潮時


 得体の知れない視線に晒されつつも、仕事を終えてまたしても評価を上げたセリーヌとアリイ。


 冒険者としてだけではなく、ちゃんと勇者と聖女としての価値も証明していた2人は視線の主に関する情報を集めていた。


反逆者リベリオン........知っています。既に国が総力を上げて捜索している組織ですね」

「フハハ。流石に知っていたか。では、魔人のことは?」

「魔人?いえ、そこまでは知りません」

「魔王の血を自らの体に打ち込み、脅威的な身体能力を得た人間崩れのことを私たちはそう呼んでいるのです。何かそう言った情報はありますかね?」

「少なくとも、私が知る限りは無いかと。国が隠蔽しているとかならば、話は別ですがね」


 視線の主として思い当たるのは二つ。魔王軍か反逆者のどちらかだ。


 魔王軍はともかく、同じ人間であり街の出入りが楽な反逆者についての情報を優先して集めるべきだと判断したアリイ達はギルドマスターにその日あったことを話す。


 どうやらこの国でも反逆者の情報は出回っているらしく、多くの人々が彼らを捜索している。


 しかし、この口ぶりからして今のところ大きな成果は出ていないように思えた。


「しかし、お2人ですら出処が分からない視線とは、相当な手練ですね」

「我らに場所を悟らせぬ技術を持つものだ。実力は言うまでもないだろうな」

「これからはある程度警戒しなければならないですね」

「そうだな。我らを殺しにくるのは間違いない。魔王軍にとって最も驚異となりえるのは、シエール皇国の勇者と聖女だということは向こうも理解しているだろう。かつて何度も滅ぼされてきたわけなのだからな」

「私が魔王ならば、真っ先に潰しに行くでしょうからね」

「我もそうするだろうな。できるかどうかは別として」


 この世界はゲームではない。


 レベル1の勇者をご丁寧に待ちつつ、レベルが上がったら世界の半分をくれてやろうなどと言う甘い世界では無いのだ。


 今回の勇者は最初からカンストした化け物が来てしまっているが。


 セリーヌはもしアリイを召喚してなかったら、最初の聖都の時点で旅は終わっていたのだろうかと考える。


(そう考えると、アリイ様で良かったのかもしれませんね。大抵アリイ様だけでことが片付きますし、1人でも滅茶苦茶強いですし)


 物語の英雄譚ならば、多くの困難を乗り越え仲間たちの絆と共に魔王を討ち滅ぼすが、この旅路はそんなことなど一切ない。


 適当に観光しながら、適当に相手をぶっ飛ばすだけ。命懸けの戦いなど1度だってないのである。


「ともかく、そちらも情報を集めてくれるとありがたい。我らの目すらも騙す何者かが近くに存在すると考えた方が良いのでな」

「畏まりました。冒険者達からも情報提供を募っておきます。それにしても、シエール皇国の勇者様はこれ程までに素晴らしいお方だと言うのに、エバランス帝国の勇者はダメですね。こんな情報を持ってくることも無ければ、また問題を起こしてましたよ」

「また問題を?」

「えぇ、買取価格が低いだのなんだとグダグダ言ってましたよ。本当に勘弁願いたいです。お前の解体が下手すぎるから値段が下がっていると、何度言っても聞きやしないんですから。あのパーティーの中で唯一まともだったのは、あの褐色肌の獣人さんだけですね。彼女がいなければ、今ごろ追い出してましたよ」


 そう言って大きくため息を着くギルドマスター。


 その疲れきった顔には、流石のアリイとセリーヌも少しばかり同情してしまう。


 問題児がいると上が困るものだ。今回も対応したのはギルドマスターなのだろう。


「確かにあの獣人の戦士さんは良識がありそうでしたね。何故か付き従っているのでしょうか?」

「さぁ?私にも分かりませんよ。本当にいい迷惑ですよね。早く死ねばいいのに」

「フハハ。ここまで嫌われる勇者というのも中々居らんだろうな。恐らく、国でいちばん強い者を適当に選んだだけなのだろうし」

「小国ならばありそうですね。多少弱くとも、品行方正な方を選ぶべきですよ」


 それ、セリーヌが言うか?


