第3話 魔女


 静かな部屋、窓にはカーテンが閉めていて、日差しを遮っている。だが隙間から日差しがさし込んで来て、真っ暗な中を薄暗く照らす。部屋の隅には焚火と壺があり、謎の液体を沸いている。部屋の中央の床には魔法陣が描かれている。部屋中が揺らぎ始まる。窓が揺れ、木造の床と天井から軋む音が響く。そして魔法陣が光り始め、一瞬、強烈な閃光が発せられる。光が消えると、そこには皇が立っている。謎の白い光が彼を一瞬で覆う。



『ぅ……ここは?』



 私は周りを見渡す。ついさっきまで物凄い光に包まれたせいか、周りが暗くて何も見えない。目を閉じて、開ける。その繰り返しを通して、少しずつ周りの風景が目に入る。周りを観察してみると、どうやら自分は部屋の真ん中にいるらしい。下に何かがあるらしくて、それを確かめようとする時だった。



「うそ、本当に、成功した……?」



 部屋の隅っこで呟く声が聞こえたので、そちらに振り向いて見る。暗くてよく見えなかったが、そこには黒いローブを被った誰かが立っているようだ。



『そこにいるのは、誰?』



 慌てないようにしながら、声を掛けてみる。するとその人は私の方に近付いて来る。あの人は、もしかして私の敵?



「僕の名前は、ネイア。魔法使い。あなたは、勇者?」



 そう言い、その者は被っていたローブの帽子を外す。そこには肩までくる灰色の髪の、透き通った紫色の瞳を持つ少女が立っていた。背が小さく、暗い気配をまとっている。見た目では、15歳、ぐらいか。平然とした表情をしているが、その目を見るにかなり警戒しているのが分かる。この少女の中には、私に対する期待と不安が混じっているようだ。



『え?顔が……?』



 だがその少女の顔を見て、驚かざるを得なかった。その顔付きは、さっき会った女神、オーディウムのそれと限りなく似ている。完全に同じという程ではないが、そう、物凄く似ているのだ。これはなぜだろう。だが今は、それより自己紹介をしなくては。



『私は皇、皇彼方。君が私を召喚した人?』



「……うん。あなたは、勇者?」



 とても沈んだ、だが透明感のある声で彼女は私に問い掛ける。



『それは……』



 オーディウムが言ったことと、この子が話したことを組み合わせてみる。女神は勇者を求める願いが届いて、天使を遣わして私を見つけた。そして私を勇者として適切だと思いこの世界に送ったと言う。この子は自分が私を召喚したと言い、私が勇者であるかを聞いた。この子は何で勇者を欲しがるんだろうか。まずそれを問う前に、質問に答える。



『ごめん、召喚に応じたのは確かだけど、私は勇者ではない。何か特別な力を持っていたりするすごい人ではないんだ』



 期待に満ちた目で見られる中、こんなことを言うのは少し心が痛むが、仕方ない。もし今その期待を裏切りたくなくて噓をついても、それはいつかばれてしまうはず。だから今は正直に話した方が良いだろう。



「大丈夫。多分そうかもしれないって思ってたから」



 ネイアは予想外のことを話す。



『うん?』



「儀式を行う時、神様の声が聞こえたんだ。これから召喚に応じる者は、まだ何の力も持ってないけど、僕の願いを叶えてあげる可能性を持っているって。だからそこは心配しなくていい」


どうやら私がここに召喚される前にオーディウムがネイアにそんなことを言ったらしい。気が利く女神ではないか。一旦もっと情報を得たいと思い、私はネイアに問い掛ける。



『そうなんだ。じゃ少し聞きたいことがあるんだけど、いいか?』



「うん。何でも」



『君は何で勇者を必要とするんだ?何か大変なことでもあるのか?世界が滅びるとか』



「……」



 突然ネイアの表情が曇り、口を閉じる。何か触れてはいけないことに触れてしまったのだろうか。ネイアは何かを決めたような顔をし、口を開ける。



「うん。実は今、僕たちの一族が困っている。だから助けが欲しくて、勇者を求めることになったんだ」



『ふむ。一族が困っているって、どういうこと?』



 以前見ていた漫画やアニメの内容を適当に思い出してみる。確か、魔王や怪物によって世界が滅ぶ危機に陥ってしまい、それを何とかするために勇者を召喚するとか、そう言った内容が定番だった気がする。ネイアが遭遇した問題もその辺のものだろうか?



