勇者の実力


 肩がぶつかったと言うくだらない理由から始まった喧嘩は、いつの間にか決闘へと変わっていた。


 のんびりと昼食を食べていたアリイとセリーヌは、これほどまでに楽しそうなイベントを見逃す手は無いと言うことで急いでご飯を食べ追えると、移動を始める冒険者達の後に続く。


 冒険者ギルドには基本的に冒険者達の体がにぶらないように訓練するための場所がある。ここで、彼らは決闘を始めるようだ。


「........見えません」

「フハハ。最前列ならまだしも最後列だからな。我もぶっちゃけ見えぬし、少し移動するか」

「どこに移動するのですか?」

「上だよ上。姿を消して上から見るとしよう」


 少しばかり出遅れてしまった為、決闘を見ることが出来ないと悟ったアリイは魔術を使って自分とセリーヌの姿を消すとセリーヌを抱き抱えて空へと舞い上がる。


 セリーヌはアリイにお姫様抱っこされた事に少し驚きつつも、大人しくアリイの首に手を回した。


「........随分と慣れた手つきですね。魔王でいた頃は多くの女性を抱いたようで」

「待て。誤解しかない言い方をするのはよせ。我はこの人生で一度も........ごほん。とにかくその人聞きの悪い言い方は辞めるのだ。慣れているのは、孤児院の子供........特に女の子がお姫様ごっこをやると言った時に付き合っていたからだ」

「本当ですか?随分と焦った声が聞こえましたが。1度もないと?お姫様抱っこをしたことが」

「........まぁ、1人だけある。我と共に唯一歩んでくれた者にな」


 あまりにも人聞きの悪い言い方をするセリーヌに、慌てた様子で言い訳をするアリイ。


 ちなみに、この言葉に嘘はひとつもないということはセリーヌも理解していた。


 態々嘘看破の魔法まで使ったのだ。焦りから嘘を言えば変化が見られるだろうし、言ったことは全て本当なのだろう。


「その方のお話は聞いたことがありませんね」

「フハハ。話してないからな。我が王となる前からの付き合いで、サメの友たちにも臆することがなかった唯一の人物だ。我が王となった後も支えてくれていたのだがな........」


 一瞬、アリイの顔が曇る。


 セリーヌはここでようやく自分が特大の地雷を踏んだことを理解した。


 その唯一の人物は既に故人となっており、会いたくとも会えない人物になってしまっていると。


 今までの昔話とは違い、本気で悲しそうな顔をするアリイを見たセリーヌはどうしたらいいのか分からず、焦って自分の胸の中にアリイの顔を抱き込んでしまった。


「........セリーヌ?」

「すいません。配慮がかけていました」

「フハハ。気にしなくても良い。勝手に話した我も悪いのでな。それとセリーヌ。我も一応男なのだ。あまり胸を顔に押し当てるでは無い。神聖なる聖女の体が汚されたと怒るものが出るぞ?」

「........アリイ様のえっち」

「え、この流れで我が責められるのは理不尽すぎではないか?そういうところもあやつに似ているのだよ」


 自分の行動を理解し、顔を真っ赤にしながらアリイを睨むセリーヌとあまりに理不尽な物言いに驚愕するアリイ。


 そんななんとも言えない和やかな空間の下では、勇者と冒険者が決闘を始める寸前まで来ていた。


「お、始まりそうであるな」


 無理やり話題をそらすアリイ。セリーヌもこの恥ずかしさを紛らわすために、この話題に乗っかる。


 胸にはまだアリイの感触が残っていた。


「そ、そうですね........あ、賭けが行われているみたいですよ。やりますか?」

「フハハ。やってもいいが、空からおりる必要もあるし何よりどちらに賭けるかは決まっている。我らは余所者。端金のために面倒事の可能性を引き受けたいのであれば止めぬぞ?」

