第5話 村

『君の名前は?』



「なし」



『どこから来た?』



「……返答不可」



『そうか、じゃあ何で兵士なんだ?』



「……返答不可」



『じゃ、戦闘はできる?私が命令すれば戦えるのか?』



「肯定」



『分かった。全員、扉の横で一列に待機せよ』



「「了解」」



 かなりの時間が経った。もう十分だと思い、彼らを待機させる。彼らは命令に従い、扉の横の壁に沿って並ぶ。



『で、今まで知ったことだけど、ちょっと整理しようか』



「うん、それが良さそう」



『基本的に彼らは兵士で、私を司令として認識して従う。そして私の能力によって召喚されたのは確実。アルマ・アルキウム、それが能力に関わる核心みたいだ。そして召喚されたとしても、基本的に彼らは命令がないと何もやらない。自律性という概念がないようだ』



「うん、指示されたことだけをこなした。まるで人形みたいに」



『まあ、彼らが人間なのか、それとも人形なのかは分からなかったな。聞いても返事できないようだし』



 彼らに己が何であるかを聞いてみたが、ただ「返答不可」を繰り返すのみだった。それだけでなく、ほとんどの質問に答えてくれない。いや、できないのだろうか。



『で、この糸、ネイアには見えないけど、今は全員に繋がっているけど自由に切り継ぎができる。私の意思によってね。糸が繋がってないと彼らは何もしない。今までやっていた全ての行動を止めて、ただ立ちっぱなしになるのみ。目の光も消えるし、この糸は彼らに大事な何かのようだ』



 例えば、ある個体に壁の端から端まで歩き回れって命令すると、その個体はその通りに歩き出す。だが途中に繋がっていた糸を切ると、途端に歩くのを止め、その場に立ち尽くしてしまう。そして最初に見たように目が死んでしまい、植物人間のようになる。



『そしてこの糸、見えるだけで直接触ることはできない。それに時間が経つと見えなくなって、意識するとまた見えるようになる……魔力の糸?なのか。これも謎が多い』



「見えないけど、確かに魔力の気配は感じられる……魔法の一種かも。ごめん、勇者。僕、こういうのに疎くて……」



『大丈夫、気にするな。まあ、それはおいて、私の命令には何があっても絶対従うようだし、そこだけは安心して良いだろう』



 彼らは命令であれば何だってする。床のごみ拾いから互いの殴り合いまで、仕草がぎこちなくて不自然だが、自分のできるかぎりを尽くすのは確かだ。



「今までを見ると、この人たちはいわゆる召喚獣だから、勇者の能力は多分、召喚術士のはず。でも、戦いはできるようだけど、武器がない……これじゃ生身の人間と変わらないよ」



 ネイアは心配そうな顔でそう話す。召喚術士、か。私より魔法に詳しいネイアがそう言うのなら、多分そうなのだろう。にしても、戦いか、彼らの容姿を眺める。



『確かに。さっき見た限り、戦い方はある程度身に付いているようだけど、武器がない。っていうか、防具もない。服装も何だあれは。ちょっとまともな服から用意しなくては……』



 灰色の奴隷服。ボロボロじゃないのが幸いだが、こんな状態では兵士としては到底見えない。



『っていうか、この世界って何を使って戦うんだ?剣?もしかして銃もあるのか?』



「世間では主に剣とか、槍、弓で戦う感じだけど……ジュウ……?なにそれ、初めて聞くけど」



『いや、何でもない。それより武器が必要だけど、何か方法はない?』



 この世界に火薬や銃はないようだ。元の世界と比べると中世ぐらいなのだろうか。銃の方は諦め、今使える武器はないか尋ねる。



「……村に武器屋がある。店の主人が僕と親しいから、助けてくれるかも。一旦外に出よう。ついてきて、勇者」



『ああ。え、と……全員、私について来るように』



「「了解」」



 どうやらネイアが武器を調達してくれるようだ。扉を開け、ネイアが外に向かう。私も彼女を追って外に出る。外の空気が私を包み込む。



『……ここは』



 雲が掛かり、太陽の見えない灰色の空の下、そこには村が広がっていた。広大な森林と山に包まれたその村には、あちこちに小屋が並んでいる。その中の何個かでは煙突で煙が出ていて、誰かが住んでいるようだ。村の規模はそれほど大きくはないように見える。村中にカラスが飛び回っていて、陰惨な雰囲気がその場を支配している。道中には、人の姿がない。



『ここが、魔女たちの村?』



 ネイアがどこかに歩いて行くので、ついて行きながら聞いてみる。



「うん。ここは人々がほぼ近付かない山の奥底に潜んでいる村なの。だから燃やされずに済んだ。でも、他の村は教会にばれてしまって、全部灰になってしまったんだ。ここは、この大陸に唯一残された、僕たちの居場所」



『この世界の教会って魔女狩りに熱心のようだな。この村に魔女を集めているのか?さっき言った、生き残ってバラバラになったという?』



「そう」



『でも、もしこの村が人々にばれてしまったらどうなるんだ?その可能性もありそうだが』



 これが最後の村だとしたら、今は安全かもしれないけど、ばれた際、危ないのではないだろうか。もし人々がこの村と魔女たちを燃やすために攻め込んできたら、どうなるのだろう。



「……その時は、何とかここを守るしかない。ここは僕たちの、最後の居場所だから。もう逃げる場所もないよ」



『ふむ。じゃ何で逃げる場所がないんだ?山の奥にある村だろう?なら場合によってはもっと奥の方に逃げることもできるんじゃないか?』



「……まあ、確かその手もあるけど、無理よ。これ以上山の奥に向かっては危ない。人類の領域じゃないから」



『人類の領域?』



 また新しい言葉が出てきた。人類の領域があるということは、そうでないところもあると言うことか?



「うん。この村がある山脈は、人類の領域と、そうでない領域を分ける境界領域なんだ。この西大陸の南北に渡るこの山脈を基準に、東は人類の領域よ。そして西は、その存在がほぼ知られていない、異種族たちの領域。人類は以前からそこに進出しようとしたけど、その度に失敗してきた。だからこの辺には人はほぼ来ないのよ。危ないから」



『そうか。じゃこの村も危ないんじゃないか?その異種族が攻めて来るかもしれないでしょう』



「まあ、最初は何回か攻め込んできたけど、何とかなった。この山脈は人間たちだけじゃなく、彼らにとっても世界の境だから。だからこの辺、いや、境界領域にはそもそも人間も、異種族もそんなにないよ。少しぐらいはあるけど、気にしなくて良いぐらい」



 この村はある意味、人類と異種族の間の緩衝地帯のようだ。境界線に存在するため、両方から攻撃されないということか。だが、ふと思いつく。今は良いかもしれないが、最悪の場合、東と西の両方から同時に攻撃される可能性もあるのではないか?



『まあ、今は心配しなくて良いだろう』



「ん?今何か言った?勇者」



『いや、何でもない』



 その時、村の広場らしき場所に着いたようだ。広場には沢山の人々が騒めいている。



『うん?あれは……?』



「うん。村の人たち」



 広場に着いたので、周りを見ると、数十の人が道を出歩いている。その中で何人かの魔女を見かける。黒いローブをまとい、とんがり帽子を被っていて、いかにも魔女らしい姿をしている。



『お前はああいう帽子被らないのか?魔女っぽいあれ』



「……持ってはいるけど、事情が合って今は使わないだけ」



『そうか……って、あれは……?』



「あ、あ……傷が痛い……」



「……村に食料が足りない……どうしよう……」



「ならまた狩りに出るしかないだろう。でも、もう疲れた……」



 周りを見てみると、魔女以外にも男の人や子供、老人など、魔女に見えない人々も見える。ここは魔女の村だと言うけど、魔女以外にも人が住んでいるようだ。しかし、食料が足りないとは。



『ネイア、この村は魔女以外の人も住んでいるのか?』



「まあ、ね。色々事情があったんだ。後で説明する。今はこっちに来て」



 そう言い、ネイアは私を急がせる。



『……あれ、は』



 広場の隅、そこには数百の人が集まっていた。よく見ると、そこの全員が体に傷を負っている。傷も人によって千差万別だ。腕や脚のない者に、ある者は全身に火傷。中には目の見えない者もいるようだ。立っているのに耐えられなかったか、地面にくたばっている人もいる。数百にはなりそうな人々の列。彼らは治療を待っているのか?だが何であんなに傷を負ったのだろう。



「あ、ネイア姉ちゃん!お帰り!」



「ええ!?お姉ちゃん帰って来たの!?いらっしゃい!」



「……うん」



 そこから怪我を負った子供たちがネイアに集まる。ネイアはこの村の人気者のようだ。



「おや、ネイアじゃないか。帰って来たのかい?」



 その列の周りから優しい雰囲気の老人が現れ、ネイアに声を掛ける。



「……村長。はい。ただいま、です」



「そこの人は誰だ?始めて見る顔だが、救ってきた新しい仲間かい?」



「この人はスメラギ、僕が召喚した勇者、僕の半分。僕に協力してくれるので、これからの、仲間」



『皇だ。あなたは誰?』



「いらっしゃい、勇者よ。わしはヨイド、この村の村長を勤めている。にしても、たくましい印象だな。こんな人がネイアを手伝うなら、わしも一安心じゃ」



 彼は私の後ろの兵士たちを見る。



「後ろのあれは何か聞いていいかな?」



『ああ、私の兵隊。下部みたいなものだよ』



 私の返事を聞いてヨイドは興味深そうにそれを見る。



「そうか。不思議なものだな」



 ふと思いつく。彼はこの村の村長。ならば村に関して良く知っているはずだ。気になったことを少し聞いてみるか。



『ヨイドさん。この村、怪我人が多いようだけど、それはなぜか聞いて良いか?』



「……まあ、初めてこの村を目にすればそうも思うだろう。何せ、一千ぐらいの村人のうち、七百を超える人が傷を負っているのだからな」



 村人の数は、約千人ぐらいなのか。しかし負傷者の数がそれ程とは。



「元々この村は100人ぐらいしか住んでない村だったが、ネイアたちが頑張ったおかげで、たくさんの同胞たちが集まることができたのだ。でも、その大半が拷問を受けていたので、見ての通り、こんなに負傷者が多い訳じゃ」



 本来はあまり人が住んでない村だったが、各地の人々を助けることでそれ程の人が住む村になったのか。ならこの負傷者の数も納得だ。ここは、村と言うより、難民救護所みたいだ。



「……そして数日前に、モンスターの襲撃があったのよ。そのせいで、またたくさんの村人が傷を負って……ちっ、あの時、もしニケアとミルフェがいたなら……」



 ネイアがそう呟く。最近モンスターの襲撃もあったのか。だが、ニケアとミルフェ?その2人は誰だろう。



「……まあ、とにかく村の状況はそんなに良い訳ではない。勇者よ、どうかネイアを頼む。1人で全てを背負いがちな子だから、気を使ってくれ」



『え……?あ、分かった』



「ちょっと、それ以上は言わないで。じゃあ、先を急ぐので」



 ネイアは少し怒ったのか、返事も待たずに私を連れてどこかに向かう。いくら歩いたのだろう。ある建物の前にネイアが止まる。ここが武器屋なのか?



「……こっち、来て」



『分かった。全員、ここに待機して』



「「了解」」



 彼らを待機させ、私たちはその中に入る。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る