裏に潜む者


 あっさりと姿を現したスラムの主ゼルスト。


 セリーヌはとてもでは無いが老人とは思えないほどに鍛え上げられたらその体を見ながら、僅かに人質を掴む手を強める。


 余程ゼルストに迷惑をかけたくないのか、青年の抵抗が激しい。


 一見大人しそうにしているように見えるが、それはセリーヌの力が強すぎて拘束を振り解けないだけであった。


「........思い出した。貴様、シエール皇国の聖女だな?昔、その顔を見た覚えがある」

「あら、ここにも私の事を知る人がいるのですね」

「恵まれた境遇にいる神の使いは、罪なき人を無惨にも人質に取るのか?呆れたものだな」

「ふふっ、貴方も聖女という存在に随分と幻想を抱くのですね。聖女だってタダの人ですよ?欲に負けることもあれば、人質だって取りますよ。必要ならね」


 ゼルストの軽い挑発を笑いながら受け流すセリーヌ。


 ちなみに、アリイはゼルストの言葉に酷く同意した。


 魔族と人間のように相容れない種族どうしが相手ならばまだしも、同じ人間同士でありながら人質を取ってそれを正当化する聖女は果たして聖女と呼べるのだろうか?


 少なくとも、多くの人はそれを聖女とは呼ばないだろう。


 アリイだってセリーヌの事を聖女として見ていない。


「それに、聖女も楽な仕事ではありませんよ?ニコニコとしながら、信じもしない神の教えをそれっぽく言う。常に正しさを求められる生き方が、果たして恵まれていると言えるのでしょうか?」

「少なくとも、ここに住むものよりは贅沢な悩みだ。その日を何とかして生き延びることだけを考えている者たちよりはな」

「それには同意しますがね。だからといって恵まれた環境とは言えませんよ........とは言っても貴方々には分からないでしょう。経験してみますか?シスター服を来て、お化粧して、常に笑顔を振りまく練習でもすればそのシワだらけの顔も少しはマシになるかと思いますよ」

「貴様........っ」


 今度はセリーヌの挑発を受け、若干青筋を立てるゼルスト。


 どうやら世界を救う聖女は口喧嘩も強いらしい。


 アリイはこれ以上の口喧嘩は本気の殺し合いに繋がると考え、セリーヌを止める。


「そこまでだセリーヌ。我らは別に喧嘩をしに来た訳では無い。貴様もここで死にたくはないだろう?これ以上お互いに煽るようなことは言うな」

「すいませんアリイ様。つい、昔の癖が」

「........」


 大人しくぺこりと頭を下げるセリーヌと、無言でアリイを睨みつけるゼルスト。


 普段からこれ程素直なら、まだ可愛い少女と言えるのにとアリイは心の中で思いつつ交渉を始める。


 本来の目的は、情報収集だ。


「さて、ゼルストよ。我らは今、面倒事に巻き込まれていてな。今の領主を知っているか?」

「あの豚野郎を知らない方がどうかしている」

「フハハ。ここでも領主の評判は悪いのだな。それで、我らはかなり面倒な立場にいる。具体的には殺人の冤罪をかけられたのだ」

「........そこの聖女様ならやりかねないと思うが?」

「それは我も同意だが、生憎セリーヌなりの矜持はあるようでな。罪なき人を無闇に殺すような存在ではない。つまり、冤罪をかけて得するものがいる訳だ」


 サラッと人殺ししてもおかしくはいとアリイにも言われ、若干機嫌が悪くなるセリーヌ。


 しかし、自分の行動をふりかえってみるとそう言われても仕方がない気もするので、ここは大人しく黙っておくことにした。


 セリーヌは、自分を客観的に見ることが出来る子なのだ。


「領主が得をするんじゃないか?噂では女を攫っていると聞く。そこの聖女は、顔だけなら素晴らしいだろうよ」

「フハハ。だといいがな。それにしても不自然な点が多いのだ。今の領主とセリーヌは面識があるらしい。呼び出すだけならば、冤罪という方法は要らぬ。それに、以前失踪した者たちも罪によって囚われたと言う噂は聞かぬぞ?」

