女は怖い
魔人の気配を感じ取ったアリイは、即座に動きだした。
街の中で被害が拡大するのは今後の復興にも影響が及ぶ。おそらくセリーヌが既に街の外を滅茶苦茶にしているであろうと言うのに、中まで滅茶苦茶にされてしまったらたまったものでは無い。
「........なるほど。これはどう判断したらいいのか迷うな」
屋根の上を爆走し、細い一本道にまでやってきたアリイが見た光景。
それは、魔人になってしまったエバランス帝国の勇者と聖女であった。
彼が元々魔の手の者だったのか、それとも何者かによって魔の手に落とされたのか。
彼の性格や言動から考えると、どちらの可能性も有り得る。
慈悲を持って殺すべきか、それとも残酷さを持って殺すべきか。
結末は変わらずとも、過程を考えてしまう。
「まぁいい。とりあえず第一はこの街の安全だ。悪いが始末させてもらうぞ」
アリイはそう言うと、魔人となって歩き始めた元聖女の頭の上に降り立つ。
魔人は頭の上になにか乗っていると感じたのか、手を上げようとしてブチッと潰された。
アリイが思いっきり踏んづければ、大抵の生物は死に至る。魔人になったとは言えど、所詮元は人間でしかない相手に異世界の魔王が苦戦するはずもなかった。
「グヲォ........」
「む........?」
聖女は潰した。ならば次は勇者だ。
アリイが勇者の魔人に目を向けると、勇者の魔人は逃げるでも攻撃するでもなくただじっとアリイを見つめていた。
今までの魔人とは何か違う。アリイは静かその魔人を見つめていると、魔人は膝を着いて何かを諦めたかのような何かをアリイに頼むかのように頭を下げた。
「ほう。この姿になっても僅かな理性が残っているように見えるな。どうやら我が思っていた以上に、彼は精神が強かったらしい。殺して欲しいのか?」
「........」
答えは沈黙。
アリイはこの沈黙をイエスと捉えた。
彼は確かに勇者とは思えない行動が目立ったが、彼なりの正義というものがどこかにあったのだろう。ならば、その正義が消える前に人として解釈してやるべきだ。
アリイも死にゆく者の最後の願いを聞いてやるぐらいの優しさはある。それが例え、道を間違えていたものだとしても。
「徐々に気配が変わっていく........なるほど。理性を保っていたのではなく、理性で本能を限界まで抑えていたのか。となると、あの血は本能を増幅させる効果でもあるのか?もし、理性で押さえつけられるような相手が出てきたら、厄介なんてものでは無いかもしれんな」
アリイはそう呟くと、スっと手を動かして魔人となってしまったエバランス帝国の勇者の首を落とす。
そして、アリイなりの弔いとして、その血肉を全てサメ達に食わせた。
食われた血肉は新たな生命の炎となり、そのものの仲で生き続ける。
相手が誰であろうと、アリイは喰らうことを忘れない。それが生命に対する感謝の表れだと信じているから。
「となると、残る2人が怪しいというわけか。フハハ。セリーヌがアノ娘を殺したいと言っていた時に殺された方が良かったのかもしれんな」
エバランス帝国の勇者パーティーは4人組。勇者と聖女、そしてぶりっ子と戦士の4人だ。
その中のふたりが見えないとなれば、怪しむのは当然。アリイは自身の使える全てを使って彼女たちを探す。
異界の魔王にとって、街の中で人を探すぐらい簡単なこと。時には飼い猫が逃げ出したと言われ、その捜索に何故か駆り出されたことすらある。
(我、割と市民からの扱いが雑だった気がするな。それだけ親しみやすい相手とも言えるが)
何故か昔を思い出してちょっと悲しくなりつつも、アリイは残ったふたりの居場所を把握する。
「見つけた........が、うむ........?よくわからんな。何故戦士が魔道士を拷問しているのだ?」
魔術によって探し出した2人。しかし、片方は拷問し、片方は泣き叫んでいる様子が見える。
勇者パーティーの中でも特段嫌われていたぶりっ子の言動が、どれほど戦士のストレスとなっていたのかを知らないアリイは首を傾げるしか無かった。
「仲間では無いのか?しかし、ならばこの場で魔人に変えてしまうはずなのだが........」
とりあえず行ってみよう。そう判断したアリイは、再び屋根に昇って駆け出す。
場所はスラム街の少し手前にある空き家。辿り着くと、かなり濃い血の匂いが周囲に充満していた。
バン!!と扉を蹴り開けると、そこでは拷問器具を使ってゆっくりとぶりっ子を痛め付ける戦士の姿が。
かなり興奮しているのか、アリイに気がついていないらしい。
「も、もうやめて........」
「あ?何ふざけたこと言ってんだてめぇ。途中から加入した私をストレス発散のために使っていたくせに、使われる側になったら“やめてください”だァ?随分と調子のいいこと言ってんな。ほら、口を開けろよ。お前の大事なお目目でちゅよー」
「むぐっ!!うぐ!!」
「吐き出したらもう片方もエグって食わせるぞ。ほら、よく噛んで!!しっかりと味わって!!」
(........何を見せられているんだ我は。それにしても女の恨みとは怖いな。ほんと。昔からそうだが、やはり恨みは買うものでは無い。我、もう少しセリーヌに優しくした方がいいのか?)
今の会話で大体の事情を察したアリイ。
このぶりっ子は、びっくりするほど獣人の戦士に恨まれていたらしい。
そして、誰が反逆者なのかも理解した。
アリイはこれ以上は見てられないと言うことで、獣人の戦士に近づくと思いっきり脇腹を蹴り飛ばした。
「ゴフッ........!!」
壁に激突し、息ができず涙目ながらうずくまる戦士。
アリイは女性を痛め付ける趣味は無いんだがと思いつつも、やるべきことを始める。
「貴様があの二人を魔人にした反逆者の一員か。随分と派手にやっているようなだな」
「........ゴホッ、て、てめぇ、は!!」
「フハハ。我なんぞどうでもいい。それにしても随分と悪趣味だな?こんな趣味があったとは意外だ。あの4人の中では一番常識と良識がありそうに思えたが、どうやらそうでも無いらしい」
「ワタ、しだって、趣味じゃ、ねぇ。ゴホッゴホッ........スゥーハァー。そこで目ん玉食ってるクソアマは、“勇者様ぁ〜勇者様ぁ〜”って媚びておきながら、仲間な私を殴る蹴るはもちろん時には男に売ろうとすらしたんだぞ?これでも安い方だろ」
「お、おう。そうか」
思っていた以上にえげつないことをやっていたぶりっ子。アリイも思わず“そりゃ恨みも買うわ”と思ってしまう。
どちらにも同情できない、なんとも言えない空気になってしまった。
「後で相手してやるから、今はスッキリさせてくれよ」
「フハハ。確かに今の話を聞く限りは仕方がないようにも思えるが、我は勇者なのでな。綺麗事を言わせてもらうとしよう。復讐は何も産まぬぞ?」
「いいんだよ私がスッキリすればそれでいい。それともなんだ?やり返さずにただひたすらに耐えることが素晴らしいことなのか?だったらそんな世界はぶっ壊してやるよ」
「フハハハハ!!清々しいな!!では、我も本音を言ってやろう。貴様の復讐とかどうでもいいが、立場があるので止めさせてもらう。大人しくしてくれれば、楽に殺してやるぞ?」
「やってみよろ世界の勇者様とやらよぉ。私のこの剣の前で生きていられたらな」
「フハハ。魔剣か。随分と仰々しい気配を放っておるな」
こうして、アリイと反逆者幹部の1人ギースの戦いが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます