魔人vsセリーヌ
早朝、日が登り始めた頃に現れた魔人の群れが、アケニア王国の王都アニアを襲おうとしていた。
城壁を飛び降りるアリイを見送ったセリーヌは、首から下げたペンダントを引きちぎり能力である鎌を顕現させると周囲で慌てふためく兵士たちに声をかける。
彼らはセリーヌとアリイがシエール皇国から来た聖女と勇者であることを知っている。
この最近何かと話題となっていた人物と会いたいとは思っていたものの、こんな出会い方はないだろうと思っていた。
「貴方達は下がっていてください。余波に巻き込まれて城壁から転げ落ちても、さすがに助けられませんからね」
「せ、聖女様は........」
「私はあの魔人共を始末してきます。ご安心を取り逃がすことは無いので」
セリーヌはそう言うと、城壁から飛び降りる。
兵士の1人がセリーヌを止めようとしたが、彼の手が届くことは無かった。
「相手が魔物であれば、鼻歌のひとつでも歌うのですがね。望まずして魔の手に落ちてしまった未来の英雄達を相手に、私もそこまで非道なことは致しません。できる限り苦しませず、できる限り楽に死ねるよう努力いたしましょう。そして、安らかな眠りを祈ります」
以前にも魔人と出会ったことがあるが、彼らは自ら望んで魔の手に落ちた。
しかし、今回は違う。彼らは自分たちの意志とは関係なく、何者かによって魔の手に落とされたのだ。
きっと心は人間であったに違いない。セリーヌは、そんな哀れな子羊の為に祈りを捧げる。
出来れば、聖なる光によって魂を天へと導いてあげたかったが、セリーヌの攻撃魔法はあまりにも強力過ぎて使った瞬間街の城壁まで吹っ飛ばす。
そのため、鎌の介錯になってしまう事を謝った。
「申し訳ありません。聖なる光に導かれることはありませんが、せめてもの祈りを」
セリーヌはそうつぶやくと、一気に駆け出す。
セリーヌの後を追って砂埃が巻き上がるほど素早く駆け出したセリーヌは、あっという間に魔人達と接敵すると、全力で鎌を振るった。
「シィ!!」
横に一閃。本気で振るわれた鎌は全てを切り裂き、鎌の刃に触れずとも空間を切り裂く。
光速にも近い斬撃は本来鎌が届かないであろう位置にまで斬撃を発生させ、一瞬の間に全ての魔人たちが横にズレて切り飛ばされた。
相手が普通の人間ならば、この時点で決着が着いただろう。
しかし、相手は魔人であり、生命力の化け物。
切られたことにより血を吹き出すものの、まだまだ動けるだけの元気がある。
「細切れにして差し上げます。痛みの無いよう、丁寧に」
セリーヌは続けざまに複数の斬撃を放つ。
ドガガガガガ!!と到底鎌を振るったとは思えない馬鹿げた音と衝撃が周囲を破壊し尽くし、セリーヌより前にあったはずの街道や脇に生えていた草花は全て塵となってどこかへと消えた。
「........な、なんだあれは」
「あれが、シエール皇国の聖女........」
到底人間技だとは思えないほどに馬鹿げた力を有した聖女の後ろ姿に、兵士たちは唖然とするしかない。
自分よりもはるか小さな子供が出す威力では無いのはもちろんのこと、僅か数秒でこの全てを片付けてしまうとは誰だって思わないだろう。
歓喜の声を上げる前に、自分は夢の中にいるのではないかと疑う方が自然だ。
「........出来れば、遺品のひとつでも残してあげたかったのですが........申し訳ありません。私に客人がおりまして。出てきなさい。そこにいるはわかっていますよ」
「ケッ、バレてたか。それにしても、報告に聞いていた強さと違いすぎやしねぇか?強すぎて勝てる気がしねぇんだが」
城壁を降りてから感じ始めた視線。セリーヌはその視線の主が今回の騒動の首謀者だと言うことを理解し、近くの茂みで潜伏していた者達を呼び出す。
禿げた筋骨隆々の大男やそのほかの構成員たちが、続々と姿を現した。
