イカれた聖女


 正面から襲撃を仕掛けたセリーヌは、綺麗に手が加えられた庭を走っていく。


 自分の存在をアピールする為に本気で走ることは無いが、それでもその小柄な姿からは想像もできないほどには素早い。


 朝早くから庭の手入れをしていた庭師達は何事かと慌てふためくが、セリーヌの敵は反逆者達であって彼らでは無いので完全にスルーしていた。


(庭師の中に反逆者達は居ないと言う情報でしたので、彼らは放って起きましょう。どうせ何もできませんしね)


 驚異にはなり得ないと判断したセリーヌは、そのまま屋敷の扉までたどり着く。


 これほどまでの騒ぎを起こせば兵士達が寄ってきそうなものだが、セリーヌの動きがあまりにも早すぎて容易に屋敷までたどり着かせてしまった。


 そして白き死神は扉を開く。


「お邪魔します」


 バン!!と蹴り飛ばされた扉は吹き飛び、セリーヌが一歩踏み入ると迎撃の準備をしていた何名かの兵士達が見える。


 セリーヌは彼らが反逆者の一員ではなく普通の兵士だと見分けると、彼らに先ずは話しかけた。


「御機嫌よう。兵士の皆様。私は現在、反逆者リベリオンと名乗る者達を探しているのですが、どこにいるのか知りませんかね?彼らは、魔王を崇拝する人類の敵。罪なき人々を殺す悪なのですが........」

「何を言ってるんだこの女は。捕らえろ!!この屋敷に踏み込んだ不届き者を捕らえるんだ!!」

「まぁ、そうなりますよね」


 急に家に押しかけてきた挙句、“悪しき者がこの家にいる”と言われればまずその者の頭を疑うだろう。


 セリーヌだって疑う。


 遥か昔、“あなたは幸せですか?”と家に押しかけ、半強制的に宗教へと加入させていたシエール皇国のやり方を思い出すと自分も同じようなものかと一人で勝手に納得していた。


「殺しはしませんが、少々痛い思いをしてしまいます。後で治しますので、ご勘弁を」

「本当に気持ち悪いやつだな。頭がどうかしてるんじゃないかこいつ」

「失礼ですねと、言いたいところですが、客観的に見た今の私は大分狂っているので、否定はしませんよ」


 セリーヌはそう言うと、飛んできた矢を素早く避けて1番近くにいた兵士の首に手刀を当てる。


 トンと、軽く当てたように見えた手刀だったが、たったそれだけで1人の兵士は気を失い倒れ込んだ。


「なっ!!」

「素直に通していただけないのであれば、強引に推し通りますよ。あまり好きなやり方ではありませんがね」


 一人を気絶させたセリーヌは、驚きのあまり一瞬固まってしまった隙を逃さず素早く他の兵士達も気絶させていく。


 スラムの時とは違い、できる限り優しく気絶させるその姿はある意味神々しかった。


 僅か五秒足らずで6名の兵士が無力化され、残されたのは隊長と思われる者のみ。


 セリーヌはにっこりとできる限り優しい笑みを浮かべると、震えながらもこちらに槍を構える兵士に再び話しかける。


反逆者リベリオンと言う組織をご存知ですか?」

「知らん!!貴様では無いのか?!領主様に反逆する者は貴様ではないか!!」

「確かに........!!それは盲点でした。この状況ですと、私が反逆者になってしまいますね。あれ?だとすると、既に犯罪行為をしてしまっている........?あ、不味いです。先代聖女様に帰ったら怒られてしまいます。このまま逃げちゃおうかな」


