第11話 城壁都市

「……うん?ここは?」



 俺は目を開け、周りを見渡す。朝日の日差しが窓越しで部屋を照らしている。よく見ると、ここは自分たちが前に泊まった部屋のようだ。



「兄貴。目が覚めたか?」



 声が聞こえた方を見ると、フロルが座っていた。彼女は自分のナイフを整備している。



「あ、ああ。ここは?」



「ここはセベウの酒場だぞ。あの山から出てこっちに戻ったんだ。実は直ぐにメアイスに向かおうと思ったけど、兄貴が起きなくて……」



「あ!そう言えば……!みんなが!」



 昨夜のことを思い出し、目がはっきりと覚める。



「確か皆がああなっちゃって、俺も死んじゃうところを……!そう。早く教会に知らせ……」



 急いで立とうとした俺は倒れてしまいそうになり、フロルがそんな俺を支える。まだ体に力が入らないようだ。



「分かった。でも急ぐと危ない。まだ力が戻っていないようだから、ゆっくりな。今からメアイスに戻るのだろう?馬を手配したぞ。今から行こう」



「あ、ああ。馬の手配まで、ありがとう……」



 ふと思う。フロル、彼女だけが、今の俺に残った唯一の仲間なのか。元々5人だったパーティー


が、もはや2人のみ……フロルはこれをどう思うのだろう。



「なあ、フロル」



「何だい?兄貴」



「……お前はこれからどうする気だ?」



「うん?」



「実質的に俺たちのパーティーはもう壊滅状態だ……ならば解散して、お前も他のパーティーを探した方がいいんじゃないか?」



「え?あ、そういうことか。じゃあ兄貴はどうする気?」



「俺は、メアイスに行った後、皆の敵を取る。これから冒険者は辞める気だ。だからこのパーティーはもう解散だ。もし冒険者を続けたいのなら、他のパーティーを探した方がいい。選択は


お前次第だ」



「……そう」



 俺はこれから冒険者を辞め、あの魔女と男への復讐に専念する。だが、もしそれがフロルの意


向と合わないなら、ここで離れるしかないだろう。復讐は俺の意思によるもの、それをフロルに


強いることはできない。もし彼女が冒険者を続けたいのなら、寂しいがここでお別れするしかない。



「いや、僕も同じ。皆の仇、取らないと」



「え?」



「冒険とかもういいよ。みんなが死んでしまったの、僕も見たし。兄貴に付いて行くから。だからこれからも一緒だから、ね」



「フロル……ありがとう」



「それより、早く行くぞ。日が沈む前にメアイスまで行くなら急がないとだ」



「そうだな。まずメアイスの教会に行って、魔女の報告をする。その後ここに戻ってまたあの場所に向かうんだ。そうだ。ここにいる奴らにも話しておかないと」



「兄貴が眠っている間、街の方には一応僕が話をしておいたぞ。でも証拠がないから、彼らにはただの嘘や噂に聞こえる可能性が高いけどね。にしても、本当に辺境中の辺境だね、ここは。まさか教会もないなんて」



 その時、外から鐘の音が聞こえ、街中が騒がしくなる。衛兵たちが城門の方に行くようだ。



「うん?今のは……?モンスターの襲撃か?」



「外が騒がしいようだね。でもここではいつものことだし、気にすることではないと思うぞ。それより兄貴、これ」



「これは……?」



 フロルが手渡したものを受け取る。それは亡くなった3人の冒険者バッジだった。金色のそれは傷だらけだが、日差しを浴びて輝いている。手が少し震える。



「え、どうやってこれを……?」



フロルがそれを見ながら少し自慢げに語り出す。バッジを見る彼女のその顔は、どこか悲しいように見える。



「まあ、腕の見せ所ってやつかな。あの時、兄貴を救いながら咄嗟に取ってきたのよ。煙幕を張った時にね。皆の遺品とか、少しでも持ってきたかったけど、全部は難しくてね。それが限界だった。兄貴がリーダーだから、持っていてくれ」



「……ありがとう。フロル……」



 俺はそれを、胸のポケットに大事に入れる。



「では、行こう」



「ああ、兄貴」



そして、俺たちはその部屋を後にする。




……ここは、暗闇の中。何かが浮かんで来る。それは、私の過去。



『学校、行きたくないな……』



 あの日、結局最後までナスを食べなかった。先生も意地を張ったようだが、結局勝ったのは私だった。だが、その代償として、クラスの全員と一緒に居残りをすることになり、皆から目を付けられてしまった。初日からあんなことしたからな。嫌われても仕方ないだろう。そう思いながら、教室の扉を開く。



「あっ、あいつ来た……!」



「え、挨拶でも……」



「乃恵美、あいつにそんなの要らないって」



 騒めいていた教室が、私の登場で静まり返る。不穏な静寂。何人かの密かに呟く声だけが聞こえる中、自分の席に向かう。



『……うん?』



私の席を見ると、机に落書きがされていた。ペンでやったのもあれば、カッターナイフで刻んだのもいる。シネ、クズ、メイワクとかが描いている。それを見ていると、後ろから何人かが笑い声が聞こえる。



