第1話 邂逅

 任務の最短達成のため、早速ターゲットの住所を調べようとしたのだが何故か教えてもらえず、代わりに斗真は組織の計らいで彼女と同じ学校に、転校生として通うことになった。

 理由を尋ねようとも組織は「上の意向だ」の一点張り。



 その結果がこれである。


「はじめまして転校生くん! 私は鴉目柚月からすめゆづきだよ! 漢字は、こう!」


 まさかの隣の席になった。そして彼女は元気に自分の名前を空に書いている。なるほど、事前情報通りだ。


 写真の通り、かなり整った顔立ちをしているが、ここまで元気印だとは思わなかった。


「お、おう……穂村斗真だ」


 元気な鴉目柚月に押されながら、なぜこの少女に暗殺任務が出ているのか、理解ができなかった。


 八咫烏の任務のほとんどは一般的に、悪人とされる人や組織がターゲットになっている。

 簡単に言えば、権力しかり異能しかりを悪用し、存在が社会にとっての損失になるもの、のことだ。


 そして、斗真も、斗真自身が「生かしてはおけない」と判断した『悪人』以外を殺したことはない。今回は、鴉目柚月が“それ”なのかを見極めるための接触。


 たった今初めて彼女と接触したが、どうもこの小柄な少女が『悪人』のようには見えなかった。


「おお! 斗真くん! よろしく!」

「ああ、よろしく。鴉目」

「斗真くんはどこから来たの!?」


 早速来た質問。斗真は自分の過去の経歴(偽装)を思い出しながら口を開く。


「中学時代に不登校になってな、高校も通信だったんだが、この前晴れて全日制に来たんだ。だから結構近くに住んでるな」

「結構濃い過去だね」

「濃い人生を送ってる自覚はある」


 というか、ありすぎる。


「そういう鴉目はどこから来たんだ?」

「えへへ、知りたい? えー、じゃあ教えてあげよっかなー?」

「あやっぱ良いです」


 なんか急にくねくねし始めた鴉目柚月を不審者だと思った。


 こうして、ファーストコンタクトは無事に済んだのであった。


 これから彼女が『悪人』なのか確かめていくことにしよう。




 あれから数日が過ぎた。いつものように教室で本を読んでいると、柚月がやってきた。


「おっはよー、斗真!」

「ああ、おはよう」

「ねえ聞いて聞いて! 今日はちゃんと予習してきたんだよ!」

「よかったな。ところでどの科目?」


 目の前で自信満々に胸を張る柚月に尋ねる。斗真は彼女の趣味嗜好を『八咫烏』のデータベースから入手しているため、彼女との距離は急速に縮まっている。

 また、彼女がもともと人懐っこい性格だからこそ、そんなことに一切の違和感を抱かない。


「ふふんっ。数学Bだよ!」


 ドヤ顔を見せつけてくる彼女を見て、斗真は内心で大きなため息をついた。安堵ではなく、もちろん、呆れの。


「なあ鴉目」

「ん? どした? さては斗真予習してなかったな?」

「今日は数学IIだぞ? 微分だ」

「……え」

「数学Bは明日」


 柚月の表情が固まる。


「は、はは……そんなわけないよね……嘘、だよね?」

「嘘じゃない」


 スマホに保存してある時間割の写真を見せる。


「ねえ、斗真」

「なんだ?」

「数IIの教科書、見せてくれない?」


 最初から気がついていたことだが、柚月は結構、というか、極めて、ポンコツだった。


 そのせいで隣の席にいる斗真に結構皺寄せ、というか先生からの流れ弾が来る。

 柚月が指名されて答えられなかったら、隣の席である斗真に飛んでくるのだ。


 わからないわけではないが、めんどくさい。


 斗真はこの面倒な日常を打破するために、大きく動くことにした。




「なあ」


 休み時間、先ほどの授業中も当てられた問題を半分以上斗真に横流しにしていた柚月に声をかけた。


「ん? どした?」

「来月、何があるか分かるか?」


 つまり5月のことである。その質問に柚月は満面の笑みを浮かべた。


「ゴールデンウィーク!」

「中間テストだな」

「……」

「……」

「「え?」」


 全く同時に正反対の答えを言った2人はしばらくフリーズし、同時に素っ頓狂な声を出した。


「それで、中間テストのことなんだが」

「待って待って! ゴールデンウィークじゃないの!?」

「確かに5月だが、俺が言いたいのは違う」

「……それで、テストがどうしたの……?」


 急に本気で嫌そうな顔になった柚月を見ながら言葉を続ける。


「勉強、教えてやるよ」

「お、いいの?」

「当たり前だ。テスト終わりにまでお前の嘆きを聞きたくないからな」

「なんか失礼じゃない?」

「そうかもな」

「じゃあ、今度空いてる日にでも教えてもらおっかな」




 そうして、休日にターゲットの少女と会うことが決定した。




「なるほど」


 その日の夜、柚月とのチャット画面を見ながら呟いた。


 ゆづ 『次の日曜日とかどう? 場所は駅前の図書館!』


「まあいいか。『了解』っと」


 斗真はスマホをベッドに放り出したところで、慌てて立ち上がった。


「やっべ、今から仕事だ」


 壁の一点に手のひらをつく。


『Clear』


 そんな文字列が壁に浮かび上がり、その横に置かれた本棚が動いた。

 そこにぽっかりと空いた空間。


 そこに足を踏み入れ、電気をつける。


 この部屋はいわゆる武器庫。とはいえ、斗真が使う装備品は手甲、拳銃、ナイフくらいなのでほとんど物は置かれていない。他は案外なくてもなんとかなる。というか手甲が有能すぎる。

 ──あと、虎の子は修理中だしな。忌々しい宿敵との戦いで損傷してしまった。




 駅まで歩き、そこから『八咫烏』の『翼』担当が運転する車の、後部座席に乗りこむ。


「指定の場所まで頼む」

「わかっりましたー!」


 エンジンがかかった。

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