視線
アケニア王国の王都アニアにやってきてから数日後。セリーヌとアリイは自分達の評価を上げるために適当な仕事を受けていた。
魔王軍が近づいてきているためか、最近周囲の魔物が活発になり始め被害が大きくなりつつあるらしい。
そんな時に現れたシエール皇国の勇者と聖女は、とても心強いのだろう。
滞っていた仕事から片付けてくれているということもあって、ギルドからは感謝されわずか数日で2人の評価はうなぎ登りであった。
これには、エバランス帝国の勇者パーティーの存在もある。
彼らも旅の資金を集めるために色々と仕事を受けているのだが、彼らは優先的に割のいい仕事を無理やり持っていこうとするのだ。
アリイとセリーヌは金ではなく、本当に困っている仕事をしてくれるのに対してエバランス帝国の勇者は金金金となれば、誰だってどちらの方が勇者の名にふさわしいのか分かってしまう。
比べるものがある時は、その比べるものよりも賢く。
それを理解しているアリイとセリーヌは狙い通りの政治を行っていたのだ。
「フハハ。面白いほどに我らの評価が上がるな。やはり、比べる対象が居てくれると楽になるものだ」
「ちょっと困っている人を助けるだけで、とても神秘的なことをしているように見えますからね。悪人が気まぐれに子猫を助けるといい人に見える原理と同じです。彼らはいい道具ですよ」
「その頭の悪さは見習いたくないが、あの面の皮の厚さだけは見習いたいな。あれほど恥をかいておきながら、堂々とギルドに顔を出せるその精神力だけは褒められるぞ」
「あはは!!それはそうですね!!」
時刻は朝方。今日も早くから街の外に出て魔物を狩る。
今日の仕事は、カラミティホーンと呼ばれる鹿の姿をした魔物の討伐だ。どうやら自らの危機を感じとって近くの森に逃げ込んだらしく、街道にもよく出現するようになってしまったため討伐して欲しいと言う依頼である。
報酬はそこそこ。普段なら受けないような依頼ではあるが、ギルドマスターからの頼みなので断ることは出来なかった。
「しかし、評判を上げすぎるのも不味いのでな。程々にせねばならん。多少なりとも欠点を見せなければ、完全無欠の英雄と称され色々とやりづらくなる」
「そこら辺の塩梅が難しいですよね。だからアリイ様は態々酔ったフリをして変な踊りとかしてますし」
「ん?あの踊りは1部の魔族の部族に伝わる由緒正しき祭りの踊りだぞ?」
「え、あんなクネクネして変な踊りがですか?魔族は怖いですね........」
評判をあげることは悪いことではない。しかし、評判を上げすぎるのもまた良くないことを知っている2人は仕事をこなしつつも普段の生活で微妙に評判を下げるような事をやっていた。
空気が読めず毒舌なキャラを演じたり、酔って変な踊りを踊ったり。
笑って許されるが、評価は下がる。そんないい具合の評判の下げ方を実行しているのだ。
上がりすぎた評価は逆に自分の首を絞める。聖母のように崇められる人が道端に唾を吐くのと、そこら辺のおっさんが道端に唾を吐くことでは、見ている人の感じ方は違う。
いい具合に失態を演じ、大きなミスをしたとしても“まぁ、この人ならしょうがないよな”とも思われるように立ち回るのがアリイやセリーヌの政治であった。
「プビィィィィン!!」
そんなことを話しながら森の中を歩いていると、森の奥から大きな声が聞こえてくる。
ふと視線を移せば、そこには大きな角を持った鹿の魔物カラミティホーンの姿が。
アリイとセリーヌはお互いに顔を見合わせると、小さく頷く。
「アレだな。初めて見る魔物だったから判別がつくかどうか怪しかったが、ここまで分かりやすいとはありがたい」
「どちらがやりますか?」
「我がやろう。セリーヌの鎌は、この森の中で振り回すのに適しておらぬだろう?」
アリイはそう言うと、ピンとデコピンをする。
