ウゼェ


 ザワザワと騒がしかった冒険者ギルドが、一気に静かになる。


 それもそのはず、少しこの街で話題になっていた勇者と冒険者の喧嘩が始まったからだ。


 ギルドにいるもの達の視線はそちらに集まり、事務仕事していた職員すらもこの騒ぎを見てみようと手を止める。


 もちろん、アリイとセリーヌもこの騒ぎに関しては関心を持っており、昼食を食べながらこの騒ぎの行く末を静かに見守ることにした。


「謝ってくれればそれでいい。君は、彼女とぶつかったんだ」

「これだけの人がいれば、そりゃぶつかるだろ!!それに、俺だけに謝らせんのは不公平だろうが!!そっちの姉ちゃんにも謝らせろよ!!」

「........シーエスが悪いというのか?」

「俺が悪いとでも言いてぇのか?」


 喧嘩の内容は本当にくだらないものであった。


 これだけの人が集まっていれば、肩が当たることもあるだろう。それを謝れと言う内容で喧嘩をしているのだから、呆れ果ててものも言えない。


 なんでそんなくだらないことで喧嘩できるんだと、アリイとセリーヌはある意味感心した。


「フハハ。やはりクソくだらない理由であったな。ちょこっとぶつかっただけで喧嘩とは。これが勇者か?そもそもぶつからないように仲間に気を使うべきだろうに」

「アリイ様は、こういう人混みの中だと私を先頭に歩かせずに自分が前に行って道を切り開いてくれますからね。この時点で格が違いますよ」

「フハハ。セリーヌはせが小さいならな。どうしても人混みの中に飲まれやすい。我が防波堤となるしかないのだよ」


 昔なら身長が小さいことを言われて機嫌を悪くしたところだが、さすがのセリーヌも長い間アリイとの付き合いがあると別になんとも思わなくなる。


 バカにして身長が小さいことを言った訳ではなく、事実として述べた事に目くじらを立てるほどセリーヌの心も小さい訳では無かった。


 むしろ、今となっては自分のことを思って行動してくれていることに喜びすら感じている。


 セリーヌの心は確実にアリイへと向き始めていた。


「勇者様、私、怖かったですぅ........ぶつかった後に軽く睨まれてぇ........」

「なんだと?おい、お前、自分からぶつかっておいて睨んむとか、どういうことだ?」

「睨んでねぇよ!!ふざけんじゃねぇ!!」

「ふえぇん。怖いよぉ........」


 うぜぇ。


 おそらく、この勇者パーティー以外の者達全員が同じことを思った事だろう。


 自分が可愛いということをはっきりと自覚し、可愛こぶった媚びた甘い声。


 同性の女性ならば全身に虫唾が走るほどに不愉快になり、美人に目のない男だって目が覚める。


 今この瞬間、人類の心は団結したのだ。


 この女、クソうぜぇ。


 と。


「殴っていいですかね?」

「やめておけ。気持ちは凄くわかるが、やめておくことだ。それにしても、ここまで自らの見た目を台無しにする振る舞いも始めてみるな。なんだ?あの勇者はあんなのがお好みなのか?これならセリーヌの方が数百億倍はマシだぞ」

