時間との戦い


 場所は戻り、アケニア王国の王都アニアの外。


 血食らうガントレットを装備したガルードと聖なる鎌を持ったセリーヌは、お互いに動かずに睨み合っていた。


 セリーヌがその気になれば、ガルードはあっという間に天へと還る事が出来るだろう。


 しかし、セリーヌは出来ればガルードを生け捕りにして、できる限りの情報を聞き出したいのだ。


 下手に動いて殺すよりも、相手の攻撃を待って重いカウンターを叩き込んだ方がいいとの判断である。


(時間稼ぎとは言いましたが、既に街の中ではアリイ様が動いています。時間を稼がれようとも、それほど大きな問題にはなりそうも無いですね)


「どうした?来ねぇのか?まさかビビった訳でもないだろう?」

「どのように貴方を料理しようか迷っているのです。死なない程度に殺すのがいちばん難しいですからね」

「おぉ、ソイツは恐ろしいな。だが、時間は俺たちの味方だぜ?」

「そんなに早死したいのであれば、殺して差し上げますよ」


 セリーヌはそう言うと、小手調べとして軽く鎌を振るって斬撃を生み出す。


 万が一相手に当たろうとも、死なない程度の弱々しい斬撃だ。


「フッ!!」


 パァン!!


 ガルードはその斬撃を避けるまでもないと言わんばかりに、拳で相殺。もちろん、セリーヌが本気で殺しに来てないことを察しているので、この程度で調子に乗ることは無かった。


 代わりに、頬から冷や汗が落ちる。


 殺す気なく振るった一撃が、これ程までに強力なものなのかと。


(バケモンが。今割と普通に本気で殴らなきゃうち消せなかったぞ。一体どんな腕力と魔力量をしていれば、あんな軽々しくこれほどの威力の攻撃を繰り出せるんだ。やっぱりお前が魔王でいいんじゃないか?強すぎるだろ)


「余裕そうですね。徐々に威力と速さを高めていきましょう。ご安心を。殺しはしないので」

「はっ........やれるもんならやってみな!!」


 相手を待ってカウンターを決めることを諦めたセリーヌは、純粋に相手を薙ぎ倒すことを決断する。


 しかし、鎌を使うとあまりにも殺傷能力が高すぎる。


 そのため、セリーヌ鎌をペンダントに戻して、首につけ直した。


「あ?武器をしまった........?」

「殺してしまっては困りますからね。貴方にはコレで十分ですよ」

「ふざけ─────ゴフッ!!」


 刹那、セリーヌの姿が掻き消えガルードの脇腹に拳が突き刺さる。


 獣のような本能と勘によって何とかその一撃をガードしたガルードだが、たった一撃でセリーヌとの力の差をこれでもかと感じてしまった。


 一体その小さな体にどれほどの力が詰め込まれているのか。到底、同じ人間とは思えないほどに化け物じみた身体能力を持つセリーヌに、ガルードは戦慄するしかない。


 ガードの上から伝わる衝撃を受け止めきれずに吹き飛ばされたガルードは、木にぶつかってようやく動きを停めた。


「ガハッ........!!」

「ガードはできましたか。脇腹をへし折るつもりだったのですがね。ではもう少し早く行きましょう」

「は?まだ早く────ゴハッ!!」


 セリーヌ、さらなる加速。


 元々目では追えてなかったセリーヌの影が更に早くなり、気がつけばガルードは白目を向いていた。


 魔武器である血食らうガントレットを装備してもなお、この戦力差。


 大人と赤子にも等しいその戦力差は、全く覆せるはずもない。


「クリーンヒット。生きてますか?死んでますか?死んでたら返事をしてください」

「ゴボッ........死んでたら返事なんざできねぇだろうが」

「あ、それもそうですね」


 再び吹き飛ばされ、腹と背中に重大なダメージを負ったガルード。このままでは時間稼ぎすらもできず、後に捕らえられて殺されると判断した彼は自分の命の生存を諦めることにした。


