。
「やだ、熱い!熱い!熱い!助けて!!!」
彼が発狂する間、私は落ちていた斧を手に取り、私の敵が火で苦しむのを見つめる。このままおいても大丈夫かもしれないが、さすがに心が痛む。
『……せめて、この斧で、一瞬で終わらせて……』
―――――――!!!!!
そう考えている時、いきなり燃えていた奴の体が爆発する。その体の欠片が周りに飛び散り、熱によって熱くなった血が周りを覆う。
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