第9話 殺意

「……え?」



 まるで後頭部を強く殴られたように、俺の頭がぼうっとする。今まで何が起こったのか、脳の処理速度が追いつかない。煙幕で視野に支障が出たせいか、敵兵たちの姿も見えない。彼らは来ないようだ。



「……ノエミまで、死んだ?バイカルは……死んだようだな。ああ」



 煙幕に包まれ、ただ1人になる。周りは今まで戦いがあったとは思えないほど静かだ。自分の中の熱が下がり、頭が冷静になる。



「みんなが死んで、また、一人……」



『弓使いまで頭が、ううっ、吐き気がする……全員、早く攻撃の続行を。うん?何だ、煙幕のせいで攻撃できないのか?……』



 ミハイル、バイカル、ノエミ。死んだ仲間を思い返す。これから何をするべきだろう、と自分に問う。遠くから男の声が聞こえる。



「そう言えば、皆言ってたっけ。逃げて、外に知らせろって……なら、逃げなくちゃ……」



 だが、ふと思う。果たして今の状況で逃げ切れるのだろうか?ここは初めて来た山、ここから敵の追撃をかわしながら外に逃げ切れるのだろうか?しかも夜に?



「ふぅ……そんなの、できる訳がない……ならば」



 剣を握りしめる。自分の中の何かが切り替わり、感情が無くなっていく。



「ここで、敵である魔女を殺すのみ。そうすればこの兵士たちも倒れるだろう。じゃなくても良い。兵士たちを倒すことは難しいことじゃない」



 煙幕が消え始める。そして夜空を覆っていた雲も晴れ、月光が周りを照らし始める。周りの敵兵を超え、遠くから二人の姿が見える。



「魔女は二人、いや、一人は男か。敵の核心である奴らを殺してここから逃げる。生きて外に出るんだ」



 ここから出て、世界に魔女の巣の存在を知らしめれば、教会がここを滅ぼすだろう。今大事なのは生き延びることだ。そう思い、俺は姿勢を取り直す。



「呪いよ……」



『全員、視野が確保されたので一斉に……』



「ふっ!」



 気を集中し、魔女の方に文字通り跳躍する。距離はそれほど遠くない。十分に行ける距離だと判断し、全力で走り出す。



『……!こっちに突撃か。全員、道を塞ぐように。奴を止めろ!』



「「了解」」



「させるものか!」



 男の方が兵士たちに命令して俺を止めようとするが、それは突進する俺を止めるにはあまりに


も遅かった。自分の前に立ちはだかる兵士たちの相手をせず、横を通り過ぎながら走り続ける。



『あの男、かなり早い……!ネイア、ここは一旦後ろに下がった方が……』



「いや、ここで仕留める!」



 走りながら考える。今までの話によると、兵士を操るのは男なのだろう。ならば黒魔法を使うのは女の方のはず。名前は、ネイアか。ならば先に誰を殺すべきか、迅速に判断する。



「……女の方が先か」



 彼の兵士は脅威ではあるが、あの黒魔法に比べる程ではない。あの黒い光、それに当たったら一発で死ぬだろう。かわすのも難しいものだ。女を殺した後、男を殺すと決める。



「呪いよ……」



 魔女が呪文を唱えようとする。なるほど、俺の頭をぶち壊す気か。



「させん!」



 俺はベルトからナイフを取り出し、魔女の方に思いっきり投げる。



「ひいっ……!」



 走りながら投げたせいで、それは命中には至らなかったが、魔女への脅しにはなり、呪文の邪魔には成功した。前の兵士たちを過ぎ、魔女に近付く。剣を構える。一気に首を切ってやる。



『だめだ、間に合わない。退いて!』



「ちょっ、あああっ!」



 そう言い、男が魔女を横に押し出し、剣を鞘から抜く。地面が傾いているせいか、魔女は斜面に転がっていくみたいだ。追撃するには時間が掛かるだろう。男が剣を構えて前に出る。その様子からして俺と戦う気のようだ。



「なら、男を先に殺すか」



 兵士たちは周りになく、彼は今一人のみ。よく見ると、鎧や盾はなく剣だけを持っている。剣を構える姿勢がどこかぎこちない。奴は戦うのが初めてなのか?



