第16話 洞窟の中で1

「にしても、案外広いな……バシリア、ここがどこら辺か分かるか?」



「ラブレ、バカなこと言わないで、初めて来た洞窟でそんなの分かる訳ないでしょう。でも今の時点で分かるのは、この洞窟、かなり広い、そして分かれ道も何個かあるみたいよ」



 洞窟の中をいくら歩いたのだろうか。かなり時間が経ったようだが、未だにモンスターの痕跡を見つけていない。そして私の兵士たちを含めて、13人の人が一気に動くには洞窟の中は狭いのではないかと思っていたが、その心配は要らない程そこは広かった。



「ううぅ……怖い……」



『疲れるな……でも兵士たちがいて良かった』



 歩く途中に、兵士たちに戦闘以外のことも命令できるのに気付いた。例えは荷物や松明を代わりに持たせるとか。周りを照らすためにラブレが松明を作ったので、それを何人かが持って歩くことにした。私も持つことにしたが、熱かったので代わりに自分の兵士に持たせることにした。兵士って、使い方次第で楽ができそうだ。



『それはそうとして、もし洞窟の中に切りがないならどうする気だ?いつかは帰らなくてはならないはずだが』



 洞窟がどこまで続くか分からないなら、帰ることも考えなくてはならないだろう。人間の体力は無限ではない。もし洞窟の中で疲れ切ってしまったら、それは命の問題になり兼ねないはずだ。



「それはそうね。じゃあ、後30分、前に進んで何もないようなら……って、これは。皆、分かれ道よ」



 前を歩いていたバシリアがそう話す。その方を見ると確かに道が右と左に別れている。



「ふむ。これはどうするものか。クライスト、君の考えは?」



「ちょっと待って、エリーヌ、魔力とか探知できない?」



「え、ちょっと待ってください。今魔力の跡を調べてみますから……」



 エリーヌが目を閉じ、自分の杖を持ち上げる。



「大地よ……」



 すると、杖から緑色の光が輝き、それと共鳴するように地面が薄く煌めく。



「え、嘘……」



 目を開けたエリーヌは恐怖を覚えた顔でそう呟く。



「エリーヌ?何かあった?大丈夫?」



「こ、ここに、魔女の痕跡が……」



『……!?』



「ま、魔女って……」



 それを聞いて少し驚いてしまう。後ろのメディニアもそれを聞いて怯えるみたいだ。



「うん?魔女?どういうことだ?」



「右の方から、魔女、正確に言うと黒魔法の気配が感じられます。それもかなり近い距離で……もしかして、さっきの噂の魔女の巣ということでしょうか……」



(……魔女の巣?もしかしてこの洞窟とあの村って繋がっているのか?そんなことは聞いてないけど)



「そうか。だがそう判断するにはまだ早い。噂の場所とここは違うからな。それはさておき、左の方からは何かなかったか?」



 シュヴァーベンはエリーヌを安心させながら、質問を続ける。



「え、あ、そして左の方からは何というか、精霊の気配がしました。異種族に近い、自然魔法と言いますか……そんな感じです」



「右は黒魔法、左は精霊か。ちっ、両方とも無視できないな。なあ、クライスト、どうする気だ?」



 ラブレの言葉で、クライストは考え込む。



「魔女と精霊。モンスターって、精霊のことを言っているのかな。なら精霊の方を調べた方がいいが、魔女だと、ね。危険性を考えると右の方を先に調べた方が良さそうだ。でもここで誰かが後ろを守ってくれないと。ラブレ、僕たちが右に進む間、ここを守ってくれ」



「俺か?まあ、本来なら行ってみたかったけど、お前が言うのなら仕方ないか。分かった。任せてくれ」



「じゃあ、皆、行くぞ。魔女と遭遇するかもしれない、戦闘の準備を」



「ああ、分かった」



「もちろん~任せて」



『……魔女との戦闘……?』



(もし本当にここに魔女がいて、戦うしかなくなると、どうしよう……もしかしてネイアと会ってしまったら……くそ、ややこしいな)



