踏み潰された国旗


 この国でのツテを作るために色々な仕事をこなしていたセリーヌとアリイはこの日、仕事を休んでとあるイベントを見に来ていた。


 アケニア王国の第一王子と第三王子が、魔王討伐のために街を出ていくこととなったのだ。


 数多くの騎士を引き連れて、城から出てくる第一王子と第三王子の姿を見るためにアリイとセリーヌは今日の仕事を休みにしたのである。


「結局、第一王子達についての噂はよく分からんかったな。単純に口減らしの為に前線に送るのか?」

「可能性はありそうですね。もしくは、国民へのアピールか。今この国は王位継承争いで加熱していますし、加熱しすぎた熱が天まで登ってしまったのかもしれません。市民にも被害が出ていたということらしいですからね」

「それで王の怒りを買ったとか、そういう事も有り得そうだ。どちらにせよ、あの二人が無事に帰ってこられる可能性は低いだろうな」


 アリイはそう言いながら、馬に乗って市民に手を振る王子たちを眺める。


 年齢は大体20代前半ぐらいだろうか。第1王子は剣士としての才能があったのか、かなり鍛え上げられた肉体をしている。


 対する第3王子はセリーヌよりも少し年齢が上の程度であり、魔導師としての才能があったのかそれらしい魔導師のような格好をしていた。


 ここまで対象的な2人だからこそ、争い事が起こるのだろう。


 単純に王位が欲しいのではなく、コイツにだけは負けたくないという意思がひしひしと感じられる。


 時代が違えば、良きライバルとしてお互いを高め会えた仲になったのだろうが、王位継承争いや魔王軍との戦争によってその機会は失われた。


 恐らくだが、この2人が国に帰ってくることはまず無いだろう。確かに鍛えられているが、それでも弱い。


 明らかに死線を潜り抜けてきたことの無い温室育ちの顔は、本当の戦場というものを知らないのだ。


 何一つ不自由なく育った環境から、急に戦地に飛ばされても待っているのは死あるのみ。


 セリーヌのようにスラム街で磨かれた殺しの技術と胆力も、根性もなさそうである。


「生きて帰ってこられると思いますか?」

「いや。死ぬだろうな。運が良ければ生きて帰ってくるだろうが、順当に行けば死ぬだろう。セリーヌも見てわかっただろう?あの顔は、戦場を知らぬものの顔だ。精々盗賊を倒していい気になっている子供と同じだな」

「私も本当の戦場は知りませんがね。死にかけたことは何度がありますが........」

「フハハ。セリーヌならばあっという間に順応できるだろうよ。セリーヌが戦う時の顔は、何度も戦場にたった事のある熟練の戦士だ。その歳でそんな顔ができるものなど少ない。こればかりは、誇っても良いと思うぞ?」

「そんな自慢したくないですよ。普通に生きたかっただけですから」


 口ではそう言いつつも、アリイに褒められて嬉しかったのかゴニョゴニョとむず痒そうに口を動かすセリーヌ。


 アリイは素直じゃないなと思うと、セリーヌの頭を優しく撫でてやった。


 アリイから見れば、セリーヌは褒められたことがほとんとない子供。甘え方が分からないのであれば、大人が甘やかしてやるのも一つの手だ。


「ん........それにしても、残念でしたね。てっきり反逆者リベリオンが絡んでいると思いましたのに」

「フハハ。さすがに王宮の中にまで手を伸ばせば、手を噛まれるのは自分達だと弁えているのかもしれんな。それか、上手く隠れすぎていて誰も見つけられないのか。我らもロストンの街以降その影を見ていないとなると、随分と隠れんぼが上手らしい」