「ふっ!」



『……!くそ!』



 主導権を握る為、まず男の剣を攻撃する。カーン、と刃がぶつかる音が鳴り響く。男はどうにか押されないように踏ん張るようだ。今の男の反応を見て気付いた。この緊張した顔と素人っぽい動き、この戦いは奴において初めてのものだろう。



「お前、これが初めてだな」



『え……?』



「剣で戦う時に、そんなに遅いと死んでしまうぞ。こうやってな!」



 こっちは10年以上剣術を錬磨してきた、それなりのヴェテラン。負けるはずがない。力を乗せてもう一度彼の剣を叩く。今度は力に押されて、彼は剣を手から逃してしまう。その際生じた隙間を逃さない。俺は男の、無防備に晒された胸元に向け全力で剣を突き刺す。そしてその一撃が彼の胸に当たった時、それは起きた。



「……!」



 一瞬、ガラスが割れるような音と共に、男から謎の眩い光が爆散する。そしてそれに伴う爆風と衝撃波で俺は後ろに吹き飛ばされてしまった。倒れた後、気を取り戻して男の方を見る。男は唖然とそこに立ち尽くすのみだった。



「くっ!今何が!?魔法か!?」



『え?何だ、今のは……?』



 自分の剣を確かめてみると、衝撃で既に壊れたようだ。今聞こえた割れる音は剣が壊れる音だったのだろう。



「くそ、周りに武器になるものは……」



 そうして俺が武器を探す際、遠くから呪文が聞こえる。



「ふぅ、ふぅ……大地よ、我が敵を包みたまえ……!」



 いきなり地面から木の根が湧き上がり、俺の体を縛っていく。やがて木の根のせいで完全に身動きが取れなくなってしまう。剣の欠片も落としてしまい、自分の体が無防備に晒される。



「何だこれは!くそ!外せない……!」



 全力で足掻いてみてもそれはちっとも動かない。完全に油断していた。男に応戦するんじゃなく、魔女の方に集中するべきだったと後悔する。



「はぁ、はぁ……魔力を使いすぎた……もう、無理……勇者!今よ!奴を殺して!」



 魔力の限度を迎えたような魔女が男に叫ぶ。その声、ものすごく疲れている。待って、この男は勇者だったのか?



『ふぅ……』



 男が俺の方に近付く。その手には剣を握っている。彼は俺をじっと観察する。何を考えているのだろうか。



(俺は、もう死ぬのだろうか。すまん、みんな……)



 生き残り、魔女の存在を世界に知らせなくちゃいけないのに、失敗してしまった。死んだみんなに向ける顔がない。男が俺の首に剣を当て、口を開ける。



『君、降参しろ』



「……あ?」



「ちょっと勇者、今何を!?」



 予想外のことで彼が何を言っているのか理解できない。降参、だと?



『君はもう無力化された。武器もなく、疲れていて、ましてやこのように身動きもできない。これ以上足掻いても無駄な抵抗に過ぎない。降参しろ。そうしたらせめて生かしてはやる』



 男の周りに兵士たちが集まる。圧倒的な数の差。



「なんで、今そんなことを……?」



『それは、当然、できれば無駄な殺傷は避けたいからだ。君はもう、私の敵ではない。降参したら、君は死なずに済む。せめてのものとして、選択権をあげるのだ』



 それを聞いていると、死んだ仲間たちのことが思い浮かぶ。ミハイル、ノエミ、バイカル……こいつらは、俺の仲間たちを皆殺しにした。そして、俺さえ手に掛けようとして、逆に殺されかけた奴が、俺に降参を勧告する?せめて生かしてはやる。それを耳にして、戦う者としての矜持が踏みにじられた気がする。自分の中の何かが変わり、心の奥底から熱が上がって来る。



「……いや、殺せよ。お前に降参などしねえから」



『うん?』



「敵ではないって?お前、ふざけてんのか?俺の仲間を殺してきて、もう敵ではないって?」



「はあ……はぁ……勇者、はや、く倒して」



『誤解があるようだが、君の仲間を殺したのは私ではない。私は協力しただけ。君たちは魔女の敵ではあるが、私の敵ではない。それに、生きたくないのか?』



「敵じゃない?いや、違う。俺とあの魔女は敵同士、従ってあの女に肩入れしたお前も俺の敵だ。理解できないのか?」



『君が、私の敵……?』



 こいつの中途半端さについ頭に血が上ってしまう。



「何が降参だ!ちくしょう!ふざけてんじゃねえよ!くそがぁ!!」



『……!?』



 こいつは俺の怒りが予想外だったのか、戸惑ったようだ。



「言葉ははっきり言えよな。俺が死なずに済むんじゃなくて、お前が殺さずに済むんだろう!?


