第8話 侵入者

 道のない山の中、遠くから草を刈る音が聞こえる。



「ふう……おい!ノエミ。ここって合ってるのか?この山、道がないようだけど」



 冒険者パーティーのリーダー。剣士セルヴィオンが先頭でパーティーを導いている。



「えっと、依頼を受け取った時にもらった地図によると、ここら辺から山道が出てくるはずですが、どうしたんですかね……もう少し行ってみましょう……」



 弓使いのノエミは地図を見ながら不安そうな顔をしている。



「ど、どうしましょう。私たちって、もしかして変な依頼を受けてしまったんじゃないでしょうか……最近そういう噂もありますよ。冒険者狩り。危険な依頼を装った罠を仕掛けて、それを受け取った素人冒険者たちを襲って、奴隷に売っちゃうという……ちょ、ちょっと怖いかも……」



「大丈夫ですよ。この依頼の依頼主は他でもなく教会ですし、そんな心配いりません。もしそんなことがあったとしても、僕がこの盾であなたたちを守りますから」



 震えているノエミを、盾使いのバイカルが優しく慰める。身長が190センチぐらいの彼は、全身にフルプレートアーマーを着ていて、自分の背までくる高さの鋼鉄の盾を持っている。



「あ、ありがとうございます……」



「そんな心配する必要ないって。これはただこの辺に人が住んでいるか確かめるだけの依頼だからさ。にしてもそんな偵察の依頼を何で教会が出すんだろう?こう言うのって元々領主が依頼するもんだけどな」



 列の真ん中で、魔法使いのミハイルはそう疑問を口にする。



「まあ、魔女の村を探すためじゃないのか?教会ってそういうのに熱心だからな。最近また魔女狩りも流行っているし。まあ、確かここは境界領域だし、人も住んでいないから、逃げた魔女たちが村を作るのもありじゃありかもな」



 セルヴィオンが自分の推測を語り出す。セルヴィオン、バイカル、ノエミ、ミハイル。セルヴィオンをリーダーにして数年前に結成されたこのパーティーは、最初はごく普通の冒険者の集まりだったが、数多い旅を重ねることで、今では冒険者の間でそれなりに有名な存在になっている。元々もう一人、盗賊の女の子がいたのだが、事情があって今回は別行動となった。彼らの胸元に付いている金色の輝く冒険者バッジが、冒険者としての彼らの威容を誇っている。



「あっ、道を見つけたぞ。なあ、ノエミ。地図から俺たちの位置を調べるか?」



「あ、はい!えっと、地図と周りの風景を照らし合わせて見ると……この地図、かなり正確ですね。目的地までかなり近いようです。このままだと、あと3時間ぐらいで目的地に着くかと!」



「よし、じゃあ、今からすぐ……」



「ちょっと、セルヴィオン。意見があるのですが」



「うん?いきなり何だ?バイカル」



「そろそろ日が落ちようとするのですが、今日は一旦帰りませんか?」



「え?何で?」



「今の夕暮れを見ると、私たちが目的地に辿り着く前に夜になります。夜に山を探検するのは危ない。そしてここは境界領域、モンスターなどが襲って来る可能性もあります。それに加え今は皆、かなり疲れている。ここは一旦セベウにまで戻って、明日また来ませんか?この地図が正しいということを知っただけでも収穫だと思います」



「うーん……確かにその通りかも」



 セルヴィオンはバイカルの提案を考え込む。



「確か明日って、半年に一度のマーガレット家の依頼が出される日だよな。それって報酬うまいから、逃したくないな……最低でも10倍以上の報酬だし」



「え、それは確かに……でもそれってすごく人気あるから、出されてすぐなくなりますよ。明日この依頼を続けると到底間に合いませんよ……」



「でも皆さん。もうすぐ夜だし、身の安全を考えると……」



「安全も大事だが、俺たちって冒険者だろう?ある程度のリスクは負って当然だ。今日のうちにこの依頼を終わらせて、明日メアイスのギルドに戻ってマーガレット家の依頼を受け取る!その方が儲ける!早く行こう!」