(数が少ない。やはり、こちらが陽動だと見て問題なさそうですね。私が対処することまで想定していのでしょう。さすがに、この速度で処理されるのは想定外だと思いたいですが)
「
「バレてんだから出なけりゃ殺されるだろうが」
「出たとしても殺しますがね。あ、いえ。即座に殺しはしませんよ。情報を全て話してもらいますから」
「そいつは困る。俺にも仕事ってもんがあってな。悪いが、ここで足止めはさせてもらうぞ」
コキっと首を鳴らしながら、セリーヌに向かって歩いていく禿げ。
セリーヌは今の一撃を見ても尚、自分に怯まずに向かってくる大男に警戒を強めた。
相手は確かに強い。が、セリーヌやアリイ程では無い。
自分よりも強い敵と相対したことがない無知から来る自身なのか、それともなにか奥の手を隠しているのか。
セリーヌからすれば、下手に先手を取って攻撃すればいいのかどうかすらも分からない状況である。
一撃を強引に耐えてカウンターのような戦い方をされると、かなり厄介なのだ。
「どうした?あれだけの力を持ってりゃ、俺なんざ簡単に殺せるだろ」
「安い挑発には乗りませんよ。なにか手を隠しているのでしょう?」
「ケッ、つまんねぇ聖女様だ。そこは“ならば死ね!!”と言って殺しにくるところなんじゃないか?」
男はそう言うと、ローブの下からふたつのガントレットを取り出す。
それを見た瞬間、セリーヌが動き出した。
頭で考えての行動ではない。本能的にセリーヌは動いたのだ。
「ハッ!!やっぱり聖女様とは言えど、こいつの恐ろしさは分かっている........え?」
「........」
ガントレットに恐れを成して先手を取ってきたと勘違いした大男は、セリーヌが自分に向けて鎌を振りおろそうとしていないことに気がつき混乱する。
そして、数秒後、セリーヌの狙いに気がついて叫んだ。
「お前ら!!逃げろ!!」
しかし、そう叫んだ時には、既に全てが終わっていた。
虚空を何度か切り裂いた後、遅れたように部下達の体から鮮血が飛び散る。
噴水のように飛び散った血がセリーヌの頬に何滴かこびりつき、臓物の匂いが広がった。
相手に悲鳴すら出させなかったセリーヌは、ゆっくりと振り返ると殺戮者の目で大男を見る。
「そのガントレット、意志を持っていますね。おそらくですが、周囲の生命を殺すことで狂人的な力を得る魔剣にも似た性能を持っていると思われます。先にこちらを潰しておけば、後々強化されることもありません」
「ハッ、知っていたのか?こいつを」
「いえ。知りませんが、何となくそう感じました。殺人鬼........いや、どちらかと言えば幾千の戦場を駆け巡った戦士の怨念のようなものを感じますね」
「化け物が。そんなことまで分かるのかよ」
呪われた武器“血食らうガントレット”。
かつてとある格闘家が愛用していたこのガントレットは、長年敵を殺し続け世界最強を夢みた者と共に人生を歩んだ。
しかし、ある日彼の力を恐れた仲間によって裏切りに会い殺害される。
そして、殺された魂は愛用していたガントレットに定着し、血を喰らうことで使用者を強化させる呪われた武器へと進化した。
この固定された魂は、既に武器として定着しているためセリーヌですら解除することは出来ない。
そんな武器が、このガントレットなのである。
そして、セリーヌはそれを一目見て見抜いた。後々強化されないように、先に手下を殺すという判断までして。
「これで残すはあなた一人。早めに終わらせますよ」
「クソが。こいつマジでおかしいだろ。聖女って言うか、最早お前が魔王だよ」
禿げた反逆者の幹部“ガルード”はそう呟くと、自分の定められた運命を少しばかり憎むのであった。
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