「あいつ反応見ろ。めちゃ慌ててね?w」



「卓郎お前、静かにしろよ。ばれるじゃねぇかよ」



 なるほど。いじめの始まりか。ある程度予想はしていたが、こんなに早いとは想定外だ。クラスは異常なほど沈黙している。私のことを意識しているのか。1人だけ立っているのもあれだし、一旦椅子に座る。朝礼の鐘が鳴り、西村が入る。



「皆、おはよう~じゃあ朝礼始めるね。今日も張り切って、元気に行こう!」



「「はーい」」



 彼女がクラスの気を沸き立たせる。私は、元気に行けそうにないな。



「それでは授業始めるね。科目は、数学だね。教科書出して」



 周りが教科書を取り出す。私も取り出さないと。



『え?』



 教科書を出してみると、本がボロボロになっていた。落書きに、カッターナイフで斬り付けたのか、表紙から始め、教科書は全体的に雑巾のようになっている。



「卓郎お前さあ、本にもやらかしたのか?俺よりやばくね?」



「啓介、黙れよ。お前のせいでばれるじゃん」



『……』



後ろでまた、私を嘲笑う密かな声が聞こえる。卓郎と啓介。2人がやったのか。一旦教科書を机の上に置く。



「ちょっと、皇君。教科書はどうしたの?」



 先生が私の教科書に気付き、そう指摘する。クラス中が私を見つめる。その眼差し、分かる。クラスの全員はあの2人のやったことを黙認したのだろう。



『学校に来たら、こうなっていました』



 西村は私と仲が悪い。いじめから私を守るとか、期待しない方が良いだろう。だが嘘はつくのもあれだし、真実だけを簡潔に述べる。



「そう。何がどうなったのかは知らないけど、自分の物を管理するのは自分の責任だよ。今から練習しないと。そう言う訳で皇にはイエローカード1枚。次からは注意して。ちなみに3枚受けたら、1人だけでトイレの掃除させるんだから。分かったよね?」



『……』



 こいつ、うざいな。もし今銃があったら速攻に撃つどころだ。何で私がこんな羽目にならなくちゃいけだいだろう。そうは言いたいものの、言っても無駄だろうな、と思い黙り込む。あの目、見れば分かる。西村は私のことを嫌いだ。まあ、自分の言うことを聞かない、意地っ張りの生徒は、嫌っても仕方ないだろう。そして私も西村のことは好きじゃない。なら意思疎通は難しいな。



「ねえ、返事は?先生が言ったら、返事するのが当然でしょう!?イエローカードもう1枚もらいたいの!?」



『はぁ……はい』



 そうして、私の小学校4年目の生活は始まった。4月の間、卓郎と啓介が私を苦しめ、クラスの


皆はそれを見ても見てないふりをする。先生は、それに気付かず、私に罰を与えるのみ。いじめにどう対応すればいいのか分からなくて、最初は我慢した。だが、いじめは絶え間なく続き、それに加担する奴も増えていく。私がじっとしていたから、こいつには何をやっても大丈夫だな、と思われたようだ。



『うあっ!』



 ある時は、机の物入れにゴキブリの死体が入っていた。ある日は、自分のものがなくなったりして、牛乳パックを投げつけられたことも。危なかったのは、上履きの中にカッターナイフの刃が入っていたことだった。気付くのが遅すぎて、履いてしまって足に傷がついて、血が出る。



『ううぅ、痛い……』



 私が苦しむと、あいつらはクスクスと私を嘲笑うのみ。そんな繰り返しで4月が過ぎ、5月になった。このままだと改善の見込みはないだろう。だめだ。何かの対策を取らないと。傷を抑えて考えを巡らす。



『……主導者にやめろと言っても無駄だろう。なら先生は……先生は私のこと嫌いだし、言っても意味はないだろう。そしてあんなに高圧的に自分の思想を強いる奴に頼りたくない。ならば。せめて家族に話してみるか』



 そしてその日の夜、母さんに話してみる。ちょうど今職場から帰って来た母さんは、どこか疲れたように見える。



『母さん、ちょっと、話したいことがあるけど……』



「ふう……何?母さん、今疲れているから手短にね」



『あ、うん……実は、私、学校で、皆に嫌われて……』



 いじめられているけどどうすれば良いか分からない、とはさすがに直接的すぎるのでそうは言えなく、曖昧な表現でそれを伝えてみる。



「え?嫌われる?何で?」



『それが……ご飯のせいで……』



「うん?ご飯?もうちょっと詳しく言ってくれる?」



『えっと、昼ご飯の時、先生が私にナスを残すなって言ったけど、食べなかった。それで皆と夕方まで居残りすることになって、皆が私のこと嫌いになって、私をいじめている』



 核心だけを簡潔に伝えることに成功した。なら、自分のほしいことを述べないと……



『それで、学校行きたくない。どうすればいいのかわ、』



「じゃあ、彼方、お前のせいでしょう?何でナス食べなかったの?食べれば良かったでしょう」



『……それは、嫌だったから』



「彼方がナス我慢して食べれば、居残ることもなかったし、嫌われることもなかったでしょう。考えてみて、皆は彼方のせいで居残ることになったんだから、嫌われても仕方ないじゃん」



『……でも、食べたくなかったから……』



「ふぅ……頼むからさ、先生の言うことは聞いてよ。先生は彼方より大人だし。大体ねえ。生徒は先生の言うことに従うのが本分なのよ?それを聞かなかった、彼方が悪いんだから」



『……』



「いじめは大変だね。それは先生に母さんが言っとくから。でも、彼方から皆に近付いて、謝れば皆も辞めてくれるんじゃないかな?ほら、母さんがお小遣いあげるからさ、これでお菓子とか


買って皆と食べて?皆に謝ってお菓子を食べれば、皆も許してくれるはずよ、きっと」



『……ああ』



 私をいじめる奴らに謝罪、それに供物まで捧げろと言うのか。それも、もういじめないでくださいと乞いながら?断じてあり得ない。やはり家族に言っても無駄のようだ。生徒は先生に従うべきだと言う常識の下で、私の思いは無視されるのみ。なら、どうすれば……母さんを後にして、また1人で考え込む。



『……私は友達もない。誰も、私を助けてくれない。いじめられるのは嫌だ。でもやめてほしいと言っても、やめるはずがないだろう。なら、別のやり方を取らないと』



誰も私を助けてくれないので、自分で何とかするしかない。だが、自分で思うに、言葉だけでは解決の見込みがない。別の方法を……



『私の味方はどこにもない。周りは、敵だらけ。ならば、自分の問題は、何としても自分で解決しないと……』



 そう考える間、夜が深まっていく。




 ……ここはどこだろう。暗く、陰惨な雰囲気がそこに満ちている。



『ううぅ……え?ここは?』



 目を開けてみると、そこは牢獄だった。光はあまり入ってこなく、湿度が高い。そのせいで壁にはカビが生えていて、陰惨な気配が漂っている。



『牢獄か、余程怪しまれたようだな』



 よく見ると牢獄中央に廊下がいて、それに沿って鉄格子でできた牢獄が並んでいる。自分はその中の一つに閉じ込められたようだ。そして手足に枷が付けられている。



『廊下に、監守がいない?それに私の兵士は……』



 こういうものには普通に監守や警備をする人がいるのかと思ったが、ここにはないようだ。そして大事な私の兵士だが、どこにいるのか分からない。



『あいつら、私の命令じゃないとちっとも動かないけど、どうなったのだろう。もしかして皆殺し?』



 ならば状況は最悪と言っても過言ではないだろう。彼らを確かめる術は……



『あ、そうだ。糸があったな』



 確か彼らと私は魔力の糸で繋がっていたはず。自分の手を意識して見つめる。だが、どうしてなのか、前には見えたそれが今は見えない。



『本当に皆殺しされたのか……なら私も処刑になるのか?』



 その時、アルマ・アルキウムのことを思い出す。



『……アルマ・アルキウム』



 そう呟くと、また同じ声が頭の中に聞こえる。



(アルマ・アルキウム。現状報告。現在の総戦力、六機。全機待機中。常時召喚可能)



『え?死んだんじゃなかったのか?うーん、分からない。誰か説明してくれればいいのだが……』



 召喚できるのは六人ということか。ならさっきの四人はどんな状態なのだろう。死んだのか?分からない。この力にはルールがあるようだけど、今の時点ではまだ判明が終わってない。そう能力のことを考えている際、遠くから人の足音が聞こえる。



「おい!出ろ!」



 三人の衛兵が現れ、牢獄の扉を開ける。そして私の手足の枷も解けてくれる。



『私って死ぬのか?』



 気になったことなので彼らに尋ねてみる。



「静かにしろ!質問していいと言った覚えはない!歩け!」



 彼らは質問に返答せず、私の足を急がせる。



『……ここって城壁の内側なんだ』



 歩きながら、周りの風景を横目で見る。どうやら今までいた牢獄は地下にあるもので、今地上に出たようだ。



『え?城の中に入るのか?』



「黙れ!」



 独り言を呟くと、後ろの衛兵が私の頭を殴る。痛いな。黙っていよう。よく見ると私たちは今城の中に入るようだ。円型の城壁を基準に、内側に聳え立っている城、あれに領主がいるのだろう。



(私って領主と会うことになるのか?)



 その後も歩き続け、城内のどこかの部屋に辿り着く。ふと見るとかなり良さそうな部屋だ。謁見室、だろうか?その奥の玉座に、フルプレートアーマーを着た誰かが座っている。顔を手で覆っていて、表情が見えないが、暗い雰囲気を感じる。



「ここに座れ!」



 兵士が私を床に膝をつかせる。



「閣下、連れて来ました」



「……ああ、下がれ」



「はっ!」



 そう言い、兵士たちが下がっていく。部屋にはその人と私しかいない。



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