この臆病目が、それで勇者を名乗る気か!?お前を勇者と呼ぶあの魔女が可哀想なほどだぜ!」



『お前……!』



「考えて見ろよ!お前らは俺の仲間を皆殺しにして、俺の何もかもを奪った。それに俺まで手に掛けようとして、降参しろと?それも自分の手を血に染めたくないから?」



『……』



「お前はよ、中途半端すぎんのよ。あの女に肩入れして戦いはするが、自分の手で殺すことはできない。なんだ、ふざけてんのか!?戦うということは相手を殺すということだ!それができねえなら、誰かに容易く肩入りすんじゃねえよ!!」



『……』



「くそ!俺は何があってもお前なんかに降参とかしねえよ。俺を今すぐ殺せ!じゃないと、俺がお前とあの女をぶち殺すから!さあ、はやく俺を殺せ!」



『殺す……?』



 男の存在が揺れる。果たして彼は俺をどうするのだろう。あの揺らいでいる穂先の終着点はどこだろうか。



「勇者……!ちっ!ならば僕が……!」



 男が迷うその時、あの女がこちらに向かう。さっきまでは魔力が尽きて動けなかったのだが、今は少し回復して歩けるようになったようだ。



「僕が、けじめを……」



 その魔女の歩きはとても不安で、今でも倒れそうだ。だが、その目を見て、俺は気付いた。あの女の戦意は本物だ。名ばかりの勇者とは違い、あの女は確実に殺す気だ。あの闘志、あの激情はどこから来たのだろうか。



「この剣で……!」



 魔女が落ちていた剣を拾う。それで俺を刺す気だろうか。多分、確実に俺を殺すだろう。ああ、ここまでなのか。もしあの世があったら、そこで皆に謝ろう。無能なリーダーですまない、って。



「ふぅ、食らえ……!」



 魔女の刃が、俺の心臓を狙い突き刺される。飛来する刃。ああ、ここで終わりなのか、そう思い、俺は目を閉じる。その時だった。



「兄貴ぃ!!!」



「……?今、どこから声が!?……うっ!伏せて!」



『え、え?うあっ!』



 遠くから女性の叫び声が聞こえる。そして、魔女と男にナイフが殺到する。脅威目的だったのだろうか。それを避けるために2人が後ろに下がる。急に自分の周りに煙幕が巻き上がる。



「兄貴、大丈夫!?何とか間に合ったぞ」



「……お前は、フロル?どうしてここに……?」



 俺の目の前に現れたのは、フロルだった。盗賊であり、パーティーではいつも偵察を務めていた仲間だ。今回は事情により別行動となったが、どうしてここに?



「ギルドで聞いたぞ、兄貴たちが夜になっても帰って来なかったのを。それで何か危ないんじゃないか気になって、僕だけでこちらに向かうことにしたんだ。それで山に着いたら、あの戦いの気配、それを感じてすぐこちらに来たんだぞ。来てみたらこの光景は、皆が、そんな風に……」



「……そうだな」



「それより今は脱出が先だ。じっとして」



 フロルがナイフで木の根を切り落とす。体が自由になった俺は力が抜けてしまい、膝をついてしまう。



「兄貴!大丈夫!?」



 フロルが俺の体を抱きかかえる。



「ああ、問題ない。それより急がないと……」



「うう、とま、れ……!」



 煙幕で見えはしないが、どうやらあの魔女は俺たちを逃す気でないようだ。



「大丈夫だぞ。今から激しく跳躍するから。舌を噛まないで」



 フロルは瞬く間に外に向け飛び上がる。いや、高速に跳躍する、と言った方が正しいだろう。今までいたあの恐ろしい場所が段々遠くなる。死に際から逃れたことで、緊張が解されて体から力が抜けていく。



「兄貴!体から力が抜けていくようだけど、大丈夫か?」



「ああ、平気……それよりどこに向かうつもりだ……?」



「一旦セベウまで。そこが一番近い街だから」



「そうか、じゃあ。日が昇ったら、メアイスまで行く……教会に知らせるんだ。あの森に魔女たちがいるって……」



「そうだな。ならば教会が魔女たちを何とかするだろう。心配しなくていいぞ」



「ああ、でも、」



「でも?」



 手を伸ばして闇の向こうを見る。さっきまでいたあの場所は、闇に包まれ、もはや見えはしない。



「まだあそこに、みんなの遺体が……それを葬ってあげないと……」



「それは、確かに」



「フロル、俺は、必ずあそこに帰る。そこに戻って、みんなの仇を取る。そしてみんなを葬ってあげるんだ。それが、あの山で唯一、生き残ってしまった、俺の役目……」



「……ああ、分かったぞ」



 そう言い残し、セルヴィオンはすらりと目を閉じる。疲れたせいで眠りについたようだ。こうして二人はあの小さな地獄を後にする。日が昇るまでは、まだ時間があるようだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る