第13話 冒険者ギルド
「さあ、これを受け取れ」
城の外、衛兵が私に何かが入った袋を渡す。
『これは?』
「見れば分かるだろう。金だ。閣下からの活動資金だ。確認しろ、5シルバーだ」
袋の中身を確かめてみると、確か五枚のシルバーが入っている。だが1シルバーはいくらなのだろう。
『確認した。じゃあ、冒険者たちはどこにいるんだ?』
「この道路を真っすぐに行けば広場が出る。そこに冒険者ギルドがあるから、そこに行け。そこでクライストという者を探せ。そいつがそのパーティーのリーダーだ。金、盗まれないように気を付けろよ」
その衛兵はそう言い、どこかに行ってしまった。この見知らぬ都市でまた一人になるとは。取り敢えず教えられた通り行こう、と思う時、私は何かに気付く。
『……このまま逃げてもいいんじゃないか?』
今自分を監視する人がいる訳でもない。さっき私に道を教えてくれた衛兵さえ今は自分の居場所に赴いた。今のうちにこの金だけを持って逃げれば、自分の旅が始まるんじゃないだろうか?
『……そんなに楽に行くかな。大体、逃げると言ってもどこに何があるのかも分からないし、目指す目的地もない。もしここを逃げて、他の街に行ったとしても、同じく怪しまれる可能性が高い。なら今度は本当に処刑されるかも』
今回はここが人手の足りない領地だったから、働き手として処刑されずに済んだのだろう。平和な街だったら、おかしな兵士たちを従わせる不審者が現れると、迷いもせずに殺すはず。私が彼らの立場であってもそうするはずだ。
『……それに』
手に持っている袋を見る。
『いくら強引だったとは言え、金さえもらったし、もらった分は返さないと。ギルトに行くか』
考えてみると自分の最初の目的は十分に達成できる。情報の入手。辺境伯を手伝いながら、冒険者たちと協力し、この世界の情報を手に入れる。やればできそうだ。そう思い、私は広場に足を運ぶ。
『そう言えば、服はどうしよう』
その時自分の容姿に気が付く。この世界に召喚された時からずっとスーツのままだった。
『何とか服を買わないと、あ、私としたことが、所持品をチェックしていなかったな』
今思いついたが、この世界に呼ばれた時、何を持っているのかを確かめていなかった。周りから事件が多すぎて気にすることができなかった。一旦所持品を全部出してみる。
『財布、腕時計、家の鍵、ペンに……ライター。肝心なスマホは……ないか』
どうやら自分が川に落ちて死ぬ時に持っていたものしかないようだ。スマホは確か、投げ出された時、手放してしまったんじゃないかな。
『それに……巻尺?』
上着の内側のポケットに、手のひらに収まる程の小さい巻尺が入っていた。それもビニルも外してない新品だ。何でこれを持っているのだろう。自分に疑問を感じる。
『あ、確か、前に買ったっけ』
やっと思い出す。家具のサイズを測るために、いつか買ったものだった。にしても、買った後ずっとポケットに入れたままとか、自分の無神経さに驚く。
『まあ、それなりに役に立つかも。そして最後に……これか』
最後のものは、能力を開花する時、ネイアからもらったサファイアだ。それは割れて真っ二つになっていて、元の輝かしさを失っている。
『ネイア……今何をしているのだろう』
それを見てふとネイアのことが思い浮かぶ。
(……もう二度とここに来ないで。ただそれだけ)
『……まあ、何とかなるだろう。気にしないでおこう。それに、あいつとはもう何の関係でもないし』
(……いいから早く僕たちの村から出て行けよ。この外人が)
最後のあの言葉が今も脳裏によぎる。あの涙を堪えていた目が、なぜか忘れられない。
『はぁ……私が言うことではないが、あいつ、本当に自己中だな。一体誰のせいで外人になったというのか……』
そう呟きながら広場に向かう。
『……そう言えば、武器とか買っておくか。素手のままなのもあれだし』
道には商店が並んでいる。それぞれ多様な商品があり、服、食べ物から始め、中には鎧や武器まで売る商店まである。辺境地帯ということか、武器屋の方が人々に人気があるようだ。一旦並んでいる武器屋のうち、ある店に向かう。
「いらっしゃい。お客さん。何が欲しいのかな」
店に近寄ると店主が私を迎える。その店には主に鎧と近接戦用の武器が並んでいる。構成はゼフの店とあまり変わらないようだ。
『適当に戦える武器が欲しい。いいものないか?』
そう言うと店主は私を観察する。
「お客さん。もしかして初任務?職業は何だ?」
『え?まあ、初任務だけど、職業は……』
職業。剣士とか弓使いみたいなのを言うのだろうか。自分の職業、確か辺境伯が言ったな。自分は魔法使いだと。その時、ネイアが言ったのを思い出す。
(……今までを見ると、この人たちはいわゆる召喚獣だから、勇者の能力は多分召喚術士っぽい)
まあ、自分は魔法遣いで、その中でも召喚術士、というところだろうか。
『私は、魔法使い。その中でも召喚術士だ』
そう言うと、店主は少し驚いたようだ。
「ほお……魔法使いか、うちの店としては珍しいな。見た通りうちの店は魔法使い向けじゃなくてな。で、どんな物が欲しいんだ?護衛用?武器のタイプは?でが良いのか?」
自分の武器。それを耳にして昨夜の戦いを思い出す。あの剣士との戦い。私って本当に惨めだったな。どうやら自分に剣はまだ早いと感じる。
『私、武器を持って戦ったことがほとんどなくて、誰でも使いやすい武器はないか?護身用のものでいいのだけど』
「そうか、少し待ってくれ……使いやすい武器か……」
店主は悩んだ末、ある槍を取り出し、それを私に渡す。
『これは?』
それはそれほど長くはなく、穂先の前には金属の斧の刃、後ろには鉤爪が取り付けられている槍だった。
「ハルバードだ。まあ、それなりに使えるだろう。うちの店のものの中ではそれが一番使いやすいものだ」
『ああ。分かった。これはいくら何だ?』
「1シルバーだ。金はあるか?」
『無論。はい、これ』
袋から1枚のシルバーを取り出し、彼に渡す。
『では』
「また今度な」
取り敢えずハルバードを手にし、私は店を後にする。その時ある店が目に入る。
『あれは……』
それは服を売る店だったが、店の前で陳列されている黒いローブが目に留まる。
『あれは、ネイアが着てた、いや、魔女たちが着ていたローブと似ているな……』
そう言えば、何かはおるものを買わなくては。そう思いその店に向かう。
「お兄さん、また今度な~」
『まあ、私も魔法使いだし、これぐらい良いだろう』
早速その黒いローブを買い、身にはおる。そして右手にハルバードを取って広場に足を運ぶ。
『……』
広場に着くと、そこには沢山の人で騒めいている。そこには商会や、冒険者や傭兵ギルド、仮
設された救護所などが見える。
『これは……』
その救護所を見ると、たくさんの負傷者たちが列に並んでいる。そして道中には無気力に倒れている人が山程だ。それぞれ違う武具を持っている彼らは、傭兵だろうか。そんな彼らは気力をなくし、死んだ目でくたばっている。そのうち何人かの体をネズミがかじっている。あれは死体だろうな。広場の隅では死体が燃やされている。道中が人と死体、糞とネズミだらけだ。沼を思わせる陰鬱な空気が、そこに満ちている。
『辺境伯が廃れていくと言ったのも納得だな、これは』
過ぎていく人たちの話が聞こえる。
「なあ、聞いたか?ここら辺に魔女の村があるって噂が流れてるぜ」
「あ、俺も聞いたわ。ここから西の方向っていうことだっけ?でもこんな噂はほとんど噓だからな、信じる者だけ損だぜ。俺は、教会の発表じゃないと信じないつもりだ」
『……思ったより早いな。それより、あの剣士たち、もしかしてここにいたのか……?まあ、それより今の目的に集中しないと』
何とか人に尋ねて冒険者ギルドを探す。
「~~だからこの依頼は僕たちに難しいって~~」
