第4話 アルマ・アルキウム
『で、ここまでは良いが、肝心な力はどうするつもりなんだ?』
私はネイアにこれからのことを尋ねる。
『この世界って魔法があるのだろう?じゃ剣士とか冒険者とか、そう言う類いのものもあるんじゃないか?』
「まあ、ね。これを受け取って」
そう言い、ネイアが何かを手渡す。受け取ったそれは、何かしらの宝石のようだ。青く、透き通って中が見えるその宝石は、かなり値段が高そうなものだった。
『あっ、そう言えば』
さっき女神から言われたことを思い出す。宝石を探せって言ったが、これってまさか?
「……?それを握って祈ると、何かの能力を手に入れることができる」
『?ただ祈るだけで、能力が手に入るのか?』
「うん。まあ、そうらしいよ。僕も詳しくない」
『詳しくないってどういうことなんだ?』
「さっき言ったでしょう、神様の声が聞こえたって。その時、その宝石も出てきたの。そして言われた。それを勇者にあげなさいって。勇者がそれを握って祈れば力が生まれるとか」
『神様ってオーディウムのこと?』
「神様の名前とか、知らない。神様はただ神様だから。でもその声は女性の、低い声だった」
『そうか、分かった』
多分オーディウムのことだろう。私が飛ばされる前に彼女が言ったことを思い出す。この宝石が、彼女の言った力に違いない。
『祈る、か……何を祈れば良いだろう』
「まあ、強い力が欲しい、とか」
『適当だな。まあ、いいっか』
その宝石を握り、目を閉じる。自分は、どんな力が欲しいのだろう。今まで見てきたファンタジー作品を全部思い出してみる。そこらには沢山のキャラクターがいた。魔法使い、弓使い、剣士、冒険者など……その中で自分がやりたいものと言えば、何だろう。
『……自分が直接戦うのは、あまりやりたくないな』
そう、こんなこと言ったら少しあれかもしれないが、私は敵と向き合いながら刃を交えるとか、あまり趣味じゃない。体中が血塗れになりながら刃物で戦うとか、ぶっちゃけ嫌だ。できれば前に出て戦わずに済むのが良い。そう考え、願いを込めて宝石を握り締める。
『……お願い。血を流さなくて良い力を……』
そう思いを込めると、宝石が青く光り出す。それは、最初は微々たる程のものだったが、次第にその輝かしさを増していく。
「え?宝石が光る?」
『……いでよ。我が力よ』
意識を集中して、その神に願うようにそれを口ずさむ。
「うっ、眩しい。これ……」
宝石からの光は部屋を覆い、やがて消え始める。
『うん?光が……終わったのか?』
宝石を見る。それはいつの間にか濁っていて、ただの石になっていた。そしてひびが入り始め、割れてしまう。
『え?割れた?これはどういう……』
「……?何だろう。勇者、何か感じられることはない?力が湧き上がるとか」
『……ない。全然ないぞ』
ネイアの話を聞いて自分の体を感じてみる。だが何も感じられるものはない。
『どうしよう。もしかして詐欺じゃな、』
私が言いかけたその時、いきなり空から青い雷が飛来する。それは窓を壊して、私に直撃する。強烈な痛み。それはまるで体中の神経と指先を一々針で刺すような、そんな痛みだった。そして同時に体中に青い光が刻まれていく。
「うっ……!勇者!大丈夫!?何でいきなり雷が……!」
『うああああ!!!!!こ、ここれ、な、なに……!』
その衝撃に身を襲われた私は床に倒れてしまう。驚きすぎて何も考えられない。これってどう言うことだ。いきなり雷が落ちるとか、あり得るのか。だめだ、体中が熱すぎて、もはや死にそうだ。
(……アルマ・アルキウム。初期刻印を開始。当個体への魔力因子の移植と活性化を開始)
『え、今、なな、なん、て……』
体が震える中、頭の中から謎の声が聞こえる。冷たく、生を感じ取れないその無機質な機械音は、自分の脳内に響き続ける。
(魔法因子の移植と活性化を完了。魂の顕現・記録・召喚システム。異常なし。全工程終了を確認)
そのメッセージを最後に、その機械音が消える。同時に今までの痛みもなくなる。
『……え?痛みがなくなった?』
すぐに起き上がり、体のあちこちを触って確かめる。大した傷はなく、私はちゃんと生きてい
るようだ。
「勇者、大丈夫?」
『……うん。何とか生きている。それより……』
自分の両手を見つめる。具体的には言えないが、何かの力が宿っている気がする。目を閉じ
て、自分を感じてみる。
『ネイア。今何か声を聞かなかったか?機械みたいな音声だったけど』
「うん?そんなの、聞こえなかったと思う……」
『そうか、どうやら私にしか聞こえなかったようだ』
