第12話 辺境伯

「ふう……」



 謁見室の玉座で、鎧の男はため息をつくばかりだ。どういうことだろうか。



「……で、貴様。名前は?」



 男は顔を伏せたまま質問する。どこか病んでいるような声だ。



『え、あ……皇、彼方って言います』



「……そうか。変な名前だな。どこから来たのか、答えろ。何のためにこの廃れていく辺境に来たのか。その理由を……」



『え、あ……』



 どうやらこの人がここの領主のようだ。もしここで下手をすれば本当に処刑されるかも。頭を巡らす。彼は私に対して疑問を抱いている。彼が納得する答えを準備しないと。



『……敵を、見つけるために来ました』



 自分は何でここに来たのか、それを考えると一番初めに浮かんだのがそれだった。私って、情報を入手するために来たんじゃなかったっけ?自分ながら己が理解できない。



「……そうか」



 男が顔から手を離す。あの白髪としわ、少なくても50代に見えるあの男は、何かに対してすごく心配しているようだ。その目はすごく疲れている。



「どこから来た。答えよ」



『え、それは……すごく遠いところから来ました』



「具体的に?」



『それは……』



 危ない。この世界のことを知らないから何と答えればいいのか分からない。魔女によって召喚されたと言ったらそのまま殺されるかもだ。



「まあ、答えないならそれでいい。ならさっきの兵士たちは何だ?答えるが良い」



『それは……私の能力』



「能力?」



『ええ。兵士を召喚して、自分のために戦わせる。それが私の力』



「召喚の類いだったか。ならば君は魔法使いだな。まあ、いい。敵と戦えるか?答えろ。今はそれだけが大事だ」



『え?』



 いきなりの問いに戸惑ってしまう。自分は戦えるか?どうやらこの人は戦力が少しでも必要みたいだ。



『……はい。戦えます』



 実際にどうなるのか分からないけど、今はこう返事するのが良さそうだ。



「そうか。分かった。我の名はフシティアン。パルグレイ・フシティアン辺境伯だ。覚えておくように」



『あ、はい。伯爵様』



「伯爵でない。辺境伯だ」



 どうやらこの人は貴族、それも辺境伯みたいだ。だが不思議だな。何で私に戦えるかを聞いた


んだ?



「スメラギ、戯言は言わん。戦え。ここに敵は呆れる程いるからな」



『……それはどういう?』



「街を見たら分かるだろう?最近、モンスターの襲撃が激しくなって、ここでは毎日戦闘が起きている。くそ、境界領域に何が起こっているのか。そのおかげで兵士も人も減っていて、今では我が領地は日々廃れていくばかりだ。今は東からの傭兵と冒険者、援軍で何とか耐えているが、いつまで耐えられるか分からない。だから戦える人はいつでも歓迎ということだ」



『あ、はい。だから私も戦力になってほしいと?』



「話が早いな。で、選択権をあげよう。このまま不審者として処刑されるか、それとも我の下で働くか。どうだ。選べ」



『……』



 この二つを選択権として提示するとか。この貴族は疲れすぎて頭がどうにかなったようだ。まあ、実質的に自分のために戦えと言うことだろう。ここでは彼に従うしかようだ。



『無論、戦います』



「うむ。いい返事だ」



『あの、少しいいですか?』



「何だ。手短にな」



 辺境伯、モンスターの襲撃、戦闘、廃れる、傭兵と冒険者。それらを踏まえて質問をする。



『何で不審者の手を貸してまで戦い続けるのですか?モンスターを避け東に逃げる手もあるのでは?』



 それも1つの方法だろうに、彼はなぜその判断をしないのだろう。戦わなければならない、彼なりの理由は何か。



「……ふっ」



 それを耳にし、彼は微笑を浮かべ、その目に光が戻る。



「もちろん、地位と権力のために決まっている。この地を失えば自然に爵位もなくなる。貴族でなくなるのだ。それはいかん。だって、この辺境伯という爵位を元に、もっと上を目指すのだから」



 ああ、そういうことか。どうやら彼は権力のために戦うようだ。確か、貴族の爵位は領地から来るんだっけ、歴史に詳しくないがどこかで読んだ気がする。にしても、その地位にとどまるだけでなく上を目指すのか。もっと質問すればこの世界に関して知識を得られそうだ。



『上を目指すと言うなら、どこまでですか?国王?』



「まあ、そこまでは言わん。大事なのはここで活躍して、それを元に権力の中央に近付くのだ。人によっては干渉のないここでの暮らしがいいかもしれないが、我は違う。何があってもより高い地位がほしい。そう。そのためには、戦果をあげなくては……戦果をあげ、それを元に政治をする必要がある」



『は、はあ……』



 フシティアンは権力の話をすると急に人が変わり、独り言を述べ続ける。



「くそ……時間はただ過ぎていくのに、まだ思った程の成果をあげられてない……それどころか


襲撃で日々全てが廃れていく……このままだと地位向上はできない……ああ、ああ、ああ、どうしよう。どうしよう。地位が、権力が、このままだと……」



 ……こいつ、急に頭がおかしくなったな。権力に対する強迫的な執着がすごいようだ。これからこいつの前で権力の話は辞めよう。それはさておき、今は自分のことに集中しなくては。



