アケニア王国

平和な旅路


 ロストンの街を旅立ってから数ヶ月後。アリイがこの世界に召喚されてから、約一年ほどが経過した。


 旅を始めた際に襲いかかった数多くの波乱万丈な旅路が、ずっと続くわけも無い。


 旅立つ前に魔王軍と戦い、暗殺者と戦い、モンスタースタンピードと戦い、反逆者達と戦う。


 ひとつの街に訪れる度に、何かに巻き込まれ続けた最初がおかしいだけでこれが普通である。


 時にセリーヌの美しさに誘われた盗賊が現れ、聖女の手によって天に返される事もあったが最初の頃ほどの大きな騒ぎが起こることは無かった。


 何度も言うが、最初の頃がおかしいだけである。魔王討伐の旅とは言えど、所詮はただの二人旅。毎度毎度面倒事に巻き込まれてしまっては、眠れる聖女の悪魔な部分を垣間見ることになってしまう。


「んー!!今日も可愛いですねー!!」

「ゴフー!!」

「なんですか?甘噛みがしたいのですか?仕方がありませんね。どうぞ気が済むまで噛み噛みしちゃってください」

「ゴフー!!」


 思いのほか平和な旅路を歩む中、セリーヌはアリイの眷属たるサメに思いっきり抱きつくと頬擦りをしながら自分の手を甘噛みさせる。


 このサメはセリーヌと最も仲のいいサメであり、とにかくセリーヌの事を気に入っていた。


 ちなみに言っておくが、普通の人間はこのサメに甘噛みされると噛まれた部分が喪失する。


(最初に出会った頃とは思いぬほどに、年相応の顔を見せるようになったな。やはり、聖女という重荷が、セリーヌの心を殺していたのか。こうしてみると、ただの少女だ。腕、思いっ切り噛まれてるけど)


 ここはシエール皇国からかなり離れた、アケニア王国と呼ばれる国。


 最南端の国シエール皇国と最北端の中心地近くにある国であり、ここまで来るとセリーヌのことを知るものもほぼ居ない。


 宗教が既に違い、セリーヌは異教徒の聖女として扱われるようになる。


 つまり、セリーヌは自分をただの冒険者として過ごすことが出来るのである。


 そのおかげなのか、最初に出会った頃と比べて随分と雰囲気が変わった。


 常に微笑みを絶やさない聖女から、ただの少女へ。


 スラム街で生まれ育ち常に命の危険にさらされ、聖女となり常に品行方正な姿勢を求められてきたセリーヌがようやく檻の中から解き放たれ自由に空を舞えるようになったのだ。


 カゴから出た小鳥は大きく羽ばたき、自我の形成を始める。


 セリーヌは16歳にして初めて、人間らしい生活を始めたのだ。


(相変わらず聖女とは思えぬ考えを持ってはいるが、これが本来のセリーヌの姿なのかもしれぬな。なんというか、1人の成長を見守っている気分だ。孤児院の子供を見守る気分と同じだな)


「セリーヌよ。ご飯ができたぞ」

「あ、ありがとうございますアリイ様。すいません。私だけ遊んじゃって」

「フハハ。気にするでは無い。そもそも、子供は遊んで学ぶものだ。面倒な仕事は大人がやれば良いのだよ」

「む、私はもう大人ですよ。次はちゃんと手伝います」

「フハハハハ!!我の世界では18歳からが大人として扱われるのだ!!我から見れば、セリーヌもまだまだ子供よ!!」


 アリイはそう言って笑うと、出来たてのスープをよそってセリーヌに渡す。


 もうこの旅も慣れたもので、アリイもこの世界のことが何となくだが分かっている。


 以前の世界と異なる点はあれど、本日は変わらず、結局のところは強いやつが偉い。それだけだ。


 権力だろうが財力だろうが、結局のところ暴力を使用する手段に過ぎない。


 力こそ正義。それは、世界が変われど同じらしい。


「もう我がこの世界に来て1年か。時の流れは早いな」

「最初の頃はどうしたものかと思いましたよ。何せ、人類を滅ぼしてやるとか言いながら大笑いする魔王をこの世界に呼び出してしまったのですから。それが今となっては、心優しき御仁だったとは思いませんでしたけどね」

