第15話 騎士と娘
『あそこは、村……?』
「あ、そろそろ着いたようだな」
向こうのそれは、人々に捨てられ廃墟になった村だった。数多い建物が破壊され、道には馬と人間の死体に溢れている。生命の気配は全くない。
「モンスターの襲撃って、これのことか。ちょっと待って、死体を調べる」
シュヴァーベンが兵士の死体に近付き、体を調べる。
「どうだ?シュヴァーベン」
「死体に熱もなく、固まってもない。多分昨夜ぐらいに死んだのだろう」
『昨夜、か』
昨夜、あの剣士たちと戦ったことを思い出す。ここでも死闘が起きていたのか。
「エリーヌ。周辺部の魔力の調査を。そしてバシリアは街の外側を調査して。シュヴァーベンと
ラブレは村の中を調べて。生存者や待ち伏せのモンスターがいるかもしれない。スメラギは僕の側に待機だ」
「「了解」」
クライストの雰囲気が変わり、冷静に皆に指示を出す。そして決まったように彼らも真剣な雰囲気で迅速に動き出す。その場には私とクライストだけが残る。
(この雰囲気、流石にリーダーということか)
『私は何をすればいいんだ?』
「スメラギは一旦待機してくれ。今地図を確かめるから、周りを警備して」
『分かった』
クライストは地図と周りを対照しているようだ。
「地図は合っているようだな。時間も予定通り、そろそろ来るんじゃないかな」
『あ、セベウで言った増援のことか』
確か2人の冒険者と合流する予定だったっけ。その時、遠くから声が聞こえる。
「お~い!既に着いたのか。ずいぶん早いじゃないか」
左の方の向こうを見ると、遠くからフルプレートアーマーを着た中年の男性と、軽く武装した女の子が歩いて来る。クライストが答えるように右手を振る。
「良かった。予定通り合流できて」
『この人たちがさっき言った増援?』
「ああ、昨日話をしておいた人たちだ。悪い、自己紹介してもらっていいか?」
クライストがそう言うと、あの男性と女の子が愉快に話し始める。
「ああ、いいだろう。俺はブライアン、元々騎士をやっていた身だが、事情があって今は冒険者として働いている。短い間だがよろしく頼む」
光を浴びて輝くその鎧と余裕のある表情。それに雰囲気から戦いに慣れたもの特有の気概が感じられる。彼が以前騎士だったのも納得だ。そしてこの銀髪の髪と白い肌、尊い血筋を感じる。しかし、前は騎士だったのに今は冒険者をやっているとは。このブライアンという人も事情を抱えているようだ。
「次は私ね?は~い。初めまして!私はメディニア!見習いの冒険者なんだ。今はパ、違う、ブライアンさんとパーティーを組んでいるの。よろしくね!」
少女はそう言い、私たちに微笑む。歳は、十七ぐらいだろうか。とても明るい雰囲気で、その笑顔が眩しく感じられる。容姿を見ると、光を浴びて輝く銀髪の髪が眩しい。肌も真っ白で、端的に言って美少女だ。ふと腰に目が行く。この子もラブレやクライストと同じく、剣を帯に付けている。だが、なぜかそれがぎこちなく感じられる。にしても、見習いか。
『私は、皇彼方。魔法使い、厳密には召喚術士だ。よろしく』
「あ、スメラギさんって魔法使いなんですね?召喚術士?それは何ですか?」
「ほお……召喚術士とは。なら手に持っているものは何だ?」
ブライアンは私が持っているハルバードを指しながら尋ねる。
『あ、これは護身用も武器だ。武器屋で買ったけど、何か?』
「なるほど、護身用か。それを使った経験はあるのか?」
『いや。ない』
「そうか。まあ、護身用ならいいか。魔法使いなら近接戦に慣れていないはず。味方と離れない
ように気を付けることだ」
ブライアンは何か心配そうな顔でアドバイスをしてくれる。
『分かった。ありがとう』
「困った時にはいつでも言ってくださいね!私がこの剣でばーっ!と守って見せますから!」
メディニアが微笑みながらそう話す。この子、笑顔が眩しくて、目を合わせられない。
『うん。ありがとう』
それにしても、この二人は私の敵ではないようだ。同じく任務を遂行する仲だから、良好な関係を築いた方がいいだろう。そう思う時、離れたシュヴァーベンとラブレが戻って来る。
「クライスト!村の方は何もなかったぜ!って、お?ブライアンにメディニアじゃないか。久しぶりだな!」
「ほお。増援ってあなたたちだったんですね。今回もよろしくお願いします」
「おう、こちらこそ」
「皆さん!こんにちは~」
どうやらクライスト以外にも関係を築いているようだ。前にも任務を遂行したことがあったのか。その時、バシリアとエリーヌも戻って来る。
「ねえ、クライスト。洞窟らしきものを見つけたけど……あら、ブライアンにメディニアちゃん?増援って君たちだったんだ~よろしく!」
「あっ、お久しぶりです!あの、前回はお世話になりました!」
「エリーヌ、調査で分かったのは?」
「あ、はい。薄いですがモンスターの痕跡を探知できました。バシリアさんと行ってみたら、山の方に洞窟が……」
「そうか、なら早速行こう」
どうやら二人が目標を発見したようだ。クライストが動き始め、皆が付いて行く。
(にしても、私も含めて八人か。偵察としては少し多すぎじゃないか?まあ、それなりに考えがあるだろうけど。皆の名前と顔が覚えづらいな……)
モンスターと遭遇する危険があるとは言え、たかが洞窟の調査にこれ程の人数とは。そう考えながら私も足を動かす。
「こっちよ」
