勇者の資格なし


 一瞬にして決まってしまった決闘は、あまりにも静かな幕引きとなった。


 アリイとセリーヌは予想出来ていたが、大半の冒険者たちは2人のように相手の実力を正確に推し量ることなどできない。


 きっと勇者を名乗る痛々しい野郎をボコボコにして叩き潰してくれると期待していたものたちは、絶句するしなかった。


「おい、起きろ。決闘の約束を忘れたわけじゃないだろ?」

「........」


 倒れ込んだジガードの胸ぐらをつかみ、ぺちぺちと頬を叩く勇者。


 しかし、そう簡単に気絶から戻れるような軽いダメージでは無いのは目に見えて明らかだ。


 それを見た褐色肌の戦士が、勇者の方に手を置く。狼の耳を生やした獣人と呼ばれる種族の戦士は、首を横に振った。


「........やりすぎたな。完全に伸びてる。もう謝罪はいいんじゃないか?これで少しは反省しただろ」

「イリーナ。お前は優しすぎる。こういう時ほどしっかりとやらなきゃダメなんだ。起きろ。さもなければ殴って目覚めさせるぞ」


 何度も何度も頬を軽く叩くが、やはり反応がない。


 当たり前だ。まともに一撃を食らっておいて、ピンピンしているようなやつなら今頃まだ勇者と殴り合いをしているのだから。


「どうします?止めますか?」

「フハハ。ただ気絶したものの頬を軽く叩いているだけだ。もう少し過激になれば止めるがな。流石に胸糞悪いことになるのも気分が悪い。我らは腐っても勇者と聖女。この場に居合わせて起きながら、不当な暴力を見過ごしたとなれば名に傷が着く。そうだろう?」

「ふふっ、アリイ様も様になってきましたね。そうやって自分の評判を守るのですよ。しかも、相手はエバランス帝国の勇者。同じ勇者としての格の違いを見せつければ今後の役に立ちますからね」

「フハハハハ!!相も変わらず言うことが腹黒いな!!まぁ、このまま何事もなく終わってくれるのが1番だ。我とて別に目立ちたい訳では無いのでな」


 サラッとエバランス帝国の勇者を使って、自分たちの評価を上げようと勘定を始めるセリーヌとアリイ。


 アリイもこの1年の間でセリーヌのやり口を覚えてしまったのか、昔以上にずる賢いやり方を考えついてしまう。


 アリイとしては何事もない方がいいが、何が起こってもそれはそれで自分達の地盤を上手く使えるようになるのでどちらでもいいと言うのが本音であった。


(なんというか、昔よりも政治が上手くできそうな気がするな。セリーヌめ。この純粋たる我に悪いことばかりを教えおって)