 安全より金を優先したセルヴィオンは、皆の足を急がせる。



「……リーダーのあなたが言うなら、仕方ないですね」



 こうして、彼らは山道を昇っていく。その後、いくら時間が経ったのだろうか。日が沈み、夜が始まる。







「……」



 完全に日が沈み、夜が訪れてからいくら経ったのだろうか。月光を頼りに、彼らは肩で息をしながらただ歩き続ける。



「ふう……きついな……今どのあたりだろう。みんな調子はどうだ?」



「はぁ、はぁ……まあ、大丈夫だぜ、みんな何か飲むか?気力回復とか必要ならいつでも言ってくれよ」



「ふぅ…わ、私も何とか大丈夫です……」



「僕も平気です。それよりノエミ。今の位置は?」



「あ、はい。え、と……ほぼ着きました。あそこの坂道を超えれば目的地です!」



「よし!ここまで来たから、あの盆地に何があるのか、この目で確かめなくてはな!みんな、最後のひと踏ん張りだ!行くぜ!」



「うおお!……」



 セルヴィオンがパーティーを励ます。彼らは長い道のりで極限に疲れているが、これさえ超えれば終わりだという思いで疲れた足を動かす。だが、その時だった。遠くで何かが聞こえる。



『……全員、敵を制圧せよ。多少強引でも構わん。だが殺さないように』



「「……了解」」



「……!みんな!戦闘準備!何かある!」



「ふう……ん?ミハイル、それはどういう……」



 腐っても魔法使いなのだろうか。ミハイルは自分のとは種類が違う魔法の気配を感じ、咄嗟にそれが良くないものだと気付く。間もなく飛来するそれを仲間に知らしめるために大声を出すものの、対応するには時間が足りなかった。



「「……」」



 見えない向こうから鉄のぶつかる音が聞こえる。



「……こ、れは、何の音でしょう……?」



「今何か魔法の気配がした!魔法使いがいる!」



「……!?全員、戦闘態勢に!何か来る!」



 セルヴィオンの指示のもと、パーティーが戦闘態勢に入る。盾を持ったバイカルを前衛に、その横に剣士であるセルヴィオンが立ち、後ろのノエミとミハイルが前の彼らを支援する形だ。



「「……」」



 暗い夜のため、何が来るのか全く視認できない。陣形を乱さないためにその場で防御を固める。ただ次第に大きくなるその音に、彼らは本能的に恐怖を覚える。その中、彼らは近付いて来るそれをその目で確かめる。



「……うん?なんだあれ、人間か?」



「え、と……武装の状態を見るに、領主の軍みたいですけど、ここはもしかして貴族の領地だったのでしょうか……?」



「違いますね。だとしたら人気が少なすぎます。そしてあれは、人間のようだけど、少し雰囲気がおかしいですね」



 彼らの目の前には、武装した10名の兵士が立っていた。武器や防具は全員それぞれ違うのを持っていて、動きがまるで人形を思わせる。無表情で無口な彼らは、人間の形をしたがどこか人間ではないようで、見る側に不快感を覚えさせる。



「「……」」



「あの音って、鎧と武器がぶつかる音だったのか。おい!もしかして軍の方たちですか?俺たちは冒険者だけど……」



「「……」」



 セルヴィオンが声を掛けたにも関わらず、兵士たちは何の反応もせず近付き続ける。



「……セルヴィオン、戦闘準備を。何かよく分かりませんが、彼らは戦う気のようです」



「え!?おかしくないか?何でいきなり出てきて警告なしにそんな……くっ!」



 セルヴィオンが自分の疑問を口にするにも前に、無言の兵士たちが走り出し、彼らを襲い掛かる。



「くそ!ミハイル、ノエミ!援護頼む!」



「は、はい!」



「分かった!任せろ」



 敵は10人、反面こちらは4人で、数的には不利な中、戦闘が始まる。盾使いのバイカルがその盾と鎧を活かして前で敵の攻撃を防御する。それをセルヴィオンが横で支援し、後ろのノエミが弓で遠距離攻撃を担当、ミハイルが魔法で全員をサポートする。それなりにバランスの取れた戦い方だ。



「うりゃあ!」



 セルヴィオンが剣を振るい敵と交戦する。幸いに、山道が狭いせいで敵は自分たちの利点を活かしていない。セルヴィオンとバイカルと刃を交えるのは3人のみで、残りは全部その後ろで待っている。後ろのノエミが敵に矢を放つ。鎧のせいで大した被害は与えてないが、それなりに攻撃が効くようだ。



「こいつらって遠距離武器は持ってないようだな。運が良かったぜ。食らえ!」



 攻撃をかわし、力を入れて敵兵の胸を刺す。咄嗟にそれを抜くと、その兵士が倒れる。不思議なことに血がまったく出ない。それどころか倒れた彼は悲鳴すらあげない。それを前にしてセルヴィオンの違和感は増していく。