「あんなのと比べないでください。失礼ですよ」

「フハハ。すまぬ。さすがにあれと比べるのは失礼であったな。そこら辺の生ゴミと比べているようなものであったか」


 ぶりっ子と比べられて若干ムッとするセリーヌ。アリイはセリーヌが真面目に不愉快だったという事に焦りを感じ、即座に謝る。


 アリイは、長年の経験からこういう時は素直に頭を下げるべきだということを知っていた。


 下手に誤魔化したり茶化すと、マジで死ねる。過去、二度ほど煽りすぎて殺されかけたのだから間違いない。


「それにぃ、私はぶつかられただけですよぉ........それ何よ謝れだなんてぇ........ヒック」

「シーエス大丈夫だ。俺が今こいつをぶっ殺して謝らせてやるからな」


 くだらない寸劇を繰り広げるその光景に、誰もが溜息をつきたくなる。


 一体何を見せられているんだこれはと。


 特に女冒険者からの目は厳しく、同性であるが故にその気持ち悪さを感じ取っていた。


 地獄のような空気。こんな空気を作り出したのが勇者とその仲間だというのだから、笑えない。


 まだ悪魔の方がしっくり来るだろう。何せ、悪魔は地獄を作り出すのだから。


「なんというか、もはや絡まれた冒険者の方が可愛そうですね」

「全くだ。我らに絡まれなくて心の底から良かったと思っておるぞ。いやホントに。セリーヌが我慢できずに殴り飛ばしていただろうからな」

「あはは。そんなことしませんよアリイ様。ちょっと鎌を振り回すぐらいですって」

「それは殺すと同義なのだが........?」


 サラッと、あの場に自分がいたら相手を殺していたた宣言するセリーヌに苦笑いを浮かべるアリイ。


 アリイは男のためそこまで不愉快な感覚は無いが、セリーヌからすればシーエスと呼ばれた女の言動は死刑に値するのだろう。


 自分の可愛さを理解してやるぶりっ子は、たしかに可愛い部分も多いが過ぎればそれは毒となる。


 アリイは何事も程々が1番なのだと、改めて理解した。


「僕と決闘しろ。そして僕が勝ったら謝ってもらうぞ」

「上等だコラ。俺が勝ったらお前とそこよ女に謝罪してもらうからな。裏の訓練場に出ろや。ボッコボコにしてやるよ」

「フッ、勇者の僕に本気で勝てるとでも思っているのか?」


 なんやかんやで決闘が始まってしまいそうな雰囲気となる。


 アリイとセリーヌは顔を見合わせると、急いで昼食を胃の中に押し込んでその決闘を見に行くのであった。




【エバランス帝国】

 西にある小国。何もかもが弱く、滅ぼすメリットがないから滅ぼされていないだけの国。唯一誇れる点があるとするならば、湖が綺麗なことぐらい。

 今回の魔王出現をチャンスと捉え、この国で最も強い者に勇者の称号を与えて魔王討伐の責務に付かせた。魔王討伐という功績は、それだけ大きな意味を持つのだ。




 アケニア王国の首都アニア。


 この首都の街中には、様々な人種が暮らしている。


 人間からエルフ、ドワーフに亜人種。一見、みなが共存しあっているようにも見えるこの国だが、それ以上に1部の治安が悪かった。


 そして、彼らはそんな場所に身を潜める。


「どうやらエバランス帝国の勇者が来たらしいぜ。殺すか?」

「当たり前だ。シエール皇国の化け物共はともかく、それ以外は殺せと命令されてるしな。俺たちは仕事をやるだけよ」


 筋骨隆々の禿げた幹部が、裁縫をしながらそういう。


 その巨体には似つかわしくない繊細な針捌きは、それだけで金が稼げるほどに器用であった。


「........なぁ、なんであんたいつも裁縫やってんだ?似合わなさすぎるだろ」

「それは俺も思ってるんだけどな。昔、よくばあちゃんの手伝いで裁縫をしていたんだよ。その時の楽しさを知って、今もこうしてチクチクやってる。やるか?結構楽しいし、何よりいい暇つぶしになるぞ」

「いや、俺はいいや。そういえば、このマークを刺繍してくれたのもアンタだったな」

「おうよ。服のデザインから制作まで、全部俺がやったぜ」

「なんでここにいるんだ?これだけで飯が食えるだろ」

「んあ?そりゃ人間を殺したいからさ。まぁ、色々とあるんだよこっちにもな」


 一瞬、幹部の顔が曇る。


 この反逆者という組織には多くの人々が様々な理由で加入する。純粋に権力を求めたり、そうするしか道がなかったり。


 本当に色々な理由があるのだ。


 もう1人の男は、これ以上踏み込んだことを聞いてはならないと察する。


「........そうか。悪いことを聞いたな」

「気にすんな。そういうもんだ」

「........少しだけ教えてくれるか?俺も興味が湧いてきた」

「本当か?!よし、ならさっそく基礎を教えてやろう!!」


 ハゲの幹部はそう言うと、ウキウキで裁縫道具を取り出すのであった。

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