状況を確かめる。あの宝石に願った結果、あの雷が落ちたのだろう。そしてあの激痛と機械音。状況的にそれが私に能力を移植したようだ。機械音が喋ったことを思い出す。アルマ・アルキウム。それが結構大事なようだけど、何だろう。
「え……?ちょっと待って。勇者から、魔力が感じられる?」
『え?魔力?』
そう言えば、体から以前にはなかった何かの力が感じられる。気力とは似ているけど少し違うそれは、まるで血管を通してドライアイスが流れているような感じがするものだった。
『この冷たい気力?が、魔力なのか。なあ、アルマ・アルキウムって、知っている?』
「え?何それ、初めて聞くけど……」
『そう、それが結構大事らしいけど……アルマ・アルキウム』
そう呟くと、私の脳内にまたあの機械音が聞こえる。
(アルマ・アルキウム。初期起動を開始。初期自動工程に基づき、顕現と記録、召喚を開始)
そして、私の周りの床が青く光り出す。
「え?勇者、もう魔法を使うの?」
『すまん。分からない。これって何だ』
「え?」
光が強くなり、何もないそこから10人の人間が青い光に包まれて姿を現す。
『え?何だ……?』
「……!?」
驚いた私はそれに警戒する。ネイアもいきなりの展開に戸惑ったようだ。
『……』
彼らを注意深く観察する。10人の人は何もせず、ただその場に無言のまま立ち尽くすのみだった。各々の肌の色や背の高さはそれぞれで、外見に一貫性がない。服装は全員、灰色の奴隷服のようなものを着ている。肝心な顔だが、目を見てつい驚いてしまう。
『目が、死んでいる?』
彼らの目は何の光もなく、ただ沼のように濁っている。まるで魂が抜けてしまった、空っぽな
人形のようだ。
『おい、誰?』
「……」
声をかけてみるが、彼らからは何の返事もない。これはどういうことだろう、と考えていると、ネイアがその人たちを観察する。
「……おかしいな、これ」
『何か分かった?』
「人間に見えて、人間ではないような……でも皆から魔力が感じられる。それも、かなり濃い目の」
『……』
何かを考えた私は、彼らに近付き、体の頬や腕を触ってみる。
『こう触っても反応がないのか……』
「勇者、下手に手を出したら危ないかも……」
その時、私の指先から10個の透明な糸が伸び、その10人の首と繋がっていく。
『え?何だ、これ?』
「!?どうしたの?勇者」
『指先から糸が出て、この人たちと繋がったけど、見える?』
「……見えはしないけど、勇者とこの人たち、何かで繋がったような、気がする」
『ネイアには感じられるけど見えはしないのか』
その糸を注意深く観察する。両手の指先からまっすぐに伸びて、それぞれ各自の人に繋がった
それは、透明で、光を浴びてゆっくりと揺らいでいる。手で触ってみようとしても、手を通過してしまうので触れられない。
『……』
自分の指先を触ってみる。感覚は前と変わらなく、普通の指そのものだ。指先から糸が出る部分を触ってみても、特に変わりはない。
『感覚がないのなら、ただあるように見えるだけなのか?』
今度は人間の方を見る。伸びた糸が首に繋がった彼らは、依然としてただ立ち尽くすのみだ。
『うん?ちょっと待って。目に光が宿った?』
ふと目を見ると、さっきまでただ濁っていた瞳に光が宿り、透き通っているように見える。意識が戻ったのか?
『おい?聞こえるか?返事してくれ』
だが彼らは依然として返事はなく、何の変りもないようだ。
『何だ、これ本当に、』
「シ、レイ……」
その時、私の目の前の人が喋り始める。話し方がぎこちなく、不自然さを感じるものだった。
「え?勇者、今喋ったよ!」
「司令、め、レいヲ」
確かに彼は口を開け何かを言っている。司令と、命令と言っているのか?
『司令?私のことを言っているのか?』
「……肯定」
『……?私が司令なら、君は何だ?』
「……兵士」
『兵士?そして私が司令……?』
目の前の人が言うことに戸惑ってしまう。私が司令とはどういう意味だ?
「勇者、何か指示してみればどう?」
隣で見ていたネイアが私にそう言う。
『……確かに、その通りだな。ちょっと何か指示してみるか』
彼は私に命令を求めた。私が司令なら指示に従うはず。
『全員、私の前に一列に整列するように』
「「了解」」
私が指示を出すと、10人が同時に返事をし、迅速に並び始める。
「「完了」」
彼らが一列に並び、次の命令を求める。ふむ、私が司令って、こう言うことか。
『もしかして、これが私の力?ネイア、これは……?』
「こんなの、私も初めて見るけど、多分それが勇者の能力みたい……」
自分の両手を見る。指先から伸びた糸が、意味深に揺らいでいる。
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