次の瞬間、パァン!!とカラミティホーンの頭は弾け飛び角を残してこの世界から消え去った。
「........相変わらず滅茶苦茶ですね。デコピン一つで殺される側の気持ちにはなりたくないですよ」
「フハハ。セリーヌならば我が本気で弾いてもピンピンしておるだろうに」
「失礼ですね。私はか弱い女の子ですよ?あっという間に死んでしまいます」
「どの口が言っているのやら。我の友に腕を噛まれながら笑っているやつは、まず死なぬよ」
そう言いつつ、ナイフを取りだして解体を始めるアリイ。
さすがに1年も冒険者をしていると初めての魔物の解体でも手間取ることは少ないようでサラサラと皮と肉を分けて解体を済ませた。
「このお肉、美味しんですかね?」
「昼食にしてみるか?一応、調味料はあるが........」
「ではそうしましょう。ちょっと楽しみです」
食べたことの無い肉を食べれるとウキウキなセリーヌ。アリイはそんな子供らしいセリーヌの姿を見つつ、解体した素材を全て亜空間に仕舞う。
そして、さらに狩りを続けようとしたその時、2人の動きは止まった。
「セリーヌ」
「えぇ。何者かが私達を見ていますね。しかし、場所が分かりません........相当な手練です」
突如現れた視線。
見られていることを察したアリイとセリーヌは、動きを止めて背中合わせに立つ。
明らかにこちらを意識している視線だ。しかし、場所が分からない。
セリーヌやアリイですら場所を把握できない程の隠密能力を持ちながら、視線だけを隠せないなんてことはありえない。
つまり、この視線はあえて出しているのだ。
“見てるけど、捕まえられるかな?”そう挑発しているようにも取れる。
「人ではない可能性も有り得ますが........どうなんでしょうね」
「一旦煙幕の中で隠れてみるとしよう。それで視線が切れるのか、切れないのかそれだけである程度のことは絞れるはずだからな」
アリイはそういうと、魔術で煙幕を展開。
視界を遮った隙に素早く移動していくと、視線は完全に消え去って行った。
「ふむ。視線が消えたか。あえて気配は消さずに動いたから、これ程のものならば我らの動きを見られるはず。となると、固定した監視に映ったかもしくは気配を感じられないほどに遠い場所で見ていた可能性が高いな」
「何者なのでしょうか?」
「考えられるのは2つだろう。魔王軍の偵察か、反逆者。そのどちらかに違いない。と言うか、それ以外に考えられぬ。我らは既に姿を現している。その隙を狙うものも多く現れるだろう」
「面倒ですね。サッサと出てきてくれれば楽なのですが」
「フハハ。我とそう思う。次は頑張って突き止めてみるとするか。なぁに、下準備さてしておけば、しっかりと対策はできるのでな」
「私も対策しておきましょう。淑女の秘密を覗き見るとは、いい度胸してますね」
(淑........女........?)
人の弱みを握って飯を奢らせたり、教会を破壊するような輩を人は淑女と呼ぶのだろうか?
アリイは訝しんだ。
「アリイ様?なにか失礼な事を考えませんでしたか?」
「いや、なんでもない。きっとそれは気のせいだ」
「そうですよね。気のせいですよね」
有無を言わさぬ圧のある笑顔を向けられたアリイは、即座に首を横に振る。
アリイは“こういうところも似ているな”と思いつつも、どこか違うセリーヌを懐かしく思う。
アリイの唯一の魔族の友人。既に亡くなってしまった彼女は、空の上から今を見守ってくれているのだろうか?
その後、狩りは順調に進み無事に依頼を達成。
シエール皇国の勇者は素晴らしく、エバランス帝国の勇者はゴミだと言う風潮が流れ始めアリイ達の思惑通りに政治は進みつつあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます