スラムの主
セリーヌが少しばかり聖女らしい慈悲の心を見せつつ、アリイ達は男に教えられた場所を目指して歩く。
セリーヌはアリイに少し褒められたのが嬉しかったのか、心做しか機嫌が良さそうであった。
アリイはセリーヌの後ろを歩くので顔が見えないが、揺れる髪は普段よりも幅が大きい。
そんな僅かな違いからセリーヌの感情を何となく推し量るアリイは、適当な話題を振る。
「ゼルストなる人物は、裏で繋がっていると思うか?」
「それはわかりませんね。領主やその街の管理者がスラムのならず者と繋がっていることは珍しくありませんが、絶対というわけではありません。もしかすれば、第3の勢力による介入も有り得ます」
「ふむ。この街に来たばかりの我とセリーヌを狙ってきた事から、おそらくセリーヌが聖女だと知る者がいるはず。となると........
「あぁ、そういえばそんな組織いましたね。完全に失念していました。何せ、アリイ様が食べてしまいましたし」
毒殺されかけておいてサラッと忘れているセリーヌ。
本当に暗殺に対しての危機感が少なすぎて心配になるが、セリーヌの体は頑丈なのでアリイも何も言わない。
何せ、あの友人達(サメ)に腕を噛まれても平然としている程には頑丈なのだ。
身体は鉄でできていると言われても、アリイは納得するだろう。
たとえ甘噛みだとしても、サメの牙は人の腕など容易に引きちぎる。
「もし
「フハハ。まだ相手が
「私としてはかなり可能性は高いと思いますよ。その他に、私に罪をなすり付けて得する人物など居ませんから」
「フハハ。どこかで恨みを買っていたりは?」
「それはもう数え切れないほどあるでしょうが、そんな有象無象が兵士を動かせるとは思えませんね」
(数え切れないほどあるのか........)
立場が上になればなるほど、要らない恨みも買う。
しかし、胸を張って言えるということはそれだけ心当たりがあるということ。
アリイは“そこは威張るところじゃない”と心の中で突っ込みつつ立ち止まる。
同じくして、セリーヌの足も止まった。
「ふむ。どうやら案内が来てくれたらしいな。そして、スラムは情報が回るのが早いらしい」
「そのようですね。良かったです。これで家を探す手間が省けましたよ」
セリーヌはそう言うと、静かに拳を握る。
対話を試みるつもりではあるが、ここはよそ者からの来訪者を歓迎しない。
歓迎されないのであれば、殴り倒して通るしかない。それが、このスラムでの流儀である。
「出てきなさい。いるのは分かってますよ」
「........」
「私達はゼルストと言う人物に会いに来ただけです。ご案内してくれるのでしたら、騒ぎは起こさず大人しくしていますよ」
「........」
セリーヌがそういうが、返事は簡潔だった。
サクッとセリーヌの足元にナイフが突き刺さる。
家々の隙間から投げられたナイフは“拒否”を表していた。
ここから1歩でも先に行けば、間違いなく相手は自分達を敵と見なすだろう。
しかし、セリーヌ達も引く訳には行かない。
「どうやらお断りされてしまったようだな」
「それは残念です。では、強引に通らせてもらうとしましょう。力があるものが正義。スラムの常識にして絶対的な掟です」
セリーヌはそう言うと、ゆっくりとナイフを跨いで1歩を踏み出す。
それと同時に、周囲に潜んでいたスラムの人々は攻撃を開始した。
幾つも降り注ぐナイフ。
普通の人間ならばこれに刺され、悲鳴のひとつでも上げるのだがセリーヌは違う。
「ぺちぺちとうざったい攻撃ですね」
セリーヌは、ガードをすることも無く普通に歩き続ける。
まるで相手に格の違いを見せつけるように。
(身体の周囲に魔力を纏っているだけでナイフを弾き返すのか。別に飛んできているナイフがへなちょことかそういう訳では無いのだがな。こればかりは、スラムの者達も少々可哀想だ)
セリーヌがそうするなら自分も合わせておこう。
アリイはそう考えると、セリーヌに続いてゆっくりと歩き始める。
もちろん、ナイフの雨や石などが飛んでくるが魔王にその程度の攻撃が効くはずもなかった。
「で、どうするのだ?」
「1人捕まえますよ。案内人は必要ですし。今回は私達がルールを破っているので、穏便に行きましょう。彼らは“引け”と警告してから攻撃してますからね。先程の輩たちとは違います」
「おぉ、セリーヌがそんなことを言うとは。本当に貴様はセリーヌか?」
「先にアリイ様をぶっ飛ばしますよ?全く。これだから、アリイ様は........」
アリイの冗談に頭を抱えるセリーヌ。
そして、次の瞬間相手の位置を把握したセリーヌが掻き消えると家の屋根の上から人が落ちてくる。
哀れな犠牲者は、彼に決定してしまった。
(一瞬で屋根の上まで登るバネとスピード。本当に人間が怪しくなるな)
「捕まえました。どうやら、攻撃も止みましたね」
「フハハ。流石に仲間まで巻き込んでの攻撃は無理か。正しき判断ではあるな。それにしても、よく訓練されたナイフ投げだ。しっかりとこちらの急所は外して足元や腕だけを狙ってきていたぞ」
「そうなのですか?興味なくて見てませんでした」
セリーヌはそう言うと、無言のまま捕まった青年に目を向ける。
気絶させても良かったのだが、あまりやりすぎるのは後々面倒になると判断した結果だ。
最初に絡んできた三人組とは違い、彼らは欲のためにセリーヌ達を襲った訳では無いのである。
「すいませんね。少々手荒な真似をしてしまいまして。私はセリーヌと申します。あなたは?」
「........」
「黙りですか。では、ゼルストという人物はどこに?」
「........」
「これも黙りですか。困りましたね。今回は拷問などもできませんし、人質にでもなってもらいますか」
「ここでサラッと人質にしようと思えるセリーヌに驚きが隠せぬが、まぁそれがいいだろうな。場合によっては交渉材料になり得る」
聖女が同種である人間を人質に取るという神も驚く行動をしていることにアリイは呆れつつも、その有用性は認めてセリーヌの意見に賛成する。
人質がいるのといないのでは交渉のやりやすさが違う。
相手が敵だった場合も、盾に使える上に簡単に捨てられるため足でまといになることもない。
「では、彼は拘束したまま行きましょうか。これほどまでにしっかりとスラムを纏めている人物にあってみま─────」
「その必要は無い」
声の方向に振り返ると、初老の男がスタスタと歩いてくる。
歩いてきた方向的に、今の攻撃にも参加していたのだろう。その初老の男は、白髪が混じったオールバックの髪型をして両手にナイフを持っていた。
「どうやら早速効果が現れたようだな」
「そのようですね。なんだ、最初からいるなら言ってくださいよ」
「我々の領域に何の用だ。見たところ、落ちぶれてここにやってきた者には見えないが?」
「単純に情報収集の為ですかね。少し聞きたいことがありまして」
「それを簡単に教えるとでも?」
「この方がどうなってもいいならご自由に、それと、対価は払いますよ。ちゃんとお金でね」
ニッコリと笑いながら、暗に“話を聞かなきゃ人質を殺してもいいんだぞ?”と脅すセリーヌを見て、アリイはやはりこの少女は悪魔だと理解するのであった。
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