魔に落ちる


 セリーヌが反逆者リベリオンの幹部、ガルードと対峙していた頃。


 徐々に混乱が大きくなり始めた街の中にアリイばいた。


 現在、街の中でなにか大きな異変が起きている訳では無い。しかし、アリイの勘がこのまま綺麗にことが片付く訳が無いと言っている。


 攻め込んできた魔人。隠れる手段を捨て去ったという事は、ここで確実に息の根を止めるはずだ。


 外はセリーヌが何とかするだろう。あの馬鹿げた力を持った聖女を侮ってはならない。


 問題は、街の中。これだけ多くの人がいる中で、魔人が現れたら被害はとてつもないものになってしまう。


「探し出して捕まえるか殺すのが1番ではあるのだが、それが出来る状況でもない。参ったな。どちらにせよ、事が起きない限り我も動けぬか」


 これだけの混乱の中で、反逆者達を見つけて始末するのは難しい。


 結局のところ、アリイはことが起きてからしか動くことは出来ないのだ。


 既にあちこちに眷属を配備し、どこで何が起きようとも対処できるようにはしている。


 できる限り早い対処を心掛けつつも、とりあえずアリイはこういう時に頼もしい存在である冒険者ギルドへと向かう。


 あそこが避難場所となる可能性は高く、そして情報も早く入ってくることだろう。


 早速冒険者ギルドへと向かうと、そこには既に多くの人々が集まっていた。


「避難者は訓練場に行かせろ!!さぁ貴方も早く........あ、勇者様!!」

「フハハ。行動が早いな。優秀な冒険者だ」


 既に避難民を集めてできる限り自体の収束を試みていた冒険者ギルド。


 そんな冒険者ギルドに顔を出したアリイは、ひとつの希望のように見られていた。


 これ程までに期待に満ちた目を向けられるのはいつぶりだろうか。魔王となったあの日以降、“魔王様ならばなんとでもしてくれる”と期待ではなく事実を述べるかのような目を向けられ続けたアリイからすればその目は懐かしさを覚える。


「状況は?」

「正直、よく分かってません。朝の目覚ましが最悪だったってことぐらいですよ」

「フハハハハ!!それは我も同意だ。あんな目覚めはしばらくぶりだな。全く、昼過ぎ辺りになってくれれば良かったものを」

「いやいや、昼過ぎは昼寝の時間ですよ?飯を食ったあとなので、おねむの時間です」

「フハハハハ!!健康児か貴様は!!」


 割と余裕そうに冗談を言って場を和ませる冒険者を見て、アリイは高笑いしながらもその冒険者を評価する。


 これ程までに何が起きているのか分からない中で、不安に駆られる訳でも無く至って平常。


 強さはそこまでだろうが、精神という面ではかなり出来上がっている冒険者だ。


 窮地の時こそ余裕を持て。これぞ、戦場で生き残るために最も必要なことである。


「勇者様は何か分かっているのですか?」

「どうやら第一王子達がこの街に帰ってきたらしい。しかし、人の姿ではない。魔王の血を飲んだ魔人の姿となってな」

「........?どういうことですか?」

反逆者リベリオンは知っているか?」

「えぇ。ココ最近よく聞く、人間でありながら魔王に手を貸すもの達の事ですよね?」

「そうだ。その者達が持っている魔王の血と呼ばれるもの。これを人間が摂取すると、魔人と呼ばれる化け物に変貌するのだ。未来ある英雄にその血を飲ませたというわけだな」

「つまり、第一王子及び第三王子が死したと?」

「簡単に言えばそうなる。まぁ、そちらは心配せずとも良い。既にセリーヌ、聖女が対応に向かったのでな」


 冒険者ギルドに向かう途中、凄まじい力を感じた。


 セリーヌは随分とはっちゃけているらしい。後で周囲を破壊し尽くしたことを怒られないか少し心配に思うほどに。


 アリイはざっくりと今起きていることを話すと、自分がここに来た理由も告げた。


「して、反逆者の連中はこの街の中にもいるだろう。どうも魔王の血は簡単に手に入るようでな。おそらくだが、この街の中にも魔人が現れる。もし見つけたら、決して討伐しようとはせず時間を稼ぐことだ。逃げながら戦え」