『辺境伯、これからあなたのために戦う訳ですから、支援をして欲しいのですが』



「……ああ、心配するな。そこは適宜に処理する。では早速、任務を与えよう」



 私が話を変えると、辺境伯は急に雰囲気を切り替え、元に戻る。



『え?今すぐ?』



「偵察兵を通して入手したが、どうやらモンスターたちの巣らしきものを発見したようだ。で、そこを調べるために冒険者たちを雇用した。彼らは今日出発する予定だが、ついさっき報告が入った。どうやら彼らには人数が足りないようだな。そこに我の側として加わるように。まあ、威力偵察ということだ」



『え、いくら何でもいきなりすぎでは……』



「ここは辺境地帯、人手はいつも足りない。彼らと協力して目標を達成するように。以上だ。去れ」



『は、はあ……』



 辺境伯のその言葉が何かの合図なのか、扉が開かれ衛兵2人が中に入って来て、私を連行しようとする。これ以上話しても意味がないようなので、私もそれに応じて起き上がる。辺境伯が雇用した冒険者たち?一体どんな人たちだろう。私はそれを考えながら謁見室を後にする。



『……?あの人は、騎士か?』



 衛兵たちに従って城を後にする時、廊下の向こうから来る人と目が合う。金髪の髪、それに質の高そうな鎧を着ている。彼は騎士なのだろうか?まあ、私とは関係ないだろう。そう思い、私は衛兵たちに連れて行かれるのみだった。



「ふう……戦果をあげるには、どうするべきか……」



「閣下、入ってもよろしいでしょうか」



 皇が去った後、辺境伯だけが残った謁見室に誰かの声が聞こえる。



「その声は、シェパード卿?何だ。入れ」



「……はい」



 扉が開け、廊下で皇と目が合った金髪碧眼の騎士が入る。



「急に報告することがあります」



「……何だ」



「はっ。ちょうと今入手した情報ですが、ここから近くに魔女の巣があるとのことです」



「うん?魔女?今魔女って言ったか?」



 魔女。その言葉を耳にして、辺境伯が自分の目を見開く。



「いえ、具体的には城内でそんな噂があるということです。どうやら今日の朝から、冒険者同士


でそんな話が広まったと……」



「噂か。具体的な内容は?」



「ここから西の、境界領域の中に魔女たちの村が隠されていると言うことです。そこに近付く


と、魔女たちによって殺されるとか」



「ほお……」



「しかしこれは冒険者同士の噂であり、証拠がある訳でもありません。教会の正式な発表でもな


い、ただの魔女の噂はその信憑性が足りません。下手に信じるのは禁物かと」



 辺境伯は静かに頭を巡らす。



「確か、魔女に対する調査は教会の者が必要だな。異端審問官みたいな。だがここには教会がない。ここから一番近い、教会のある都市は……メアイスか」



「はっ、それに関してですが、既に何人かの冒険者がそれを知らせるためにメアイスに向かったとのことです。それが事実なら、明日や明後日には教会の者が来るかと」



「ここから西の山脈、すぐ隣だな。教会の者が来るなら、自分たちで調査して、自分たちで処分するだろう。魔女に関してあいつらはいつもそうだったし」



「……」



 辺境伯はまた深刻な顔で独り言を始める。シェパードは黙り込む。辺境伯の反応が、自分の予想とは少し違うため、彼は少し慌てているようだ。



「もしそれが事実だったら、戦果をあげられるだろう。教会の代わりに魔女たちを滅ぼし、人類と信仰を守護した、我こそがこの辺境地帯で民衆を、世界を守護する者だと言えるはず」



「あの、閣下……?」



「だが何もしなければ、このまま教会に手柄を奪われるだけだろう。そして我は無視されるだ


け。自分の領地の周りで起きていることもまともに対処できない愚か者ってな。ならばこれからの権力闘争に支障が出てしまう。そこに魔女たちがいる確率は半々。なら行くしかあるまい」



「……?」



「そう!時は来たようだ。シェパード卿、冒険者や傭兵の連中を雇用し、彼らに噂の地域を探索させたまえ。我はその間、家臣たちの招集と兵力の準備を行う。時間との勝負だ。教会の奴らが来る前に、魔女の巣を見つけ出して滅ぼす。遅くても明後日には出兵する。分かったか?」



 シェパードは戸惑い、汗をかく。



「か、閣下。それはいくら何でも早すぎるのでは……最近は連続した戦闘で、兵士どころか冒険者、傭兵たちも疲れています。物資も足りていません。ましてや、いつ襲撃が来るかも分からない状態で……」



「黙れえええ!!!くそがあ!!!」



 辺境伯はいきなり大声を出し、シェパードの首に剣を突きつける。



「うあっ……!か、」



「ふぅ、ふぅ……シェパード卿、身の程をわきまえるように。君は我の騎士。我の命令にただ従え。じゃないと、君も魔女として訴えよう。破門され、処刑されたいのか?」



 冷や汗をかくシェパードは何も言えない。辺境伯は既に心を決めたようだ。彼は剣を鞘に納める。



「これを上手く利用すれば、今までの状況を逆転できる。地位の向上が目の前に来たかもしれない。貴族たるもの、この機会を逃すなど有り得まい」



「……はっ、仰せの通りに」



「ああ、そうだな。全ては我が主、神のために」



 シェパードが謁見室を後にする。一人になった辺境伯はまた独り言を呟き始める。



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