第7話 迷いの中




「……こっち」



 店から出て、ネイアはどこかに向かう。さっきから確然に口数が減っている。私に失望したのだろうか。



『ねえ、ネイア、どこに行くんだ?』



「僕の工房。もうすぐよ」



 村に並んでいる建物のうち、ある小屋に辿り着く。



「こっち。入って」



 中に入ると、それは典型的な魔女の工房だった。中の隅には人が入れるほど大きい壺に何かが沸いていて、壁には動物の皮や木の杖などが並んでいる。



『ここが家?いいね』



「まあ、ね。工房だけど家も兼ねている。1階は工房で、2階が家。ジョニー!シュニッペ!」



 ネイアがそう叫ぶと、階段から一匹の黒猫が降りてくる。ネイアがその猫を抱き上げる。



「ニャー」



「シュニッペ、元気にしてた?ジョニーはどこ?」



「ふあ~お姉ちゃん、おはよう……」



 階段から声が聞こえて、もう1人の魔女が姿を現せる。同じく黒いローブに身を包んだ、金髪の髪が輝かしい女の子だった。その青い瞳はサファイアを思わせるように、ただ綺麗だった。



「え!?お姉ちゃん、この人誰?」



「この人はスメラギ、勇者よ。覚えてる?僕が前に言ったあれ」



「え?本当に成功したの?すっご。え、と。こんにちは。私はジョニー!見た通りネイアお姉ちゃんの家族なんだ~よろしく!」



『え、あ。よろしく』



 ネイアと違いテンションが高く、明るい雰囲気に満たされている。見た目があまり似てないけど、本当に家族なのか。



『なあ、ネイア。ここでは二人だけで住んでいるのか?』



「……まあ、ね。最初は僕一人だったけど、ジョニーと会って一緒に住むことになったよ」



「ええ~そんなことじゃないでしょう~お姉ちゃんが私を助けてくれたんでしょう?もっと自慢していいのに~」



「ちょっと、やめて、そう言うの。恥ずかしいから。大したことではない」



『うん?それはどういう?』



 私が尋ねると、ジョニーは自慢げに語り始める。



「ねえ、お兄さん、聞いて?お姉ちゃんはね?私の命の恩人なんだ!」



「ちょっと、ジョニー、黙って」



『恩人って言うと?』



「え~?別に良いじゃん。それがね?私って、昔に地元で処刑される羽目になっちゃったんだ


よ。魔女って訴えられてさ!でもその時、私はまだ魔女じゃなかったのに、拷問が痛すぎて、自分が魔女って認めちゃって。結局、ああ、私ってもう死んじゃうんだなーと思って処刑台に立っていたら、空からお姉ちゃんが飛んできて、私のことを救ってくれたのよ!すごくない?」



『!?そうなのか。本当に命の恩人じゃないか』



「……」



 ジョニーが誇らしげに語るに対して、ネイアは顔が赤くなっている。恥ずかしがるのか。



「でね?そのまま救われて、この村に着いたってわけ。その時から私はお姉ちゃんと一緒に住んで、魔法とか色々勉強して魔女になったのよ」



『魔女だけでなく、魔女と訴えられた人まで救うのだな』



 どうやらネイアって昔からこうして人々を救って来たようだ。さっき見た怪我を負った人々も、彼女が救って村に連れて来た人たちなのか?ならばさっきの人気も納得だ。



(それにしても、この世界っておかしいな。何でそんなに魔女を殺したがるのだろう。それに加え、魔女じゃない人まで魔女って訴えて殺すまで……)



 ネイアの最初の説明によると魔女は黒魔法を使う者たちの総称だろう。そこまで嫌われる理由があるのか?



『ジョニーは、最初は魔女じゃなかったのに、魔女狩りのせいで魔女になったってことか?』



「まあ、そうね。でもいいよ。これでお姉ちゃんにもっと近付けるし。私は自分が魔女なのが誇らしいんだ。ねえ!お姉ちゃん!」



 ジョニーはそう言いネイアに抱きつこうとする。最初は魔女ではなかったのに、魔女だという噓をつかれたせいで魔女になるとか、皮肉な話だな、と考える。



『にしてもおかしいな。何でこの世界の人々はそんなに魔女を殺したがるのだろう。理由とか知らないか?』



「……」



 ネイアは暗い顔で黙り込むが、代わりにジョニーが答える。



「さあね、私もよく分からないよ。人間の街にいた時、神父とかが熱心に語るのは聞いたけど、何言ってんのかよく分からなくて」



『そうなんだ。分かった』



「ね、勇者。聞きたいことがあるけど……」



『ああ、何?』



「さっきのゼフのことだけど、戦えないの……?」



『……』



 ネイアは不安そうな目でこちらを見つめる。彼女としても、これは必ず確かめなくてはならないことだろう。果たして自分は魔女の敵と戦い、殺せるのだろうか。悩んだ末、口を開ける。



