カチコミ聖女
その日は、雲ひとつ無い晴天であった。
雨が降るはずもなく、うるさい鳥の鳴き声が早朝の目覚ましとなる........はずだった。
朝日が昇る少し前、純白の死神は現れる。
子爵が住む領主の館の前に現れたセリーヌは、大きな門を見上げながら小さく呟いた。
「私が暴れて、アリイ様が裏を抑える。逃げ出せると思わないことですね。私達を敵に回した事、何より冤罪を掛けたことを後悔させてあげますよ」
スラム街の人々はどうやら領主への交渉手段(万が一の時の脅し道具)として、この街に潜む反逆者達の情報を集めていたらしい。
(という事は、彼らは既に領主と反逆者が繋がっているということを知っていたという訳ですか。まぁ、権力者に逆らえるほどの力もなければスラムの方々ですから話も聞いて貰えない。私達存在は渡りに船ということでしたね。それにしても、スラムの情報収集能力は凄まじい。私も昔利用していましたが、やはり彼らはこういう時心強い味方ですね)
セリーヌはそう思いながら、昨日伝えられた情報を思い出す。
反逆者の影が見え始めたのは、今から1年ほど前。
魔王がこの世界に姿を現したその日以降、徐々に彼らは活動を始めていた。
元々この街の住人だったものが多いらしく、ある種の宗教のように魔王を崇拝するようになったのだ。
そして、現在の領主デブヤロがまだ領主ではなかった時に彼らは接触。上手く取り込み、先代領主アルバを暗殺したと見られている。
ここで重要なのは、現領主は父の死を本気で悲しみ、いつしか彼を越えんと心に誓っていたことだ。
実際に命令したような様子もなく、父が死してから数日は部屋に引き篭っていたと言われている。
つまり、暗殺はされたが、犯人はデブヤロでは無い。
全ては、権力を欲した反逆者達の陰謀であったことが分かっている。
さらに、盗賊の討伐の話は真実らしく、デブヤロが自分なりに考えて打ち出した政策らしい。
実際に商人協会からはかなり感謝されていたらしい。しかし、それでも街の中での評価が変わらなかったのは、それだけ父が偉大だったのだろう。
大きすぎる父を持つと、子は苦労するものである。
冒険者失踪に関しては、完全に反逆者達の勝手な行動によるものだ。
どうやら彼らは若い女を求めているらしく、ゼルストが調べた限りでは捉えられたあと街を出たとされている。
目的は分からないが、少なくとも領主の慰みものにはなっていないそうだ。
そして、そのほかの政策については、反逆者達からの助言によるものらしい。
つまり、デブヤロは普通に真面目にやっているだけなのだ。そして、味方につける者を間違えただけなのである。
「もっと人を見抜く能力を付けなくてはダメでしたね。おそらく、父と比較され続けて腐っていた時に救いの手を差し伸べられたのでしょう。少々彼を見くびっていました。噂で判断してはならないといういい例ですね」
父が優秀すぎたがあまり、落ちぶれ腐ってしまった中で差し伸べられた光は神の救いにも見えたのだろう。
こればかりはセリーヌも攻めるつもりもない。
「では、そんな愚かで愚直な領主と彼を利用しあまつさえ私達に罪を擦り付けた大罪人に制裁を下しに行きましょう」
セリーヌはそう言うと、ゆっくりと門に向かって歩き始める。
「止まれ。領主様に何用か?」
門の目の前まで来ると、セリーヌは当然ながら2人の門番に止められる。
しかし、彼らがシエール皇国歴代最強を止められるはずも無かった。
「派手にやってあぶりだしますか。ご安心を。殺しはしないので」
「は?何を────」
「........は?」
次の瞬間、1人の門番が膝から崩れ落ちる。
セリーヌから目を離していなかったはずなのに、何が起きたのか分からなかったもう1人の門番はただ呆然とするしか無かった。
「軽く顎を弾いただけですので。痛みも残らないようにちゃんと治癒しますよ」
「ぐがっ........」
そんな言葉を最後に、もう1人の門番も膝を着いて倒れる。
セリーヌは倒れ込んだ2人を治癒して拳を弾いた場所を治してやると、首に下げられたペンダントを引きちぎって鎌を具現化させる。
「皆様。朝ですよ」
ドガァァァァァァァァァァン!!
竜が大地を踏みしめる音よりも強大な破壊音が街の中に響き渡り、早朝の目覚ましの代わりとなって人々の目を覚まさせる。
鉄でできた門は吹き飛ばされ、大きな庭に無造作に転がされていた。
「さぁ。反逆者共。さっさと出てきて死ね!!」
ニィと、口を大きく歪ませたセリーヌの顔は、その普段の可愛らしい姿からは想像がつかないほど凶悪で怒りに染っていた。
【子爵】
近代日本で用いられた爵位(五爵)の第4位。伯爵の下位、男爵の上位に相当する。ヨーロッパ諸国の貴族の爵位の日本語訳に使われる。
イギリスでは、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、ナイト(騎士爵)。の順に爵位がある。基本的にこの世界でも同じように階級がある。
街の全員を目覚めさせるほどに強大な破壊音を聞いたアリイは、思わず頭を抱えたくなった。
裏に潜むもの達を丸ごと捉えようとしているのだから、派手にやった方がいいとは言ったもののここまででかい音を立てろとは言ってない。
街中に音を響き渡らせてしまっては、場合によっては自分達が犯罪者となりかねないのだ。
領主の館に襲撃している時点で既に犯罪行為なのだが、アリイもセリーヌも貴族を貴族と思ってないせいで失念していたりする。
2人とも意外と変なところでポンコツなのだ。
アリイは“言葉とはなんと難しいのだろうか”と思いながら昔のことを思い出す。
かつて、自分の言った事を勘違いして騒ぎを起こしてしまった部下の事を思い出していた。
「ま、まぁ。今回は目的自体は間違っておらぬのだし、よしとしようではないか。我の伝え方も悪かったしな」
起こってしまったものは仕方がない。問題は、どうやってその問題に対処するのかだ。
アリイはそう言うと魔術を行使して影に紛れて姿を消す。
これは、
ここからさらに応用して、アリイは自分の眷属たるサメ達を呼び出すとその魔術をかけていく。
アリイがなぜ以前の世界であれほど恐れられていたのか。それは、この影とサメの組み合わせがあまりにも凶悪だったためである。
影で身を隠したサメが、知らぬ間に自分たちを噛み砕く。
特に夜は警戒しなくてはならず、兵士たちの心は休まることを知らない。
常に緊張した戦場で精神はすり減り、精神障害を起こす兵士達も多数いたほどだ。
夜闇の殺戮者なんて呼ばれていた時期もある。
そんな容赦のないアリイの戦い方を、今回は偵察に使う。
手当り次第殺すのは厳禁。中には領主に従っているだけの者もいる。
殺して良いのは反逆者達のみである。
「ゴフー!!」
「フハハ。それでは我らも行くとしよう。久々の人海戦術だな........いや、ちょっと違うか?サメだし」
「ゴフー?」
「まぁ、どうでもいいか」
生み出されるは百数十体の海の猟犬達。そして、彼らは全て闇の中に消えており逃げ出すもの達を確実に捉える網となる。
「では行くとしよう。ぶっちゃけた話、セリーヌが1人で全てを終わらせそうな気もするがな」
「「「「「ゴフー!!」」」」」
こうしてサメの魔王は動き出す。
聖女と魔王を敵に回した者の未来は、どう足掻いても暗い。
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