 聖女という肩書きを持ちながら、聖女とは到底思えない行動ばかりをしてきたセリーヌ。


 そんなセリーヌの口から、品行方正な方を選ぶべきだなんて言われればなんの冗談かと思ってしまう。


 アリイは心の中でそう思ってしまったが、表向きは綺麗な聖女を演じられているので、突っ込むのは辞めておくのであった。




【獣人】

 獣耳や尻尾が生えた種族。魔法が苦手な代わりに身体能力が高く、戦士押しての才能が高い。寿命は80年ほどで人と変わらず、人間に1番近い種族とも言われている。

 獣人の中にもさらに細かく種類が分けられており、中には神獣の末裔とされる獣人までいるのだとか........




 エバランス帝国の勇者ロードは、いらだちを隠せないでいた。


 今まで大体のことは自分の思うとおりに進んできてくれた。仕事はしなければならなかったが、それでも不自由ない旅が送れていたし、揉め事もその力で全て解決したと言えるだろう。


 しかし、この国に正確にはこの街に来てからというもの、何もかもが上手くいかない。


 今回も自分達の力を見せつけるために若干イチャモン気味に喧嘩をふっかけ、決闘で勝つまでは良かった。


 しかし、その後乱入してきたのは本物の勇者と聖女。学があまりないロードですら知っている、シエール皇国の勇者達にボコられ気がつけば自分達は腫れ物扱いされ陰口の対象となっていたのだ。


「クソッ!!あのシエール皇国の勇者と聖女め!!ぶっ殺してやりたいぜ!!」

「勇者様ぁーものに当たらないでぇ〜」


 ガン!!と高級宿のテーブルを殴りつけるロード。彼の苛立ちはそれだけでは治まらず、もう一度テーブルを殴りつけた。


 比べる対象ができてしまい、更には相手の方が立ち回りが断然上手い。


 シエール皇国の勇者であることを証明された今となっては、何をやってもロード達に勝ち目はなかった。


「その辺にしておけよ。今度は宿から追い出されたいのか」

「なんだとバーバラ」

「お前はいつも力任せにやりすぎなんだよ。これを機会に反省したらどうだ?」

「途中で仲間になった分際でよく口が聞けるな」

「忠告のつもりなんだがな。私が居なきゃ、今頃お前はもっと苦しい道を歩んでいたと思うが?あまり目立ちすぎるなよ」

「それ以上口を開いたら、二度と話せないようにしてやるぞ」

「そういう所がダメなんだよ。おい、聖女様お前からもなんか言えよ」

「あれは悪しき存在。神の名において必ず天罰を下さなければ........!!イージス様の仰せのままに、神の威光を知らしめるのです」


 こりゃだめだな。バーバラ飛ばれた獣人の戦士は肩を竦めると、この地獄のような空気から逃げるように部屋を出る。


 幾ら勇者とは言えど、これほどまでに酷い性格の勇者がいるとは思わなかった。


 もう年単位で一緒にいるが、流石に我慢の限界が来ている。


 横暴な態度に仲間すらもいたわらない心。神の狂信者であり、一度相手を悪と決めつければ自らの正義をふりかざすイカれた狂人。


 自分の出世のためなら体すら許し、全力で相手に媚びるブス。


 流石にこれほどまでに酷い勇者パーティーも早々ない。バーバラも目的がなければ、サッサと見切りをつけていただろう。


「そろそろ潮時かな。目的地まではまだ少しあるけど、丁度いいだろ。合流はできる。えーと、場所はどこだったかな」


 彼女はそう言うと、静かに動き始める。


 光の中の影に潜んだ牙が、主人の元へと帰る日は近い。

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