第10話 外へ

 突然現れた盗賊のせいで、あの剣士を逃してしまった。遠ざかっていく2人を止める手段はない。



『私の敵と、魔女の敵……』



「くっ!もう結界の外にまで、殺さなくちゃいけなかったのに……!」



『……』



 私は何も言えず、ただそこにぼうっと立ち尽くすのみだった。私の兵士たちは周りに依然として立っている。



「勇者……!本当にどうしたのよ!あの時早く殺しておけば、こんなことにはならなかったのに……!」



『……』



「どうしよう。世間に知られたら、世界が、僕たちを滅ぼしに来るはず……もう、終わり……」



 絶望に落ちたネイアは挫いてしまう。一方、私は今聞いたあの剣士の言葉と、さっきゼフから聞いたことを思い出す。



(スメラギ、今のお前じゃ、肩入れしたとしてもネイアの邪魔になるだけだ。お前の戸惑う心は、大事な場面で足を引っ張ってしまい、お前どころかネイアまで危機に陥れてしまうだろう)



(お前はよ、何もかも中途半端すぎるよ。あの女に肩入れして戦いはするが、自分の手で殺すことはできない。なんだ、ふざけてんのか?戦うということは相手を殺すということだ!それができねえなら、誰かに容易く肩入れすんじゃねえよ!)



『そうだな、確か私は軽率な判断をしたかもしれない』



 考えを決める。これからどうするべきかという問いに答えが出たようだ。



『なあ、ネイア』



「……何よ。勇者」



 いくら時間が経ったんだろう。夜が終わり、朝日が昇ろうとしている。日差しが全てを照らし始めようとする。その日差しから背を向け、ポツンと立っているネイアに告げる。



『ごめん。私、君のために、戦えない』



「……え?」



 私のその返事を耳にし、驚いてしまったのか、ネイアは自分の目を見開く。その丸い瞳から、私の姿が映る。



『私は、君たちのために戦う理由がない。この世界に関して何も知らないし、こんな状態では君の味方になどなれないんだ。君の敵と、私の敵は同じではない』



「……それは……」



 ネイアは驚いたようだ。目を見れば分かる。瞳が小さくなり、その目は行く先を失っている。



『私はなぜ魔女が迫害されるのか知らない。そして君が何者なのかも知らない。こんな状況で、いきなり呼ばれて戦いを、殺し合いを強いられても、私には難しい』



「そんな……ゆ、勇者が、唯一の頼りだったのに……僕の、半分が……」



 ネイアの体から力が抜けていく。大丈夫なのだろうか。その時、遠くから人々の声が聞こえる。



「ネイア!大丈夫か?そして勇者は?」



「お姉ちゃん!」



「ネイア、元気か?」



 その中には、村長と、ゼフ、そしてジョニーまでいる。彼らはネイアのことを心配している。彼らの後ろに、たくさんの村人もいる。



「……」



『私たちは、無事、かな』



 ネイアは黙り込んでしまった。目を見るに、かなり憂鬱なようだ。その透き通った目は光を失い、潤んでいる。涙を堪えているのか。何を言い出せば良いのか分からなくて、思い悩んでしまう。



