アケニア王国


 久々の厄介事の匂いが香りつつも、セリーヌとアリイはアケニア王国の王都アニアへとやってきていた。


 アケニア王国は中央国家と呼ばれる、北と南を繋ぐ国家の一つである。


 そのため、古区から多くの人々の通行場所となり様々な種族が見られる。


 比較的出会いやすいエルフやドワーフ、更には少し珍しい種族で言えばオーガといった場所によれば魔物だと言われて討伐されてしまうのうな種族も同じ“人”として扱う。


 この国はある意味世界の縮図とも見れるような他種族国家として存在しているのだ。


「通ってよし。ようこそ、アニアへ」


 無事に検問を突破したセリーヌとアリイが街の中に入ると、早速多くの種族が出迎えてくれる。


 その中でも一際目を引いたのが、人間達と話すオーガの姿であった。


「街をあまり経由しなかったから噂程度にしか聞いていなかったが、本当にオーガが人間と同じく生活しているのだな」

「私も初めて見ました。やはり、世界は広いですね」

「ある意味、この国は差別のない国とも言えるわけだ。少なくとも、こうして人の街でオーガが笑って暮らしている時点で、オーガを魔物として扱う国とは大きく異なる」

「シエール皇国ならば間違いなく討伐されていることでしょう。あの国は腐っても宗教国家ですからね。エルフやドワーフはまだしも、オーガは流石に魔物として扱われますし」


 この国に来る途中で聞いた話を実際に見られて感動しているアリイと、長年魔物として扱ってきたオーガが人間と同じ扱いをされていることに驚くセリーヌ。


 しかし、セリーヌはここでオーガを敵とみなして殺すことは無い。セリーヌは、魔物ではあるが別に害がなければどうでもいいと言う思考の持ち主なのだ。


 それに、魔物だから討伐するという理論で言えば、自分の隣にいる魔王を真っ先に討伐しなくてはならない。


 アリイは異界の魔王なのだ。


「これが、本来全ての世界で見られるべき光景なのだがな。やはり、種族が違うというのはそれだけ大きな亀裂を産む。人は自分と違う存在を排除したがるものだからな」

「そうですね。これが本来あるべき平和の姿なのでしょう。そして、アリイ様が言う通り、人は自分と違う存在を排除したがるものなのです。何せ、同じ人間同士でも起こりえますからね。スラムに住んでいると言うだけで、大きな差別を受けることもありますから」

「世知辛い世の中だな」

「全くです」


 肌の色が違う、住む場所が違う。たったそれだけの些細なことで、人は他人を差別する。


 自分とは違うから。何も分からないから。根源的な恐怖が、それを支配してしまうのである。


 人はなんと愚かな生き物なのだろうか。セリーヌは、自分も含めてその愚かさを改めて感じつつも今日の宿を探すことにする。


「かなり近くに魔王軍が迫っていると言うのに、あまり空気が悪くありませんね」

「フハハ。こういう戦争というものはな、その身で感じるその時まで実感しないものだ。既に戦火に巻き込まれていたとしても、遠く離れたどこかの場所で起こっているものだと錯覚してしまう。我が戦争をしていた時も、戦火に巻き込まれなかった街は至って平和であったぞ?」


 セリーヌは、未だに自分達が平和な世界に生きていると思い込んでいる街の人々を見て、首を傾げた。


 この国から四つほど国を跨いだ先に、既に魔王軍はいる。


 この一年で数多の国々を滅ぼし、気がつけば既に3分の1近くまで国を人を殺している殺戮者が近くまで来ているというのに、全く焦った様子がない。


 この街の人々は、危機感が圧倒的に足りてなかった。


 そして、この街の人々は恐怖は遥か先に存在していると思っている。


 セリーヌからすれば、この光景は不思議でならなかった。


「北の国から逃げ出してきた人々も多くいると思うのですが、その話を聞いて逃げようとは思わないものなんですかね?」

「自分は大丈夫。自分は被害に巻き込まれることは無い。目の前に危機が迫ってこない限りは、誰もがそう思ってしまうのだよ。その時には時すでに遅かったとしてもな。しかし、中にはセリーヌのように危機をいち早く感じて逃げ出したものも多くいるだろう。後、単純な話、逃げられるだけの資金や今の生活を手放せるだけの覚悟が多くの者には無い。逃げるにしても金はいるし、力だっている。冒険者を雇いながら他国へ逃げられる資金を持っている者は、そう多くないだろう」

「なるほど。たしかに資金面については考えていませんでしたね。そういう問題もあるのですか」


 危機を感じていても逃げられない者もいる。


 セリーヌはアリイの言葉に納得した。


(さすがは戦争を続けてきた王。私の疑問になんでも答えてくれますね。戦争については圧倒的にアリイ様の方が詳しいです)


 なんだか父親に色々なことを教わる娘の気分になってきたセリーヌは、ちょっと楽しくなってきてさらに質問をする。


 それは純粋な疑問と言うよりは、アリイと話したいという小さな乙女心であった。


「では、具体的にどの辺から危機を感じ始めるのですかね?目の前に戦場が迫っている時からでしょうか?」

「ふむ。それは人によるとしか言えぬが、多くの場合は上の者が焦り始めると自分たちも危機に気がつく。だから、上のものはできる限り余裕のあるふりをしなくてはならないのだ。一気に街が混乱状態に陥れば、街としての機能は停止する。1番だめなのは、逃げ出してしまうことだな。自らの責務を全て投げ出した時点で、その者は上に立つ資格は無い」

「となると、この国の場合は王族が慌て始めると不味いということですか」

「フハハ。その心配を紛らわせるために、王子を戦場に送ろうとしているのかもしれぬな。そう考えれば、民のことを考える良き王だ。政略の臭いがこびりつくがな」


 勇者としてこの国から魔王を討伐するために出発すると言われている第一王子と第三王子。


 この2人を民衆へのアピールとして使っている時点で、やはり政略の臭いがどうてしもしてしまう。


 第二王子が裏で手を引いていのか。それとも、王が第二王子にあとを継がせるために邪魔者を排除しようとしているのか。


 その目的は分からないが、少なくとも意味もなくこのようなことをしている訳では無い。


「私達の邪魔にならなければ良いのですがね」

「フハハ。そうだな。そうであることを願うしかない。セリーヌよ、間違っても王子は殺すなよ?我らが逆賊となり、最悪の場合反逆者たちと同じ仲間だと思われてしまうからな」

「ご安心を。私もそこまで頭が足らない訳では無いですよ」

「うむ。だいぶ怪しいがな........」


 そう言いながら、思わず孤児院の子供たちと接するようにセリーヌの頭を撫でるアリイ。


 聖女という枷が外れたセリーヌは、本当にただの子供としての印象が強くなってしまったがゆえの行動であった。


 まだ出会ってまもない頃なら、睨まれるが手を跳ね除けられていただろう。


 しかし、アリイを本当の父のように思い小さな心を持ってしまった聖女は───


「えへへ。そんなに心配しなくとも大丈夫ですよ」


 ───頬を僅かに赤らめながら、照れくさそうに笑うだけであった。



【アケニア王国】

 大陸の中央部に存在する国家。北から南、東から西までのルートに必ず入ると言っても過言では無いので、多くの人種が訪れている。その結果、多種族国家として存在しており、エルフやドワーフ、果てにはオーガの魔物として扱われるような種族も人として受け入れている。

 また、物流もよくかなり発展している国家。下手に野心を持つと滅ぶことを知っているので戦争による拡張戦争をしていないが、本気で戦ったら大国といい勝負ができるぐらいには強い。

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