 今はネイアとの縁を切ったが、だからと言って今すぐネイアや魔女たちと戦えるというと、心的に難しい。もしそうなったらどうすれば……



「では、行こう」



 私の葛藤に気付かず、クライストは皆の足を急がせる。



『……』



 いくら歩いたのだろう、時間は測ってないが、かなり経った気がする。依然として他の生命体の気配はない。



「……何か陰惨だね。湿度も先より高く感じない?」



 さっきと同じく一番前を歩きながらバシリアが話す。



「それは、そうだな」



 確かに前より湿度も高く、寒気が強くなった気がする。そんな中、エリーヌは魔法に敏感になっているのか、独り言を呟く。



「うう……何か黒魔法の気配が……って、あれ?何かちょっと変かも」



『うん?変って何が……』



 その時、バシリアが警戒心に満ちた大声を出す。



「……!?皆!気を付けて!前に何かある!」



「……!?何か来るぞ!」



「皆!戦闘準備を!」



「ひいい……!」



 クライストの合図に全員が武器を構える。私もハルバードを握りしめ、兵士に命令する。



『総員、戦闘準備』



「「……了解」」



「何か来る。静かにしてて」



 バシリアの言う通り耳を澄ますと、向こう側から何かの音がする。



「「……うおお……」」



『何だ。このうめき声は……って、また悪臭が』



 松明の光が届かない闇の向こうで、何かのうめき声が聞こえる。声からして数も相当にあるようだ。それは段々大きくなり、それにつれて洞窟の外で嗅いだあの悪臭がまた漂い、私たちを包み込む。やがてあれが私たちの目に入る。



「あれは、ゾンビか?黒魔法の気配って、ゾンビのものだったか」



 盾を構えながらシュヴァーベンがそう言う。盾の向こう、そこには体が腐っていく、動く屍の群れがいた。



『悪臭ってあれのせいだったか』



 彼らの体は腐りかけ、部位によっては肉が落ちて内臓がはみ出ている。体中にウジ虫が這い回っていて、見るだけで吐き気がする。



「ゾンビ、数は……20匹以上か?後ろが見えないので何とも言えない。一旦戦闘準備を!」



「「了解!」」



 クライストの指示の下、全員が戦闘態勢に移行する。大きい盾を持つシュヴァーベンが一番前に立ち、その左右をバシリアとクライストが補助する。エリーヌは後ろで支援魔法を使うつもりみたいだ。兵士を増援に送ろうとも、洞窟の幅がそんなに広くないため、あまり役に立ちそうにない。2人だけを彼らの元に送り、残りは予備兵力として待機させる。そしてエリーヌのすぐ後ろにいる私とメディニアのことだが、メディニアの様子がおかしい。



「うっ……臭い、何あれ……死体?怖い……」



 メディニアの体は震えている。



『メディニア、大丈夫か?』



「うん?あ、はい、だ、大丈夫……です」



『ここは幅が狭いので、今君や私の兵士が活躍する場面はない。前の3人が疲れたら、その時代わりに戦うのが良さそうだ』



「え、ええ……」



『……前の二人、クライストたちを補助せよ。彼らの側面を守ってあげながら戦闘せよ。残りは私


の側で待機』



「「了解」」



「うりゃあ!」



 やがて、前の皆がゾンビの群れとの戦闘を始める。中央のシュヴァーベンがゾンビの攻撃を盾で防ぐ間、バシリアとクライストが斬撃を繰り返す。腐っていく脆い肉のせいだろうか。ゾンビの体は刃物に当たるとそのまま切られていく。そして後ろのエリーヌが彼らを魔法で支援する。時には支援魔法を使い、時には攻撃魔法でゾンビを打ち破る。



「こいつら、数は結構あるようだけど、所詮はゾンビか。弱すぎて歯ごたえがないね」



 戦闘が始まっていくら経ったんだろう。彼らの前には倒されたゾンビの肉片が積み重なっていく。次々と来るゾンビを同じ順番で倒していく。最初は怖気づいたようだが、今彼らはこの戦いに馴染んだようだ。



「クライスト、油断は禁物だ。この後何が来るか分からない」



「ああ、分かっている」



「……?皆!何か来る!気を付けて!」



 交戦を繰り広げる中、バシリアが何かに気付いたようだ。何のことだろう。その時、遠くから今までとは違ううめき声が聞こえる。



「くああああ!!!!!!」



「ひいい……!」



『何だ、今のは……?』



 その叫び声に本能的に首をすくめてしまう。やがて、闇の向こうであれが現れる。



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