「……冒険者の2人が逃げたよ。間もなくここの存在がばれる」



「え!?うそ、お姉ちゃん。それ、本当……?」



「何じゃと……!」



「……!それは、あかんな……」



 ネイアのそれを聞いて村人たちが騒めく。



「……皆、聞いて。知らせたいことがある。僕が召喚した勇者、いや、スメラギのことだけど。僕たちのために戦えないって」



「え!?何で……?」



「そんな、じゃあ、私たちはこれからどうなるの?」



「……また避難の準備をするべきかも」



「……」



 ネイアの言葉で皆の不安が増していく。ゼフは暗い顔で黙り込む。



「それって、本当なのか?勇者よ……答えてくれ」



 村長が私を見ながらそれを問う。その切実な目と向き合いながら、自分の決断を口にする。



『ああ。だって、戦う理由を、見出せないから。この世界に関して何も知らないし、こんな状態で殺し合いとか、できない』



「そんな……」



「……やっぱりそうか」



 村長の顔色が悪化する。ゼフはそれに納得したようだ。ネイアが言葉を足していく。



「それで、スメラギは今日からこの村を出るから。挨拶したい人は今のうちにすませて」



「!?ネイア、それはどういうことじゃ?」



「言葉通りの意味。彼はもう僕たちの味方じゃない。いや、むしろ敵になる可能性すらある。そ


んな者を、村に入れる訳はない。今から出てもらわないと」



「ネイアちゃん、いきなりそれはいくら何でもひどすぎないか?もうちょっと考える時間をあげても……」



「無駄よ、ゼフ。彼は既に選択をしたんだから。そう。言い残したことが一つ」



『……何だ』



 ネイアの目を見る。失望と、挫折が混じっているその目は、涙を堪えている。



「……もう二度とここに来ないで。次に会ったら、敵として捉えるから。ただそれだけ」



『……分かった。すまない、期待を裏切ってしまって。私を、許して……』



「いいから早く僕たちの村から出て行けよ。外人が」



 ネイアが私を睨みながら冷たく言い放つ。そんな彼女を目の前にし、私は言葉が出ない。



『……ああ』



 そう言い残し、皆が見ている中、彼らを後にする。空を見上げると、朝日が昇っていく。今日は随分長い日になりそうだ。



『ふう……』



 いくら時間が経ったのだろう。一人になった私は皆から離れ、道を歩いて山を降りていく。後ろには兵士たちが付いて来ている。



『やっと一人になったな……まあ、こいつらを除けばの話だけど』



 あの場を離れる際、兵士たちについて来るよう命令したけど、戦闘で倒された兵士はなぜか光に包まれ消えてしまった。それで残りは6人、一旦彼らだけでも残っているのが幸いだ。



『まあ、代わりに戦ってくれればそれで十分だし、いいか』



 ……歩いていくら過ぎたのだろうか。山道は終わりの気配すらない。



『ふぅ……にしても、これから何をすれば……』



 これからのことを考える。ネイアとの約束を破り、一人になった訳だが、これから何をすれば良いのか全く分からない。戦う力は少なからず持っているものの、目指す目的がない。



『一旦山を出て、近くの街でも目指すか。まずそこから情報の獲得だ』



 まずこの世界に適応して、情報を手に入れる。それを元にこれからのことを考えようと決める。



『それはさておき……敵、か』



 さっきのことを思い返す。あの剣士が私を中途半端だと非難し、己が私の敵だと叫んだのが脳裏によぎる。



『確かに、今考えてみると、中途半端だったな。彼の言う通りだ』



 ふと疑問に思う。戦いはするが殺すことはできない。自分は何でその考えに至ったのだろう。



『……目には目を、歯には歯を。自分の敵は、自分の手で打ち倒す』



 これは今まで自分の芯としてあり続けた、いわゆるモットー。世界には、悪意を持って、も


しくは自分の都合のため、私に何かを強制しようとする者が多い。彼ら全員が私の敵。人生を生きていくと、必ずこんな敵と向き合う時が来るだろう。その時、彼らと戦わなくてはならない。己を守るために、何をしても勝つのが大事だ。



『だが、そう考えて生きて来た私が、何でそんなに曖昧に行動したんだろう。今までそんなことはなかったのに……』



 この世界に来た時を思い返す。いきなり世界に呼ばれた自分に、魔女であるネイアは頼んだ。危機にある自分たちを助けて欲しいと。この世界に対して何も知らないため、私は一旦彼女の願いに応じることにしたが、最初の戦闘で気付いた。自分は戦えないと。



『そう。あれは魔女たちの敵であって、私の敵ではない』



 魔女。彼女らも人々から弾圧され、周りどころか世界そのものが敵なのだろう。彼女らも自分なりの苦しい戦いをしているのだ。だが、いくら願われたとは言え、私がそんな彼女たちのために戦う理由はない。そして私は自分の力を温存しなければならない。だって、



『この世界での私の敵と、戦わなければならないから』



 この世界にも人間は沢山いるはず。ならばその中にも私の敵がいるはずだ。そんな状態で下手に魔女側の味方をして、世界そのものを敵に回してしまったら、自分に悪影響が出るのみだろう。無意識的にそれに気付いて、私はあんなに消極的に戦ったのだろうか。心の奥底で自分と魔女の敵を区分したのだ。



『だとしたら、私は、私の敵を殺せるのか?』



 これもまた疑問だ。私は今まで人を殺したことがない。さっきの剣士は魔女たちの敵であり、自分の敵ではないと思ったあげく、殺めるのは良くないと判断した。ならば、この世界で自分の敵と向き合ったら、自分はこの手で殺せるのだろうか?



『それは……難しいな。だが、できなければならないだろう』



 この世界は魔女狩りが堂々と行われる世界。ならば倫理や道徳、人々の常識などは、元の世界のとかなり違うはず。治安も良さそうでないし、あらゆる犯罪が頻繁に起きているだろう。



『こんな世界で生きるためには、気をしっかりしないと。忘れるな。頼れるのは自分のみ……』



 そう気を取り直すと、ふとネイアのことが思い浮かぶ。



『ネイアたち、これからどうなるのだろう』



 剣士たちが逃げて、もう朝になった。今日のうちに魔女の噂が広まるだろう。確か、教会が滅ぼしに来るとか。この世界の教会って一体どういうものなのか気になる。軍でも持っているのか?