「........確かにそうだな」

「では、なぜ今回冤罪という手段を取ったのか。我らはこう考えておる。実は、領主を裏で操るものがいるのでは無いかと」

「つまり、その裏にいるやつを知りたいから、ここに来たというわけか」

「フハハ。話が早いな。我の予想では“反逆者リベリオン”と名乗る者達の影があると思うのだが─────」


 アリイが反逆者リベリオンという名前を出した瞬間、ピクッとゼルストの体が反応する。


 極わずか、よく見ていなければ分からないほどの動きだったが、アリイの目はハッキリとその反応を捉えていた。


「───どうやら当たりのようだな」

「そのようですね。ここでも邪魔をしてくるのですか。本当にうざったい連中ですね。魔王を滅ぼす前に、その組織丸ごと消し飛ばした方がいい気がしてきました」


 セリーヌはそう言いながらも、裏にいる組織が分かった為青年を離す。


 敵が分かればあとは滅するのみ。単純明快だからこそ、やりやすい。


「........私は何も言ってないが?」

「フハハハハ!!僅かに反応した時点で、その言い訳は通用せぬよ。カマをかけてみたらあっという間に釣れたな!!」

「アリイ様は交渉が上手ですね。私は結構無理矢理聞き出そうとしていたので、良かったですよ」

「以前はどうしていたのだ?」

「お金と力で全て解決してました。それが一番手っ取り早いですからね。あの時、初めて財力という力を知りましたよ」


 聖女らしからぬセリフを吐くセリーヌ。


 アリイはそんなセリーヌに苦笑いを浮かべながらも、自分も似たような経験があるので何も言わない。


 金も一種の力なのだ。その力に溺れてしまっては意味が無いが、適切に使うのであればひとつの手段となる。


 事実、金で解決できる問題も幾つかあった。世界は金で動いているとはよく言ったものである。


「待て。やつらと事を構える気か?」

「もちろんですよ。私は腐っても聖女ですからね。自分の冤罪ははらさなければなりませんし、領主を裏で操る輩を見逃すこともできません。悲しい事に、この問題を放ったらかしにはできないのですよ」

「........」

「どうしたのですか?もしかして、貴方々も彼らと繋がっているのですか?」

「いや、断った。彼女は我々を戦力として迎え入れようとした。しかも、かなりの高待遇でな。だが、甘い話には必ず落とし穴がある。だから、提案を蹴ったのだ。その結果、スラム街は更に締め付けが厳しくなり、生きていくのは苦しくなったがな」


 反逆者達は、その日を生きるのも苦しいスラムの者達を捨て駒として戦力に引き入れようとしていた。


 そして、スラムの主を引き込めればスラム街を支配できると考えたのだが、ゼルストだってそれほど甘い人間では無い。


 自分達が何らかの実験に使われるか、酷い捨て駒となることを危惧してその提案を断っている。


 その結果、スラム街は更に周囲からの圧力が強くなってしまったが、彼は自分の決断を信じていた。


「ふふっ、ならば私達はスラムを解放した英雄ですかね?ご安心ください。全員纏めて処すので。もし、ご協力頂けるのであれば、構成員の情報が欲しいですね」


 自分たちが有利にたったと確信したセリーヌは、ここぞとばかりに情報を求める。


 彼らはこの圧力からの解放を求めている。昔の時のように、アルバが治めていた頃のスラムを望んでいる。


 ならば、その願いを叶えてやろう。代わりに、少しばかり協力してくれ。


 そう言っているだ。


(ま、まぁ、今回は正当な要求か?いかん、セリーヌに慣れすぎて聖女がどんなものか忘れてきたぞ)


 今の言葉は聖女らしいかもと少しでも思ってしまったアリイは、自分の常識が塗り替えられていることに危機感を覚えるのであった。

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