心臓がうるさいバレンタイン
あっという間に2月になった。時が過ぎるのは速い。
私は友達に渡す用のチョコを買いに百貨店へ出かけていた。そろそろバレンタインだ。毎年この時期になると本当に私って人を好きになれないんだなと実感して辛い。だがそれはそれとして友達とチョコを交換するのは楽しいのでバレンタインは嫌いじゃない。
誰に渡そうかな、、?七瀬にはもちろん渡すとして、、
あいちゃんとレモンちゃんにも渡そうかな?
でももしかしたら予期せぬチョコを貰うかもしれないので予備用で3個ほど買っておいた。
そして2月8日、バレンタインの少し前になった。
「あ、!茜ちゃん、ちょっといい?」
珍しい客がきた。三笠さんだ。あって話すのはメダカの救出依頼になる。
「久しぶり〜どうしたん?」
「ちょっと待っててね、、」
大きなリュックを前にずらしガサゴソと中身を探っている。何か渡してくれるようだ。ひょっとして‥
「あ、あった‥!
これあげる、ちょっとはやいけど‥」
そう言いつつちょっと横を向きながら、可愛く包装された手作りと思わしき美味しそうなチョコクッキーを渡してくれた。
まさか三笠さんから貰えると思っていなかった。
想定外だったが予備用も買っているのでバレンタインデーでちゃんと返そうと思う。
チョコクッキーを見つつありがとうと言った。
だがお礼を言ってチョコクッキーから顔を上げると彼女はもういなかった。
このチョコを貰って分かったことがある。
1に、三笠さんは料理が得意だ。
2に、三笠さんは女子力が高い。
そしてこれはもう分かりきったことだが、、
三笠さんは、、とてもせっかちだ。
そしてあっという間にバレンタインデー当日になった。朝学校につくとすぐ吹奏楽部とかの友達がわんさか集まってきてリュックすらおけないほど身動きが取れなくなった。
「やっほーあかねる!はい、ショコラ」
「うわぁ~ありがとう七瀬!あんた意外に料理得意なのね!はい、私のもあげる!」
「ありがと!だけどだいぶ酷いよあかねる、毒舌だよ、!これでもクッキング部にも入ってるんだよ!」
七瀬も、実は吹奏楽部の部員である。クッキング部にも入ってるのはこの私ですら初耳だ。
私は、七瀬に対して料理をするほど女子力が高くないと思っていた。
だから手作りチョコをもらえるとは夢にも思っていなかった。
このことがきっかけで少し女子として見直した。
さすがに私の中の七瀬のイメージは失礼だし酷すぎるなと改めて思い、謝りたくなった。
「いや、レモンちゃんのほうが毒舌だよ」
「ん‥?呼んだかい?」
「あ!レ、レモンちゃん!はいこれ!あげる!!」
慌てて聞こえてないことを信じつつレモンちゃんにもチョコをあげる。
レモンちゃんーーーー長谷川 檸檬ーーーは吹奏楽部の部員ではなく美術部の部員である。
ずっと同じクラスなので意外に1番仲がいいのは彼女かもしれない。
おだやかで落ち着きがあり、ドストレートに物事を言うことから、私は毒舌家と心の中で呼んでいる。
「へーありがとー、でも作ってくんの忘れたからまた今度持ってくるわ」
その一言に、これだけ一緒にいるのに私はまだ友達認定されていないのかとショックを受けたが、話を聞くとどうやら普通に今日がバレンタインであること、つまり存在自体を忘れていたようだ。
レモンちゃんは自分からは一切何もあげず、相手からもらったらホワイトデーでお返しするだけ、つまりお返ししかしない、”バレンタイン傍観派”というわけではなく、バレンタイン自体どうでもよいものと思っている、”バレンタイン忘却派”であったのだ。
バレンタインの存在を忘れるとは、、彼女は意外に天然なんじゃないかと思った。
その後、私は無意識のうちに、周りに集まって来た吹奏楽部の人たちにチョコをあげていたのだが、、。
「あ~茜ちゃん、チョコあげる~」
という穏やかでやわらかくてのほほんとした聞き心地の良い声で、はっと虚空から意識が戻った。
「あいちゃあぁぁぁん!!ありがとぉぉ!」
あいちゃんーー乃木 愛葉ーーは私の癒しだ。
レモンちゃんと同じく身長が150センチ代前半だが、レモンちゃんとは違って1ミリもとげとげしておらず、完全に癒し系の小動物系女子である。
だが、たまにすごい早口で愚痴を言う時があっていくらあいちゃんでも怖いなと思うことがある。
彼女は吹奏楽部の部員で、私と同じく途中入部(むしろ私より遅い時期)だが、周りに溶け込めているし、何より楽器を演奏するのが上手だ。
なぜ、こんなにも差が出るのだろうか。
私の担当楽器がホルンという、響きは可愛いが世界一難しいとされるてごわい楽器なのに対してあいちゃんの担当楽器がフルートとピッコロでそれなりにひきやすい楽器だからだと信じたいのだが。
それは私が下手であることへの、単なる聞き苦しい言い訳にしかならない気がする。
そんなこと今は考えずに、あいちゃんと話そうよ、と私の内なる何かが言ってきたのでいったんこの話は切り上げてそうすることにしようと思う。
