第3話 環

 私には、今も会いたい人がいる。


 その人は歌舞伎町でホストをしていた。


 源氏名しか知らないが、名前は聖夜せいや。当時二十一歳だった。


 私は銀行員で窓口業務に就いている。職場の皆は私をこう呼ぶ。【鉄女】


 鉄のようにガードが固い女という意味だ。私は、どんな男性社員からの誘いも受けない。男に興味がないのだ。同性にも興味がない。


 従って、私は職場で浮いている。いつも一人ぼっちだった。


 そんな私に転機が訪れる。ある日の夜、呼び込みに捕まり、気の迷いで入店したホストクラブで聖夜に出逢ったのだ。


 たまたま私の横に座ったのが聖夜なのだが、宝塚歌劇団のトップ(王子様)のような容姿をして会話が上手い。


 その夜、私はとにかくはしゃいだ。楽しくて時間が過ぎるのさえ忘れてしまうぐらいに。


 それから私はホストクラブに通うようになった。聖夜に会いたいからだ。聖夜はいつも私にキラキラした時間と夢を与えてくれた。


 一年の月日が流れる。ある夜、聖夜が私にこう言った。「休日の昼間にデートしない?」と。なんと店以外で会ってくれると言うのだ。しかもデート。私の心は宝塚歌劇団のダンサーのように踊った。


 デート当日、私と聖夜は映画を観たり食事をしたりして楽しい一日を過ごした。


「今度は遊園地に行こう」と誘ってくれる。それからは店ではなく、私の休日にデートするようになった。


 そんな日々を重ねていると「一緒に暮らしたい」と聖夜が言いだした。でも、私には一つ不安があった。聖夜に対し年齢詐称をしていたのだ。


 本当の年齢は二十八歳。現在二十ニ歳の聖夜より六歳上だった。聖夜は私を二十三歳だと思っている。私は意を決して事実を打ち明けた。


「なんだ、そんなこと」

聖夜は笑ってくれた。

「年齢なんて関係ないよ、一緒に住もう」


 それから私達は不動産屋で物件を探し同棲することになった。当然、身体の関係も、と思ったが聖夜は私に指一本も触れない。


 半年経過、私は聖夜に詰め寄った。

「どうして抱いてくれないの?」


 聖夜は切なそうな表情を浮かべる。そしてこう言った。

「もう限界だね、別れよう」


 意味が分からない。でも、聖夜は同棲していたアパートを出て行ってしまった。スマホを鳴らすが解約されている。後日、店にも行ったが、聖夜はホストを辞めていた。


 私は聖夜の実家を知らない。これでは探しようがないのだ。それはつまり、聖夜とは終わりという意味。


 泣いて泣いて、死ぬほど泣いて、私は聖夜を諦めた。


 あれから三年、私、沢松環さわまつたまきは、三十三歳になった。


【会いたい屋】を知ったのはネット広告。聖夜が私に会いたいと望んくれたらどんなに嬉しいだろう?そんなストーリーを作って依頼した。


 聖夜に似ていない男でもかまわない。私は自分が指定した喫茶店で聖夜を待った。


 カランコロンと鈴が鳴り、スーツ姿の男性が入ってくる。こちらからは後ろ姿が見える。体型はそっくり。だが髪型が違う。


 黒髪の短髪。聖夜は金色のロン毛。設定しなかった私のミスだ。


「はあ~」

私は俯いて嘆息した。


「あの」


 男が声をかけてくる。なぜ私だと分かったのだろう?そうか。と、すぐに思い出す。自分がこの席を予約したのだ。


「はい」

顔を上げる私。


 瞬間、時が止まる。世界中が静止した。


 聖夜だ。正確には聖夜にそっくりな男。いや、でも……。


 彼も私に驚いたのか両目を大きく見開いている。そして「た……まき?」と名前を呼んだ。


 私は業者に名を伝えてはいない。間違いない!聖夜だ!!


 私はガタンッと椅子を鳴らして立ち上がった。

「聖夜?聖夜なの?」


「うっ、うん」


 こんな偶然、いえ奇跡があるのだろうか?

聖夜は【会いたい屋】のスタッフだった。


 落ち着いてから私達は近所の公園に移動する。そして並んでベンチに座った。


先口は聖夜からだ。

「ごめん」


私は無人のブランコに視線を固定する。

「ごめんって何が?」


「突然、君の前から消えたこと」


「どうして消えたの?私のことが嫌いになったから?」


「違う!」

彼は私に顔を向けた。

「俺は環を愛してる。だから去ったんだ」


「意味が分からない!」

私も聖夜を見た。


 二人、至近距離で顔を見合わせる。


聖夜はガクリと肩を落として俯いた。

「愛したからこそ、環との未来を見たんだ。そうしたら俺達に未来がなかった。見えなかったんだ」


 ますます意味が分からない。


「未来が見えないって、どういう意味?」


「だって、結婚もできないし子供も望めない」


「はっ?それは私と結婚する気はないってこと?」

イライラしてくる。

「結局、愛してないんでしょ?ハッキリ言ったら?」


「違う!」

彼が顔を上げる。


 刹那、心臓がキュンと狭くなった。聖夜が泣いていたのだ。


「愛してる。環だけだ」

彼は涙声で言う。

「ただ、君に言えなかった秘密がある」


「秘密?なに?」


「俺は……女だ」


「えっ!」


 それは予想外の告白。私は睫毛をしばたいた。


 そうか。だから肉体関係を拒んだんだ。


「ふっ……」

ダメだ。腹の底から笑いが込み上げてくる。

「あはははははっ!!」


「何が可笑しい?」


 聖夜の問いに、私は笑い声を止めて彼に視線を向けた。

「バカらしい」


胸に両手を重ねる聖夜。

「何がバカだ!俺は真剣に悩んで……」


「それがバカらしいって言ったのよ!」

私は彼の言葉を塞ぐ。

「愛に性別なんて関係あるの?ないでしょ!少なくても私には関係ない!!」


「環……」


 たまらなくなって、私は聖夜を抱きしめた。

「愛してる」


 彼の両手が背中に回りキツく抱きしめ返してくれる。温かい。とても心地よい体温だ。


 その後、私と聖夜は再び一緒に暮らす話になった。


 結婚などしなくていい。子供もいなくていい。聖夜がいるだけで、私は幸せだから。


【会いたい屋】に、私は感謝している。だって切れた糸をまた結んでくれたのだから。


 例え偶然だとしてもだ。


「あなたに会いたい」


そう思った私の心が、もはや奇跡。


運命なのだから。



ん?気のせいか


「ターイムリミット!」


どこからか、そんな声が聞こえた。



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