「くそ、こいつら。人間じゃないのか?剣で刺しても血が出ないぜ……それに倒れながら悲鳴もあげない……戦い方はそれなりに身についているようだけど、もしかして人形なのか?くそ、なんか不気味だぜ……くらえ!」



「確かに、おかしいですね、人間味が全く感じられない……!ふっ!」



 バイカルが敵兵の攻撃をかわし、盾で反撃する。だが敵兵もそれを防御し、バイカルを攻撃する。だがバイカルの鎧はその全ての攻撃を耐え切る。



「お前の鎧、やっぱり良いじゃないか。敵の攻撃を全部防ぎ切って、その盾要らなくないか?」



「実はそうですけど、盾使いとしてのプライドが……ふっ!それよりセルヴィオン、戦闘に集中を!」



「ああ、任せろ!」



 夜の襲撃で緊張したが、敵はどうやら戦いに慣れてないようだ。このまま行くと無難に全部倒せるのではないか、とセルヴィオンが考える時だった。



「……呪いよ。汝の息吹を、我が敵に与えたまえ」



「うん?今どこかで……」



 セルヴィオンが何かの声に気付き、それが何か確かめようとする際、それは始まった。



「……っ!ううぅ……い、息が、ああ、あ、ぁ!」



 突然、バイカルが自分の喉を掴みながら膝をつく。



「どうした!?バイカル!?うっ……!くそ!」



 調子がおかしくなったバイカルの様子を確かめようとしたが、セルヴィオンにそんな余裕はなかった。戦えないバイカルを敵兵たちが攻撃しようとするため、セルヴィオンがそれを全力で止める。同時に3人の相手を強いられたセルヴィオンはバイカルを助けることができない。



「この気配は?まさか黒魔法?くそ!魔女だ!セルヴィオン、ここに魔女がいるぞ!大丈夫か!?」



 後ろのミハイルがバイカルに近付こうとするその時だった。



『……前衛の3人、剣士を無視して後ろの魔法使いを優先的に無力化せよ。残りは前衛を援護しながら剣士を牽制。魔法使いの後は剣士の無力化だ。そして一気に残りを制圧せよ』



「「……了解」」



 彼らの後ろの暗闇で男の声が聞こえて、彼らがそれに返事をする。暗いため音がする方を見ても何も見えない。



「こいつらって、魔女の部下なのか?くっ!なら殺さなきゃ……!それにしてもミハイル!バイカルの調子はどうだ!?」



 敵への攻撃より仲間の命が大事だと思い、セルヴィオンは全力で敵の攻撃を防ぎながらミハイルを促す。命令された敵兵はセルヴィオンを無視してミハイルの方に行こうとするが、後ろのノエミがそれを全力で阻止する。もう1人、敵の首を切って倒す。



「く、は、い、きが……し」



「くそ!これは人を窒息させる魔法みたいだ……ちょっと待って、今から回復の魔……」



「……呪いよ。我が敵を汝の手で慰めたまえ」



 その呪文と共に闇の向こうから黒い光が飛来し、ミハイルの頬を貫く。ミハイルの頭がスイカのように割れて、脳と血肉の欠片が周りに吹き飛ぶ。



「……!?」



「きゃあああああ!!!!みみ、ミハイル!!」



 それを見て後ろのノエミが絶叫する。パニックに落ちたようだ。見えない闇の向こうで何かが聞こえる。



『うあっ、ひ、人の頭が、あんなに……』



「くそ!ミハイル!てめえ……!くっ!」



 目の前で仲間の死を目にし、セルヴィオンの中から激情が湧き上がる。その目と手が震える。



「せ、るび、にげ……そと、に……」



「セルヴィオンさん。今は逃げましょう!ここに魔女の巣があるに違いありません!これを外に知らせなくちゃ!」



「……!確かに。だがバイカルが……!」



「ミハイルが死んだ以上、バイカルの治療はもうできません!彼には悪いけど、今は逃げるべきです!」



「くそ!でもどうやって……」



「今から煙幕を張ります!そのうちに全力で逃げ、」



「……呪いよ。我が敵をその手で愛したまえ」



 ノエミがカバンから煙幕弾を取り出そうとする時、また同じ方向からその暗い光が飛んで来てノエミの顔面を貫く。顔が崩れ、ノエミだったものが倒れる。その衝撃で、彼女の手から煙幕弾が落ち、煙が巻き上がる。煙に包まれ、周りが何も見えなくなっていく。



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