「........強いのですか?」

「少なくとも、今の貴様では勝てぬ相手だ。無理ならば引け。いたずらに命を散らすものでは無い」

「街の人々が襲われていたとしてもですか?」

「命あっての防衛。命あっての守護だ。死んだら何も守れんぞ」


 アリイは知っている。多くの正義感を持った若者が、自らの命を犠牲に多くのものを守ろうとしたのを。


 そして、その守ろうとしたものに意味がなかったことも。


 結局、人は次の英雄が現れれば記憶が塗り替えられる。そんな馬鹿げた正義感の為だけに、最も大切な命を失う意味は無い。


 その役割は、もっと偉いやつがやるべきだ。


「我が全て片付けてやろう。時間稼げば、すぐに駆けつける」


 アリイがそう言った瞬間、街の中に魔人の気配を感じ取るのであった。




【血食らうガントレット】

 数千年前に最強を目指した戦士と共に戦ったガントレット。多くの血を吸い、最後には仲間によって殺された魂が定着しやがてひとつの機能となった。

 その力は相手を殺し血を食らう度に使用者の能力を底上げするというもの。単純故に強いが、体が壊れ良いともお構い無しに能力の底上げをするので使用者が弱いと使用者を壊してしまう。




 朝の警鐘によって起こされたエバランス帝国の勇者パーティーは、街での異変が何なのかを突き止めようとしていた。


 彼は腕力だけで成り上がった小国の勇者。しかし、彼にも彼なりの勇者としての像はあるのか、この事態を見過ごそうとすることは無い。


 ここで街を見捨てていたら、本当にただのクズとなっていたことだろう。


「何が起きているんだ?」

「勇者様ぁ〜怖いよぉ〜」

「朝から煩かったな。この鐘の鳴り方からして、おそらくは街の外で何かが来ているんだろ。問題はその何かが街を滅ぼすかどうかだな」

「よし。ならばその場所に行こう。俺たちで解決するぞ。道案内を頼む」


 半端な正義感でこの問題を解決しようとする勇者は、獣人の戦士の案内によって街の外へと行こうとしていた。


 大通りは人が多くいるため、脇道に行こうと言い出して細い道を通るまでは良かった。


 そう。細い道を通るまでは。


「........」

「ん?どうした急に立ち止まって」

「不味い。この先に何かいるぞ。確認してくれないか?」

「分かったお前は下がってろ」


 なにか不穏な空気を感じ取ったのか、足を止めた戦士。勇者は曲がり角の先に何かいるという事で、警戒しながらその角を曲がる。


 しかし、そこには何もいなかった。


 あるのは、何も無いただの細い道。


 勇者は当然ながら首を傾げる。


「おい。何も無い─────ガッ!!」

「悪いな。時間だ」


 何も無いじゃないか。そう言い放つよいも先に、勇者の首筋に衝撃が走る。


 戦士に羽交い締めにされ、首筋に突き立てられていたのは注射器。


 そう。魔王の血が入った注射器であった。


「全く。何度お前を殺してやろうかと思ったことか。馬鹿だし、問題しか起こさねぇし。それでいながら半端な正義感を持つ。私の一番嫌いな人間だった。だが、許可が降りてな。お前はもう用済みらしい」

「な、何を........」

「訳が分からないか?冥土の土産に教えてやろう。私は反逆者の幹部で、本来お前らは前線に出たあと魔人に変える予定だったんだ。腐っても勇者で、力だけはあったからな。だが、その必要がなくなったらしい。というか、問題が起きたとでも言うべきか」


 チラリと勇者はほかの仲間たちにも目を向ける。すると、聖女は既に苦しみもがき、ぶりっ子は気絶していた。


「安心しろ。すぐに仲間も同じ場所に送ってやる。あぁ、あのクソうぜぇ女は少しばかり借りるぞ?ウザすぎて目ん玉くり抜いて食わせてやらなきゃ気が収まらんからな。ったく、勇者の前だけではいい子ちゃんを演じて、裏では私を殴ってくれるとは。本当にうぜぇやつだ」

「く........そ、が ........」


 こうして、エバランス帝国の勇者は魔の手に落ちた。


 世界を救い人々を守るはずだった勇者が、人を殺戮する兵器に変えられた瞬間である。

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