『確かネイアが言ったよな。村がばれたら、戦うしかないって……』



 あの村、負傷者がほとんどだったな。戦える人もほぼなかったし。そんな状態で教会の攻撃を耐えられるだろうか?



『上手く行けば良いのだが……何とかなるだろう。それより私のことが先だ』



 確か、別れる際にネイアから言われたな、もう二度と来ないで、と。



『まあ、期待に応えられなかったけど、最後の願いだけは聞いてあげるか。せめてもの敬意として』



 そう考えている中、やっと山の外が見える。外に出られたようだ。



『これは、広いな……』



 最初に見えたのは、地平線の向こうまで広がっている平原だった。人はおろか、人間の生活圏の気配すらない、ただの平原。よく見ると、道路があるようだ。



『え、と。これに沿って行けばいいのか?』



 道路と言っても、アスファルトで包装された類のものでなく、ただ土が出ている、整備されてない道路だった。それもところどころに草が生えていて、あまり使われてないように見える。



『取り敢えずこの道路を沿って行ったら……あ』



 その時、道路の右方向の向こう、地平線のあたりに何かが立っているのに気付く。



『あれは、建物?いや、城壁か……?』



 灰色のあれは小さくてほぼ見えないが、城壁があるように見える。



『城と言えば人がいるはず。一旦あそこに行くか。全員、ついて来るように』



「「了解」」



 こうして私はあの城壁に向かい、足を運ぶ。何時間立ったのだろうか。そこに辿り着くと、そこには巨大な城壁が立っていた。高さは10メートルぐらいのそれは、とても頑固そうで、威風堂々な姿を現していた。



『ここは、城塞都市のようだな」



 城壁が巨大な空間を囲んでいて、その周りに水の入ってない堀が掘られている。城門を出入りする人たちを見ると、彼らのほとんどは武装していた。統一された武具を付けた人たちもいて、各自武装が違う人もいる。だが、城壁と道のあちこちが壊れていて、負傷者もかなり多いるようだ。



「おい!止まれ!何者だ!」



 城門に近付くと、そこにいた衛兵たちが私に武器を構える。表情を見るとかなり警戒しているようだ。



『え?何だ。あ、そう言えば』



 彼らの態度を疑問に思ったが、自分のことを見てその理由に気付く。



『確かに、名も知らない者が武装した兵士たちを連れていきなり城に近付いたら、警戒するのも当然か』



 彼らから見ると、私は兵士たちを連れて城に現れた侵入者なのだろう。彼らに一旦事情を話すかと思う時、ふと気付く。



(……もしここで魔女のことを話したら、危ないかもしれない。適当に嘘でもつくか)



『すまない。通りすがりの人だけど、中に入れてもらえるか?』



 ここは普通に通りすがりの人を名乗るのがいいだろう。



「通りすがりの人?ふざけるな!こんな辺境地帯で兵士を連れている奴が、ただの通りすがりである訳がない!所属と名を言え!」



『え?所属……?』



 こいつらに言える所属などある訳がない。だがこのままでは怪しまれる可能性が高い。どうすれば……



『そんなの、ない』



「ない?傭兵ですらない?じゃ脱衛兵なのか……?ますます怪しい奴だな。取り敢えず逮捕だ!大人しくしろ!」



 その衛兵が私に近付き、腕を掴もうとする。



『おい、手を出すな』



 誰かに触られるのが嫌な私は、反射的に彼の腕を掴み、投げ捨てる。



「……!?」



『あ、いや、これは』



 それに驚いたか、彼は自分の剣を構え、後ろの衛兵に叫ぶ。



「バリオン!侵入者だ!警報を鳴らせ!」



「は、はい!」



 バリオンという衛兵が城門の付近にある鐘を鳴らす。すると周りに衛兵たちが次々と集まり、私と兵士たちを囲む。驚いたような周りの人々が急いで建物の中に逃げ込む。もはや道中には衛兵たちと、それを不思議そうに見ている武装した人たちしかいない。



『うん?包囲されたのか?』



 ざっと見る限り20は超えそうな衛兵たちに囲まれてしまった。彼らは全員私に武器を向けている。私の兵士たちは何もしていない。彼らに命令して戦うべきなのか?ならば6対20の戦いになるが、勝てるのだろうか?



『いや、私は敵対するつもりは、』



「ふっ!」



 私が言い出そうとした時、目の前の衛兵が咄嗟に私を襲う。一瞬で近付いた彼は、私が反応する前に武器を左手に移し、右手の拳で私の顎を叩く。下から顎を叩かれ脳にまで衝撃を受けた私は、そのまま気を失い、地面に倒れてしまう。



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