魔人


 デブヤロに突きつけられた数々の証拠は、デルフ達が反逆者リベリオンであることを証明するには十分なものであった。


 証拠の偽装も考えられたが、少なくともデブヤロが見る限りこのサインはデルフの直筆。


 その昔、文字の見分け方を習ったデブヤロにとって若干癖のあるそのサインは明らかにデルフのものだと判断できる。


 なんと愚かなことか。


 父を超え、王になることで父を超えたと証明するはずが、知らぬ間に操り人形となっていたなど笑い話にもならない。


 父を超える以前に、デブヤロは自分にはもっと現実的な目標が必要なのではないかと思考をめぐらせる。


「フハハ。領主よ。考えることも大切だが、今はこの光景を目に焼き付けておくといい。きっと、生涯で最も記憶に残るものが見られるぞ」

「貴方は........?」

「この世界に召喚され、あの頭の狂った聖女と魔王討伐の旅を強制させられた哀れな勇者だ。我、結構可哀想ではないか?あんな聖女とは到底思えない聖女に振り回されておるのだぞ?」

「は、ハハッ。そうですね」


 屋上から飛び降り、庭で反逆者達を待ち構えるセリーヌを見下ろしながら、デブヤロはかわいた笑みを浮かべる。


 勇者も勇者で大変なのだろう。その顔から、僅かばかりの疲れが見えた。


「居たわ!!捕らえなさい!!」

「ふふっ、大義名分は既にこちらにあるのですよ。デルフさんさえ残しておけば、あとは皆殺しにしても問題ないでしょうし、まずは数を減らしましょうか」


 セリーヌが庭に降りてきたことを確認した反逆者達は、セリーヌに釣られて庭へと出ていく。


 その数、約200人ほど。


 この街に蔓延る反逆者のほとんどが、セリーヌを捕らえ自分たちの正義を知らしめようとしているのがわかる。


「まずは10人ほど間引きましょうか」


 刹那。先頭を走っていた10人の首が落とされた。


 明らかに鎌の届かない距離のはずなのに、軽く鎌を振っただけで人の首が落ちたのだ。


「........は?」

「あはっあはは!!いい顔をしますね!!今まで好き勝手にやってきた代償を支払う時ですよ!!貴方々は、人として超えてはならない一線を超えたのです」


 庭に響く笑い声。とてもでは無いが、苦しむ人々に救いを与える聖女の笑い声とは思えないほどに愉快そうで、狂気的な笑い声。


 彼らは相手が聖女だということで、自分たちが殺されるということを考えていなかった。


 相手が一般的に考えられている聖女であれば、人はおろか虫も殺したことの無いような弱々しい小娘だと思うだろう。


 綺麗事だけを並べ、僅かばかりの救済を施し、やった気になってどこかへと去る。


 それが、聖女という偶像だ。


 しかし、目の前にいる聖女は違う。


 そもそもの根本からして、頭の構造がまるで違っている。


 悪人を殺しても何も思わず。それどころか、自分たちの絶望に染まった顔を笑いながら見る。


 人が死にゆく様を見て笑う姿は、自分達よりもさらに悪人じみているだろう。


 事実、屋上からこの戦いを見下ろす魔王ですら若干引いている。


「あはっ!!どうしたんですか?来ないのですか?ならば、こちらから行かせてもらいますよ。大丈夫。痛みを感じる間もなく、安らかに天へと送って差し上げましょう」


 冤罪をかけられたストレスを晴らすかのごとく笑ったセリーヌは、再び鎌を軽く振るう。


 たったそれだけで、その場にいた20人の首が落ちていく。


 更に三振り目で30人。次で40人。


 気づけば、セリーヌは軽く鎌を振っただけで100人の人間を斬り殺していた。


 その場から1歩も動くことなく、ただ鎌を振るうだけだ相手を殺す。


 死神とアリイから言われるのもよくわかる。彼女は、正しく命を刈り取る鎌を持っているのだ。


「なっ........なっ........!!」

「あはは!!これで半分。残り半分ですね。ほら、先程の威勢はどうしたのですか?私たちは悪なのでしょう?捕まえてみてくださいよ」


 コツコツとゆっくり歩き始めるセリーヌ。


 その姿を眺めるアリイはポツリと呟いた。


「これではどちらが悪役かわかったものでは無いな........領主よ。間違ってもあれを聖女だと思わないことだ。あれは........その........なんか違う」