「~~だからあの時、俺が咄嗟に剣を抜かなかったら、お前ら全部~~」
扉を開けて中に入ると、そこは冒険者たちで賑わっている。掲示板には依頼書が貼られていて、それを眺めながら冒険者たちが語り合っている。
『確か、クライストだっけ……』
「?お~い!そこの君!君がもしかして増援?」
クライストという者を探す中、遠くから呼び声が聞こえる。そこを見ると腰までくる、長いオレンジ色の髪が目立つ、背の高い女性が手を振っていた。私より少し年上に見える。
『あなたの名前は?あなたがクライスト?』
そう聞くと、その女性は笑いながら手を横に振り、明るく話す。
「いやいや、違う違う~私はバシリア。パーティーの斥候担当なんだ。クライストに言われてここで増援を待っていたのよ。残りの皆は探索の準備中。あなたは誰?」
『私は、皇、彼方。訳あって今は辺境伯の下で働いている。そうだな、私が君たちへの増援だ』
私は必要な情報だけを簡潔に述べる。
「へー、スメラギって、変な名前だね~どこ生まれ?ここら辺?って、流石にないか」
『いや、それはちょっと、まだ言えないんだ』
さっきの城門でのことを考えると、油断しない方がいいだろう。彼女まだ事情を話せる仲ではないと判断する。
「ええ~、そう。分かった。取り敢えず行きながら話そう!同じ任務を遂行するんだ!これから仲良くならないと、ね!」
バシリアはそう言い私にウィンクする。ウィンクとか、どう反応すればいいのか分からなくて戸惑ってしまう。
『あ、ああ。よろしく』
少し顔色が赤くなった気がする。
(だめだ。私、浮つかないようにしないと……)
見る限り、彼女は私の敵ではないようだ。だが彼女がどんな人なのかはまだ分からない。ある程度、警戒をしなくては。
「あ、ここでちょっと待ってね。ミンキーを連れてくるから」
『ミンキー?』
ギルドの外に出ると、バシリアはそう言い残しどこかに消え去る。足が余程速い者のようだ。
『それより……仲間か』
自分はこれから彼女以外にも色んな人と会うことになるだろう。彼女らをどう接したらいいのか迷ってしまう。
『もし、彼らが私の敵なら……』
バシリアは、私の敵ではないように見えたが、油断は禁物。敵である可能性はゼロではない。これから会う彼女の仲間たちも同じだ。私は彼らに対して何も知らない。
『もし敵だったら、どうしよう……』
最悪の場合を想定する。もし彼らの全員が私の敵なら、私は……ハルバードを握りしめる。
『いや、こんなこと、考えても意味がない。私と彼らは同じ任務を果たすために集まるんだから、敵である可能性は少ない。初めて会う人を敵と断定するのは、自分で自分を追い詰めることになるのみだ』
ふとネイアのことを思い出す。
『ネイアも、敵ではなかった』
いや、それはただ、私が彼女を助けてあげると期待されたからかも。その時、ネイアの最後の言葉がまた思い浮かぶ。
(……もう二度とここに来ないで。次に会ったら、敵として扱うから。ただそれだけ)
次に会ったら敵。彼女との関係はもう終わったようだ。
『私とあいつは、もはや敵同士、ってことか』
「え?今何だって?」
『……!』
そのように自分の考えに集中していると、いつの間にか後ろにバシリアが立っていた。いつからそこに?もしかして独り言を全部聞いたのか?と思いつつ、私は驚いてしまう。
「え?そんなに驚くこと?」
『あ、いや、何でもない。いつからそこに?』
「ちょうど今来たよ~何か呟いているようなので、声を掛けてみたってこと。何呟いてた?」
『あ、いや、何でもない。ただ自分の能力を確かめ……』
私はようやく気付く。バシリアが馬を連れてきたのを。その馬は結構頑丈な体躯をしていて、体中を覆う明るい褐色の毛はツヤツヤで良く整っている。そして何より額から左の頬までの白いまだらが印象的な馬だった。
『馬?何で?』
「うん。ミンキーだよ?ほら、ミンキー、挨拶しないと」
「ヒヒーン~」
