当然の警鐘


 その日も、特に何も変わりない平和な朝を迎えるはずだった。


 今日も冒険者ギルドで自分達の評価を少しばかり上げ、そして少し下げる。そんな細かな政治をしようとしていた朝は訪れることは無い。


 カンカンカン!!と鳴り響く警鐘の音がアニアの首都に鳴り響き、久方ぶりの警鐘によってアリイとセリーヌは目を覚ます。


 随分とうるさい朝だ。そう言いたげなセリーヌの顔は、若干不機嫌であった。


「不愉快な音ですね」

「フハハ。いつもよりも早く起こされてしまったな。眠いか?」

「眠いですが、それでも無理やり起きなければなりません。大丈夫です。顔を洗えば目は覚めます」


 そう言いながらセリーヌはフラフラと立ち上がって、顔を洗いに行く。


 そんな寝ぼけたセリーヌの背中を見ながら、アリイもベッドから起き上がった。


(何があったのだ?)


 1年ほど前に警鐘の音を聞いた時は、街に大量の魔物が溢れていた時。しかし、今回はそのような噂も話も聞いていない。


 となれば、完全に予想もできない不測の事態が起きたと考えるのが自然だ。


 アリイは起こりえそうなことを考えてみるが、何も思い浮かばなかい。


(魔物の襲撃が1番可能性が高そうだが、そういう時は必ず何らかの兆候が見られる。まさか、魔王軍が急に出没したとかか?)


 アリイはそんなことを考えるが、結局のところその場に行って見て見ないことには何が起きているのか分からないと判断した。


 どうせ急に訪れたこの面倒事を避けるのは無理なのだ。あとから知っても遅くはない。


「おはようございます。アリイ様」

「おはようセリーヌ。目は覚めたか?」

「えぇ。十分です。が、私の安眠の邪魔をしてくれたのはいただけませんね。女の子にとって、睡眠不足は魔物以上の大敵ですよ?」

「フハハ。セリーヌならば多少の寝不足程度どうとでもなりそうだがな?そもそも、人間かどうかも怪しいぞ?」

「失礼ですね。私は全人類を代表する人間と言われてもおかしくないというのに」

「普通の人間は我の友相手に腕を差し出して甘噛みなどさせぬわ」


 とんでもないことを言い放つセリーヌに呆れながらも、アリイとセリーヌは宿を出る。


 片手間に簡単な朝食としてパンを無理やり詰め込むと、そのまま鐘が鳴らされた方角へと向かった。


 アニアの都市は大きい。どの方向から敵が来ているのかなどを知らせるために、鐘は4箇所に置かれている。


 今回鳴り響いたのは北側の警鐘。昨日、第1王子と第3王子が見送られた側の城壁だ。


「随分と市民も慌てていますね。朝早くの事ですのでまだそこまでの騒ぎにはなっていませんが、これから更に混乱が大きくなりますよ」

「それを治めるのは我らの仕事ではない。まずは、何が起きているのかの把握とその対処が先決だな」

「何が起きたのでしょうか?」

「それはわからん。魔物が来たというのが1番有り得そうな話ではあるが、それ以上の何かがこちらに向かってきている気もする。もしかすると、我らが見たくも無い光景が広がっているかもしれんぞ?」

「縁起でもないことを言わないでください」


 街はまだ眠っていた。多くの人々が寝ている中で鳴り響いたため、まだそこまで大きな混乱にはなっていない。


 しかし、もう少し時間が経てば大きな混乱をもたらすだろう。それほどまでに、警鐘が鳴り響くのは珍しいのだ。


「あちら側は第一王子達が潜った門です。もし相手が魔物だったとしても、彼らが遭遇していないはずがないのですが........全滅してしまったのでしょうか?」

「それは分からんな。意外とすれ違いというのは起きるものだ。もしかしたら、綺麗にすれ違って我らのところに来たという可能性も有り得る」

「運がいいのやら悪いのやらですね」

「まぁ、相手が魔物ならばの話だがな」


 セリーヌと話す途中、アリイは1つの可能性にたどり着いた。


 しかし、それは無い。そうであって欲しくは無いと、心の中で祈っている。


 昨日の今日で、そんな姿は見たくない。例え相手が興味のない人間だったとしても、帰ってくる可能性が低かったとしてもわずか一日で変わり果てた姿を見る気にはなれなかった。