「アリイ様。顔に出てますよ」

「フハハ。気のせいだ」


 考えを見透かされていた事に乾いた笑いを浮かべつつ、アリイたちは行く末を見守る。


 そして、その行く末は明らかに悪い方向へと進みつつあった。


「チッ、やはりもう1発重いのを入れるか」

「おい。さすがにやりすぎなんじゃ────」

「そうですよ勇者様ぁ。わたしぃ、この程度じゃ怖くて寝れないよぉ........」


 決闘は既に終わっているというのに、さらに追撃を下そうとする勇者を止めようとする獣人の戦士イリーナと勇者の行動を支持するぶりっ子のシーエス。


 そしてその後ろでは何も言わずに目を瞑るだけの聖女。


 あまりにも勇者としての振る舞いがなっていない彼がとった行動は、甘えた女の声に従ってしまった。


「殴るか。殺さない程度に」


 拳を振り上げ、思いっきり振り下ろそうとする勇者。獣人の戦士は止めようと動いたが、流石に距離が開きすぎていて間に合わない。


 そのほかの見守っていた冒険者たちも、まさか勇者がここまでやるとは思っていなかったのか反応が遅れてしまった。


 ただ二人を除いては。


「フハハ。自らが国の名誉を背負っているということを自覚していないのか?このガキは」

「多分、強い人と言うだけで選ばれたのでしょうね。勇者の資格無し。あまりにも弱い心です」


 拳が振り下ろされる寸前、冒険者を回収したアリイ達。


 あまりにも早すぎる動きは、誰の目にも止まることは無かった。


「........」

「フハハ。なんだその顔は?もしかして、ガキと呼ばれたことに怒っておるのか?」

「誰だ貴様。俺がエバランス帝国の勇者と知っての行動だろうな?」

「知らんわ貴様のような三下にも劣る者など。セリーヌ」

「既に治しましたよ。あ、すいません。この方の介抱をお願いします」


 さすがにこれ以上は見てられないと判断したアリイ達。ついでに自分たちの評価をあげるいいピエロになってもらおうと言うことで、決闘に介入した。


 セリーヌは素早く治療を済ませると、寝たままの冒険者を近くで見ていた者に預ける。


 そして、エバランス帝国の勇者を眺めた。


 強さだけで言えば、そこそこの強さはあるだろう。小国の中ではいちばん強いと言われるほどの強さを兼ね備えているのは分かる。


 が、しかし。それ以上には行けないこともわかる。


 1年ほど前に出会った英雄に憧れた少年、ルーベルトと比べても遥かに劣る弱さが見て取れた。


 ルーベルトはただ大事なものに気づいてなかっただけで、心は強い。


 しかし、彼は軽く息を吹きかけるだけであっという間に消えてしまう小さな灯火よりも小さな心しかない。


 弱い相手にしか調子に乗れない、典型的な小物だ。


「これが勇者ですか。勇者の格を落とさないで欲しいものですね」

「フハハ。全くだ。我の名の価値が下がるわ。例え最後は去ることになろうとも、この世界に我が居たという歴史は変わらぬのだからな」

「........何を言っている?まぁいい。その男を渡せ。さもなくば、お前達もあの男と同じめに合わせるぞ」

「フハハ。貴様とやり合う理由などないが?我はやりすぎな勇者様の行動を止めただけだ。むしろ、感謝して欲しいぐらいだが────」


 次の瞬間、アリイは羽虫を払うかの如く手を横に振った。


 パン!!とはじける音が鳴り響く。


 その場にいる誰もが、何が起きたのか分からなかった。


 しかし、セリーヌはその目ではっきりと見た。後ろで何もしてこなかった聖女が、アリイに向けて魔法を放ったのだと。


「........なんの真似だ?」

「貴方から悪しき者の気配がいたします。イージス神の神託により、貴方を排除させていただきます」

「フハハ、フハハハハ!!何をしていない我に一方的な攻撃を仕掛けながら、我を殺すと?エバランス帝国は随分と野蛮な国らしいな!!シエール皇国が勇者たる我と事を構えるとは!!」


 アリイがそう言うと、一気にその場がざわめき始める。


 シエール皇国の勇者。その名は誰だって知っている。異界の地から呼び出された勇者は、いつだって世界を救ってきた。


 今までこの人類の歴史で常に魔王を倒してきたのは、かのシエール皇国の勇者なのだ。


(アリイ様、ここが1番の名前の使い所だと判断しましたね。流石です。私たちと彼らを比較するにはちょうどいいタイミングでしょう。あの聖女がアリイ様に先制攻撃を仕掛けた時点で、私達の心象の方が圧倒的に有利ですし)


 ザワザワと騒がしくなる訓練場を眺めながら、セリーヌはアリイのやり口に感心した。


 元々魔王として政治をしていたのだ。自分の名前の使い所や、自分達側を正義に見せるやり方をアリイは熟知している。


 冒険者をボコボコにし、決闘が終わってもなお攻撃を続けようとしたエバランス帝国の方が今は悪として見られやすい。


 アリイはそれを分かった上で、シエール皇国の名前を出したのだ。


 そして、セリーヌもそれに乗っかる。


「我が国の勇者様を悪しき者として扱うとは。シエール皇国聖女、セリーヌの名において抗議させていただきますよ。それとも、ここで一戦交えますか?」

「........かの偉大なる国家の聖女を名乗るとは、随分と命知らずな詐欺師がいたものですね」

「あら、勇者は本来シエール皇国が呼び出した異界の存在のことを指すというのに、それの真似をしているだけの人が何を言っているのですか?その名を騙るならば、せめて最低限の努力はして欲しいものですね」


 ピキリ、と空気に亀裂が入る。


 アリイとセリーヌは心の中で静かに笑うと、このチャンスを最大限有効活用させてもらうことにするのであった。





 後書き。

 ネタバレ。勇者が勝つよ。

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