『……何だ、これ。匂いが……』
「……皆、周りに気を付けて。待ち伏せや罠がある可能性もある」
廃墟になった村から南の方へ約数百メートル、その山には木で隠された洞窟の入り口があった。だが、入り口の周辺部に激戦の跡が残っていて、私たちにそこで何かがあったのを如実に知らしめている。村と同じく、体が千切れた死体と血の跡、何かが引きずり込まれたような地面の跡。それに壊れて地面に散らばっている武器まで。それに何よりも、死体の悪臭と血の匂いが鼻を埋め尽くす。
『ここが目的地、なのか……?臭いな……この中でモンスターがいるのは一目瞭然のようだが』
私の疑問にクライストが答える。
「確かに、この死体の傷跡を見ると、モンスターにやられたのは確実だろう。辺境伯からの依頼は洞窟の中にモンスターの巣があるのか確かめること。でもまだこれを見ただけでは、中に巣があるのかは分からない。偽装かもしれないからな。なら直接入ってみないと」
『え?明らかに危なさそうだけど、入るのか』
「まあ、それが依頼だし、任務だから。皆、準備は大丈夫?」
「無論、いつでも問題ない」
「わ、私もです!」
「いつでも言いな!この俺が先に行くから!」
「ちょっとラブレ、それ私の役割だから。あ、もちろん私も行く!」
パーティーの四人はいつでも行けるようだ。彼らはこういう任務に慣れているのか。それとも怖いけど自分たちのリーダーや仲間を信頼しているのだろうか。
「無論、俺たちもいつでも問題ない。リーダーは君だ、クライスト。判断は任せる」
どうやらブライアンたちも行く気のようだ。残ったのは私だけ。なら仕方ないか。
『私も大丈夫。何でも命令してくれ』
ここまで来たらやるしかないだろう。私がそう答えると、クライストが微笑む。
「分かった。ではまずスメラギ、召喚獣の召喚をお願い」
『分かった。今やる』
いつの間にか消えたけど、上手く行けるだろうか?私は脳内でメッセージを浮かび、自分に言い聞かせるようにそれを唱える。
『アルマ・アルキウム。召喚可能分の兵士を全員召喚せよ』
確か六人は召喚可能だったっけ、牢獄にいた時にそう聞いたのを覚えている。
(アルマ・アルキウム。兵士の召喚、六機、まもなく開始)
自分の前の地面が青い光を発し、そこから兵士六人が姿を現す。そして依然と同じく自動的に魔力の糸が繋がれていく。
『はい、完了した』
それを見た全員が驚いている。
「おお……本当だ。本当に兵士を呼び出したぞ!こんな魔法は初めて見るぜ!」
「私も同感だ。だが何か不思議だな。人間、じゃないのか?どこか異質さが感じられる」
「え?これが、召喚術……?本当に?何かちょっと違うような……」
エリーヌは何か疑問を抱いているようだ。
「どうした?エリーヌ」
「あ、いえ、クライストさん……学校で聞いた召喚術と、ちょっと違うというか……」
「うん?違う?これが召喚術じゃないのか?」
「はい……今初めて見るので、何とも言えませんが……確か召喚術って、幻想種や魔物を呼び出すものであって、兵士ではなかったような……」
『……私の能力が召喚術じゃないってことか』
「すみません、私もよくは……ですが学校で聞いた内容と違うのは確かです。この兵士たちが魔的な存在なら話が違いますが……ごめんなさい」
『いや、大丈夫』
(まあ、召喚術って聞いたのもただの推測だったし、気にすることだはない。今は任務に集中しなくては)
「どうあれ、戦力として使えるなら何でもいい。こいつら、戦えるような?」
今まで沈黙を保っていたブライアンがようやく口を開ける。その表情からして私の能力が腑に落ちないようだ。
『まあ、私が命令を出したら、ある程度戦える』
「……そうか」
ブライアンは意味深な表情をしている。何か気に掛かることでもあるのか?クライストはそれを気にせず話し続ける。
「ならば作戦を立てよう。まず洞窟の奥がどこまでかは知らない。後方の安全を確保するためにも、まず入り口を守る人を決めよう。誰がやったらいいだろう」
なるほど、こういう時は入り口に門番を置くのが定番なのか。にしても誰がいいのだろう。
「ふむ……なら俺に任せてくれ。入口は1人になっても戦える者が守る方が、皆も心強いだろう」
「え?ブライアン……」
「ブライアンか。確かにそうだな。なら任せる。じゃメディニアはどうするんだ?コンビじゃないのか?」
「メディニアは君たちと一緒に行動した方がいいはずだ。頼む」
「え、そんな……」
メディニアはブライアンと離れるのが不安なようだ。だがそれを見ながらもブライアンはどうともしない。
「分かった。では本隊の方は、バシリアが前衛、その次にシュヴァーベンと僕、中央にスメラギとエリーヌ。後衛にラブレとメディニア。このフォーメーションで行こう。もし中に分かれ道があるならその時考えるということで、いいかな?」
「え?私が、一番後ろ……?」
前には道しるベと盾使い、中央には魔法使い、後ろには奇襲に備えた剣士、ということか。無難のように思えるが、メディニアにはそうでないみたいだ。
「どこから攻撃が来るか分からない。皆、各自気を付けて。では出発!」
「「了解」」
『出発、か』
こうして私の初任務が始まる。手を見ると、兵士たちと繋がった魔力の糸が不安そうに揺らいでいる。
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