「やめておきましょう。勝ちが確定した賭けですが、たしかに面倒事になりそうです」


 そんな話をしていると、決闘が始まる。


 流石に決闘とは言えど相手を殺してしまっては犯罪となるので、お互いに木剣を手にしていた。


「勇者様ぁ〜!!頑張ってくださ〜い!!あの怖い人をやっつけちゃってくださいよぉ〜!!」

「任せろシーエス。勇者である僕が負けるはずは無い」


 うぜぇ。


 女の声が聞こえた時点で、全員の顔がイラッとする。


 あの比較的温厚で沸点が高いアリイですら、その声には少しばかりイラつきを覚えた。


「殴っていいですかね?普通に殺したくなるんですが」

「セリーヌ?何度も言うか、一応お主は聖女だからな?」

「頑張れよ!!ジガード!!あんなやつぶっ潰しちまえ!!」

「そうよそうよ!!あんな奴らに負けちゃダメよ!!」

「ぶっ殺せ!!」


 そんなイラつきを晴らしてもらおうと、ほぼ全ての冒険者たちがジガードと呼ばれた冒険者を応援する。


 アリイとセリーヌも、心な中ではジガードを応援していた。


 それはもう爽快にボコボコにして、二度と表で歩けなくなるぐらいには恥を掻いて欲しいと。


「こいつが落ちたら試合開始だ。二度と表で歩けなくさせてやる」

「これだから、冒険者は嫌いなんだ。正義も知らぬ獣が」


 開始の合図となるコインを弾いたジガード。


 コインが宙をまい、素早い回転をし続ける中でアリイとセリーヌは分かりきった結果を眺める。


 チーンとコインが落ちた音がしたと同時に、ジガードが剣を振りかぶって勇者に近づく。


「あ、終わりましたね」

「フハハ。可哀想に。だが、 これもまた経験よ」


 この時点で勝敗は決した。


「死ね!!ガッ────」


 大きく剣を振り下ろすジガード。しかし、その剣は空を切り、次の瞬間ジガードが膝から崩れ落ちる。


 エバランス帝国の勇者は相手の一撃素早く避けると、脇腹に一撃重いのを入れて相手を気絶させたのだ。


 あまりにも鮮やかで華麗な一撃が全ての勝負を決してしまったのである。


「「「「「........」」」」」


 あまりにも呆気ない勝負に沈黙が訪れる。


 それを見ていたセリーヌとアリイは、ジガードを哀れんだ。


「分かりきった結果でしたが、ちょっとかわそうですね。それはそれとして、勇者を名乗れる最低限な実力はありそうです」

「そうか?我と戦った勇者達はこんなものでは無かったぞ?全員もっと強かった」

「アリイ様の世界がおかしいだけですからねそれ。そう言えば、アリイ様が最も強いと感じた相手は誰ですか?」

「フハハ。あの世界で、狂乱聖女が最も強かったな。あれは別次元の強さであった。我が殺しきれないと判断した初めての相手だ」

「あぁ、いつも聞かせてくれますね。あの狂った聖女。本当にその人聖女なんですか?」

「人間には優しかったと聞く。我ら魔族からすれば、悪魔よりも恐ろしい存在であったが」


“へぇーやはりすごい人だったんですねー”と感心した声で頷くセリーヌ。


 しかし、アリイは一つだけ真実を伏せている。


 アリイのいた世界で最も強かった相手は狂乱聖女だが、人生の中で最も強いのは間違いなく自分の腕の中にいるこの頭のおかしい聖女だろう。


 何せ、セリーヌは当たり前のようにアリイのサメに腕を食わせて笑うような狂人。本気で暴れているところを見た事がないので真実は定かでは無いが、少なくともアリイはそう思っている。


(サメたちを除き、我が出会った中で最も強い相手はセリーヌなのだが........まぁ嘘は言ってないしいいか。というか、今更だが我、必要だったか?もうセリーヌ1人で魔王を殺せると思うのだが)


 今更すぎる気づきを得てしまったアリイ。しかし、こんなにも面白くそして楽しい相棒とも言える仲間に出会えたのだから、これはこれでいいかとアリイは開き直るのであった。




後書き。

おい誰だよこの可愛い女の子。私達の知る聖女じゃないぞ。

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