『……戦えるけど、人を殺すのは、分からない』



 それは、私の中で混在する、ネイアを助けたいという思いと、人を殺したくない心の妥協点だった。モンスターを殺すのはともかく、自分と同じ人間を殺すのは、どうしてもためらってし


まう。



「そう……じゃ、もし敵が僕か、勇者を殺そうとすると、どうするつもり?」



『そうだな……一旦、制圧する』



 自分で言いながらも己の中途半端さに気付く。でも、嘘はつけない。もしここで大口を叩いて、後にそれができなかったら、それは大惨事になり兼ねないだろう。



「……そう。分かった。じゃあ、その分僕が殺すまでだし、戦うのを手伝ってくれるのならいい」



 私の答えが腑に落ちないのか、ネイアは背を向けどこかに向かおうとする。



「でも、ちゃんと考えた方がいいよ。僕たちが戦う相手は魔物じゃなく、人間だから」



『……分かった』



 ネイアの後ろ姿を見ながら考える。この子は何でそこまで戦うのだろう。人を殺すとか、そんなに容易くできるものではないはず。ネイアの過去が気になる。この子は今までどんな人生を送ってきたのだろうか。



「ねえ、ちょっと付き合って。早速、明日の夜に囚われた仲間を救いに行くつもりよ。そのため


の準備を……待って」



『?急にどうしだ?』



 突然、ネイアの雰囲気が険しく変わる。何かを警戒しているようだ。



「……来ている」



『うん?来ているって、何が?』



「侵入者。山の外から、誰かこの村に来ている。付いて来て!」



 ネイアは咄嗟に外に向かう。



「~~~~」



 ネイアの後を追って外に出ると、村の様子が騒がしい。人々は不安そうに騒めき、村人たちは自分の家に急いでいる。広場で村長とネイアを含む何人かが真剣に話し合っている。



「これは、どういう事じゃ……」



「もはやここも安全地帯じゃないのか……」



『あの、何が起きているのか聞きたいが』



 ネイアが深刻な表情で状況を話す。



「……この村の周りを囲む山に結界を張っておいたけど、今何かを感知した。どうやらこの村に誰かが来ているみたい」



『侵入者って、そういう意味か』



「そう。でもこれだけじゃまだ何とも言えない……でも最悪の場合に備えなくちゃ……」



「もし彼らが侵入者なら、大変なことになるかも知れぬ……ここは唯一に残されたわしらの居場所。ここの存在が世間に知られたら、大変なことになるはずじゃ。教会が滅ぼしに来るは


ず……」



 村長は心配げに独り言を呟く。この村の存在が知られるのは彼らにとって滅亡を意味するようだ。



『侵入者ってここに来ているのか?ただ道を迷った者かも……』



「……いや、感じ取れた魔力で今判明した。彼らは四人のパーティー、どうやら冒険者みたい」



『結界でそこまで把握できるのか。にしてもそれじゃどうすれば……』



「……ねえ、準備して、勇者。今から彼らを追うから」



『え?追うって、それは……』



「当然でしょう。彼らが村を見つけそうになったら、殺すのみ」



『……!?』



 その言葉を耳にし、胸がゾッとする。



「今この村に戦える人は僕と勇者しかない。見たでしょう。村人は怪我人がほとんどだし、残りは老人と子供のみ。戦闘のできる魔女も、僕しかいない。戦える人も皆、前の襲撃で傷だらけになって……ちっ!もしニケアがいたら……!」



 救出した人はそのほとんどが怪我人。そして戦える人たちも、前の襲撃で負傷を負って戦力外に。聞く限り、ニケアは村の大事な戦力らしいが、どうなったのだろう。だが今はそれを聞く場合ではない。大事なのは、今この村には私とネイアしか戦える人がないということだ。



「だから彼らがここに来る前に倒さなくては。まず遠くから監視して、村を見つけそうにないなら逃す。だけど見つけそうになったら皆殺し。分かった?」



『わ、分かった。すぐに実戦なのか……』



 じっくり考える暇もなく、すぐ戦闘に参加する羽目になった。心臓が激しくて脈を打つ。間もなく始まる人間との戦いに緊張したようだ。



『今から、戦いが始まるのか』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る