エバランス帝国の勇者
様々な種族が暮らす国アケニア王国。
アリイとセリーヌは一先ず宿をとった後、情報収集のために冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドは情報の宝庫だ。情報の取捨選択はもちろん必要になるが、それでも多くの情報が手に入る。
少し耳を済ませれば、その国で起きていることの大体は分かるのだ。金をかからず、盗み聞きで情報が得られるのであればそれに越したことはない。
「ここが冒険者ギルドか。やはり、どこも同じような作りになっておるな」
「以前も言いましたが、他国からやってくる冒険者たちのも配慮した形になっていますからね。お陰で私達はギルドに入っても迷わずに済みます。さて、行きましょうか」
ギルドに入ると、そこには多くの冒険者たちがむらがえっていた。時刻は昼前。仕事に出た冒険者達が帰ってくるには早すぎる時間なので、これでもギルドは空いている方だと言えるだろう。
シエール皇国とはえらい違いだと思いつつ、アリイとセリーヌは適当な席に座った。
アリイとしては、その国の特産物を食べに行きたいところだが、今はそれよりも情報の方が大事。
どうせ明日あたりに食べられるので、今は我慢する時間である。
2人は適当な食べ物を注文すると、それがやってくるまで周囲の会話に耳を澄ませた。
盗み聞きしていることがバレないように、適当な会話でカモフラージュしながら。
「随分と綺麗に手入れされているギルドだな。中には本当に酷いギルドもあるから、少し安心したぞ」
「以前訪れたギルドは酷かったですからね。素材を保管が下手なのか、ウジが湧いていたりホコリが酷かったり。二度と行きたくありませんよあそこは」
「フハハ。我もだ。多少汚い分には仕方がないとは思うのだがな。あそこまで酷いと流石にな........」
そんな何気ない会話をしながら耳をすませていると、アリイの耳に面白そうな話が入ってきた。
アリイは上手くセリーヌと会話を続けながら、その話を聞く。
場所は自分たちより2つ離れた席に座る男達。どうやら、勇者についての話のようだ。
「聞いたか?この街に勇者様がいるらしいぜ?」
「んあ?第1王子がもう勇者になったのか?」
「いや、そっちじゃない。他の国からやってきた勇者だ。なんだったかな........確か、エバランス帝国とかいう国の勇者とか言ってた気がする」
「エバランス帝国?聞いたことない国だな。どっかの小さな国か。やっぱり、どの国も魔王討伐の功績が欲しいものなのかね」
「俺からしたら理解できねぇな。命あっての名誉だぜ?順序が逆になっちゃいけねぇよ」
「間違いない。で、話は戻るんだが、そのエバランス帝国の勇者には仲間がいてな。それがまた偉い美人ばかりなんだよ」
「ケッ、勇者様は楽しそうでいいな。俺達に女なんてできやしないのに」
「全くだ。聖女と魔道士、として格闘家とかだったかな。とにかく、街中を歩いていれば、誰もが振り返るほどに美人だとよ。女ひっかける前に魔王を倒せってんだ」
「全くだ。魔王を倒したら、嫌でも女が寄ってきてくれるはずなのにな」
(ほう。我ら以外にも勇者を名乗るものがこの街にいるのか)
アリイは徐々に下世話な話に移っていく男達に興味を無くすと、少しばかり考えた。
この世界で勇者と言えば、シエール皇国の勇者が最も有名とされている。
アリイはロストンの街を出て以降、自分を勇者と名乗ったかとはないが様々な人と話す中でシエール皇国の話は出てきていた。
そして、それに習って出てきたのが各国の勇者。彼らは紛い物という訳では無いが、世間の常識的には紛い物として扱われてしまうらしい。
本物はシエール皇国。それ以外はパクリ。
それが、多くの人の認識だ。
そんなパクリとまで言われるちょっと可哀想な勇者がこの街にいる。アリイとしては、少し見てみたい。
自分と同じ役職を持つ者がどんな者なのか、気にならない方がおかしいだろう。
「アリイ様?」
「セリーヌよ。面白い話が聞けたぞ。どうやら、我ら以外にも勇者がいるらしい。この街にな」
「へぇ。どこの国の勇者ですか?」
「エバランス帝国というところらしいな。知っておるか?」
「........あー、確か西に位置する小さな帝国だったと思います。帝国と名乗るには、あまりにも力不足な国だったかと」
セリーヌの言う通り、エバランス帝国は帝国と名乗るにはあまりにも小さな国家だ。
軍事力も弱く、はっきりいって雑魚である。
そんな国が滅ぼされていない理由は、特に土地を奪ってもメリットがないからと言う悲しい理由により生かされているような国であった。
「なるほど。となると、そのエバランス帝国の目的としては魔王討伐の功績を積ませる事によって国力を増そうという試みがあるわけか」
「基本、勇者を排出する国家は同じ目的でしょうね。それだけ、この世界では魔王討伐という名誉が重視されていますから」
「魔王も大変そうだな。政治の道具に使われているわけなのだから。我も似たような経験があるから、少しばかり同情してしまう」
アリイもかつては、勇者と名乗る者を片っ端から殺しまくっていた過去がある。
一時期、勇者ブームが訪れた時はとにかく誰もが“○○王国の勇者○○だ!!”と名乗りながら、喧嘩を吹っ掛けられてきたものだ。
いや、知らねぇよ。とアリイは心の中でウンザリしていた。
どこの国の誰だろうが、結局のところアリイの敵であることに変わりはない。そして、その敵を殺す。それだけが分かっていれば、問題ないのだ。
記憶に残っている勇者など、片手で数える程しかいない。
セリーヌもアリイが言いたい事を何となく察したのか、同情した目で頷く。
「アリイ様も大変なんですね........」
「毎回毎回似たような名乗りを挙げられて、そこから戦う様式美に疲れたな。戦場にたっている以上、不意打ちで殺されようが何をされようが文句は言えぬが、勇者に不意打ちをして勝った者に恐怖などしないだろう?やるならちゃんと正面から叩き潰さねばならなかったし、面倒だった」
「意外と律儀なんですね。私なら容赦なく殺しますよ」
「我だってそうしたかったわ。しかし、立場上それが出来なかったのだよ。あの時ばかりは自分の地位を恨めしく思ったものだ」
普段は悩みなどなさそうなアリイだが、やはり苦労した時期はあるのだなとセリーヌが思っていると、ギルドの中に大きな声が響き渡った。
「んだとこらぁ!!」
「うるさいぞ。口を慎め」
声の方向に振り向くと、そこではいかにも勇者ですと言わんばかりの装備を着た男とこの街に住む冒険者が喧嘩しているのが見える。
後ろでその冒険者たちを睨みつける女達は、確かに美人でありほとんどの者はそちらを見ていた。
アリイもその美人達をちらりと見たが“セリーヌの方が可愛いな”と思うと興味を無くす。
そして、静かになった冒険者ギルドで声を抑えながらセリーヌに話しかけた。
「フハハ。噂をすれば何とやらと言うやつだな。まさか、こんなにも早く見られるとは思わなかった」
「何があったのでしょうか?随分と冒険者の方が怒っているようですが........」
「さぁ?だが、こういう時の喧嘩は大抵くだらない理由だと相場が決まっておる。丁度飯も来た事だし、劇を鑑賞しながら食べようでは無いか」
「ふふっ、いい趣味してますねアリイ様。ですが、賛成です。せっかくの美味しいご飯が覚めてしまいます」
冒険者ギルドが静かになり、勇者と冒険者が睨み合う中、こちらの勇者と聖女はその喧嘩を肴にご飯を食べ始めるのであった。
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