「あいちゃんチョコマフィン作ってくれたの?めっちゃ手間かかってるじゃん!すごい!」
「みんなと被らないのがいいかなと思ってそれにしたんだ~、手間はかかったけど作るの結構楽しかったよ!」
「わざわざありがとうね!」
「いえいえ、こちらこそ、ありがと~」
なんともない会話をしているだけでほっとするのはなぜだろう。
おそらく、彼女は私の他の個性的な友達と比べて基本「普通」の中学生であるため一緒にいるだけで本能的に安心しているのかもしれない。
または、彼女がとても友達を大切にする子だからかもしれない。
言葉遣いとか態度からわかるのだ。
彼女はとても良い子だと。
とても良い子だから、話すと心が温まり、ほっとするのだろう。
そんなことを考えているときにちょうどチャイムが鳴り、はっと思い出した。
三笠さんにもチョコ渡さなきゃ。
三笠さんはせっかちである。それは移動教室の時でもそうだ。彼女はワープでもしているかのような速度で、時には先生よりはやく、次の教室へと移動することで有名だ。
今日の午前授業は2年の全クラス、移動教室ばかりなので、次彼女に会う機会があるとすれば必然的に昼休みになってしまう。
早めに渡したいな、と悩んでいるとなぜか、いいタイミングで三笠さんがC組へのこのことやってきた。
渡そうと思って、机からチョコを引っ張り出し席を立ちあがった瞬間、席の左右を大勢の女子が駆け抜けていった。どこへ向かっているのかと目を向けると衝撃の光景が見えた。
「氷河ちゃん、これお返し~!」
「チョコクッキー美味しかったよ!ありがと~!!」
三笠さんの周りにチョコを持った大勢の女子が集まっていたのだ。
一見モテモテの男子だがそういうのではないようだ。
盗み聞きして予測するに、おそらく三笠さんは先にチョコを配り種をまいておき、バレンタインデーに多くのチョコをお返しとして、回収するという作戦を立てていたのだろう。
レモンちゃんが”バレンタイン忘却派”ならば三笠さんは”バレンタイン計画派”なのだろう。
案外バレンタインって人の思考や性格があらわれるイベントなのだなぁと思い、そう思うとなんだか楽しいし面白い行事だなとも感じた。
人がひいてきたところで私は彼女にチョコを渡しに行った。
「三笠さん、お返しです、チョコクッキーありがとね」
「茜ちゃん!ありがとう!」
三笠さんにしては口数が少ないなと感じたが、他の友達とは比にならないほど喜んでくれているのはだいぶ伝わってきて、こちらとしてもうれしかった。
友達にチョコを渡せてひと段落した後、私は1限の体育へ向かおうとしていた。
今、体育ではサッカーをしている。激しい運動はあまり好きじゃないが、サッカーは好きだ。
最近見たサッカーのアニメにも影響されていると思う。
今回はドリブルをしろ、というお題だった。
具体的には数人からボールを奪われないようにするというものだ。
サッカーのアニメで見た、右へかわすドリブルなんかを駆使しながらなんとかマークしてくる3人からボールを守っていた。
私はそこまで運動が得意ではないのだが、なぜか今日は上手にボールをコントロールできた。
近くで見ていた女子にかっこいいと言われるぐらいには上手にできた。
3,2,1,はい、そこまで~!いったん休憩してください!
私は水を飲みに行こうとしたのだが急に視界がぼやけて頭が真っ白になって、、
そのまま私は倒れてしまったらしい。
同じクラスで席が一度近くなったことがある上に、吹奏楽部の部員だからそれなりに接点のあった、
千春ちゃんに引率されてなんとか保健室へたどり着けた。
保健室へ行く際、彼女に
「どこか痛いとこある、、?」
と心配そうに声をかけられた。
あぁ、とても今痛いところがある。
でもいうのは少しためらわれた。
でもこういうのは正直に言った方がいいよね。
強いて言うなら‥
「心臓が痛い」
「え」
彼女は絶句した。
その後私は保健室送りどころか、病院送りになってしまった。
ドキドキするイベント、バレンタインの日に、なぜ、物理的に心臓が痛むことになったのやら。
ブラックジョークすぎて笑えない、忘れられない日になった。
ちなみにエコー、心電図、血液検査等で検査したところ、異常はなかったため、精神的なもの、、心臓神経症などが怪しいという話になった。
体育の最中に痛くなったから身体的なものだと、
てっきり思っていた私は唖然としてしばらく声が出なかった。
やった!チョコもらえた!
好きな女の子からチョコをもらえた男子の気持ちがとても分かる!
私女子なんだけどなぁ。
友チョコでも、義理でも、お返しでもなんでもいいから貰えて嬉しかったという思いと、
できるなら、
いや、可能性は1ミリもないけど、、
本命だったらなぁ、、
という希望とが私の中で交錯した。
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