魔人、逃亡(失敗)


 魔王の血をその身に宿し、人としてではなく魔人という新たな種族を作り出した反逆者リベリオン


 しかし、自分だけはその血を飲まなかったデルフは、制御ができない魔人にすり潰されてあっという間に生涯に幕を閉じてしまった。


 これには、流石のセリーヌも怒りを忘れて困惑するしかない。


 相手が絶望に染まり、神への祈りを唱え許しを乞う姿を見ることはできなくなってしまった。


「魔人になると理性を失うのですかね?........と言うか、そんな死に方しないで下さいよ。あまりにも呆気なさすぎて反応できなかったじゃないですか........」


 本来ならば、彼女を捉えて情報を吐かせるつもりであった。しかし、デルフは死に残されたものたちも理性を失って到底会話ができるようには見えない。


 魔人と言うよりは、人から魔物に落ちたようにすら見える。


 人の体に、魔王の血はあまりにも強大すぎたのだということが見て取れた。


「グヲォォォォォォ!!」

「はぁ。この調子では会話はできなさそうですし、無力化も難しそうですね。鎖で繋いだとしても引きちぎりそうな勢いです。手足を全て切り飛ばし、何体かは捕まえてみますが........治す方法とかあるのでしょうか?」


 セリーヌはそう呟くと、屋上で楽しそうに自分が暴れる姿を眺めるアリイを見る。


 こんなにも幼気な少女が戦っていると言うのに、それを見せ物にして楽しそうに笑うとは何たる不敬。


 後で小言のひとつでも言ってやろうも思いながら、セリーヌは迫り来る魔人に向けて鎌を振るう。


 威力は先程と同じく、人間相手ならば軽く殺せてしまう程度の一撃。


 軽く振るわれた斬撃は、魔人の体を一刀両断しようと迫ったが魔人はなんとこの一撃を生身で弾いてしまった。


 バチン!!という音が鳴り響き、セリーヌの一撃が伏せがれる。


「どうやら、本来の人間ではありえないほどに肉体が強化されているらしいですね。アリイ様以来ですよ。軽くとは言えど、私の一撃が弾かれるだなんて」

「グヲォォォォォォ!!」


 斬撃をものともしない魔人は、声を粗げながらセリーヌの元へと向かう。


 そして、セリーヌに拳が届く範囲まで入ると、大きく拳を振り上げて叩き潰してやろうと試みた。


 ドコォォォォォン!!


