第6話 武器屋

 扉を開けると鐘が鳴り響く。



「いらっしゃい……って、ネイアちゃんじゃねえか。どうしたんだい?知らない顔の男まで横に連れてきちゃって。自慢でもする気か?」



 そこに入ると、険しい印象とは裏腹に、優しさの感じられる低い声を持つ店の主人が私たちを迎える。190センチぐらいだろうか。高い背に筋肉質の体をしており、体のあちこちに傷跡が残っている。右目付近にも、古い傷跡が残っている。昔、戦士として戦ったのだろうか。



「こんばんは、ゼフ。そんなことじゃないから。この人はスメラギ。僕が召喚した勇者。僕たちを助けてくれるそうで、今武器が必要なんだ」



「うん?この人が勇者?」



『私は、皇。皇彼方。よろしく。ゼフ、今私たちには武器が必要だけど……』



 ゼフは私を深く観察するように見つめている。彼は今何を考えているのだろう。



「スメラギか、俺のゼフだ。事情があってここで武器屋をしている。よろしくな。で、武器か。まあ、俺たちを殺したがる教会や領主どもと戦うにはそりゃ必要だろう。で、どんな武器が必要なんだい。剣?槍?お前の分だけでいいんだな?」



「ゼフ、最低でも10人分の武器が必要なんだ。それに防具も」



「うん?何でそんなにたくさん要るんだ?1人分で足りるんじゃねえか?」



 彼がそう考えても無理はない。普通の人なら自分が使う武具を揃うだけで十分だろうし。だが私の場合は違う。自分どころか、戦わせる兵士たちの分の装備まで調達する必要があるのだ。その事情をゼフに話す。



「……そういうことか。そんな能力を使うなんて、珍しいな。初めて聞くぜ。じゃあ、まずそいつらを見せてくれないか?体の大きさによって合う装備が違うからな」



『そうだな。全員、中に入るように』



 扉を開けると、外で待っていた兵士たちが入る。



「ふむ。そういうことか。これが君の能力?珍しいな」



 兵士たちを綿密に見つめ、彼は何かを考え込むようだ。



「まあ、適当につけてみるか。少し待ってろ」



 ゼフは店のあちこちから剣や槍、盾といった色んな武具を持ってくる。



『武器って、これ程の種類があるのか……』



 剣といっても同じ物ばかりではなく、刀身が曲がっているのや直線に伸びているものがあり、大きさもそれぞれだ。私としては何がどう違うのかよく分からない。



「ほら、適当に合いそうなもんを持ってきたから、装備させてみろ」



『あ、ああ。全員、各自武装を開始。終えたら私の横に一列に待機するように』



「「了解」」



 10人が動き出し、武具をつける。教えてあげなくても武具に関して基本知識を持っているようだ。手間が省けたので何よりだな。



『……まあ、こうして見ると、それっぽいな』



 完全武装を終え一列に並んだ10人の兵士は、それなりに威風堂々な姿を表している。統一された装備ではないが、それなりに剣、槍を一本ずつ持っている。槍には穂先に斧の刃や鉤がついたものもいる。



『防具の方は……』



 防具の方もチェックする。盾は少ないため、5人しか持っていない。それぞれの装備が違うが、


何人かは服のような物を着ていて、何人かはチェインメイルを着ている。兜は全員被っている。



『この服みたいなのは何だろう……』



 私は何人かが着ている布を見つめる。服としてはかなり厚そうだが、なんだろう。



「知らないのか。それはガンビスン、布で作られた鎧だ。鎧と言って必ず鉄製の物ばかりなんじゃないからな」



『え、布で鎧を作れるのか』



「そう、それなりに頑丈なんだ。何なら触ってみな」


静かに立っている兵士のそれを触ってみると、かなりの厚さが感じられる。



『まあ、良いかも』



 その時、店の隅に展示されているフルプレートアーマーが目に入る。



『これ、かっこいいな……』



 板金でできたその漆黒の鎧は、油でも塗ったように表面に光沢を帯びていて、眩しく輝いていた。頭の天辺から足の爪先まで鉄に覆われたその小さな城塞は、あらゆる攻撃から着用者を完全に守ってくれそうな、そんな気がする物であり、私はその姿に魅了される。



『ゼフ。これは……』



「ああ、これか?作るのに手間取ったんだよ。かっこいいか?」



『え?自分で直接作ったのか?』



「そう。これだけでなく、この店の武器は全部俺の手作りだ。この店は鍛冶屋も兼ねている」



『そうか、すごいな……』



 しかし、全部手作りか。なら彼は物資をどこで調達するのだろう。これ程の装備、作るには原料が必要なはず。だがここは隠れている村。貿易はあまりできないと思うが。



『ゼフ。装備の原料はどこで調達するのだ?これ程の装備を作りには、物資の調達が必要そうだが』



「まあ、色々ある。木材とかは村に木こりもいるし、ここで調達できる。ここで調達できないものは、密貿易で何とかするしかない。この辺まで来て物資を売ってくれる人がいるんだ、俺たち側の。でも、それもいつもあるのではない。ばれたら危ないからさ。だからこの村は、いつも物が足りない」



『いつも物資が足りないのか……』



「それはともかく、ゼフ、いくらなの?10人分の装備。払うから教えて」



「……ネイア。それはな、商売やってる人としてこんなこと言うのはちょっとあれだが。まあ、ただであげることにするぜ。もらっていけ」



『え?ただ?』



「……?ゼフ。それはどういう……」



 ゼフの宣言に驚いたネイアが問いただす。彼女においてもこれは予想外のようだ。



『まあ、ネイアお前、仲間を救うために色々やってるんだろう?俺も何か手伝ってあげたくてな。お前も金にあんまり余裕はないはずだ。これは俺のおごりと言うことで、持っていけ。全部それなりに使えるもんだから、役に立つはずだ』



「……ありがとう」



「それより、スメラギ、ちょっと良いか?聞きたいことがあるが」



『……何だ?』



「おめえ、人を殺した経験はあるか?」



『え?』



 その時、まるで時が止まったかのようだった。何でいきなりそんなことを聞くのだろう。戸惑った私は、それに返事をすることができない。



「やっぱりないようだな。だろう?最初に見たとき思ったんだ。その目、人を殺したことがねえ人の目なんだなって」



『……何でそんなことを?』



「そりゃそれが大事だからだろう。お前、人を殺せるか?」



『それは……』



 今まで敵を攻撃して、排除してきた経験はあるが、誰かをこの手で殺めたことはない。そんな


私が、ネイアのために人を殺せるのか?ふとそう思った私はゼフに返事ができなかった。



「……できねえようだな。だがよ、知ってるか?お前はこれから人を殺すことになるんだよ。ネイアに肩入れするということは、そういうことだ。お前はまだこの世界を直接見てねえから知らないけど、まもなく知るようになるはずだ。この世界で、俺たちがどんな扱いをされるのか」



 確かに、彼の言うことも正しい。私はまだこの世界に対して何も知らない。こんな状態で下手に誰かに肩入れして、その人の敵と戦うとか、できるだろうか。



(なぜ今までそれを考えなかったんだろう……)



『……それは、まだ』



「だよな。だがよ、それならネイアに肩入れはやめた方がいいぜ?お前にとっても、あいつにとってもな」



『……!?』



「ちょっとゼフ、今何を……!」



 反発するネイアを無視して、ゼフは話し続ける。



「話は最後まで聞け。スメラギ、今のお前じゃ、肩入れしてもネイアの邪魔になるだけだ。お前のその戸惑いは、大事な場面で足を引っ張ってしまい、お前どころかネイアまで危機に晒してしまうだろう。それはあかんな。俺が見逃せないぜ」



『……』



 何の返事をすることもできない。今の私には彼の言う分が正しく聞こえる。ネイアに協力すると言ったが、それを決めるには早すぎたのではなかったのか?



「まあ、いい。それは今から決めてもまだ遅くないからな。誰かのために戦うって、そう簡単に決められるものじゃない。だがよ、これだけは覚えておけ。誰かの味方をするということは、同時に他の誰かを敵に回すということだ。今日はもう帰っていいぜ」



『……ああ、分かった。行こう、ネイア』



 ゼフの言葉を噛みしめながら、私たちはゼフを後にする。

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