「……僕たちは、何十年、いや何百年もの間、人々から迫害されてきた。でも今までは何とか生き伸びることができたけど、最近その迫害も激しくなって、もう耐えられなくなったの。たくさんの同胞たちが燃やされて、死んだ。実のところ、もう絶滅寸前の状態なんだ」



『……え?』



 予想を外れた内容に戸惑ってしまう。この子の一族は魔王ではなく、人間たちによって滅亡の


危機に会ったとは。ネイアの一族は人間ではないのか?だが見た目ではネイアは怪物とかでもなく、普通の人のように見える。この世界には何があったのだろう。



『君たちの一族は何でそんなに迫害されるようになったんだ?同じ人間じゃないのか?それとも、この世界の人間も互いを殺したがるのか。君は大丈夫?怪我とかない?』



「……僕は大丈夫。この村はまだ世間にばれてないから。僕たちが弾圧される理由は、いや、見せた方が早いかも。これを見て」



 そう言い、ネイアは自分の左腕を私の方に伸ばす。そして手のひらを上の方に向ける。



『うん?いきなり何を?』



「……呪いよ。空気を苦しませたまえ」



 ネイアがそう呟くと、手のひらの空間が暗く歪み、黒い泥がゆっくりと湧き出る。手に余ったそれは床に零れていく。



『え?何だ、これは……』



 ネイアは淡々と語り始める。



「これは、僕たちだけが行使できる禁忌の魔法、黒魔法なんだ。僕たちは、この禁断の術を探求し、継承していく者たち、世間では『魔女』と呼ばれている」



『ネイアの一族は、魔女?』



 魔女と言うと、元の世界の魔女狩りを思い出す。歴史にそんなに詳しくはないが、魔女と訴えられた人たちが処刑にされたとか。この世界でも魔女は嫌悪され、処刑されたのだろうか。そう思っている間、ネイアは魔法を解除し、手を元に戻す。泥が消えていく。



「そう、僕も昔から魔女なんだ。そして今は同胞を助けるのに集中している。数えられない程の仲間が死んだけど、まだこの大陸にはバラバラになって潜んでいる仲間もたくさんいる。世界中が敵だらけだけど、僕は諦めたくない……でも、僕には力が足りない。勇者が唯一の希望なんだ……」



『世界の全てが敵、か』



 ネイアは切実な目で私を見つめる。その目はどこか疲れていて、すぐにでも消えそうな灯のようだ。その切ない眼差しと向き合いながら、私は考え込む。



『何で私が唯一の希望なのか、聞いてもいい?』



 この子も魔法を使えるなら、自分で戦えるはずだが、そこに何か裏があるようだ。それは一体?



「……これを見て」



 そう言い、ネイアが袖をまくり、自分の右腕を見せる。その右腕には、血のように鮮明に赤い、無数の亀裂が刻まれていた。



『これって、何かの傷なのか……?』



「神々に祈って、勇者を召喚したけど、それには代償が必要だったの。それは、僕の魔法使いとしての力。それの半分を捧げて、勇者を召喚したんだ。それで僕は前と比べて半分しか魔法を使えない。この傷は、力を捧げた際に生じたもの」



 ネイアが右腕の袖を下す。その黒いローブの下には、そんな事情が隠されていたのか。



『世界にただはないってことか……ごめん。そんなに苦労して召喚されたのが私で』



「いや、僕の事情だから、気にしないで」



(仲間を救う、か。それがこの子の願い……)



 ネイアの事情は理解した。だがそれと同時に、これから自分はどうするべきなのか、その問題が奥底から浮かんで来る。以前の世界に特に未練はないが、私を殺した天使と、あの女神にはそれなりにやり返さないと。あの時はできなかったが、私は忘れない。だがそれは今としてはどうしようもないから、一旦棚上げにする。



『ふむ……』



 いきなりこの世界に放り込まれた私は、この世界に関して何も知らない。下手なことをすれば本当に死ぬかもだ。ここでは一旦ネイアに協力して、願いに応じるのが良さそうだ。そしてこの子、どこか可哀想だし、助けてやるか。



『分かった。同胞を助けるんだろう?良いじゃないか。私も協力する。まあ、これからよろしく』



「……!ありがとう。勇者……これから勇者は、僕の半分だから」



 返事を聞いてネイアは嬉しそうに微笑む。半分と言うのは、力のことだろうか。確かにそうも考えられるな。



(私はネイアの半分、か。まあ、悪くないな)



 こうして、私の異世界の旅が始まった。

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