「でしょうね。私もそう思いますよ........なんであの人聖女なんてやってるんですかね?」

「我に聞くな。我が1番思っている。シエール皇国は馬鹿なのか?あれを見てもなお聖女と言い張れるその面の皮の厚さだけは、素晴らしいな........褒めてないぞ?」

「分かっています」


 アリイから見ても、今のセリーヌの方が悪役に相応しいだろう。


 やっている事は正義執行だが、そのやり方があまりにも残忍すぎる。


 本来は一瞬で片付くはずの勝負を長引かせ、あえて相手の心をへし折りに行くあたり聖女としての要素がまるで見られない。


 それほどには、セリーヌの悪役はハマっていた。


(相手の心を折るという点においては間違った選択では無いが........やり方が酷いな。しかも、あの笑い声が恐怖をさらに加速させる。我、なんでこんな聖女モドキに呼ばれたのか不思議でならん)


「ほら、頑張って捕まえてみてくださいよ。それとも、領主様に仕える忠誠心はこの程度なのですか?反逆者リベリオンの皆様?」

「くっ........!!化け物が!!おい!!お前ら、アレを使え!!」


 デルフがそう言うと、反逆者達は数秒悩んだ後にひとつの注射器を取り出した。


 ピタリとセリーヌの動きが止まり、アリイも目を細める。


 こういう時に出てくる注射器は大抵ろくな事がない。どこかのイカれた研究者が、人間の限界を超えた化け物を作り出すための薬を作っていたなんてことが当たり前のようにあるのだ。


 アリイは注射器が使用される前に仕留めるべきか悩むが、ここは様子を見ることにした。


 セリーヌだけで大抵なことはなんとでもなるし、最悪アリイも加勢すればいい。


 そう判断したのだ。


 注射器を取りだしたもの達は、次から次へと首筋に針を突き刺すと、中に入った赤黒い液体を体内に取り込んでいく。


 そして、彼らは急に苦しみ出すと大声を上げながら人から化け物へと姿を変えて行った。


「グガァァァァァァァァァ!!」

「ふふふ、あははははは!!残念だったわね聖女セリーヌ!!私達には魔王様の血があるのよ!!これを取り込めば、真の姿となり、私たちは強大な力を手に入れるわ!!」


 肉体が巨大化し、3m程の巨体が姿を現す。


 背中には翼が生え、肌の色は血と同じく赤黒く染まっていた。


「........魔王の血ですか。丁度いいですね。魔王の血がどれほどのものか、見せてほしものです」

「その余裕な態度を取れるのも今のうちよ!!これが私達の新たなステージ!!その名も“魔人”!!これに勝てる人類なんて存在しないわ!!」

「ならなぜ最初から使わないのですか?貴方もそうですが」

「それを答える義理があると思って?」

「まぁ、ないですよね。ですが、これで貴女を捕らえる価値が上がりました。良かったですね。寿命が伸びましたよ」

「さぁ!!やってしまいなさ─────」


 グシャ。


 人の肉が潰れる音と共に、デルフが魔人に押しつぶされる。


 あまりにも自然すぎたその死に様に、流石のアリイとセリーヌも反応が遅れてしまったのだ。


「「「あっ........」」」

「グガァァァァァァァァァ!!」


 何も成せない悪役にとってはふさわしい死に様。デルフは、こんなにも惨めな死に方で生涯に幕を閉じる。


「え、えーと。とりあえず魔人を討伐しますか」


 あっさり死んでしまったデルフに若干困惑しつつ、セリーヌは鎌を構えるのであった。





 後書き。

 化け物を生み出した時の敵キャラは潰される運命。

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