 ここでようやくセリーヌは、自分がやっていることが犯罪行為だと気がつく。


 貴族に対して剣を向ける行為は、れっきとした犯罪行為。セリーヌは聖女であり貴族社会をあまり知っておらず、アリイも普通に忘れていたのである。


 しかし、これは必要悪。


 真の悪を滅ぼすために今は自らが悪となるのだ。


 随分と都合のいい解釈だが、そういうことにしておこう。


 セリーヌは、自分でも流石にこれはないなと思いながら、最後の兵士を気絶させる。


「しまった、今までは聖女の権力と実績によってこの方法が許されていたことを完全に失念していました........先代聖女様にも正しき方法で罰せよと言われたのに。私も随分と問題児ですね。でも、これ以外のやり方が思いつきません。ここは、成果をしっかりと出して私達こそが、正義としてもらいましょう。アリイ様とこの騒ぎに乗じて乗り込んだスラムの方々が何とかしてくれます........多分」


 起きてしまったことは仕方がない。セリーヌはサッサと気持ちを切り替えると、先ずは領主デブヤロから情報を聞き出すために彼を探すのであった。




【貴族への襲撃】

 基本的に犯罪行為。たいていの場合は貴族の権力を欲したものがやる行為であり、正義のために使われることは少ない。

 不正をし、市民立ちにその真実を伝えたとしてももみ消されることも少なくなく、大抵の場合は失敗に終わる。




 その日、デルフは不快な目覚めをした。


 爆音で鳴り響いた破壊音。何事かと庭に視線を向けるも、そこには吹き飛んだ扉しか残っていない。


 彼女は最初、何が起きたのか理解できなかった。


 領主とは貴族とはその街において神にも等しい。


 王すらも凌駕する権力を持ち、街の中ならば我が物顔て歩けるのだ。


 そんな領主への襲撃なんて、考える方が馬鹿である。余程の自殺願望者か、蛮勇のあまり頭がとち狂った者以外に実行する者はいないだろう。


「誰が襲撃したのか分かったかしら?」

「は、はい........それが........」


 どことなく歯切れの悪い部下。大抵のことには動じない彼が、ここまで取り乱すのは珍しい。


 相手が余程の者だったのだろうか?しかし、パッと思いつくような権力者などいやしない。


「誰なの?」

「せ、聖女セリーヌです。彼女がたった一人でこの館に襲撃してきました」

「........は?ごめん。私の聞き間違いかもしれないからもう一度言ってくれる?誰が襲撃してきたって?」

「聖女セリーヌです。しかも、一人でこの館に襲撃してきています」

「........」


 暫しの沈黙。


 その情報はデルフの頭をフリーズさせるのに十分な特大のネタであった。


 自国内ならまだしも、他国の貴族に対して一人でカチコミ。


 いくら聖女の権力があったとしても、やっていい事と悪いことがある。


 しかも、味方を誰一人として引き連れていないなどあっという間に捕まって終わりだ。


 歴代最強と言われていようが、数には勝てない。デルフはそう思っている。


「い、イカれてるわ。頭がおかしいとしか思わないわ。一体どんな頭の作りをしていたら、真正面から襲撃を仕掛けようだなんて思えるのよ........」

「どういたしますか?」

「決まってるでしょ?彼女は完全に犯罪者となった。ノコノコと口の中に入ってきてくれたのだから、噛み砕いて殺すわよ。いくら歴代最強と呼ばれていようが、数百人近くいる私達に敵うはずも無いわ。急ぎ、全員を集めなさい。これは、私たちの地位を高めるチャンスでもあるの」

「ハッ!!了解いたしました!!」


 頭がぶっ飛んだ襲撃ではあるが、これはチャンスだ。


 聖女を殺す大義名分も生まれ、更には自分達の手柄を立てるチャンスである。


 上手く行けば、彼女は本部の幹部へと昇進できるだろう。


 反逆者は、出身や経歴にとらわれず実績だけを評価する。頑張った分だけ彼女は上へと行けるのだ。


「ここが分岐点ね。これを成功させれば、私は更に上へと行けるわ!!」


 彼女は知らない。歴代最強の名を冠する者であるセリーヌが、どれほどの強者であるのかを。


 時として、数を力でねじ伏せられることもあるのだと。


 そして何より、この騒ぎの中で忍び込んだ影が幾つもあるという事を、彼女は知らないのである。

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