その馬は言葉が分かるのか。私に挨拶代わりに鳴き声を上げる気がする。
『ミンキーって、馬だったんだ。てっきり仲間の誰かかと思ってた』
「ほら~ミンキーもうちのパーティーの一員だよ?ね?」
それに答えるようにその馬はまた鳴き声を上げる。どうやらバシリアはこの馬を大事にしているようだ。
「じゃあ、行こっか。よいっしょと。スメラギも私の後ろに乗って」
バシリアが馬の上に乗り、鞍に座る。彼女の後ろに乗れと言われたので、何とか馬の上に登ろうとするが、うまくいかない。
『うっ……馬に乗るのって大変だな……』
「馬に乗ったこともないの?はい。手握って」
『あ、ありがとう』
バシリアが手を伸べてくれたので、それを掴んで何とか乗るのに成功した。
「じゃ行くよ?ほれっ」
馬が出発する。思ったより速度が速い。初めて馬に乗ったせいか、体のバランスを維持でき
ず、馬から落ちそうになる。
『!?やばい、落ちそう……!』
怖くなってつい前にいるバシリアの腰を手で掴んでしまう。
「うん?」
『あ、いや、すまない。落ちそうなので……』
「あ、慣れてないんだね。平気平気。いいよ~落ちたら怪我するかもしれないから、私の腰に腕、ちゃんと回して?」
『う、うん』
言われた通り両腕をバシリアの腰に回して、軽く力を入れる。これで姿勢がだいぶ安定したので、馬から落ちる心配は要らなさそうだ。
「気を付けてね~君、鐙もないんだから、姿勢が不安なのも仕方ないし。早かったらいつでも言ってね~」
「わ、分かった」
(しかしこの腰、本当に細いな……女の体って、こんなものなのか)
そう考えている時、ふとバシリアが声を掛ける。
「ね、ちょっといい?」
『あ、ああ。何だ?』
「君の職業は何?それを聞いてなかったよ」
『ああ、それのことか。え、と……召喚術士だ』
「え?何それ?初めて聞くけど」
『え、知らないのか』
辺境伯やネイアは知っているようだったけど、どうやらこの職業はあまり広く知られていないようだ。
『魔法使いの一種。自分の兵士を召喚して戦わせるものだ。まあ、私もまだ詳しくはないけど』
「ええ?そんな魔法もあるんだ。ごめん、私、魔法とかそういうのに疎くて」
『いや、別に謝る必要はない。ならバシリアは、何をやっているんだ?さっきは斥候と言ったけど』
「私は皆の道しるベなんだ。魔法、とまでは行かないけど、感って言った方が正しいかもね。どこへ行っても道を迷うことはない。何とか自分が行きたい目的地に辿り着けるんだ。だから冒険の時はいつも皆を導くの。冒険に最適でしょう?パスファインダー、それが私」
『それは、いいな……この馬に乗って道を見つけるのか』
「まあ、最近は、ね。昔は私も歩いて活動したんだけど、役割を考えるとどうしても乗り物が欲しくてね。先月買ったんだ、ミンキーをね」
『あ、この馬は買ったものなんだな』
「そうそう、めちゃくちゃ高くて、苦労したのよ~貯金も全部使っちゃってさ」
『ちなみにいくらだったんだ?』
「うん……確か100ゴールドだっけ。持っている金じゃ足りなくて、結構苦労したんだ~」
『それは、大変だったんだな』
馬一頭に100ゴールド、だが1ゴールドがいくらか分からないから何とも言えない。でも一応高そうなのは確かだ。
「でもそこで聞いたけど、馬の中でも最上級のものらしいよ。ミンキーは体力も良くて、どれだけ走っても疲れないし、良く懐いてくれるんだ。元の名前はサラマンカだけど、私が愛称としてミンキーと呼んでいる。ね?」
「ヒヒヒン」
「フフ、私はこれからミンキーと大地を走り、未知の領域で道を探していくんだ。素敵でしょう?」
『……まあ、確かに』
確かに、バシリアとサラマンカの関係は親しく見える。相性がいい、ということだろうか。そう話している間、どこから声が聞こえる。
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