 が、こういう時に限って想像は現実のものとなる。


 アリイ達が門の前にたどり着き、許可を得て城壁を登った先に見えた景色は最悪なものであった。


「........これは!!」

「チッ、こういう時ばかりは、自分の勘の良さを恨めしく思うな」


 遠くからこちらにやってくるその多くの影。それらは魔物ではなく、明らかに人の形をしていた。


 だが、人間とは少し違う。そして、その少しの違いを二人は知っている。


 ロストンの街を騒がせた反逆者リベリオン。その切り札として使われた、魔王の血を飲み込んだ人間崩れの化け物。


 それ即ち─────


「魔人........」

「面倒な相手が来たな。しかも、あちら側から来たとなれば、その媒体も容易に想像が着く。おそらく、あれは第一王子達の軍勢が魔人に変えられた姿なのだろう。遠すぎて少し分かりづらいが、あの服装は昨日見た」

「やはり、反逆者リベリオン共が潜んでいましたか。予想はできていたのですが、私たちにではなくあちらに手を出すとは思いませんでしたが」

「全くだ。それと、これで王宮内部にも協力者がいる可能性がグッと高くなったな。あの数の兵士達全てに血を取り込ませるのは、相当な戦力が必要。しかし、内部から崩すのであれば、多少は楽になるはずだ」


 人の形をしながらも、人では無い新たな種族“魔人”。


 昨日、魔王を討伐せんとこの街を旅立ったはずの未来の英雄たちは、僅か一日で人から化け物へと変貌し、祖国へ攻撃をしようと目論んでいる。


 そして、魔人が出たということは、反逆者リベリオンが居ることも明らか。


 この街に安全などあるはずもなく、今からさらに面倒事が起きるのは決定事項とも言える。


 この国を潰すのであれば、外と中から同時に攻めた方が確実だからだ。


「どういたしますか?」

「ふむ。セリーヌ、街を壊さずに暴れられるか?」

「無理です。絶対にあの城をぶち壊す自信がありますよ」


 自信満々に即答するセリーヌに若干呆れながらも、アリイは“でしょうね”と心の中で同意する。


 街を壊さずに暴れられるのであれば、祖国で“血塗れた十字架ブラッディ・クロス”やら“破壊者バーサーカー”などと呼ばれるはずもない。


 アリイはセリーヌの頭を優しく撫でると、簡単な作戦を伝えた。


「外はセリーヌが好きにやるといい。中は我が守るとしよう。だが、間違ってもこちら側に向かって馬鹿げた攻撃をするなよ?態々街を壊さぬように外に行かせるのに、外から壊されたらたまったものでは無いからな」

「分かってますよ。全く。アリイ様は私のことをなんだと思っているのですか。私にだってそのぐらいの常識はありますよ。要は、あの軍勢をぶっ飛ばせばいいんですから」


(本当にわかってるのか?心配になってきたぞ........)


 頭の悪い回答に若干の不安を覚えるアリイ。しかし、セリーヌはやれば出来る子だと信じ、アリイは城壁の中を見つめる。


 この街の中にも多くの反逆者リベリオンが隠れていると同時に、動き出していることだろう。


 下手をせずとも、この国が亡びる可能性すらある。


 何よりまずいのは、この国を落とされると前線で戦っている者たちの戦線が増えてしまう。


 人は正面の敵以外には反応できないものだ。個人での問題ならともかく、戦略単位となれば苦しい戦いを強いられてしまうことになるだろう。


「では行くぞセリーヌ。そちらは任せた」

「任されました。アリイ様もご武運を」

「フハハハハ!!我がこの程度の者達に負けるわけもなかろう。案ずるな。全て綺麗に片付けてやる」


 こうして、反逆者リベリオンとの急な戦闘が始まるのであった。

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