 ゴソゴソとポケットから取りだしたのは、魔王の血が入った注射器。


 それを見た瞬間セリーヌが動き出すが、首に突き刺す方が僅かに早かった。


「チッ!!クソが!!」

「ハハッ、仮にも聖女様が、そんな汚い言葉を使ってもいいのか?」


 魔王の血を摂取したガルードの肉体が急速に変化する。


 魔人の強さは、その素体となる者の力量に依存する。


 ガルードが魔人となれば、かなりの力を持つこととなるだろう。


 それを見たセリーヌは、即座にガルードから情報を聞き出すのは無理だと判断し、即座に鎌へと武器を切り替えると神速の斬撃を解き放った。


 これがアリイならば、変身する時間は待つべきだと言って大人しくしていたことだろう。


 彼は意外と空気が読める魔王なのだ。お約束は割としっかりと守ってくれる。


 しかし、セリーヌはこういうところで空気が読めない。相手が変身途中に隙を見せれば、嬉々としてその隙を刈り取る正しく悪魔のような存在なのだから。


「生け捕りは苦手です。こうして、自殺されることもおりますしね」

「........空気ぐらい読めよ」


 その言葉を最後に、細切れとなったガルードは塵となって消えてゆく。


 セリーヌは自分が以下に生け捕りという行為に慣れていないのかを理解し、今回の生け捕りを失敗したことに関してかなりガッカリとしていた。


「はぁ、これでは情報が聞き出せません。全員殺さず、1人ぐらい半殺しにするべきでした。私の悪いところですね。手加減は難しい」


 近くに気配もない。これで外から来た敵は全て排除したのだろう。


 ならば、次は中だ。街の中にはびこる反逆者たちを制圧しなんとしてでも情報を手に入れなければ。


 そう思い、セリーヌが顔を上げた瞬間、城壁よりも大きな城が轟音を上げながら崩れ去る様を見た。


「........え?」


 ゴゴゴゴゴゴ!!と音を立て、城壁の向こうへと消えていく城。


 一体何が起きたのか。それを確かめるべく爆速で城壁へとと登ったセリーヌが見たのは、いくつもの魔人がその体を雑に練り合わせてできた気味の悪い巨大な魔人であった。


 高崎およそ20m。どれだけの魔人を積み重ねたのか、皮膚の場所からは無数の手が生えており至る所に魔人の顔が見える。


 しかし、それでいながらひとつの個体として独立しているのうにみえた。


「な、なんですかあれは........」


 セリーヌはここでようやく理解した。時間を稼いでいた理由は、この魔人ですらない何かを作り出すためであり、街の中の混乱すらもフェイク。


 セリーヌやアリイが手出できない王宮の中で事件を引き起こし、アケニア王国を潰すことが目的だったのだと。


「勇者と聖女とは言えど、所詮はただの一般人。王がすまう場所に手出はできないと考え、そこで事件を引き起こすとは考えましたね........これは........かなりマズイのかもしれません」

「ブモォォォォォォォ!!」


 空気を揺らし、大地すらも揺らす咆哮。王宮が崩れさるのは、どこからでも見ることが出来る。


 つまり、混乱はよりいっそう大きくなり街の外に出ようとする者も多くなるだろう。そして、その中に紛れて、さらなる魔人化を狙うのが反逆者達の作戦。


「完全に読まれてましたね。私達の動きすらも」

「そのようだな」


 セリーヌが独り言をつぶやくと、ふらっとアリイが現れる。


 セリーヌは驚く様子もなく、淡々とアリイに話しかけた。


「アリイ様。そちらはどうでしたか?」

「1人、幹部らしきものを抑えたが、情報を聞き出す前に事を起こされた。ここからは、先は時間との勝負だぞ。我らがあの化け物を討伐し、反逆者共を制圧するのか────」

「────それとも、反逆者達がこの街の住人を魔人に変え、殺し尽くすのか。そういうことですね?」

「そうだ。まずはあれを潰さねば始まらぬ。ゆくぞ」

「はい」


 こうして、巨大な魔人の討伐が始まった。


 討伐し、街を救うのが先か、人々が魔人に変えられて街が滅ぶのが先か。


 時間との戦いである。




 後書き。

 女幹部さん、戦闘描写もなく無力化される。

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