ほ、本物だ‼︎
エバランス帝国の勇者パーティーと一悶着あった翌日。
アリイとセリーヌは結局余りできなかった情報収集を再開するために、またギルドを訪れていた。
冒険者ギルドの扉を開けると、騒がしかったギルドが一気に静かになる。
まるで、昨日の喧嘩の時のように。
「随分と注目されてしまっていますね。そう仕向けたのは自分自身ですが、ここまで静かになられると困りますよ」
「フハハ。しかし、我らを敵視するような目ではない。どちらかと言えば、本当にシエール皇国の勇者と聖女なのか分からず戸惑っているような視線に見えるな」
「それに関しては同意ですね。さすがに彼らに照明の証として、シエール皇国の聖女の印を見せても意味が無いでしょうし」
昨日少し暴れすぎてしまったのか、セリーヌとアリイはかなり注目されていた。
シエール皇国の聖女と勇者の話は、この世界に生きるものならば誰だって知っている。
そんなおとぎ話の存在が目の前に現れたのだから、いやでも気になってしまうのが人というのもだ。
名前は知っているが、姿は見た事がない。ある種の伝説ですらある2人が、この場にいるなら尚更。
「あ、あの........」
そんな沈黙の中で、1人の冒険者がアリイ達に話しかける。
その冒険者は、昨日エバランス帝国の勇者に気絶させられた冒険者であった。
「む?おぉ、怪我は治ったか?」
「あ、はい。お陰様で。ありがとうございました。俺は気絶していたので見ていませんが、仇を取ってくれたみたいで」
「それは少し違いますよ。決闘が終わってもなお追撃を加えようとした愚か者を止めただけです。ですが、その感謝はありがたく受け取っておきましょう。お礼は........そうですね。昼食でいいですよ?」
セリーヌは真面目に礼を求めて言ったのだが、冒険者は場を和ませる冗談だと思ったのか乾いた笑いを浮かべる。
「あはは。そうさせてもらいます。ところで、この場にいる誰もが気になっている話なのですが........シエール皇国の勇者様と聖女様だとか」
「ふむ。確かにそうだが、まぁ、普通は疑うだろうな。セリーヌよ、なにか証明するものを持っては無いのか?」
「ありますよ。ですが、皆様に見せても判断できるかどうかは........」
「私がいたしましょう」
どうしたものかと悩むセリーヌの言葉を遮って出てきたのは、おっとりとした雰囲気の女性であった。
金髪の長い髪が特徴的だが、それ以上に長い耳が目に入る。
そして美しい容姿となれば、当てはまる種族はひとつしかない。
「エルフか」
「はい。エルフを見るのは初めてですか?」
「いや、何度か見た。さすがにギルドマスターと言う地位に立つエルフは初めて見たがな」
「この国は種族で判断することはありませんので。優秀ならば、それでいいのです。さて、私は昔、シエール皇国を訪れたことがあります。もちろん、当時の聖女様も。私ならは、判断できるかと思うのですが、どうでしょうか?」
「いいですね。手間が省けて。これが、聖女の証たる印です。魔力をこめれば........」
セリーヌが取りだしたのは、ひとつのコインであった。
このコインは歴代聖女に受け継がれる貴重な魔道具であり、個人の魔力を記録することが出来る。そして、その中から聖なる光によって作られたシエール皇国の国旗を映し出すことができるのだ。
ギルドの中に聖なる光が溢れ出す。そして、国旗が映し出され、その場にいる全ての人々が理解した。
この少女こそが、シエール皇国の聖女なのだと。
これほどまでに神聖なる光を灯し出せるのは、真の聖女しか存在しない。セリーヌは学の無いものが見ても分からないだろうと思っているが、学が無くとも分かってしまうのだ。
「ほ、本物だ!!本物の聖女様だ!!」
1人の冒険者が、興奮気味にそう叫ぶ。
何度も言うが、シエール皇国の勇者と聖女の話は誰だって知っている。そんな御伽噺の世界の人物を生で見られれば、誰だって多少なりとも興奮するだろう。
1人の冒険者による興奮はやがてギルドの中に大きく伝播し、誰もがセリーヌをシエール皇国の聖女として認める。
「どうやら本人のようですね。疑うような真似をして申し訳ありませんでした。聖女様」
「お気になさらず。私も同じ立場ならば疑うでしょうから」
「先日、エバランス帝国の勇者を名乗るクソガキ........いえ、面倒者がやってきたので面倒でして。どこぞの小国で担ぎ上げられた勇者など、知るわけもないでしょうに」
「心中お察しします。大変ですよね。特に、この国では」
「どこかの国の勇者があれこれやってくるものですから、本当に面倒ですよ。礼儀正しい方ならまだしも、中には勇者だからといって何をやってもいいと思っている輩もいますから」
そう言うギルドマスターの顔は、明らかに疲れ切っていた。
シエール皇国の真似してやってくる勇者、聖女は多い。そして、彼らの中には勇者を勘違いしている者だっている。
エバランス帝国の勇者がマシだと思うえるほどに酷い輩も、世の中には存在するのだ。
金を払わず食い逃げしたり、しつこく女に言い寄って挙句の果てには攫おうとしたり。
そんな滅茶苦茶なことばかりをやらかす者だっている。
そんなもの達は全員牢獄に繋がれ、あの世に行ったものも多いが。
「シエール皇国の勇者様方が来たということは、これで魔王軍からの驚異が消え去るにですね。早く平穏が戻ってきて欲しいです。これならまだ、ここにいるバカどもの喧嘩を見て笑っている方がマシですから」
「おいおい、聞いたかみんな!!俺たちの喧嘩の方がマシらしいぜ!!」
「やったな!!これから喧嘩しても“勇者よりマシじゃん”って言い返せるぞ!!」
「ハッハッハ!!早速喧嘩しようぜ!!おい誰か、俺と喧嘩するやつは出て来い!!」
ギルドマスターの不用意な一言により、盛り上がっていたギルドがさらにうるさくなる。
ギルドマスターは“まだマシ”と言っただけであって、別に喧嘩をしていいとは言っていない。
しかし、彼らの頭は都合がいい。
ギルドマスターが喧嘩を許可したと勝手に解釈し、今から殴り合いが始まろうとしていた。
「........その、元気なギルドですね」
「本っ当にお恥ずかしい限りです........後で全員ペナルティとして、ドブ掃除でもさせましょう」
「フハハ。我としては愉快で楽しいと思うがな。いいギルドではないか」
「勇者様、本当に余計な事を言わないでください。彼らは馬鹿でアホなので勝手にいいように捉えたあと騒ぎまくって近隣住民から“うるさい”と苦情が来ますから。多少騒ぐ分には許されますが、彼らは節度をわきまえないので」
「あ、うん。わかった。黙っておこう」
割と本気で困っているのか、アリイが軽く引くレベルの雰囲気を醸し出すギルドマスター。
アリイも似たような経験があるので、これ以上は何も言わないことにした。
「こんなギルドですが、滞在している間はお使いください。なにか失礼があれば、言っていただいて構いませんので」
「大丈夫ですよ。私達は冒険者としてここにいるので、喧嘩を売られない限りは大人しくしていますから」
「ありがとうございます。それでは、ちょっとあの馬鹿どもを止めて来ますね」
ギルドマスターはそう言うと、腕をまくって喧嘩を始める男冒険者たちの中に入っていく。
数秒後、そこに立っていたのは、ギルドマスターただ一人であった。
「普通に強いですね」
「フハハ。あの勇者よりも強いかもしれんな」
こうして、セリーヌとアリイはアケニアの冒険者たちに受け入れられたのであった。
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