「フハハ。我、言うて優しいか?」

「優しいですよ。少なくとも、私には。こうしてサメさんと遊ばせてくれたり、ちょっとした我儘なら聞いてくれたり。本当に魔王なのか怪しくなるほどには、アリイ様は優しいです」


 アリイがこの世界に来てそろそろ1年が経つ。出会いは最悪と言っても過言では無い。


 セリーヌは場合によってはアリイを殺す気でいたし、アリイも相手が敵対するならばセリーヌを殺すつもりでいた。


 しかし、案外話せる相手と認識し、今はこうして食卓を囲む。


 人生、何があるのか分かったものでは無い。


 勇者と魔王を倒す旅に出るのかと思えば、魔王を引連れて魔王討伐に行く。こんな経験をしているのはセリーヌぐらいだろう。


 そして、その魔王はとても優しい。


 少し気になった髪飾りをプレゼントし、友人と遊ばせてくれる。


 訪れたことの無い国で少しはしゃいでしまった時も、アリイは暖かくセリーヌを見守っていた。


「まるで父親のようですよ。アリイ様は。まぁ、私が物心着いた時には父親に殴られていたので、一般的な家庭の父親というものを知りませんが」

「フハハ。反応に困ることを言うでは無い。が、確かに孤児院の子供たちを見ている気分にはなるな。ようやく檻の中から飛び出せたのだ。もう少しだけ、羽を伸ばしてもバチは当たらぬよ。して、セリーヌよ。この先にある王都は随分と厄介事の臭いがするそうだな?」


 ほんの一瞬、アリイの目が優しくなる。


 セリーヌはその目を静かに見ながら、頷いた。


「どうやら、王位争いが過熱しているようでして、第一王子と第三王子の派閥争いの影響が市民にまで溢れているそうですね。しかも、跡継ぎの決め方を魔王討伐にしたという話ですよ?王子が勇者となり、それぞれの仲間を率いて旅に出るそうです」

「........随分ときな臭いな。それ、両方を殺そうしておらぬか?」

「分かりかねますね。ですが、国としては魔王討伐の貢献に一躍買ったという実績が欲しいのでしょう。国の宣伝のためにも、王族が動くのは間違った戦略とは言いきれません。保険で第二王子は残しているようですし、できたらラッキー程度なのかもしれませんが」

「ふむ。ついに我ら以外の勇者と聖女と相まみえる可能性もあるのか。とは言っても、自ら名乗るようなことはせぬがな。間違いなく面倒事になる」


 楽しい面倒事ならばともかく、本当にただただ面倒な面倒事は勘弁願いたいアリイ。


 セリーヌも同じ考えだったのか深く頷きながら残ったスープを飲み干した。


「この一年。北部の戦線はかなり押されているようでして、気がつけば大陸の真ん中近くまで戦線が拡がっています。もしかすると、この国も既に戦火に飲み込まれているかもしれないですね」

「かもしれぬな。我らの目には見えぬ煙が立っているかもしれん。確か、聞いた話では北の大国が滅んだとか?」

「はい。エルテール帝国と呼ばれる大国が滅んだことにより、一気に戦線が拡がっています。未だ嘗てこれほどまでに戦火を広げた魔王は存在しなかったとすら言われていますね」


 この一年でアリイ達が道を進んできたように、魔王軍も徐々に戦火を広げて前進を進めている。


 現在は、このアケニア王国から四つほど離れた国にまで迫っているのだ。


 いつ、戦線が崩壊して一気に流れ込んでくるのか分からない状況であり、アリイ達もそろそろ気を引き締めなければならない。


「この数ヶ月、特に妨害などはなかったが、そろそろ出てくるかもしれぬな」

「そうですね。特に反逆者達が大人しいのが気になります。気をつけなくてはなりませんね」


 セリーヌはそう言うと、また“構って!!”と甘えてくる友人を撫でて少女らしい笑顔を見せるのであった。

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