「表向きはただの人ですからね。いっその事全員魔人化してくれれば、殺す手間も省けるのですが........」

「それは我も思うが、向こうも慎重だということだな。全くもって厄介な相手よ。コソコソと隠れて暗躍される方が面倒だ」


 こうして、アリイとセリーヌは第一王子と第三王子の出立を見届けた。


 豪華なパレードのような祭りは意外と楽しく、特にセリーヌの目が子供らしく輝いていたことをアリイは微笑ましく思うのであった。




【エルフ】

 精霊の子供と言われる種族。綺麗な容姿と長い耳が特徴的な種族であり、魔法が得意とされている。数が少なく、またその見た目から人間に狩られて奴隷とされていた時期あったが、今はちゃんと自分たちの国を持っている上に多くの国ではエルフを奴隷とすることは禁じられている。

 肉弾戦はあまり強くなく、基本魔法戦を好む。しかし、中には例外もいるので注意した方がいい。寿命は約500年程。




 アケニア王国の第一王子ルプトン・アケニアは、弟である第3王子ガルク・アケニアに負けたくなかった。


 アケニア王国には第一夫人から第三夫人までいるのだが、その中で彼は第一夫人の子供である。


 そして、弟であるガルクも同じ母を持っているのだ。


 最初に弟が生まれた時は嬉しかった。当時はまだ5歳程度であり、弟ことを大切にしようと思っていた。


 しかし、母が弟に構いっきりになり始めるにつれてルプトンは放置されるようになる。


 5歳の子供はまだ親に甘える時期。それなのに、母は常に弟の面倒ばかりを見ているのだから、多少なりとも嫉妬はしてしまうだろう。


 こうして生まれた小さな歪みは、歳を重ねるごとに徐々に大きくなっていき、やがて兄弟仲は険悪なものになっていく。


 気がつけば、取り返しがつかないほどにお互いの事を嫌っていた。


「王子、野営の準備が整いました」

「ご苦労........はぁ。なぜバラバラに出立させてくれなかったのやら。私と弟の仲が悪いことは知っているだろうに」

「陛下は、この魔王軍との戦争で、仲直りさせたいのではないでしょうか?」

「なんだと?」

「私も昔、仲の悪い奴がいたのですが、同じ任務に当たる際に互いに背中を預けて信頼を得て、信頼を与えました。今では良き友となり、昔の喧嘩は笑い話となっております。陛下も、そのようなことを狙ったのかもしれませんよ」

「父上が?第二夫人に現を抜かし、義弟を王にしようとしているように見えるがな」

「流石にそれはないかと思われますよ。なんやかんや陛下は我が子に優劣をつけたりはしませんから」


 どうだかな。ルプトンはそう思いながらも、弟との仲直りの機会があるのかもしれないと考える。


 が、その機会は多分訪れないだろう。生まれて物心が着いた時にはガルクは嫌われていたし、正直大人になった今でもルプトンはガルクのことが好きでは無い。


 自分とは違う道に進んで成績を残したことも、母の愛を一身に受けることも全てが気に食わないのだ。


 もちろん、表でそれを出すほど幼稚では無くなったが、弟もきっと同じ気持ちではあるはずだ。


「そんな日が来るとは到底思えんな」

「やってみなければ分かりませんよ王子。それに、この作戦が成功すれば、第二王子は厳しい立ち位置となります。自分の身の安全を確保し、怖気付いた王子と勇敢にも魔王軍に挑み生還した英雄。どちらの方が王の座に相応しいかは明らかですから」

「お前、間違っても第二王子派閥の前でそんなことを言うなよ?首が飛ぶそ」

「ハッハッハ!!私もわきまえておりますよ!!まぁ、普通に第二王子と夫人は嫌いですがね!!」


 王子の前でガッツリ王族批判をする指揮官。その図太い性格があるからこそ、こうしてルプトンと共に仲良くできるのだろう。


「そうだな。少しは........少しは私も大人になるべきなのかもしれんな。少なくとも第二王子にその席を譲るつもりは─────」

「────て、てきしゅ........あがっ!!」


 その後、彼らの姿を見たものは誰もいない。その地に残されたのは踏み潰されたアケニア王国の国旗と野営の跡だけであった。





 後書き。

 爆速リタイア王子爆誕。ちょっと可哀想。

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