 凄まじい衝撃音が響き渡り、綺麗に整備されていた庭が荒れ狂う。


 殴ったら中心地の地面は割れ、周囲の花壇は吹き飛ぶ。生命を宿した草花は地面ごとえぐり取られ、宙を舞って華々しく散ってゆく。


「聖女様!!」

「フハハ。案ずるな領主よ。セリーヌは確かに聖女としての品格や人格については疑わしい部分も多くあるが、唯一そのほかの聖女達ですら圧倒するものを持っている」


 魔人に叩き潰されたのではないかと心配し、声を上げるデブヤロとそれを見て笑うアリイ。


 そう。セリーヌは聖女としての品格はかなり疑わしい。


 当たり前のように人の恋心を使って脅し、金を巻き上げるような聖女なのだ。


 しかし、そんなセリーヌにはアリイですら認める才能がある。


 それは───


「痛いじゃないですか。私でなければ死んでいましたよ?」

「グヲォ?!」


 ───単純な暴力による強さである。


 魔人に叩き潰されたはずのセリーヌは、さも当然のように左腕で魔人の一撃を受け止めていた。


 眩しい日差しを腕で遮るかのように掲げられた左腕が、魔人の一撃を止めたのである。


 これには、理性を失った魔人ですら驚きを隠せずにいた。


 そして、次の瞬間、セリーヌを殴った魔人は天高くまで吹き飛ばされ気を失う。


「な、何が起きたのですか?」

「フハハ。殴った。それだけよ。相変わらず馬鹿げた強さをしているな。もう我、要らなくないか?」

「へ?な、殴っただけで人は........いえ、物はあんなに吹き飛ぶのですか?!」

「まぁ、我もやろうともうえば出来るが、あの小さな身体からそれほどの力を出せるとは思わぬよな」


 吹き飛ばされた魔人は紐なしバンジーを強制させられ、地面という凶器によって撲殺される。


 グシャ。と言う肉と骨の潰れる音だけが、領主の屋敷に響き渡った。


「はぁ。これだから街の中での戦闘は嫌いなんですよ。思いっきりやると周りも壊してしまうので。鎌が使えないじゃないですか」


 セリーヌはそう言うと、鎌をペンダントのサイズに戻して首に付け直す。


 この鎌では加減が難しい。限界まで手加減して使うか、全力で使うかの二択しか使えないのだ。


 そのため、セリーヌが少しばかり力を出す時はステゴロを使う。


 こっちの方が加減が効きやすいのである。


 もしも、今の勢いで鎌を振れば、領主の屋敷は真っ二つに切断されていた事だろう。


 それほどまでに、セリーヌは手加減があまり得意では無いのだ。


 ガン。と拳を合わせ、セリーヌはゆっくりと歩き始める。


 魔王の血を取り込み、絶対的強者に成り上がったと勘違いしていた魔人たちはここに来てようやく理解した。


 この化け物は、自分たちすらも噛み殺す真の化け物だと。


「ぐ、グヲォォォォォォ!!」

「あ」


 勝てないと悟った彼らは、本能に従って逃げ始める。


 それは、自然な反応であり理性を失った彼らが取るにふさわしい行動であった。


 絶対的強者を前にしたら逃げる。これは、当たり前のことであり、恐怖に足が竦むよりも先に逃げることを選択する。


 しかし、セリーヌがそれを許しても異界の魔王が許さない。


「フハハ。予想通りの展開だな。本能に生きる獣は、自らの前に化け物が現れとき逃げおおせるものだ。ここで引いても死が待ち受けるということが理解出来ん」


 アリイはそう言うと、パチンと指を鳴らす。


 すると、全ての魔人達が転び、誰一人として逃げることは出来なくなってしまった。


「ゴフー?」

「フハハ。お前たちはあくまでも魔術。血を食らった所で、別に何かある訳では無い。こういう時、便利よな。魔術という媒体に生命を宿すという方法は。そうは思わぬか?」

「ゴフー!!」

「フハハ。腹も減らぬし、食事はあくまでも娯楽。術者が必要という点を除けば、本当に便利な力だ」


 影の中から出てくるは、数百もの海野猟犬。


 魔人の足を喰らい、その歩みを強制的にとめさせたサメ達は、次から次へと魔人を食らっていく。


 その光景はまさしく地獄。サメが本来このような生き物であったことを思い出したセリーヌは、若干顔を顰めながらも美味しそうに魔人を食らうサメの一体に近づいた。


 このサメは見覚えがある。セリーヌによくなつき、遊んでいた仲のいい個体だ。


「美味しいですか?」

「ゴフー!!」

「何を言っているのか分かりませんが、楽しそうなのは伝わってきますね。あー、でも、食べているものに目をつむれば全然行けますね。可愛いです」


 最初は人を食らうサメの姿を見て表情を暗くしたセリーヌだったが、美味しそうに肉を食べている動物と考えればそう怖いものでも無い。


 セリーヌはあまりにも適応が早すぎた。


「ゴフー?」

「あ、いえ。私は食べませんよ?人食家という趣味はありませんので。お気持ちだけで結構です」

「ゴフー」


 サメを撫でながら食べている様子を眺めていると、何を勘違いしたのかセリーヌに肉を食べるかと聞いてくるサメ。


 流石のセリーヌも人の肉を食べるほど頭のネジは飛んでないので、ここは丁寧に断っておいた。


 人食家の聖女だなんてもはやホラーである。セリーヌも自分が踏み越えてはならない一線はちゃんと理解していた。


(それにしても、このような光景が戦場で繰り広げられ続けたら、そりゃ人々は恐れますよね。私は先にサメちゃんの可愛さを知ってるからまだ大丈夫ですけど)


 セリーヌはそう思うと、アリイが恐れられていた片鱗をようやく理解して深く頷くのであった。





 後書き。

 魔人「ナチュラルに殴り飛ばしてくるヤベー奴から逃げようとしたら、足を食われてた。ダレカタスケテ」

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